第50話 昂揚と憔悴 ※
「今からだとギルドが開いている時間に間に合わないな……」
そう考えたクラウは、冒険者が溜まる宿屋街を目指して歩き出していた。
歩いていると、頭の中にレスティの声が次々と聴こえてくる。
『あ、アレーナのカフェまだある! 変わってないなぁ』
『わあ、ここの建物変わっちゃったんだ~。あの髭のおじいさんどうしたんだろう?』
『あっ、あそこのシフォンケーキ美味しかったんだよねぇ。食べたいなぁ……』
レスティにとっては4年振りのロンディールの街になる。クラウの使い魔となり漸く外に出れたのだ。自然とテンションも上がっていた。
「影の中に居ても外の様子は判るんだな……」
そう呟くクラウに、レスティは明るく答える。
『うん! クラウの眼を通して私にも見えるよ』
「そっか」
『本当は、知ってる人には挨拶したいけど、脅かしちゃ悪いし。残念』
「騒動になるから突然飛び出すのは止めてくれよ」
『うん! わかってる!』
そしてクラウは冒険者たちが1階の食堂で酒の臭いをさせながら歓声を挙げている賑やかな宿屋を避け、少し奥まった所にある1件の静かな宿を選択した。
宿の名は《三毛猫のうたたね》。
部屋数が4つの小さな宿だ。入り口も奥まった所にあり、あまり人が入り込んで来ない。宿にはその名の通り、何匹かの猫が住み込んでいて、自分の居場所を確保して丸まっている。
宿をやっている老夫婦にとってはこれくらいの大きさがちょうどやり易い客室の数だった。
飛び抜けて旨いわけではない、でも暖かみを感じられた夕食を食べた後、部屋に入ったクラウが扉を閉めるとクラウの頭にレスティの声が聴こえてきた。
『ねっ、ねぇ、クラウ! 私外に出てみてもいいかなぁ? ダメ?』
クラウは苦笑いしながらも、釘を刺しつつOKする。
「ああ、いいよ。ただし大声を出さないことと、人が来たらすぐに戻ること。それを約束できるなら」
『うん! 約束するする!』
「じゃあ、レスティ。出ていいよ」
すると部屋の灯りで出来たクラウの影から、レスティが出てくる。
レスティは部屋の中で宙に浮いた状態でくるくると回りながら自分の体を確認する。
「よかった……。私まだ消えてないし、あの場所から動けてる! ありがとうクラウ!」
そう言うとレスティはクラウに抱きついた。
「や、え、ちょ、ちょっとそんなに……」
クラウは真っ赤になってドギマギしている。
「あ、ゴメン。つい、嬉しくて」
口許に右手をあててレスティは謝った。
クラウは装備を外して壁際に置かれた小さなテーブルに載せようとしていたが、その時ある事に気がついて驚いていた。
「あれ……、何で?」
レスティは本来霊体なので触れられる感触がない筈なのだが、彼女に抱きつかれたときクラウは確かにその感触を感じていた。
「どうしたのクラウ?」
「いや、レスティって霊体なのにどうして触られた感じがするんだろうって思ってさ」
「あ、それ? 私もよくわからないんだ……。あの部屋にいるときから部屋にあるものに触れて動かすことができたの。何でなんだろう?」
クラウはそう言って考え事をしているレスティの横顔をじっと見ていた。
レスティは地球にいたときも含めてクラウ(康司)が会ったことのあるどんな女の子より美しく、そして可愛かった。淡いベージュ色の大きめな瞳、柔らかくさらさらとした金髪、整った目鼻立ち、つややかな唇。そして、しなやかで細身ながらも均整のとれたスタイル。ちょっとここがというところがどこにもない。
それでいながらフレンドリーで、人を明るくさせる天真爛漫なところもある。
(こんな娘が彼女だったら、どんなに幸せだろう……)
「ん? なに?」
クラウの視線にレスティが気が付く。
「あ、いや、いいんだ……」
頭がぼぉっとした状態のクラウは反応が今一つクリアではなかった。
「そう」
レスティはくるくると回りながら、鼻唄を唄っている。
「宿主も男の子だな。頑張れよ」
「あら、何だか楽しい状況ね」
グーラとアヴァがクラウをひやかしている。
「ち、ちがっ。これはっ」
「あれ? 今のクラウ? 違う声が聞こえたよ?」
レスティがクラウに問いかける。
「ああ、少し話したと思うけど、オレにはレスティとボリス以外に2匹の魔獣が従ってくれている。それ以外に2つの魔生物がいてね。紹介しておくよ。右腕のグーラと、左腕のアヴァリティアだ」
クラウはそれぞれの名を呼ぶ時に腕を上げてレスティに見せた。もちろん、手のひらの口は見えないようにしている。
「おいらはグーラ。クラウの右腕をやってる。よろしくな」
「私はアヴァリティア。アヴァって呼んでね。クラウの左腕をやってるわ」
その挨拶にレスティは目を見開いて驚いていた。
「え、腕がしゃべってる……。え、じゃあ、クラウの腕は……」
「ああ、オレの腕は無くってね。魔生物が代わりをやってくれているんだ。それと、使い魔として従ってくれている魔獣が2匹。ファナとマルコだ。あ、マルコは頭だけでいいからな。部屋狭いし」
クラウがそう言うと、ファナがその全身をクラウの影から現し、マルコは頭だけ出した。
「僕も全身で挨拶したいのに……」
「ソウイワナイノ。ヘヤセマイデショ。ハジメマシテ、ワタシハグレイウルフノファナヨ。ヨロシク」
「僕はヒュージボアのマルコだよ。クラウに助けてもらったからついてきてるの。よろしくね」
影から現れた魔獣2匹に、レスティはビックリして壁際まで後ずさっている。
「ご、ごめんね。グレイウルフとヒュージボアだよね。私初めて見たからびっくりしちゃって」
すこし怯えて壁際によっているレスティを見て、クラウはちょっと配慮が足りなかったと後悔した。
「ごめん。レスティ。呼び出す前にちゃんと言わなければいけなかったね。ファナとマルコにも悪いことした。オレがいけなかった。この2匹は大丈夫だから。オレが指示しない限りは、人を襲ったりしないし」
クラウはそう謝って頭を下げた。
「あ、ボリスも出してあげないとかわいそうだな。ボリス、狭いけど出てきてくれ」
すると、クラウの影からボリスが現れる。
「ごしゅじん。なんだかせまいなここは」
もともと、ベッドがひとつに少しの床があるような狭い部屋だ。そこに、ファナとボリスがいて、さらにマルコが頭を出している。宙にはレスティがぷかぷかと浮いていた。
かなり密度が高い。
「じゃ、取り合えず顔見せって事で。ファナ、マルコ、ボリス。戻ってくれ。話だけなら影からでも出来るよな」
「ワカッタワ。ホラ、マルコッ。ハヤクモドッテ」
「え~。今日出番なかったから、もう少しいたいのに~」
「ハイハイ」
マルコはファナに促されて渋々影に戻っていった。
「では、ごしゅじん。なにかあればよんでくれ」
ボリスも影に戻っていく。
レスティは壁にまだへばりついていたが、ファナとマルコの姿が消え、ボリスが戻った所で、ふっと息を吐きながらベットのクラウの横に腰かけた。
「クラウ、生まれつきなの? それとも……」
レスティはクラウを除きこむように尋ねる。
「ああ、元は普通の体だったんだ。この国に来てから腕を両方無くしてね。グーラとアヴァが助けてくれるようになってから、まだ1ヶ月と少しだ。その前はオレはこの世界の住人でもなかったんだ」
「えっ、それってどういう……」
そして、クラウはレスティに自分に今まで起きた出来事について話始めた。
「……そんなことがあったんだ。クラウ、とても辛い思いをしてきたんだね……」
レスティは静かに涙を流していた。
「オレにとってイーリスの事や、ヤシュトとヌマンシアでの出来事は、決して忘れちゃいけないものだ。オレに力がなかったり、この世界への認識が足りなかったせいで色々な人が巻き込まれてしまった。もう、同じような事は出来ない」
「……」
「心配すんなよ。レスティが親父さんにキチンと話せて、イヴァンに蹴りをいれるまではしっかりやってやっから」
「……ありがとう。クラウ」
レスティは涙を拭きながら、クラウを見て伝える。
「それにオレは元の世界に帰りたい。だからどうにかしてその方法を探さないと。親父に迷惑かけっぱなしだからな。帰って親父に謝らなきゃ。だから、簡単に闇のギルドや老師なんかに殺られる訳にはいかないんだ」
クラウは低い天井を見ながら呟くように話した。
「……そう。じゃあ私もクラウのこと手伝ってあげる」
レスティは真剣な表情をして言う。
「いや、でもレスティに戦ったりしてもらう訳には……」
「え、どうして? 私クラウの使い魔になったんだし。それに魔物と戦ったことは無いけど私、土と風の魔法、それに治療系の魔法が使えるよ。今でもできるものたぶん。それに、この姿になってから使えるようになった力も幾つかあるし」
「え、そうなの?」
「うん。例えば、……そうねぇ、こんなの!」
そう言うとレスティはクラウに向かって何やら指先を向けた。
「うぐっ、な、なんだ? 体が動か……」
「とか、あとはこんなの!」
クラウは体が動くようになったと思ったら、今度は声が出せなくなった。
「ごっ、がっ、…………」
(いや、だからオレにかけなくても……)
「あ、ごめん。つい調子に乗っちゃって」
そう言うレスティがクラウを指差すと、クラウは漸く声が出せた。
「ふう、しんどいな。でも、束縛系の力が使えるようだな」
「うん、あとは相手の動きを遅くしたりとか、精神的な影響で魔法を使いにくくしたりとかかな。他にも幾つかあるけど。どう? 私クラウの手助けできるかな?」
レスティは瞳をキラキラさせながらクラウに尋ねる。
「ああ、とても助かると思うよ。今のは影の中に居てもできるの?」
そのクラウの問いにはレスティは首を傾げる。
「うーん。解んない。影の中でやってみたこと無いし。今度試してみるね。」
「頼むからオレ以外に。でも無関係の人には無しで」
レスティはそのクラウの注文にまた首を傾げる。
「難しい注文ね。じゃ誰で試せばいいのかしら」
物騒な事を言うレスティを少し怯えた表情をしながら見たクラウは提案する。
「あれからだいぶ話したし時間も遅くなってると思う。今日はもう休まないか。明日は朝の混雑の時間は避けてギルドに顔を出そう」
「そうね。わかったわ」
クラウがベットで休もうとすると、レスティが恐る恐る上目使いに聞いてきた。
「ねえ、やっぱり私影の中に入るんじゃなくてこのままもう少し外に居てもいいかな?」
「どうしたんだ?」
「何となくまだ入りたくなくて……」
「じゃあ、もう少し起きていようか」
そのクラウの提案にレスティは首を振る。
「うううん、クラウはもう休んで。私はこの体だし、休まなくても疲れたりはしないから」
「じゃ、朝になるまでそこにいるか?」
「うん」
「そうか。じゃ、悪いけど先に休むな」
クラウはそう言うとベットに横たわり、少しすると寝息をたて始めた。
「……可愛い寝顔……」
レスティはプカプカ浮かびながらクラウの顔を覗きこむとそう呟く。
「ねえ、ボリス。起きてる?」
レスティは影の中のボリスに話し掛ける。
『どうしたのだ?』
「私良かったのかな? 勢いで今日会ったばかりのクラウについて来ちゃったけど……。ボリスはクラウの事どう思う?」
レスティは少し不安げな表情をしている。
『わるいおとこにはみえないな。じぶんがしたことにたいしてじぶんのせきにんとしてしっかりかんがえているし、みためよりはしんしなおとこにみえるがな』
「そう」
『ふあんなのか?』
「正直なところ、半分はね。彼は冒険者だし、これから色々な事があるかも知れないし。でも残りの半分はあの動けない状態から開放されて嬉しいって気持ちもあるの。それに待っていたお父さんの所にも連れて行ってくれるって言うし」
『そこはしんらいしてるのか?』
「あ、うん。あの挨拶の言葉、私とお父さんの秘密だったでしょ。あの言葉を知ってるってことは少なくともお父さんには会っているってことだし」
『そうか。でも、レスティ。わしたちはけいやくをしてしまったのだ。いまさら、いやですとはいえないとおもうぞ』
「うん。わかってる。わかってるつもり。ただボリスの意見聴いてみたかったの」
『そうか』
「ごめんね。ありがとう」
『いくらそのからだだとはいえ、やすめるときはやすんでおいたほうがいいとおもうぞ』
「そうだね。そうする」
二人の会話はそこで途切れ、レスティは宙に浮いた状態のまま横になった。
「おやすみボリス。そしてクラウ」
クラウは夢を見ていた。
夢の中でレスティがクラウに近づいてくる。そして潤んだ瞳でこう言った。
『クラウ。私あなたのことが大好きなの。だから、離さないでぎゅっと抱き締めて…………』
そして、その顔をあげて瞳を閉じてその艶やかな唇を近付けて来る。
『レ、レスティ……』
クラウはそれに応えようと体を動かして抱き締めて口づけをしようとするのだが体が動かない。
『どうして応えてくれないの? 私のことが嫌いなの? それともこんな幽霊だから?』
『いや、その、からだが……』
『そう、わかったわ。残念だけどさよならね』
『いや、レスティ。待ってくれ。そうじゃなくて体が……』
『さよならクラウ』
『待ってくれ!』
レスティは少しずつ遠ざかって行きそして姿を消した。
『レスティ~ッ』
クラウはそこで目が覚めた。
「はっ、夢か…………ええっ!」
クラウは驚きに目を見開いた。
クラウの文字通り目と鼻の先にレスティの寝顔がある。
ぷかぷかと浮かんで寝てしまったレスティがたまたまクラウの上に差し掛かっていたのだ。
目の前には先程夢で見たレスティの艶やかな唇があり、両手を枕に綺麗な顎を乗せて眠るレスティの顔がすぐそばにある。そして首筋から胸元へ見え隠れするその肌は揺らめく部屋の薄暗い灯りの影響もあり生身の人間以上に悩ましい光景を見せていた。
「なっ」
クラウは全く身動きがとれなくなった。少しでも動けばレスティに触れてしまう。
「くそっ、どうすればっ……。このままじゃ……」
クラウはそのまま、艶やかなレスティの姿に悩まされつつ、身悶えしたまま一睡も出来ずに朝を迎えることになった。
外が明るくなり始めた頃、レスティがむくりと起き上がって背伸びを始める。
「ふわぁ~あっ。あれ、私ここで寝てたんだ。そろそろ戻ったほうがいいのかな……ってあれ? クラウ起きてたの?」
クラウは憔悴と極度の緊張から目の下に隈をつくっていた。
「何だか、やつれてるわね。ちゃんと寝たの? 私より先に寝付いたハズなのに……」
「済まないがレスティ。影の中に……」
「はーい」
そう言うとレスティは悪気なく影の中に入っていった。
「グーラ。悪いけどもう少しだけ寝させてくれ。あと2時間したら起こしてくれ」
「わかったよ。一晩お疲れだったな。宿主」
そう言うとクラウは力尽きて眠ってしまった。
『あれ、クラウって、また寝ちゃうの?』
『ねかせておいてやれ。クラウはひとばんじゅうたたかっておったからの、つかれとるんじゃろう』
『え、ボリス、そうなの? 私が寝てる間に何が起きてたの?』
それにはボリスは何も答えない。ただ、その心の中で思っていた。
(あそこでゆうわくにまけずにひとばんたえたんだ。このごしゅじんなら、レスティをだいじにしてくれるかもしれんな)
読んでいただきありがとうございます。
またタイトルに比べて軽い内容になってしまったかも知れません。
もっと文章力をつけないと……(反省)




