第49話 セレスティーナ ※
このところ設定ばかり投稿してすいませんでした。
今回から数話、クラウのお話にお付き合いください。
クラウがヌマンシアの街を出てから、2日ほど経っている。
ガスティルという街の冒険者ギルドに立ち寄ったクラウは、薬草や木の実の採取、小動物などの狩猟の予め受諾が必要のない依頼を掲示板で確認しつつ、一旦ギルドの外に出てグーラの腹の中にストックしてある道中の成果の中から該当するものを取り出して持ち込んでいた。
「はい、お預かりします。そちらの椅子に掛けてお待ちください」
受付の女性がにこやかに品を受けとる。
「それにしてもいい鮮度のものばかりですね。薬草や木の実も摘みたてのようですし、このイタチやウサギにいたっては仕留めてすぐみたいな状態ですね。しかも傷がこんなに小さい。良い値になると思いますよ」
それを聞いたクラウは嬉しそうに答える。
「そうですかそれは良かった。ぜひ高値でお願いします」
狩猟や採取には29号の技がとても役に立っていた。
気配探知で小動物の居場所を捕捉するとクラウは蔦を伸ばして絡めとり、蔦の先端を尖らせたものでその動物の急所を突くという方法をとっていた。29号が持っていた動物や植物の知識も役に立っている。
「ちょっと待っててくださいね」
受付の女性はそう言うと奥に入っていく。
クラウは鑑定の間、白で受けられそうな依頼がないか掲示板を確認していた。
採取や狩猟以外に雑用系の依頼が白の掲示板にあるなか、掲示されている中で気になるのは、黄色以上の冒険者に宛てたロンディールという街の地縛霊退治ぐらいだろうか。
ロンディールはここから東に歩いて3日程の距離にある街だ。
今のクラウにはまだ受けられないが、もう少しでランク黄色になる状態のはずだった。
(その街に着いたときにまだ未解決なら少し情報を集めてみてもいいかもしれないな……)
「クラウさん。お待たせしました。こちらが報酬になります。合計で2532ユールになります」
彼女はトレイに銀貨2枚、小銀貨5枚、銅貨3枚、小銅貨2枚を乗せて渡してくれた。
「ありがとう」
クラウがトレイのお金を自分の財布に入れながら礼を言うと、彼女は微笑みながらクラウに言った。
「もう少しでランク黄になりますね。頑張って下さいね」
「そうですか。頑張りますね」
クラウはそう言うと、冒険者ギルドを後にした。
この街を出ると街道は東に向かって進むことになる。
少し北にピレナル山脈の山々が連なっているからだ。真っ直ぐに越える山道が無いわけではないが、普通の人間はここで東に折れて半島東側の海岸沿いに帝都ロマニールを目指すことになる。
ガスティスに1泊し、翌日、クラウも東に向かって街道を歩いていた。そして、ウェスカスという村に差し掛かった。
喉の渇きを覚えたクラウは、街道沿いにあった1軒の店に入る。
そこはオープンカフェのような店で飲み物や簡単な食事をだしてくれていた。
「あら、いらっしゃい」
店の奥から気さくなおばさんが現れた。
赤い髪を首の後ろで団子に纏めていて、薄い赤みがかった瞳の優しげな女性だ。エプロン姿で、年は30代後半ぐらいか。160セルないくらいの小柄な女性だ。
「はい、こちらからどうぞ」
彼女はそう言ってメニューを見せてくれる。
「じゃあ、この冷たいレモンジュースを」
「はい。じゃあ少し待っててね」
彼女はそう言うと店の奥に入っていく。
クラウはふと店のなかを見渡すと、彼以外に一人の老人が左手の方の端のテーブルに着いて通りをぼぉっと眺めているのに気が付いた。テーブルの上には何も乗せられていない。
その老人はかなりくたびれた服を着ていて無精髭も生えている。白いものがたくさん交じった髪の毛が所々跳ねていて、眼も虚ろだ。
その時、おばさんがトレイにグラスを乗せて現れた。
「はい、どうぞ。よく冷えてるからね。一気に飲んじゃダメだよ」
「ありがとう」
そこでクラウはおばさんを呼び止める。
「あのっ。すいません」
「ん、何か追加の注文かい?」
「いえ、そうではないんですが……。ちょっと気になったので教えて下さい」
そう言ってクラウがその老人の事を見ると、おばさんはそれで言いたいことを理解したようだ。
「ああ、あのじいさまが気になるんだね。あのじいさまは私たちはエドゥじいさんって呼んでいてね」
「呼んでる?」
その表現が引っ掛かったクラウが尋ねるとおばさんは続けて話し出した。
「実はエドゥじいさんは記憶が無いんだよ」
「えっ、そうなんですか……」
「3年くらい前だったかねぇ。いつのまにか一人でふらっとこの村に現れてね。最初は皆、気にして色々と話し掛けてたんだけど、記憶が無い上にいつもぼおっとしてるか、何かを呟いているだけだから気味悪がってね」
「なるほど」
「でも、私はなんだかほっとけなくてねぇ。うちで面倒見てんのさ。最も一日中あんな感じだから、ほったらかしみたいなもんなんだけど」
「ふーん」
考え込むクラウにおばさんは表情を曇らせる。
「お客さん気になっちゃうかい? だったら、店の奥に移らせるけど」
「いや、いいですよ。すいません余計な話を……」
「そうかい。何かあったら呼んでちょうだいな。私はパオラって言うからさ」
「わかりました。パオラさん。オレはクラウって言います」
クラウがそう言うと、パオラはにっこり微笑んだ。
「ありがとう。クラウ。私の事はパオラでいいよ」
そう言うとパオラは店の奥に入っていった。
クラウはエドゥじいさんが気になっていた。ヤシュトで自分の出身を誤魔化すため記憶喪失を騙った事を思い出したからだ。
(あのときは思い付きであんなことを言ったけど、本当に記憶を無くしたらどんなに辛いんだろう……)
クラウはアヴァに口に出さずに話し掛ける。
『あのさ、アヴァ。記憶を無くした人の記憶もコピーすることできんの?』
『ええ、出来るわよ。記憶を無くしたっていっても、普通は記憶が頭の引き出しから出せなくなっているだけで、記憶そのものが消えてしまっているわけではないもの』
クラウは思い付いたことを聞いてみる。
『そのコピーした記憶を戻してあげたりとかは?』
『それはムリね』
『そうか』
『もし、出来たとしても記憶を戻してあげることがいい事かどうかはわからないわよ。思い出すのもいやになるくらい辛い記憶かも知れないんだし』
『なるほど、そうかも知れないな』
『あまり人に関わるのどうかって思うけど、やるつもりなの?』
アヴァが心配している。
『ん、ああ。無理はしないから』
クラウは立ち上がって、エドゥじいさんが座っているテーブルの席の横に座った。
「やあ、エドゥじいさん。オレはクラウ。よろしくな」
クラウはそう言って右手を差し出すが、エドゥじいさんは外を見たまま何か呟いているだけだ。
そこでクラウは3~4年前の記憶をアヴァにコピーさせることにした。
左手をエドゥじいさんの右腕に当てて呼び掛ける。
『アヴァっ!』
すると、エドゥじいさんの記憶が流れ込んできた。
◇◇◇◇◇
エドゥじいさんの本当の名前はアレハンドロ=バルファン。
4年前はロンディールの街で医者兼魔術師として働いていた。その時で43歳。
つまり今はまだ47歳ということになる。
その時は180セルを超す身長に少し長めの黒髪が渋い中年という感じだった。
(今はとてもそんな年齢には見えないな。余程辛いことが……)
街の子供達や患者達からは親しみを込めてアレン先生って呼ばれていた。
彼には娘が一人。妻は早くに亡くしていて、何人かの弟子たちと、診療所を開いていた。
娘は当時18歳。セレスティーナという名で背は160セル代後半、柔らかい金髪と、淡いベージュ色の瞳が美しいとても綺麗な自慢の娘だった。父親の血をついで魔術師としても才能を発揮し始め、皆からはレスティと呼ばれ患者の子供たちにも人気があった。
街の有力者からはぜひ自分の息子の嫁にという声が多数あり、抱えている弟子たちの何人かは医学の習得だけでなく半分はセレスティーナ狙いで来ていたものもいた。
アレハンドロとしてはそれなりに充実した毎日を送っていた。
娘との仲はとてもよく、二人でよくいろんな事を相談したり、遊びで秘密の言葉を作って暗号で会話したりしていた。
ところがある日の事。
セレスティーナが大ケガをして診療所に担ぎ込まれてきた。
「なっ、どうしたんだっ、なんでレスティがこんなことにっ!」
「サンミエールの丘の崖から落ちたと……」
運んできた街の人の言葉にアレハンドロは驚く。
「なんだって! そんな馬鹿なっ! あそこにレスティが行く理由がないじゃないかっ!」
「落ちて崖の中腹に引っ掛かっていた子供を助けようとして、ご自分が落ちたようです!」
サンミエールの丘は街の北側にある小高い丘なのだがその一角は急峻な崖になっていて一般に人が近づくことがない場所だ。
「先生っ! それより治療をっ!」
弟子に促され、アレハンドロは慌てて診察室に娘を運ぶように伝え、自分も付き添う。
一緒に落ちたとされる子供は即死だったようだが、セレスティーナはまだ奇跡的に生きていたようだ
アレハンドロの懸命の治療のかいあって一命は取り止めたようだが、頭を打っているせいか、意識が戻らない。
2日たったがセレスティーナの意識は戻らず、アレハンドロの体力も限界に来つつあった。
診療所は弟子たちに任せることが出来ても自分の娘は自分でと頑張ったのだが、流石に3日寝ていないと、ぼぉっとしてしまう事があり、自分としても危険だと感じてはいた。
少し休むようにという弟子の言葉に従い、体を休めることにしたアレハンドロはセレスティーナの体を安静にするために薬を調合し、2時間したら点滴で投薬してくれと言って自分は休むことにした。
「先生っ! 起きて下さいっ! レスティさんの容態がっ!」
弟子のその叫びで起こされたアレハンドロは、跳ね起きて病室へ行く。
するとそこには既に息を引き取った娘の姿があった。慌てて処置を施すがもうセレスティーナの体には自発的な呼吸がない。
「なっ、ど、どうして……。ま、まさかっ!」
アレハンドロは自分が調合した薬を確認する。するとその中に普段は一時的な痛みの緩和などのためにごくごく少量使っていた麻薬の成分が多く含まれている事が解った。
「ああっ、疲れのあまり調合を誤ったのかっ! 私がレスティを! レスティを殺してしまったのかっ! うぉ~~~~っ!」
その後、アレハンドロとしての記憶がなくなってしまう。
娘の葬儀までは弟子達が手配し済ませたようだがアレハンドロにはもはや誰の葬儀なのかすらわかっていなかった。
その後、気が付いたときにはフラフラと街を離れ、この辺りまでたどり着いていた。
◇◇◇◇◇
『これは、辛いな……』
クラウは声に出さずに呟いた。
『そうね。これは思い出さない方がいいかも知れないわね』
アヴァも少し悲しげだ。
『ただ、クラウ。この人の能力、治癒の力と医学の知識、それに魔法の能力はコピーさせてもらったら? 凄く使える能力の持ち主みたいよ』
確かに今は簡単な雷と火、低レベルの治癒の魔法しか使えないクラウとしては魔術師としての力は何処かで手にいれたいと思ってはいた。
『ただ、こんな状態の人から貰うのは気が引けるな……』
『誰から貰っても同じだとは思うけど……』
アヴァはそう言うがクラウは気持ちの整理が付かなかった。
クラウはエドゥじいさんの隣の席を立ち上がって自分の席に戻る。
『やっぱり、いいや』
クラウはレモンジュースを飲み干すと小銅貨を5枚テーブルに置いた。
「パオラ! 美味しかった。ありがとう。またくるよ!」
その言葉に店の奥からパオラが出てきた。
「行くのかい? 気を付けてよい旅を!」
クラウはパオラに手を振って街道を東へ向かった。
◇◇◇◇◇
それから2日の間、街道沿いの森などで薬草や獲物を手に入れつつ、進んだクラウはロンディールの街にたどり着いた。
「ここがロンディールか……」
ロンディールの街はピレナル山脈の麓にある小高い丘に囲まれた街だ。
何本かの通りが丘の切れ目を通って街に入っている。
クラウは街の西側の街道から街に入った。
まず、冒険者ギルドに顔を出す。
まずはガスティスと同じように掲示板で受諾不要の採取狩猟系の依頼を確認する。
そして、黄色の掲示板を見るとあの地縛霊退治の依頼が残っていた。
「あ、まだあるんだ……」
クラウはまず、自分が捕った獲物や薬草をギルドの受付に提出する。
「これをお願いしたいんですけど」
すると、受付の女性はにこりと笑って答えてくれた。
「はい。あら、たくさん取ってきてくれたんですね。確認しますから少しあちらの席で待っていて下さい」
カウンターの横には担当キュカと書いてある。
キュカは年齢は22歳。顔は美人ではなくソバカスが多く顔にあるが、人のよさが現れていて話しかけやすい。動きもテキパキしていて結構な量をカウンターに載せたにも関わらず、そんなに待たされなかった。
「クラウさん。お待たせしました」
キュカがクラウを呼ぶ。
「全部で3313ユールになります」
「思ったよりいい値段ですね。ありがとうございます」
そう言うクラウにキュカが笑って言う。
「こちらこそ。どれも状態がいいので高く買い取らせていただきました。あ、それと今回でクラウさんの冒険者ランクが黄色になります。そちらの魔道具に手をかざして貰えますか?」
クラウが指環のはまった手を翳すとぼわっと光が発生したと思ったら収まった時には指環の色が黄色に、填まっている宝石の数が1つになっていた。
「はい、これでクラウさんは黄色の冒険者です。これからも頑張ってくださいね」
「ありがとう」
キュカは黄色に変わった手の指環をまじまじと見つめるクラウを見て話し掛ける。
「まだ時間がありますし、何か依頼をお受けになりますか?」
少し考えてクラウは答える。
「今日はやめときます。まだ着いたばかりだし、この街のこともよくわかってませんし」
「そうですか」
「あ、ただひとつ教えて下さい。あの黄色の掲示板に貼られてるファントム(地縛霊)の駆除って物なんですが、あれの依頼対象となってるランクが黄色から紫までってやたら広いのは何でなんでしょう?」
その話をすると途端にキュカの表情が曇った。
「今までかなりの冒険者が挑んだんですが、皆さん失敗されていて。この依頼失敗してもペナルティーは無いんですが、成功報酬のお金しか払われないですし、報酬もそう大きくはないので、受けられるかたもあまり割りに合わないみたいで」
「何で旨くいかないんでしょう?」
「わかりません」
「どのような背景のあるファントムなんですか?」
「実はその家は前は診療所をやっておられたお医者様の家だったんです」
キュカの説明にクラウは少し引っ掛かった。
「お医者さん?」
「ええ。アレハンドロさんっていう方なんですけど、とても良いお医者様で。その娘さんのセレスティーナが事故で亡くなって。その後、ショックで記憶を無くされたアレハンドロさん行方不明になってしまって」
「じゃあ、そのファントムってその娘さんのセレスティーナさんの霊なんですか?」
「そうらしいです。あとボリスって飼い犬ですね」
エドゥじいさんの記憶を知っているクラウには事情が何となく飲み込めてきた。
「実は私、セレスティーナとは学校の同級生で、仲が良かったんです。でも、あんな事故で亡くなってしまって」
「そうだったんですか。それは辛かったでしょう……」
「ええ。3日泣きとおしでしたから」
「どんな事故だったんですか?」
「サンミエールの丘の崖から落ちたらしいです。でも、不思議なんですよ。レスティは普段はあんなところ絶対に行かないし、患者さんの子供達にも危ないからいっちゃダメって自分が言ってたんですから」
「そうでしたか」
そう言ってクラウは考えこんだ。
それをキュカは不安気に見ている。
「わかりました。その依頼オレが受けてみます」
「え、大丈夫ですか? 結構上のランクの人でも手酷い目にあってるって聞いてますけど……」
キュカは心配そうだ。
「ペナルティー無いんでしょ? それにセレスティーナさんがそんなことをする何か理由があると思うので」
「わかりました。お願いします。レスティを助けてあげて下さい」
キュカは立ち上がって頭を下げた。
「やってみます。出来るかはわからないのであまり期待はしないでください」
クラウはそう言うと、依頼書を剥がして受諾の手続きをしてもらった。
そしてキュカに彼女の知りうる限りのセレスティーナの話を聞かせてくれるように頼んだのだった。
◇◇◇◇◇
キュカから教えて貰った家にクラウは向かう。もはや夕方になり辺りは暗くなり始めていた。
「記憶の通りの家だな。ここだ間違いない」
通りに面したその家は家の扉が閉められ、ギルドの管理下にあることと立ち入り禁止である事が記載された紙が貼ってあった。
両隣の家はファントムの噂で精神的ダメージが大きく引っ越していて空き家となっていた。
クラウはキュカから預かった家のカギを使い、玄関から入る。
そして、気配探知を使うと何かが3階の部屋にいることが解った。
「あそこか……」
クラウは階段を上ると3階のある部屋の扉の前に立つ。
中からは二つの気配。恐らくはセレスティーナとボリスのものだろう。
クラウは思いきって扉をノックした。
「セレスティーナ、中にいるかい?」
中の気配が急に高まってくる。
「あ・な・た・は・だ・れ……」
女性のしわがれた声と、そして犬が唸る声も聞こえる。
「オレはクラウ。君の友達のキュカに頼まれて来たんだ。少し話がしたいんだけと中に入れて貰えないかな」
クラウは出来るだけ優しく語りかける。
「う・そ・だ!」
その声と同時に扉が開く。
中からは生暖かい風が吹き出しクラウの顔に不快さをもたらしてくる。
「ま・え・に・も・そ・ん・な・や・つ・が・き・た・ぞ! そ・い・つ・は・わ・た・し・を・こ・こ・か・ら・お・い・だ・そ・う・と・し・た・ん・だ!」
部屋の中には長い髪の毛をゆらゆらと逆立てたものが蒼いオーラを発しながら漂っている。
クラウは懸命にキュカから聞いた思い出の話やキュカがいかにセレスティーナがいなくなって悲しんだかを説明したのだが、聞く耳を持たない。
「キュ・カ・が・わ・た・し・を・お・い・だ・す・て・つ・だ・い・を・し・て・い・る・の・は・しっ・て・い・る! お・ま・え・も・わ・た・し・を・お・い・だ・し・に・き・た・の・かっ!」
かなり声がおどろおどろしいものになってきている。
「さ・せ・る・も・の・か・っ!」
そう声が聞こえたかと思うと突然蒼いオーラを纏い眼が赤く光ったドーベルマンのような大型犬が飛び出してきた。
とっさにクラウはグーラを盾にして防ぐ。そして叫んだ。
「レうスよテはィお!」
「!」
扉の中の気配が驚きのものに変わる。
「レかスきテんィげ!」
これはアレハンドロの記憶にあったセレスティーナと遊びで繰り返し使っていた二人の暗号の挨拶のようなものだった。文章を半分で折り返してそれぞれの文字で挟んだだけの簡単な物だが二人にとっては秘密っぽい会話をするのが楽しみのひとつになっていたのだ。
それぞれ、「レスティおはよう!」「レスティげんきか!」というものだ。
「あ、あ、あ…………お、と、う、さ、ん……」
しわがれた声が段々若い女性のものに変わっていく。
いつのまにか、飛び出してきた犬からは怒りのオーラが消え、クラウの左手の臭いをしきりに嗅いでいた。
「セレスティーナ、話をさせて貰えないかな。その上でオレを判断して欲しいんだけど」
クラウも自信があったわけではないので手に物凄い汗をかいている。額からも冷や汗が流れていた。
「……入って」
若い女性の声がそう言った。
クラウは恐る恐る扉から中に入る。
すると部屋の奥にベットに若い女性が座っていた。
それは間違いなくアレハンドロの記憶にあったセレスティーナの姿だった。
暗がりに薄ぼんやりと光るその体は美しさと神々しさを持っていてとてもこの世の物とは思えなかった。
クラウが数歩近付いて部屋に入ると、突然後ろの扉が大きな音を立てて閉められた。
「突然訪ねて脅かしてごめん」
クラウの言葉にセレスティーナは疑問で返す。
「あなたは誰? どうしてあの言葉を知っているの?」
「オレは冒険者のクラウ。あの言葉はここから2日ほど歩いた場所にあるウェスカスという街で出会った、見た目老人の男の記憶にあったものだ」
「…………」
「今はエドゥじいさんと呼ばれているその男は記憶を失っていてね。オレには他人の記憶を読み取る特殊な力があるんだがそれでその男の記憶を見せて貰ったんだ」
「…………」
「その男の本当の名は、アレハンドロ=バルファン。君のお父さんだった」
「あ、あ、あ、あ……、お父さん生きていたのね……」
セレスティーナは顔を両手で覆って泣き始めた。
「よかった、よかった……」
クラウはすっかりおとなしく足元に座っているボリスの頭を撫でながらセレスティーナが落ち着くのを待つ。
漸く泣くのを止めたセレスティーナはクラウに聞いた。
「お父さんはどうしてそんなところに? しかも記憶を無くしているの?」
「君のお父さんは君を殺してしまったのは自分だと責めてしまったのさ。そのショックで記憶を無くしたようだ」
「どうしてそんなことに?」
セレスティーナは理解出来ていないようだ。
クラウは説明を続ける。
「君が大怪我をして家に運ばれたとき、お父さんが懸命に治療をした結果、一旦一命はとりとめたんだ。ところが意識が戻らなかった。3日寝ていなかったお父さんは少し休むために、君が安静になれるように薬を調合して弟子の人に託したんだ。その後君の容態が変わってね。君は亡くなってしまったんだよ」
「…………」
「その時、調合した薬を調べたら、その調合に誤りがあったみたいでね。それでお父さんは自分を責めてしまったようだ」
「そんな、お父さんが薬の調合を間違えるなんて。いつも何度も何度も配分を確認してから最後の調合に入るのに。そんなことって……」
「そして記憶を無くしたお父さんは、ふらふらと街から外へ出て歩き続けるうちにウェスカスに着いたようだ。今はそこでカフェをしているパオラという女性に保護されている」
「そうだったの。だからいくら待っても帰って来なかったのね」
その一言でクラウはセレスティーナがここに居続ける訳が解った。
「そうか、君はお父さんを待っていたのか……。だからここにずっと……」
「そう。私はサンミエールの崖から落ちたあと気がついたらこの状態でここにいたの。だから何がなんだか……。でも、ここに待っていればお父さんが帰ってきてくれるって思ってた。だから私をここから追い出そうとする人達には仕返ししてあげてたの」
「そうだったのか」
「やっと理解出来たわ。私死んだのね」
セレスティーナの顔に納得の表情が浮かぶ。
「ああ、そうだ。記憶を無くしたお父さんの代わりに弟子達によって葬儀がされたそうだよ」
「ねえ、クラウ。お父さんを休ませて調合された薬を受け取ったのは誰だったか判る?」
「ん? ちょっと待ってな。えっとイヴァンていう、黒髪の男だな」
「そう……。じゃあ、私を殺したのはお父さんじゃないわ。イヴァンよ。だって私をサンミエールの丘に誘い出して崖から落としたのはあの男だもの」
それからセレスティーナの話を聞くとこういう事だった。
イヴァンはアレハンドロの弟子になってからずっとセレスティーナの事が好きでたまらず言い寄っていた。
今一つ医学に対する志が歪んでいて、ただ金さえ貰えれば患者の状態など緊急性に関係なく、貧しいものはぞんざいな扱いをするイヴァンにアレハンドロも頭を痛めていた。
それを知っていたセレスティーナにとってはイヴァンという男性を選ぶ理由が全く無かったという。
ところがある日、サンミエールの丘の崖からセレスティーナがよく知る子供が落ちて崖の中腹に引っ掛かっているらしいとイヴァンから知らされる。
一緒に助けに行って欲しいと焦った様子でロープを持って出ていこうとするイヴァンに、セレスティーナは少しおかしいとは思いつつも一緒にサンミエールの丘に向かう。
着いて見ると確かに崖の中腹に子供が倒れている。
「あれは、ピルロっ!」
すると、近くの大木にロープを縛っていたイヴァンが戻ってきて、自分がピルロを助けたらセレスティーナに自分と付き合うようにと言ってきた。
「こんな時に何を言っているの! あなたまさかピルロをっ! あなたのような人は医者ではありません! 今日のことはお父さんと話して然るべく対応して貰います!」
怒ったセレスティーナは自分でロープを伝って崖を降り始めた。
途中まで降りた時だった。今度はイヴァンがロープにナイフで切れ目をいれ始めた。
「何するのっ!」
「俺と付き合えっ! そしたらこのロープを切らずにおいてやるっ!」
「ふざけたこと言わないでっ! あんたなんかと誰がっ!」
その瞬間、イヴァンがロープにナイフを入れたのを見たのを最後にセレスティーナの記憶は無かったという。次に目覚めたときは今の状態だったと。
「酷い話だな。ストーカーみたいなもんか……」
「許せないイヴァン! ピルロや私だけじゃなくてお父さんまで! 絶対に赦さないんだからっ!」
「さて、セレスティーナ。これからどうする? イヴァンに復讐するのか?」
「そうしたいのは山々なんだけど、何故だか私ここから動けないの……」
「え、どうして? ……あっ、セレスティーナってファントム(=地縛霊)だからかっ!」
地縛霊は理由もわからず、亡くなった認識のない霊が生前のこだわりや何らかの理由で特定の場所に縛られて動けない霊だってネットにあったのをクラウは思い出した。
「ファントムが亡くなった理由や事実を知ったらどうなるんだ?」
「わかんない……。消えちゃうのかな……。動けないのもイヤだけど、このまま消えるのはもっとイヤっ!」
一つだけ方法がありそうだが、あまり勧められない気もする。
「私どうしたら……」
そう言ってセレスティーナは泣き出してしまう。
『ファナ、アヴァ、どう思う?』
『クラウノオモウトオリニ……』
『うーん、連れてってあげれば? 乗り掛かっちゃった船だし』
少し考えたクラウは提案する。
「あのさ、やってみないとわからないんだけど、消えずに移動も出来る可能性がある方法がない訳じゃ無いんだ。何だか状況を利用しているようで心苦しいんだけど」
「えっ! そんな方法があるのっ! 教えてっ!」
セレスティーナはぱっと表情を明るくする。
「実はオレには魔獣を従える能力があってね。今も2つの魔獣がいるんだけど、オレと使い魔としての契約を結んで貰うって方法なんだけど……」
「えっと、それってあなたの言うこと何でも聞かなきゃいけないってこと?」
セレスティーナが不安げな表情になる。
「何でもって言うか、お願いはするかも。嫌なら仕方ないけど、オレは冒険者だし、いろんな魔獣や人間とも戦うことになるかも知れない」
「……変なことしろって言わない? エロいこと要求したりしない?」
セレスティーナは両腕で適度に膨らんだ胸を隠すように抱えながら、じぃっとクラウを見つめている。
「うっ、ああ、しない。約束する」
クラウはドギマギしながら答える。
「私はお父さんにきちんと私を殺したのはお父さんじゃなくてイヴァンだってこと伝えたいし、イヴァンには報いを受けて欲しい。それが叶えて貰えるんなら……」
「解った。手助けするよ」
「そう、ありがとう」
そう言うとセレスティーナは、クラウの側によって頬にキスをした。
「じゃあ、契約を……」
クラウは真っ赤になりながらも、テイムの手順を踏み始めた。
テイムが終わるとセレスティーナがかしづいた状態で言う。
「よろしくね。ご主人様。私のことはレスティと呼んでください」
美しいセレスティーナにそう言われるとクラウはくらくらするものを感じるがなんとか踏み留まるとこう言った。
「よろしくレスティ。オレのことはクラウでいいから」
「ところでボリスはどうする?」
「一緒に連れていってもいいかしら?」
「ボリス次第だな。同じようにしてもいいのかどうか」
「ボリスどうする? 私と一緒にクラウと行く?」
レスティがそう言うと、ボリスは尻尾を振ってワン!と答えた。
「判ったよ。じゃ、テイムするな」
クラウはボリスのこともテイムした。
「ごしゅじん。よろしく。レスティにやさしくしてくれたら、ワシはそれでじゅうぶんだから」
ボリスと直接意思疏通が出来るようになった。
「じゃあ、二人ともオレの影に」
「ちょっと待って。キュカにお礼を書かなきゃ」
レスティはそう言うと、ベットのそばの壁にキュカへのメッセージを書いていた。実体と同じように物を動かせるようだ。
「私はこの姿で直接会うわけにはいかないけど、クラウからキュカにここにメッセージを書いていたこと伝えて貰えないかしら」
「ああ、判ったよ」
クラウがそう言うと、レスティはボリスに声をかけた。
「じゃあ、ボリス。久しぶりにお出かけしましょっ!」
そう言うとレスティとボリスはクラウの影に入っていった。
「よしっ、じゃあ明日、まずはギルドによってそれからウェスカスに戻るとしようか!」
『はいっ、お願いします!』
レスティの明るい声がクラウの頭に響いてきた。
ハーレムっぽくなりつつあるトシフミに比べて、まわりに女の子がいなかった康司にも漸くカワイイコが。
でも、幽霊なんですよね。ごめん康司……。
(By 作者)




