第48話 渦巻く思惑
今回はトシフミ達は出ません。
ここは、トリアードの王都、グランドジョージ。
国王ダリウス=モントゴメリーは首席秘書官のケイトから報告を受けていた。
ダリウスは34歳。前国王の病死にともなって国王となった。亜麻色の長い髪をオールバックにして首まで垂らしている。身長は190セルの偉丈夫だ。体つきもがっしりしていて、胸板は厚い。太くつりあがった眉は意思の強さを示し、表情は自信に満ち溢れている。
皇太子であった当時から近衛ではなく、前線にあることを希望し特務師団に所属。士官学校を卒業後、コネとは無縁の功績を挙げ続け、独力で師団長まで上り詰めていた。地方の反乱や大規模な盗賊団の排除、あるいは人質篭城事件における突入など、周りから見れば皇太子としての立場を忘れているかのような危険な任務をこなし、そしてその力量で解決してきていた。
国民からは3代つづいた穏健な国王の下、溜まりつつあった閉塞感を吹き払ってくれるものと即位時には国を挙げて歓呼をもって迎えられていた。
「陛下、先程グランドジョージ駐在のホーエン大使から面会の申し入れが有りました」
執務室の椅子に座り、決裁書類を眺めていたダリウスは声をあげた。
「ほう。何の用だ?」
「はい、恐らくは先日のホーエン王都での騒乱に関連するのではないかと」
「もう、収まったのだろう? そう言えばギャリソンからその後の報告は届いたか?」
「はい、ようやく」
ギャリソンはホーエンの王都コーベンに駐在するトリアードの大使だ。今回の騒動ではトリアード大使館が庶民街の東側にあったことで難を逃れていた。
ケイトはひとつのファイルをダリウスに手渡す。ダリウスは自分の執務椅子に背を預けながら、そのファイルを手に取り、目を通し始めた。
ケイトは28歳。若い女性の身ながら、大国であるトリアードの国王ダリウスの首席秘書官を務めている。
彼女はダリウスが皇太子時代に所属していた特務師団でダリウスの副官をしていた。非常に聡明な女性で状況判断や助言などが極めて的確であったことから、ダリウスは彼女を信頼し、常に側に置いていた。それでそのままダリウスが即位した際、その希望もあり首席秘書官として現在も務めている。
身長は173セル。赤茶色のストレートの髪肩の長さで揃えている。目元がスッキリした美人で、軍で鍛えられた体は無駄な贅肉はなく、それでいて女性らしい部分はハッキリとその存在を主張している。
「なるほど。コーベンの街中に、2千近い虫型の魔獣が現れたのか。国王の生誕祭の最中だったというから人出も多かったのだろう。それが被害を大きくしたのだな」
「はい。残念ながらわが国の人間も多数巻き込まれ、数人が亡くなったようです」
「そうか。国内に向けては遺憾の意を表して置いてくれ」
「はい」
「魔獣に対しては、国軍よりは探検者の存在が大きかった様だな。ま、対人戦を想定している国軍よりは、常に魔獣を相手にしている探検者の方が役にたったということか」
「はい。それで報告の内容と当方での情報収集に基づいて検証しますと、今回の事象に置いて留意すべきは、何者かが起こした人為的な事件であるという事と、今回の解決に多大な貢献をしたとされるある探検者の存在につきるかと」
「ほう。今回の件、人為的な物であるというのか」
ダリウスはファイルを眺め直しながら問いかける。
「はい。報告によれば、解決に貢献をした者の叙勲式の最中に、エグバート王シダーグなるものの配下と名乗る男が乱入し、騒動の犯人は自分であると名乗ったようです」
「エグバート? 聞いたことあるか?」
ダリウスは疑問の表情を浮かべている。
「いえ。と言うことは人類未踏の地と今まで言われていた場所に相応に組織だった国なり集団なりがいるということでしょう」
「と言うと南海か北海の奥だろうな」
そう呟くダリウスにケイトも同意する。
「恐らくは。そしてその男、ホーエン国王の前でまた仕掛けると宣言したとのこと」
「ほう。それはホーエンにとっては災難だな」
軽く答えたダリウスにケイトは注意を促す。
「ところが我が国にも関わる可能性があるようです。その者はローメリア全体のあり方を変えることをエグバード王が望んでいると言っていたそうです」
「つまり、ウチも同じ目にあう可能性が有ると?」
「はい。コーベンの件では地上に現れたのは2千匹弱だと言うことですが、コーベンの地下には1万5、6千匹の魔獣が蠢き、這い上がって街を蹂躙する寸前であったと言う情報があります」
ダリウスは珍しく驚きを表していた。
「そんなにか! ホーエンはどうやってそんな数の魔獣を退けたのだ?」
「はい、そこに先程申し上げたある探検者が絡んで来るのです」
「ほう。それがこのファイルにある[ミスティック]のリーダー、トシフミと言う者か」
いつの間に撮られたのだろう。ダリウスの手にはトシフミのホログラフィーのようなものが乗せられていた。
ケイトは頷く。
「はい。この者、ホーエンでいう魔法の5属性を全て使いこなし、精霊を4人宿して精霊魔法を使うとのこと。そして地下にいた1万数千の魔獣を1人で殲滅したという話です」
豪胆で知られるダリウスが驚きを隠せなかった。
「そんな者があの国にいたのか! 今までそんな情報無かったではないか」
ケイトは驚くダリウスに説明する。
「私も何故今までそんな人物が我々の情報に掛からなかったのか不思議です。ただ、この者、事によってはわが国の脅威にもなるかと」
ダリウスはケイトに意見を求める。
「もし、ホーエンと事を構える事になれば確かに脅威だな。それでお前はこのトシフミなる者をどのように扱うべきだと考えているのか?」
ケイトは一息おいて答えた。
「……味方に引き入れるべきかと。少なくとも敵に回すべきではありません」
「なるほどな。ではホーエン大使は何を言ってくると思うか?」
ケイトはその質問も想定していたようだ。直ぐに答える。
「恐らくは当方にあればという期待を含みつつ南海へのルートを含むエグバートに関する情報提供の要請と我々に対する警鐘かと。その対価は彼らに起きた出来事の詳細の情報提供という所でしょうか」
「なるほどな。ま、当方にもそれほどカードがあるわけでもないが、まずはホーエン大使が何をさえずるのか聞いてみようではないか」
そう言ってダリウスはファイルを机の上に放ると、立ち上がった。
◇◇◇◇◇
一方、サウザン=ユナイトの代表都市マドロルではホーエン大使の話を聞いた連合代表のテイムールが、同国西部の主要都市国家のひとつであるバンガールの代表であるアルサングに意見を聞いていた。
「……ということを言ってきたんだがどう思う?」
「そうだな……。そのエグバート王なる者の考えがその通りだとすれば、いずれ我々にも同じ災厄が降りかかると言うことか……」
サウザン=ユナイトはサヘール大陸南部の都市国家の連合体で海運で栄えている。各都市の代表には自治権が認められており、各々独立して動いていた。この国には王や貴族はおらず、民衆から選ばれた代表が集まり、連合全体の方針を決定している。
従って、テイムールもアルサングも元はそれぞれマドロルの商会の代表であり、バンガールの海運業者の会頭であった。
テイムールは55歳。178セルの少しふっくらした浅黒い肌と黒髪を持つ男だ。穀物と木材を扱う商人で、父親の事業を継いだ2代目だ。マドロルの代表かつサウザン=ユナイトの代表として多忙を極めてからは商会は弟と息子に委ねている。
アルサングは49歳。181セルの引き締まった体と金髪に茶色の毛が混じった髪を持った精悍な男だ。荒くれものが多い海運業界を纏めて来たこともあり、胆力も備わっている。
テイムールは慎重さと大胆さを併せ持つこの男が気に入り、その意見を連合の舵取りの参考にすることが多くあった。
「 まあ、真実だという前提で対策を検討すべきだな。実際、バンガールの者も騒動に巻き込まれた者がいてな。コーベンは魔獣に大挙して襲われたことで大混乱だったと報告を受けている。多種の虫魔獣が同時にコーベンを襲っている事を考えればただの災難ではなかろうな」
アルサングはそう言った。
「そうか……」
テイムールはそこである事を思い出した。
「そう言えば以前、南海を越えてきたという難民が保護されていたな。当時はあり得ないの一言で片付けられていたが……。一度その者の話を聞いてみた方が良いかも知れんな」
「その話、わかったら俺にも教えて欲しい。それにもしコーベンと同じことが起きたら、どう対処するか、ガーディアンとの打ち合わせも必要だな」
アルサングはそう提案した。
ガーディアンとはサウザン=ユナイト特有の組織で軍隊と冒険者のギルドの中間のようなものだ。
平時は各自で依頼などに基づいて動いているが緊急時は招集を受けて軍隊の編成へと変わる。
臨機応変とスピードを信条とする組織だった。
「ああ。わかった。また連絡をする。そちらでも情報収集を頼む」
「ああ。了解だ」
アルサングはそう言うと、テイムールの執務室を去っていった。
「さて、まずは話を聞かなければな」
テイムールはそう呟くと秘書官に自称南海からの難民の話を聞けるようセッティングを指示した。
◇◇◇◇◇
緑の月から紫の月へと変わっても未だ寒風が吹き付けるストランドの王都、サンクトウラジール。
ここは国王であるミハイル=クラインの私室だ。
そこには王妃であるナターリアと、ミハイルの友人であり、王室魔術師でもあるアレクセイ=アシュリーの姿があった。
部屋には未だ暖を取るための暖炉が焚かれている。
サンクトウラジールの家々で、暖を取るための道具が使われなくなるのは青の月と金の月の2ヶ月だけだ。黄の月の後半には寒さから夜には暖を取ることになる寒さ厳しい地域である。
ミハイルとアレクセイは1人掛けのソファに暖炉に体を向けるように座っていた。
ミハイルは51歳。国王としては円熟味を増してきた所で、トリアードや神聖シャンハール帝国との距離を適切にとり、交易を推奨した事により、国内の食糧事情が改善、国内は安定している。175セルの背の割にはかなり太った体型をしているが、今のところ典医からも特に悪いところは指摘されていない。
赤ら顔に白いものが交じった長い髭が特徴的な男だ。
一方、隣に腰掛けるアレクセイは185セルの細い体に金の装飾がついた黒いローブを纏っている。短めの金髪に髭は無く少しとがり目の顎が目立っていた。
年齢は62歳。ミハイルが即位してからの23年の間ずっと王室魔術師としてミハイルを支えてきていた。
「今回のホーエンの出来事は痛ましい限りだな。無辜の民が数多く犠牲になっておる。ただ今日のホーエン大使の話では対岸の火事では済まなそうじゃ。難儀な事だな」
ミハイルはアレクセイにそう語りかける。
アレクセイは暖炉の火を眺めながら言った。
「しかし、対応を考えなければの。我等にはホーエンのように特別な力を持った魔術師はおらん。しからば同じような攻撃を受けた場合持ちこたえるのは至難の業じゃ」
「ホーエンの大使は詳しい話は言うておらなんだが、その魔術師はどの様な男なのだ?」
ミハイルの問いにアレクセイは目線を変えずにそのまま話を続けた。
「娘の話では[異邦の人]であるそうじゃ。性格的には紳士的で真っ当だそうだ。5属性と4精霊の魔法を使えるらしく、膨大な魔力と精神力を持ち、剣や槍もかなりの使い手だそうだ。魔力総量が2万5千という、そう言う意味では200年ぶりの特別な存在という訳じゃな」
「魔力総量が5桁の者など聞いたことがないな。ホーエンはそう言う者が居たからこそ6千を超える犠牲を出しながらも、なんとか王都が守れたのだな。わしらはどうすべきかな」
ミハイルは溜め息をつく。
「国内の防御体制を整えつつも、万一の時はその者、トシフミと言うそうじゃが、ホーエンから借りねばならんかもしれんな。何でも鳥の姿をした精霊に乗って空を飛ぶことも出来るらしい」
アレクセイはそう言った後、はたと気が付いたように呟く。
「一度ミシェルに案内させてサンクトウラジールを訪ねて貰えば……。確か《転移の大図》を持っておるらしいからの」
「なるほど、それならば何かあれば直ぐに呼び寄せることも可能じゃな」
ミハイルも膝を叩いて頷いている。
その時、2人の為に温かいスープの入ったカップを持ってきたナターリアが一言言った。
「そのトシフミなる方のご都合は考えなくてもよろしいの? ストランドに何の縁もない方なのでしょう?」
「う」
「あ」
言葉に詰まる2人。
「事が起こる前にミシェルさんに一度その方を連れてきて貰ってお話をなさっては? どういう方かも分からないのに国の命運をお委ねにはなれないでしょう?」
ナターリアの言葉に最もだと頷きつつもアレクセイは頭を抱える。
「ミシェルはそう言う事が苦手な娘でしてな。特に精霊が絡むと目の前の事しか見えなくなりおるので、周りから浮いてしまう事があっての。難しいかもしれんなぁ。じゃが、背に腹は変えられぬな。話してみるかの」
「頼む。万一の時はうちの娘を嫁にくれても……」
意気込むミハイルにナターリアの言葉の剣が刺さる。
「陛下。娘の器量を考えて物をお考えくださいな」
「……」
夫婦の会話にアレクセイは聞こえない振りをしてやり過ごしていた。
確かにミハイルの娘3人は何れも器量的には美人とお世辞にも呼べる容姿ではなかった。それでもミハイルにとっては大事な娘で大切に育てて来たつもりではあったのだ。
「……まずは、アレクセイ。お前の所から頼む。済まんな」
暫しの葛藤の上で漸く自分を取り戻したミハイルはアレクセイにそう頼むのがやっとだった。
◇◇◇◇◇
その頃神聖シャンハール帝国の帝都ロマニールでは、ホーエン大使の言葉は重く受け止められていなかった。
直接の交渉相手だった執政官であるアウレリオ=ベッテガがホーエン大使の話を聞いていたその時、横から枢機卿であるアルメリコ=カンピオーネが口を出してきたのだ。
「神聖シャンハールは神に認められし、由緒ある国である。他とは違うし、もし万一の時は神のご加護により魔獣など簡単に滅ぼされるであろう。他国の者に心配される謂れはない! 議論は無用じゃから早々に立ち去るがよい」
そう言ってアルメリコは勝手に大使を追い返してしまった。
アウレリオにとって判断材料を得たい情報もあったのだが、枢機卿の言動を否定することもできず。黙るはめになってしまった。
(くそっ。アルメリコは何の権限があって、俺の邪魔をするのかっ。全く教会の連中はっ!)
アウレリオは退出したアルメリコに憤慨しながら、部下にホーエン大使を訪ねて情報をとるように指示するしか方法はなかった。
◇◇◇◇◇
そしてここはエグバード。とある一室ではマフナーズが弟子達を前に状況を確認していた。
そこには13人の者が、かしづいて控えていた。
「その方たち、準備は怠りなくすすんでいような? よもやそれぞれの予定の日付に遅延することはあるまいな?」
マフナーズは部屋にいる13人を見ながらいう。
「はい、マフナーズ様。問題ございません」
1人の声がそう聞こえる。すると残りの12人も唱和した。
「「「「「「「「「「「「予定通りです」」」」」」」」」」」」
「それぞれの刻限には間に合うように頼んだぞ。特にシャハーブお前は一度そのつめが甘くなったところを衝かれている。次はないと思えよ」
「はいっ! 必ずや次は成功させて見せます」
「ローメリア全土に、シダーグ様のご威光を鳴りひびかせるのじゃ! よいな!」
「「「「「「「「「「「「「
はいっ!」」」」」」」」」」」」」
最後まで読んで下さってありがとうございます。




