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第37話 王都騒乱 其の一

2014.4.18 話を大きく修正しました。

 ここは王都貴族街西第5区。貴族街の西の端だ。そこにミナミー島に領地を持つゼギド男爵の屋敷がある。


 それほど大きくはない屋敷の主であるゼギド男爵は52歳。男爵家を守る事が精一杯の凡庸な男だった。遣り手だった祖父と、その事業を拡大させた父の代まではそこそこよかったのだが、その父が晩年に投資に失敗。急速に屋台骨が傾いていった。そして現在、かなり苦しい台所事情であった。


 その屋敷から今しがた帰っていったものがいた。


「実に羨ましい、いや忌々しいわっ」

 ゼギド男爵は吐き捨てる。

「ナガーオル男爵め! いったい何しに来おったのだ! 1時間以上も延々と!」


 ミナミー島のゼギド男爵の領地の隣に自領を持つナガーオル男爵は、領内で発見された洞窟を探検者に探索させたところ、隠し財宝が見つかり、非常に景気がいい状況にあった。その事を自慢されたのだ。


 ゼギド男爵は久しぶりにせっかくだからと国王の生誕祭を見物でもしようかと王都に残っていたところに、羽振りの良さを見せつけられてイライラがつのる。


(くそっ。ワシとて探索費用が出せればやらせてみたいが、今のところ領内にそのような洞窟等見つかっておらぬし、闇雲に探す訳にもいかん)


 ゼギド男爵は苦虫を噛み潰したように渋い顔でナガーオル男爵が出ていった扉を見続けていた。


「我がゼギド男爵家とて父の代に穀物の投資で騙されたりしなければ……」


 先日の御前会議で言われた魔獣対策用の武具購入も男爵の気分を重くしていた。


(正直そんなこと本当に必要なのか? 起こるかどうかもわからない事に金をかけねばならんとは。体面を考えれば買わん訳にはいかんし。出費がかさむのう)


 その時、男爵の部屋の扉が乱暴に叩かれる。

「父上っ! 部屋におられるかっ!」


「どうした。騒がしいな。少し落ち着け」

 男爵は飛び込んできた息子をたしなめる。


「父上っ、大変です! 我が屋敷の敷地内に陥没で大穴があきました!」

「なにっ!」


(なんて事だ。また、工事で金をかけねばならんのか。はぁ)

 ゼギド男爵はめまいがして今にも倒れそうな感じがしていた。


「それが、陥没した所の地下に大きな横穴が開いているのが見つかったのです! いかがいたしますか父上?」

「何だとっ!」


 ゼギド男爵の脳裏に、さっき帰ったナガーオル男爵の忌々しい顔が浮かぶ。


(もしかしてこれは天がくだされた好機ではないのか……。我が男爵家にもツキが巡って来たのかも知れん)

 ゼギド男爵は考え込んだ。そして息子に伝える。

「よしっ、腕の立つ兵だけを集めろっ! その横穴とやらを探索するっ!」


 30分後、ゼギド男爵の部屋に15人ほどの者が集まった。

「よし、横穴を探索するのじゃ。もし、何か財宝でも見つかった場合には、褒美を取らすぞ」

「「「「「おう!」」」」」

 兵士達は盛り上っていた。 

(ま、見つかればの話じゃがな……)


 ゼギド男爵自身も剣をはき、一緒に行こうとすると、兵の一人が言う。

「あの、男爵様も一緒に行かれるので?」

「そうじゃ。お主たちだけにキツイ思いをさせるわけにはいかんからの」

 ゼギド男爵の本音を言えば、何か見つかってもネコババされないか心配なだけだった。


 陥没で開いた穴を降り、横穴を覗く。ゼギド男爵の背丈の5倍以上の大きさの穴だ。


(王都の地下にこんな大きな穴があるなんて。誰が掘ったのじゃろうか)



「よし、行くのじゃ」

 ゼギド男爵は兵達を先にいかせ、息子と一緒に後ろからついて行く。


 しばらく進んだ時だった。

 先頭にいた兵が声を上げる。

「男爵様っ! 向こうに何か赤い光が見えた気がします!」

「なにっ!」


(ついに見つけたか! 宝石か何かだろうか?)


 ゼギド男爵の目にも赤い光が見えてきた。結構な数の赤い光がある。

(あれが全て宝石なら、我が男爵家も建て直せる!)


 いつの間にかゼギド男爵は走り出して兵よりも前に出ていた。

(よし、これで我が男爵家も、他家に自慢出来る。あの忌々しいナガーオル男爵にもっ!)



 ゼギド男爵は兵達の士気を上げようと、振り返って言った。

「よし、あの赤い宝石をお前たちにも1つずつくれてやろう。喜ぶがよいぞ!」


 その時、後ろにいた兵達の顔が驚愕の表情に変わる。

「そうか、そんなに嬉しいか。お前達には苦労かけとるからの。その礼じゃ」


 ゼギド男爵がそう言った時だった。彼の体に何かが巻き付く。


「ん?」


 振り返ったゼギド男爵が見たものは…………。


 兵達の悲鳴と共にそこで彼の時間は永遠に止まった…………。



◇◇◇◇◇


 その頃、ダイカクはオズーノの依頼で魔法・生物研究所を訪ねていた。


「オズーノ様、おはようございます」

「おお、ダイカク、来てくれたか。今日は国王生誕祭じゃと言うのに済まんな」

「私には関係のない祭りですから」

「まあ、そう言うな。相変わらずじゃの。今日は娘子や弟子たちは連れておらんのじゃな」

「彼等は今日は祭り見物をするようですから、置いてきました」

「そうか」

「早速ですが、魔導樹にどのような事が起こっているので?」

 ダイカクの問いにオズーノは、ダイカクを伴って地下にある魔導樹の状態を監視している部屋に向かう。


「この数日の事なんじゃが、魔導樹が大気から吸い込む魔力の量が急に増えての」

「今までも季節や日によって誤差はあったと思うのですが、その範囲ではなくですか?」

「それが、最初はわしもそう思ったんじゃが、通常の倍を超えてくるとそうも思えなくての」

「倍を超えているのですか?」

 正直、ダイカクは驚いた。倍を超えるとは。予想を超える話だった。

 ダイカクが知る限りでも2割ほど増えたりしたことは過去にもあったが1日だけの話だった。それが数日にわたることはなかったのだ。


「それで魔導樹とはコンタクトされてみられたのですか?」

 オズーノは生魔法を使うことが出来る。それにより魔導樹と直接に意思を交わすことが出来るはずだった。


「ああ、試みてみたのじゃが、魔導樹自身もよく解らないらしい。何でも、王都近辺の土壌に含まれる魔力が急激に減っているのだそうだ。そのバランスを取るために大気の魔力を取り込む量を増やしておるらしい」

「何が原因でそうなっているのでしょうか」

「魔導樹にはそこまでは解らないようじゃ。ただ何かに吸われている感じがするとは言うておっての。それをたどれば何か解るかもしれん」


「であれば、土魔法士達に探索をさせれば……」

 そう言いかけたダイカクにオズーノが答える。

「そうじゃな。わしもそう思って土魔法士達に探索を指示したのじゃが、魔力の流れがそれなりに地中深いところのようでの。なかなかその流れの向かうところを特定できんのじゃ。それでお主にもあたって欲しくての。ミシェルと一緒に頼まれてくれんか」

「わかりました。早速向かいます」



◇◇◇◇◇



「「さっ、行くよっ!」」

 午後になるかならないかのタイミングでアヤメとサラが立ち上がる。二人のテンションがやたらと高い。

 昨日の夜、アヤメから国王生誕祭の様子を聞いて、サラは待ちきれなかったようだ。


 この祭りは、マサノブ王の生誕を祝うものだ。


 王宮では夜には祝賀の舞踏会が開かれ、貴族街ではきらびやかな飾り付けが行われ、庶民街には露店が並び、この日のためにホーエンだけではなく他国からも、大道芸人や商人が集まって来る。

 ホーエン各地の街でも祝われるのだが、王都のものは他より規模が大きいことや他国からも人が集まることから、他とは違う賑わいを見せるそうだ。

 やって来る人達だけでなく、迎える商人や露店商達も財布の紐が緩んだお客を迎えるべく活気づいているらしい。


 敏文、ブンゾー、キキョウ、ナミは、サラとアヤメのテンションに苦笑いしつつ、男爵邸を出発した。

 マリカは先日の中等学校時代の友達と待ち合わせをして別行動をとるようだ。

 先日のこともあり、敏文はダイカクだけではなく、キキョウ、マリカ、ナミの3人に《遠話の腕輪》をプレゼントして、何かあったときに連絡が取れるようにしておいた。

 これがあれば雑踏の中ではぐれても連絡がつく。




 敏文達は貴族街を出て、庶民街へ向かう。

 庶民街に入ったとたん、通りは活気に満ちてきた。街は色とりどりの旗や花で飾り付けられ、国王万歳の横断幕や、ホーエンの国旗が飾られている。


 通りに面した商店は店を開き、何時もより、格安の特別価格であることを謳い文句に、セールを展開している。いつもは何もない通りでも、露店商が珍しいアクセサリーや衣類、小物類を景気よく売っている。


 そして敏文達は庶民街の中心、中央第8区にある噴水を囲む広場にやって来た。

「わぁ」

 サラが嬉しそうに、口元に両手を当てている。そこには噴水の周りで繰り広げられている大道芸とそれを囲むように、屋台が立ち並んでいた。


 大道芸人達は華やかな衣装を身に纏い、自慢の芸を披露している。ホーエンのものだけではなく、サウザン=ユナイトの動物使いや、トリアードの曲芸師、ストランドの絵師等が人だかりを集めていた。


 そして、何より周りの屋台からのとてもいい臭いが、強烈な魅惑の薫りを漂わせていた。


 サラとアヤメは、もうテンションMAXだ。

「ねえ、あれは何の料理?」

「あ、これはどう? 美味しいの?」

「あ、いい匂い」

「何だか喉が渇いちゃった」

 サラからの次々と入る質問とオーダーに次々と答えながら、アヤメはしっかりと自分の食べるものを確保している。


 敏文達年長組?の4人は、そんな2人を微笑ましく見ながら、自分達も楽しんでいた。

「結構旨いなこの鶏肉の串は。酒が欲しくなってきた」

「少しやるか?」

 敏文とブンゾーは食べ物の旨さに酒を飲みたくなっていた。


 その時、敏文は雑踏の中に見覚えがある顔を見つける。シンジローだ。

 彼はその姿に似つかわしくないわたがしを買って、ある建物の中に入って行く。すると、今度は建物の中からカズミが出てきた。今度はイカのようなものを焼いた串を買って建物の中に入って行く。


(何をやってるんだ? あの様子だと、2人で来ている訳じゃ無さそうだな)


 敏文はみんなにちょっとだけそこで待ってて貰うように頼むと、2人が入っていった建物に入って見る。


 するとちょうど部屋から出てきたシンジローと鉢合わせした。

「よう、さっきからカズミと2人でなにやってんだ?」

「あ、トシフミ殿! いや、これは………」


 そこに部屋の扉が開いてカズミが顔を出し、シンジローに声をかける。

「シンジロー様っ! 追加でチョコバナナもっ…………って、あっ! トシフミ殿!」


 そこで敏文はピンと来た。

「もしかして、中にいるのか?」


 2人は、顔を見合わせると突然敏文の腕を掴んで部屋の中に引き入れる。

「お、おい、…………」


 敏文が部屋に入ると、そこには予想していたナツキだけではなく、ヨシトモまでがいた。

 あと2人の敏文が知らない近衛の者と、加えて黒い服を着た執事のような男が立っている。


「あ、トシフミ殿」

 お皿からきれいに切られたいか焼きをフォークで食べようとしていた手を止めてヨシトモが驚く。

 ナツキはお皿に乗せられたわたがしをナイフで切って食べていた。


「お2人はこんなところで何を……」


 敏文の質問にヨシトモが答える。

「いや、なに、ナツキが庶民街の祭りがどのようなものか見てみたいと言い出してな。かく言う私も興味があったものだから、近衛に無理を聞かせて、出てきたのだ」

「わ、わたしはっ、民がどのような形で父の生誕を祝ってくれているのか知りたいと思いましてっ…………」

 何故か顔を真っ赤にしたナツキが、少し焦った様子で答える。


「それでどうしてこの様なところで……。祭りを楽しみたいのであれば外に……」


「そんな、とんでもありません! そんなことをしたら、民がお2人に寄ってきて大変なことに!」

 カズミが慌てたように言う。

「お2人は民によくお顔を知られております。お2人がこの場所にいることが知れれば、大変なことになってしまいます。それで苦肉の策で、このような工夫を」

 シンジローも言う。


「でも、これじゃ、祭りの雰囲気や民が何を楽しんでいるのか解らないんじゃないでしょうか」

 敏文は2人に聞いてみた。


「確かにそうなんだがな。ただ近衛の者達の言うことも一理あってな」

 ヨシトモが残念そうに言う。


 敏文は少し考えると、2人に聞いてみる。

「お2人は、本当に民が何を楽しんで、どのように王をお祝いしているかお知りになりたいとは思いませんか?」


「えっ、だからこうして……」

 そういうナツキに、敏文は提案する。

「本当にお知りになりたいのであれば、民の中に入って行かなければ」

「だから、それは……」

 そういう、シンジローを敏文は手で軽く制して言う。

「方法が無いわけではないのです。どうされるかはお2人と近衛の皆さん次第ですが」

 そう言うと、敏文はバッグの中から3種類の魔道具《変化の首飾》《身代りの宝玉》《遠話の腕輪》を2組取り出した。




 少ししたところで、《遠話の腕輪》からアヤメの声がする。

「トシフミ~っ! どこにいるの~?」

「ああ、今行くよ」

 その時の敏文は少しいたずら小僧のような顔になっていたらしい。シンジローの話では。



 敏文は建物を出てみんなの所に戻った。

「どこ行ってたのよ~。ってあら? シンジローさんとカズミさんじゃない。今日はナツキ様と一緒じゃないんですか?」

 敏文はそう言うアヤメに話しかけようとするある女性を抑えつつ、シンジローに目で合図する。


「ええ、今日は非番でして。それで遠方から来た友人達に祭りを案内していた所なんです」

 シンジローの答えに、アヤメはふんふんと頷いてシンジローの友人と紹介された2人に自慢気に言う。

「王都の生誕祭は他とは違うんです。楽しんで行ってください」


 敏文はそんなアヤメにひとつ頼んでみた。

「じゃあアヤメ、こちらの2人に祭りのいいところや楽しいところを案内してあげてくれないか。こちらの男性がトーヤさんで、こちらの女性はその妹さんのハルさんというそうだ」

「えっ、でもシンジローさん達が案内してたのでは?」

 するとシンジローがアヤメに言う。

「どうも私より、貴女のほうがこの場所に詳しそうだ。お願い出来るだろうか」

「えっ、う~ん。わかりましたっ、任せてくださいっ!」

 アヤメは胸をどんとこぶしで叩くと、2人を屋台に案内していく。


「これが美味しいんですよ。どうです?」

「えっと、じゃあお皿とフォークを……」

「何を言ってるんですか! こんなの熱々をそのままかぶりつくから美味しいんじゃないですか! はい、ハルさんもトーヤさんもどうぞっ!」

「おおっ、旨いな」

「美味しい」



「この輪をあそこの的に入れるんです。やってみてくださいっ!」

「えいっ!」

「あっ、ハルさん凄いじゃないですか!」

「嬢ちゃん、上手いね~。仕方ない、ほらこいつを持っていきなっ!」

「あっ、可愛い!」

「よかったですね、ハルさん! こんなに大きなぬいぐるみがっ!」



「ここは、あの魔獣の絵の的が描いてあるところにこの玉を投げて当てるんです。トーヤさん頑張ってくださいっ!」

「とりゃっ!」

「おー、兄ちゃん惜しいっ」

「くそっ、もう1球だっ!」

「ほいよ、頑張んな兄ちゃん!」

「お兄様、頑張ってっ!」

「トーヤさん頑張れ~!」

「そりゃっ!」

「やった~、トーヤさん1等が当たりましたよっ!」


 敏文の知らなかった近衛の2人(トモノジョーとソージというそうだ。)もトーヤをやいやいと応援していた。


 張り切って案内するアヤメにサラもくっついていて、ハルとトーヤもとても楽しそうに遊んでいる。


 敏文はそんな皆を微笑ましく見ながら、シンジローとカズミに話しかける。

「どうです?」

「いや、あんなに楽しそうにしておられるのは初めて見ました」

「私もです」

「よかった。祭りはこうでないとね」



 するとブンゾーとキキョウが敏文に話しかけてくる。

「もしかしてあの2人は……」

「ハルさんって……」


 敏文はウインクをしながら、口に人差し指を当てて、2人に黙っているように合図する。


 4人はしばらく屋台を楽しんだ後、今度は大道芸人達の技を見物し始めた。トーヤとハルはひとつ技が決まると大きく拍手して声を上げている。とても興奮している様だった。


 ひとしきり楽しんだ後、みんなで最初にシンジロー達がいた部屋に戻ってきた。


「ふう、いやとても楽しかったな。王都の生誕祭はこうして皆楽しんでいたんだな」

「私も知りませんでした。こんなに活気に溢れて楽しいものだったとは。それに食べ物の食べ方が変わるだけであんなに美味しくなるとは」

 トーヤとハルはとても感心していた。


「何を言ってるんですか。生誕祭はまだまだこんなものじゃないですよ! これから夜になると、華やかなパレードや、大きな花火が打ち上げられるんですから。これを見逃す手はありません。それに大道芸人達の芸も魔法の光を使ったものになってそれはそれは綺麗なんですよ!」

「えっ、そうなんですか!」

 アヤメの説明に、ハルの目がキラキラしている。


「あ、でも、私は夜には戻らないと……」

 ハルはすぐにガッカリした表情になった。


 その様子を見ていたトーヤは、少し考えるとやさしく妹に語りかける。

「…………今日は少しの間ならよいのではないか? 私は外す訳にはいかないが、お前の事は会の当初は、替えの者に対応させよう」

「でも、それでは不敬に……」

「途中で替わればよいではないか。最後のお祝のご挨拶をきちんと行えば良かろう」

「よいのでしょうか……」


 トーヤは敏文の側にやってきて頼む。

「ワガママを言って済まないが、妹を頼んでも良いだろうか?」

「宜しいのですか?」

 敏文の問いにトーヤは頷く。


「おっと、借りたものは返さねばな」

 そう言うと、トーヤは首飾りを外した。


「ええっ! ヨシトモ様っ!」

「うそっ!」

 アヤメとサラが驚きの声を上げる。そしてハルの方を向いてつぶやく。

「じゃあ、もしかしてハルさんって……」


「ええ、ごめんなさい」

 そう言うとハルも首飾りを外した。

「ナツキ様っ!」


 アヤメが敏文を見て、ぷるぷる震えながら怒りを露にしている。

「ト~シ~フ~ミ~っ! あなた、知ってたんでしょっ! 何で教えてくれないのっ!」


 サラも少しむくれながら、キキョウに聞いている。

「キキョウさん、知ってたんですか?」

「え、最初は知らなかったんだけど、途中で気がついたというか……。ねえ」

 キキョウは、ブンゾーとナミを見る。

「シンジロー達の様子を見たら何となくな」

 ナミも頷いている。


「じゃあ、知らなかったの私達だけ?」

 にらむアヤメとサラに、敏文は少し弁解をする。

「まあ、そう怒るなよ。お2人に祭りを充分に楽しんで頂く為に、変装して頂いたんだ。ナツキ様をよく知るアヤメが気付かないようなら、周囲の人達にも気付かれないだろうと思ったんだよ。それに2人ともそうと知っていたら、さっきみたいな案内出来ていたか?」

 敏文がアヤメに聞くと、首を振る。

「…………いや、多分ムリ」

 サラも首を振っている。

「だろう? 悪いとは思ったんだけどな。すまなかった」


「トシフミを責めんでやってくれ。お蔭で俺もナツキも楽しめたし、民の本当の様子が知れて嬉しかった。あ、ナツキはまだ楽しみ足りないようだがな」

「お兄様……」


 ヨシトモは、シンジローとカズミにむかって言う。

「済まないが、もう少しナツキの我が儘に付き合ってやってくれ。お前達の小隊には迷惑をかけるな」

「いえ、お気遣い感謝します」


 ヨシトモは、改めて敏文に言う。

「済まんが、ナツキを頼む」

「わかりました。切りのよいところで王宮までお連れします。あと、その《身代りの宝玉》と《遠話の腕輪》は差し上げます。何か私を必要とするようなことがありましたら、遠慮なくご連絡ください」

「よいのか。済まんな。そうさせてもらおう。これがあればナツキとも連絡が取れるしな。じゃあ、ナツキ。後ほどな」

「はい、お兄様。ご配慮ありがとうございます」


 そうして、ヨシトモはフード付きのコートを纏うとヨシトモ付きの近衛と執事と共に部屋を出ていった。建物の裏に馬車が待たせてあるそうだ。それで帰るらしい。


 そして、キキョウとナミも男爵邸に帰るようだ。


 敏文達はまだ夜のパレードまで時間があることから、その部屋で少し休んで行くことにした。



◇◇◇◇◇



「おい、ミシェル、どう思う?」

 ダイカクは魔力の流れを追いつつも、違和感を感じつつ、ミシェルに尋ねた。


「そうね。かなり深いところを流れているようだから、はっきりしないところもあるんだけど、いくつかに別れた流れがどうもひとつの方向に向かっているような気がするわ」

 ミシェルは、地中の魔力の流れを感じる為に地面に置いていた手を離しながら言う。


「そうだな。どうも、貴族街と庶民街の中間辺り、ちょうど練兵場がある辺りに向かって流れているように感じるんだが」


「そうね、ダイカク。そっちに向かっているようね。行ってみましょう」

 そう言うと、ミシェルはダイカクの前を走り出した。


(何だか嫌な予感がしてきた。当たらなければいいが……)

 ダイカクはそう考えながらミシェルの後を追った。



◇◇◇◇◇



 辺りが段々暗くなり始め、街灯が灯り始めた頃、改めて《変化の首飾》でハルとなったナツキ、シンジロー、カズミも加わり、7人となった敏文達は、外に出て広場の中心へと向かう。


 広場は昼間とはまた違う光景になっていた。アヤメの言う通り、街は色とりどりの光に彩られていた。街灯と街灯を繋ぐように灯りが灯り、その色は赤や青、黄色や緑色の光もある。そして、屋台は煌々と灯りを灯してその食べ物の薫りと共に客を呼び込んでいる。


 そして広場の中心にいた大道芸人達はその道具に様々な光を纏わせ、とても幻想的な光景を醸し出していた。


「「わぁ~」」

 サラとナツキ、もといハル(変装している間はそう呼ぶことにする。)はとても感動して大きな声を上げている。

「すごい、すごい」

 ハルは、とても楽しそうだ。


 すると、アヤメが大きな声で2人に呼び掛ける。

「ハル! サラ! こっちに来て! パレードが始まるよっ!」


 すると、皆が広場の噴水の周りをドーナツ状に道をあけてパレードの通り道を開けていた。


 そして、華やかな音楽と共に、パレードが始まる。パレードの参加者は、皆はっきりした明るい色合いの衣装を身に纏い、楽器を鳴らしながら、広場の中に入って来た。

 皆魔法によるものなのか、帽子や衣装が色とりどりの光に包まれていてとても綺麗だ。


 ハルは、目をキラキラさせて、はしゃいでいる。パレードの参加者の衣装を指しては綺麗だと感動し、巧みに楽器を奏でる奏者を見ては拍手を贈っている。


 そして、パレードが広場を2周したところでその行進を止め、高らかにファンファーレが鳴ったと思ったら、それと同時に沢山の花火が打ち上げられた。


「「わぁ~。きれ~い!」」

 感動して大きな声を上げるハルとサラ以外にも、広場のあちこちから歓声が上がる。そしてひとりの男が声を上げる。

「国王陛下ばんざ~い! ホーエンばんざ~い!」

 すると会場のあちこちから、国王の生誕とホーエンの栄光に、自らの幸せに、色々な事に対する乾杯や万歳の声が起こり、その内、ホーエン国歌の歌声が響き渡るようになった。

 会場には一体感が湧き、皆知らないもの同士が肩を組んで、国歌を歌っている。


 気がつくと、敏文も隣にいたハルとブンゾーと一緒に肩を組んで歌っていた。ハルは感動したのか、涙を流しながら歌っていた。


 歌い終わった時、誰彼となくハイタッチが始まる。敏文も、ハル、アヤメ、サラだけでなく、一緒にいた仲間や知らない人とも。

 それが終わると皆其々が屋台に戻ったり、引き続き大道芸を見たりと、思い思いに動き出した。


「さて、名残惜しいとは思いますが、あの部屋に戻りましょうか」

 敏文はハルやシンジロー、カズミ達に言う。

「そうですね。残念ですけどそろそろ戻った方がいい時間かも知れません」

 ハルは本当に名残惜しそうに言う。


 ただ、パレードの通り道だった場所も人で埋まり、広場の中はまだまだごった返していた。酔っ払った男達がケンカを始めた場所もある。


 シンジローが提案する。

「これだけ人が多いと通り抜けるのに時間が掛かりそうですね。一旦広場と反対へ行って、二つほど裏の通りを抜けましょうか」


 土地勘は彼らの方がある。

 そこで、先頭をシンジロー、少し後ろをカズミが歩き、ハルを挟んでサラとアヤメが、そしてその後ろに敏文とブンゾーが歩いて行くことにした。


 敏文の前にいる女性3人は、今日の祭りを振り返って、楽しかったことを話し合っている。


 そして人通りが少ない裏の路地を通っているときだった。ハルがくるりと振り返って敏文に話しかける。

「トシフミ様。今日は本当にありがとうございました。お蔭で民の様子も知ることができましたし、私や兄も素直に祭りを堪能することができました。あんなに民が王家やこの国の事を思ってくれているなんて。もし、あのまま部屋の中で食べ物を食べているだけだったら、何もわかりませんでしたわ」

「いえいえ、わたがしをフォークとナイフで食べている様子を見たら、とても祭りの様子をお分かりとは思えませんでしたので。ついでしゃばってしまいました」

 少し敏文は意地悪を言ってみた。


「えっ、ハルはわたがしをフォークとナイフで食べてたの?」

 アヤメが突っ込む。

 サラは口を押さえて、笑いをこらえている。


「あ、酷いです。だって、ああいう食べ方をするものだと知らなかったので……」

 ハルは顔が真っ赤だ。


「冗談ですよ。でも、今日は随分積極的に色々な事に挑戦されておられた。知らない事がたくさんあってもそれを知ろうとすることが大事な事です。すばらしいと思いますが」


「それじゃまるで私が何も知らないみたいじゃないですか! トシフミ様は結構意地悪なんですね! アヤメ、行こうっ!」


 プイッと可愛くむくれたハルが、前を向いたその時だった。


 突然、ハル達3人の目の前の地面が崩れ落ちる!

「「「きゃあっ!」」」

「何っ!」

 そして3人が何とか、転げ落ちずにその場に踏みとどまれたと思ってほっとしたところに、地面から白い糸状のものが伸びてきて3人を絡めとる!


「「「きゃあっ!!!」」」

「「ナツキ様っ!」」

 悲鳴を聞いて戻ってきたシンジローとカズミが叫ぶ!!


 敏文も咄嗟に手を伸ばすが間に合わない!


 3人は陥没した地面の下に、白い糸に引きずられる形で吸い込まれた!


「しまった! サラっ! アヤメっ! ナツキ様っ!」


 敏文がバッグから《ムラサメ》を抜き放ち3人に続いて穴に飛び込もうとしたその時、穴から強い赤黄青の3色の光が発せられた。

「うおっ!」


 それと同時に何かの鳴き声、いや叫び声が上がった!

「ギシャーーーーーッ!」


 すると、再び3人の悲鳴が今度は上からやって来る!

「「「きゃあっ!!!」」」


(え、う、うえ?)


 敏文達が慌てて上を見ると、3人が何故か上から落ちてくる。


「おっとお!」

 サラをブンゾーが受け止め、穴の向こうに落ちたアヤメをシンジローが、そしてぽすっと敏文の腕の中にはハルが落っこちてきた。


 敏文はそのままハルを正面から抱きつかれる形で受け止める。


「何が起きたんだっ!」

 ブンゾーが叫ぶ。

「解らん! ただ、《身代りの宝玉》が発動したらしいな。って、そんなこと言ってる場合じゃねえなっ!」


 《身代りの宝玉》は、身につけているものが何らかの形で捕らわれたりした場合に、その身代りとなって、持ち主をそのくびきから解放すると同時に、込められた魔法を捕らえた相手に放つ魔道具だ。安全の為に敏文達も身につけると同時に今回ハル(=ナツキ)にも渡していた。


 そう言えばヒョーゴの説明には、捕らえられた場所から、捕らえた相手と反対方向に10メルほど離れた場所に持ち主を解放するとあった。だから、捕らわれた場所によっては逆に危険な場合があると。

(そうか、だから上から……。結構場合によっては危ない魔道具かもしれん……)


 ふと、敏文はハルを抱えたままなのに気がつく。

「大丈夫か、お姫様」

 敏文が尋ねると、ハルはびくっとして答える。

「え、ええ。あ、ありがとう……。だ、だ、だ、大丈夫です」

 大丈夫なのか、そうじゃないのか解らない返事をしているハルを降ろすと、敏文は彼女を後ろに下がらせる。


 ハルの頭の中はパニックになっていた。穴に落ちたと思ったら気がついたら次は敏文に抱きついていた。

(なに? 何でどきどきするの? え? どうして私?)

 敏文におろされた彼女は頭の芯のほうがぼうっとしているのを感じる。


「おい、しっかりしてくれっ! 魔獣が出てくるぞっ!」

「はっ、はいっ!」


 ようやくハルは自分を取り戻し、敏文の背後に隠れるように下がる。


「シンジローっ、そっちは大丈夫かっ!」

 敏文は穴の反対にいるシンジローに声をかけた。

「はいっ、何とか。しかし、今のは……」

「なんかの魔獣だ! 下から上がって来てるぞ! 気を付けろっ!」


 敏文が《ムラサメ》を構えていると、穴から這い上がって来たのは、3匹の巨大な蜘蛛の魔獣ビグチュラだった。


 大きさは、普通乗用車程の大きさがある。黒い体に茶色の毛がびっしり生えている。いわゆるタランチュラのでっかい版だ。気持ち悪い。

 よく見ると其々に魔法攻撃の痕が残っていた。《身代りの宝玉》が役に立っていたようだ。


 ビグチュラはカチカチと口を鳴らしながらこちらを威嚇している。


 するとすぐにビグチュラの1匹の複眼の一つに矢が突き刺さる。

「ギシャーッ!」


 ブンゾーが破魔の矢を放っていた。ブンゾーは次の矢をつがえているし、サラは同じビグチュラに《氷矢》の魔法を放ち始めた。

「ギシャーッ」

 その1匹は、怯んで後退りを始めた。


 敏文は《神速》を発動させると《ムラサメ》で1匹の片側の足を全て切り落とす。

 すると、切った場所から体液が飛び散って敏文の左の籠手に降りかかる。

「!」

 敏文の左手の籠手が溶け始めていた。


「奴の体液を浴びるなっ! 溶けちまうぞっ!」

 敏文の叫びにブンゾーとサラは、直ぐに返す。

「おう!」「解ったわ!」


 一方で穴の反対にいるアヤメ達は苦戦しているようだ。


 見るとシンジローが敏文と同じようにビグチュラを剣で切って、足に酸を浴びたようだ。アヤメが《風防》を張って防御している後ろでカズミが治療をしている。


「こっちをとっとと始末しないとなっ! セイラン!」

 敏文は、正面の片足がない1匹を《豪風》で吹き飛ばして穴に落とす!

 隣では、穴ギリギリまで後退りしたビグチュラにサラが、《雷弾》を連射して、穴に追い落とした。


「よしっ! 後1匹っ!」


 敏文は穴の反対にいるビグチュラに向かって《伸長の縛縄》を投げて体に巻き付ける。

 そして、穴の中に引きずり落とした!


 敏文が穴の中の気配探知をすると、落ちた3匹以外に10匹以上が穴の底でモゾモゾしており、登って来ようとしている!


 敏文はこれ以上数が増えられても困るので、精霊魔法で焼き払う事にした。。

「大きいので一気にやるぞっ!」

 穴の向こうではそれを聞いたアヤメが《風防》を張るのが見えた。

 そして敏文はこちら側に《水防》の魔法を張ると、コウを呼んで精霊魔法を放った!

「コウっ! 《炎域》っ!」


 《炎域》は、敏文の意識した範囲を高温の炎で焼き尽くす魔法だ。

 敏文は穴の広さと深さを意識してその範囲を焼き尽くすようにイメージする。


 すると轟音と共に、穴から火柱が上がり、出てこようとしていたビグチュラを焼き尽くす。

「ギシャーッ、ギシャーッ!」

 ビグチュラの悶え苦しむ叫びが響き渡った。


「よしっ! 取り合えずこの穴埋めるっ!」

 敏文は大きく開いていた穴を土魔法で埋め立てた。



「ふうっ。皆大丈夫かっ!」

 敏文達が何とか合流して、シンジローの治療を手伝おうとした時、敏文達の背後で地面が揺れ、轟音がする。


「おい、冗談だろ…………」

 振り返った敏文達が見たものは、地面からはい出して来た巨大なムカデだった。



 こうして、敏文達にとっても、王都にとっても、凄惨で長い夜が始まった。

最後まで読んで下さってありがとうございます。

今回から話が動き出し始めました。


戦闘シーンは書くのが難しいですね。

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