第35話 王都の魔道具店でのお買い物
2014.4.18 話を大きく修正しました。
魔法士となったその日の夜、ノーギ男爵の家で夕食時に、男爵やダイカクが魔法士認定を祝ってくれた。
その席で敏文やサラの魔力値や精神力値の異常さが話題になったが、男爵の「今更驚くことでもあるまい」の一言で苦笑いと共に片付けられてしまった。敏文としてはその方が楽で有り難い。
男爵の王都の屋敷は、ミヤザの本邸ほどではないが広さは十分にあり、敏文達はそれぞれに1室ずつ部屋を提供されていた。
(やはり男爵と言えど貴族って言うのは凄いんだな……)
敏文はそんな失礼な感想を持ちつつも部屋でくつろいでいた。
男爵とダイカクは翌日の御前会議があることから、早目のお開きとなり、敏文達はそれぞれに充てられた部屋に戻って休む事にしたのだ。
(今日は浴びるほど飲ませられなくてよかった)
敏文はほっとしていた。
自分の部屋に戻った敏文は風通しを良くするため少しベランダに面した扉をあける。すると、心地よい風が部屋に入ってきた。
部屋に備えられた椅子に座った敏文は、今日受け取った首にかけられた魔法士としての首飾りを手に取り、頭の中に自分の現状をイメージする。
魔力 23,288/25,000
精神力 6,100/6,300
今日、敏文は魔法・生物研究所で出来る魔法を一通り行使していた。
彼なりにはけっこう魔力を使ったと思っていたが、思ったよりも減っていない。
どうやら自然に回復力が効いているようだ。健康で有れば、ある程度は早く戻るようだ。
「トモエ、魔力や精神力は一晩でどの程度回復するものなんだ?」
『そうね。人によるわ。回復力も人それぞれなのよ。あなたの場合は、仮に極限まで両方の値が消耗したとして半分まで戻るのに2日、更に全快するのにもう1日ってところかしら』
「つまり、半分ぐらいまで使っても一晩休めばほぼ元に戻るってことか。この最大値は、俺の上限って事かい?」
『いいえ。今の値は、現時点での最大値なだけよ。あなたの魔力も精神力もこれからまだ成長していくでしょうね。もし、私達以外の精霊を新しく宿したら、その影響も受けて更に成長すると思うわ』
「そうか、今日の反応を見る限りはあまり人に言える数値じゃ無さそうだな」
その時、敏文のスマートフォンがメールの着信を伝える。
敏文はチノパンのポケットからそれを取り出すと、その内容を確認した。
<3月30日 0:17 恵美>
とうとう、1周忌を迎えてしまった。もう、あなたは帰ってこれないのでしょうね……。お義父さんとお義母さんも、これを区切りにして前に進もうと言っているわ。私はあなたが帰ってくると信じ続けたい。だからあなたのスマートフォンの契約も続けているの。でも、最近少しずつあなたがいない生活に慣れ始めている自分がいる。愛里は判ってくれているわ。愛菜はもう少しかかると思う。でも、二人のためにも私が前を向かないといけないのかもしれない。あなたが残してくれた家と保険金、会社からのお金で何とか今はやっていけている。でも、私も変わらなければ。あなた、できることならそこからこれからも見守っていて。お願い。
敏文は愕然とした。
こちらに来てから、まだ1ヶ月ぐらいだ。元の世界ではすでに1年が経ってしまっている。自分がいない世界が回り始めている。
「恵美……恵美……本当にごめんな。ごめん。帰りたいよ。俺だって帰りたいんだ……。でもまだその方法もなにもわからない。俺この世界から帰る方法絶対に探すから。見つけて帰るから」
敏文は肩を震わせながら涙をこらえる。
『トシフミ……』
『力落とさないで……』
セイランとトモエの声がする。コウとタクミが心配してくれていることも敏文は感じていた。
「みんなありがとう。しっかりしないとな。俺が前を向かなきゃ」
そんな話をしていた時だった。窓の外から隣の部屋の扉が開く音がして、誰かがベランダに出てきたようだ。
敏文が窓のそばへ行き、そっとのぞくと、外に出てきたのはサラだった。
手に魔法士の首飾りとは違う首から下げている何かを握りしめて空を見上げている。
「パパ、ママ、おばあちゃん………」
目元が光っているように見える。
(泣いているのか……)
敏文はこの世界に来てから、サラが家族の事で寂しがったりしたのをほとんど見たことがなかった。彼の記憶にあるのはこちらに来たあの日と魔力を扱えるようになったあの夜だけだ。いつも明るく振る舞っている彼女の姿に勘違いをしていたのかも知れない。
彼女も敏文と同じように大事な家族と離れ離れになっているのだ。寂しくないはずがない。
(むしろ、俺より心細かったに違いないな……)
そう思った敏文は開いた扉から、外に出てサラのそばに行く。
サラが敏文に気が付いて、あわてて目頭を押さえている。
「あ、ごめん。目に何か入っちゃって」
「はい、これを」
敏文は部屋に備えられていた、薄手のタオルのようなものを差し出した。
「ありがと」
サラは、渡されたタオルで両目を押さえると、にっこり笑ってタオルを返してきた。
「それは?」
敏文はサラが首からかけていたものを指さした。
「ああ、これ? これは、福岡への出発前におばあちゃんが御守りだって渡してくれたものなの。書いてある漢字が少し難しくてよく解らなかったんだけど、おばあちゃん教えてくれなかったんだ。旅の安全を祈ってくれた物だと思うんだけと……。トシフミ、言葉の意味を教えてくれない?」
敏文はその文字を見て少し戸惑った。
「なんて書いてあるの?」
「…………良縁祈願…………」
「えっと、それって……」
「平たく言えば、いい相手が見つかりますように…………」
「…………」
サラはまじまじとお守りを見つめている。
「福岡には結婚式のパーティーに行く予定だったんだろう。そこでいい相手が見つかればって思ったんじゃないかな」
「…………おばあちゃんらしいな。いつも私に、日本人の男性のいい所はって言って、日本人の彼氏作るように言ってたから。てっきり安全の為の御守りだと思ってたのに…………」
サラの瞳から大粒の涙がこぼれる。
「ごめん、今だけお願い」
そう言うと、サラは敏文の胸に顔を預ける。
「おばあちゃんに会いたい。パパやママにも会いたい。うっ、うっ…………」
その後しばらく、サラは何も話さず泣いていた。敏文は抱き締めてあげることしかできなかった。
しばらくすると落ち着いたのか、サラが顔をあげて体を離す。
「ありがとう、トシフミ。少し落ち着いたわ」
「そうか」
「でも、おばあちゃんに感謝しなきゃ」
「え?」
「お陰であなたに会えたもの。確かにとんでもないことに巻き込まれてしまったけど、私は一人じゃない。あなたがいてくれている。今はただそれで充分。これからもいろんな事に巻き込まれていきそうだけど、あなたと一緒なら、乗り越えられそうな気がするもの。たぶん」
「たぶん?」
「いや、間違い。絶対」
「絶対?」
「そう、絶対。だから、これからもよろしくね」
「ああ、俺の方こそ」
敏文がそう言うと、サラはにっこり笑っていつもの明るい表情に戻っていた。
「ねえ、明日はダイカクさんたちお城だし、その間に魔道具店に行ってみない? 私やっぱりアヤメが持ってる魔法の袋みたいなのほしいの!」
目がキラキラしている。手もわきわきしている。
(敵わないな……)
敏文は苦笑いしながら答える。
「判ったよ。但し、探検者組合によってからだぞ。あと、持ってるお金で足りないときは我慢すること。いずれは買う必要があると俺も思ってるけど、在庫なかったり値段高いときは仕方ないからな」
「やったね」
サラはぴょんと飛び上がってガッツポーズをする。
普段は大人びた美人なのにこういう時のサラは実年齢よりとても可愛く見える。
「今、何か変なこと考えなかった?」
「え、いや、考えなかった」
(何気に鋭いな……)
「そうかな~。ま、いっか。じゃ、明日ね。お休みなさい」
「ああ。お休み」
◇◇◇◇◇
翌朝、王宮へ向かう男爵とダイカクを見送ると、敏文達は王都の探検者組合本部に向かう。定期船の護衛依頼の完了報告まだだったからだ。もっとも、無事に定期船が王都に入っているので完了していることは組合も判っているはずだが。
敏文達が教えられた本部の場所にたどり着くと、そこに建っていたのは5階建ての豪勢な白壁の石造りの建物だった。
勿論王宮とは比べられないが。
「思ったよりでかいな」
ハカタンの組合の建物よりもだいぶ奥行きも有りそうだ。
入口そばにある建物の案内図を見ると、部署の名前がたくさん書いてある。
地下1階:訓練場/倉庫/留置室
1階:探検者受託窓口/完了報告窓口
2階:依頼者受付窓口/依頼内容審査/預金受払窓口/新規探検者登録受付
3階:評価部/調査部/支部管理部
4階:財務部/装備部/警備部
5階:会議室/応接室/組合長室
朝の依頼受託窓口は探検者達でごった返していた。1階には窓口が12あり、そのうちの10ヵ所が受託窓口に、2ヵ所だけが依頼完了報告の窓口になっていた。
探検者達は自分が受けたい依頼が書かれた依頼状を掲示板から外して受託窓口に持っていく。
中には依頼状の取り合いになっている探検者達がいるが、揉めている探検者達を見つけると警備の担当だろうか、厳つい奴等が笛と共にやって来てその探検者達を連行していく。地下の留置室とかに連れて行くのか、階段を降りていった。
敏文達は空いていた完了報告の窓口に船長のサインが入った完了報告書を提出して、処理を依頼する。
「えっとチーム[ミスティック]の方々ですね。本人確認しますのでリーダーの方そちらに腕輪をかざしてください」
窓口の女性の指示通りに腕輪をカウンターに置いてある機械にかざすとピッと音がして腕輪の情報を読み取ったようだ。
「はい、確かに[ミスティック]のトシフミさんですね。確認いたしました。今回の定期船警備の依頼ですが無事に完了されたこと確認しております。なお、今回の評価について依頼者である[ニシノベ汽船]から基準評価にプラス評価を受けておられます。依頼報酬ですが、どのようにされますか?」
「では、チームの共同管理口座の方に入れてください」
「わかりました。それとチーム[ミスティック]の皆さんには組合長から、面談指示が入っています。緊急の予定がないので有れば、すぐに組合長に連絡しますので少しお待ち頂けますか?」
「は? はい。わかりました」
(なんだろう? 顔見せぐらいで終わればいいけど)
周りの職員が興味津々でこちらを見ながらひそひそ話している。
「(あれが、ミスティックらしいよ)」
「(ああ、あの噂の……)」
「(意外。もっとイカツイ奴等かと思ってた……)」
敏文達は、少し居心地の悪さを感じて急いで受付の女性の指示通りに5階まで階段で上がると、正面の受付に名前を告げる。5階は他の階と違って落ち着いた雰囲気だ。受付の女性がソファで待つように言ってくる。
5分ほど座って待っていると、女性が敏文達を案内してくれる。扉を開いて招いてくれた先には、重厚な机に大きな背もたれのある椅子に座った、浅黒い肌をし、短めの白髪がつんと立っているがっしりした体の男がいた。
「よぉ、来たか。いつ顔を出すかと待っておったぞ。ワシが組合長のドーセツ=カブラギだ」
ドーセツは立ち上がり、4人に握手を求めて来た。
「チーム[ミスティック]のトシフミです」
「ブンゾーです」
「サラといいます」
「アヤメです」
ドーセツは1人ずつ力強く握手する。
「ニシノベのヤナーガやハカタンの支部から有望なチームが現れたって聞いてたから、楽しみにしてたら、今度は王室専用船を助けたって言うじゃねえか。黄色の癖にすごい奴等が現れたって、本部じゃ持ちきりだったんだぜ」
「はあ。ありがとうございます」
「まあ、座ってくれ」
敏文達は勧められたソファに腰を下ろす。
すると女性がグラスに入った飲み物を置いて、部屋を出ていった。
「お前たちは探検者になってからまだ日が浅いが、なってみてどう思った?」
「正直、まだよくわかりません」
敏文はドーセツの問いに正直に答える。
「探検者になるものには、いろんな奴等がいてな。体を使って出来る仕事でもあるから、裕福でない家に生まれたものが生計を立てるためになる場合もあるし、腕に自信がある者がそれを活かす為になる、あるいは魔法や武術に高い能力があるんだが宮仕えを嫌って探検者になるものもいる。お前さんたちは何で探検者になろうと思ったんだ?」
(何で? 何でだろうか……)
敏文は少し考えこむ。
「正直に申し上げます。俺は探検者になりたいと思ってなった訳ではありません」
怪訝な表情を見せるドーセツに対して敏文は言葉を続ける。
「あ、誤解しないでいただきたいのですが、いやいややっている訳でもないのです。俺は……」
敏文はシーバが魔獣に襲われてから、探検者としてヤナーガに向かう事になった経緯を簡単に話した。
「つまり、自分達の前に選択肢として、手段として探検者となる道が呈示され、それを選択したに過ぎなかったのです。ですが、今は幸か不幸か自分に他者にはない力があることを知りました。しかし、その力をどのように使うべきなのか、まだ判っていません」
敏文はブンゾーを見て、そして話を続ける。
「先日のシーバの出来事でここにいるブンゾーは最愛の奥さんを亡くしました。しかも、その出来事が人為的に引き起こされたものである可能性が高い。そしてタバルーや、王室専用船の件もそうです。その解決のために何か出来ることがあるのであればそれをしたいと思っています」
敏文は、出されていたグラスに一口つけると続けた。
「また、今私には探しているものがあります。それが何かを申し上げることは出来ませんが、それを探すために探検者としてこのホーエンを旅することはとても有効だと思っています。そして、依頼を受けて、何かしらこのホーエンの人達の為に役立つ事で見えなかった自分の行き先や見えてくる大事な事もあると思っているのです」
敏文の話に4人とも黙ってしまった。
「すいません。俺ばかりしゃべってしまって」
すると、ドーセツが笑って言う。
「いや、いいんだ。ワシが聞いたんだし。それにそこまで考えている探検者はそうはいないだろう。だいたいが金か、自分の力を試すといった答えになるんだがな。他のものたちはどうなんだ?」
「俺は妻の命が何故奪われたのかを知りたいからだ」ブンゾーが言う。
「私はトシフミと同じ」とサラ。
「私は、自分を成長させたくて。でも、トシフミが言うように、この国で困っている人に探検者として出来ることがあるなら、それをやりたい」とアヤメ。
ドーセツはにかっと笑って言う。
「そうか、そうか。それぞれ目的を持って探検者をやってくれるのならそれでいい。ところで、さっき話していた一連の事件お前たちはどう思っているんだ?」
「この国で何かが起ころうとしているのは間違いないのでしょう。これで終わりなはずがない。むしろこれから相手が本腰でくるのではないでしょうか。それがどのようなものかは見当もつきませんが」
敏文の話に、ドーセツは真剣な表情になり言う。
「これから色々と起こるとして、探検者組合は国から依頼があれば整々とそして積極的に協力するまでだ。その時は力を貸してくれ」
「はい、私達に出来ることでしたら」
「そうか、頼んだぞ」
敏文はドーセツが差し出した手を握り返した。他の3人も。
後から考えれば、この返事と握手が持つ意味を敏文はこの時はまだ理解していなかった。
◇◇◇◇◇
ドーセツの部屋を出たあと、敏文達は魔道具店に向かうことにした。ドーセツに魔法のカバンや袋を探していて、それ以外にも探険に役立つ魔道具を手に入れたいのでよい店を知らないか紹介してほしいと頼むと、それならあそこがいいだろう、とある店を紹介して貰った。
紹介の礼を言うと、がんがん働いて返してくれればいいと敏文の肩を叩きながら豪快に笑って言ってくれた。
その店は探検者組合本部からけっこう離れた場所にあり、路地裏の分かりにくい場所にあった。鳥瞰の図でマーキングをしていなければ、たどり着けなかっただろう。
入口は狭くくたっとしていて、建物も傾いているように見える。
(大丈夫か、この店。地震とか来たら真っ先につぶれそうだな。でも、ドーセツの紹介だし)
そう思った敏文だが意を決して、扉を開く。
「ナスリーンさんの店はここでしょうか?」
この店の主人はナスリーンという、サウザン=ユナイト出身の女性だ。ドーセツの古い知り合いらしいのだが。
店の奥には、ローブを纏った小柄な人間?が座っている。店の中はとても雑然としていて、どれが売り物なのかも分からない。
「ドーセツさんの紹介で伺いました。探検者チーム[ミスティック]のトシフミと言います。ナスリーンさんにお会いしたいのですが」
「いないよ」
「そうですか。こちらで魔道具を売っていると聞いて来たのですが……」
「あたしゃ、留守番でね」
「そうですか、いつならおられましょうか」
「さあね」
「わかりました。では、また伺います」
敏文達は店を出て、その日は帰る事にした。
「せっかく来たのに~」
サラは残念そうだ。
「まがりなりにも探検者組合の組合長からの紹介だ。間違いはないさ。明日また、来てみよう」
翌日、今度は敏文達は朝から訪ねてみる。
「おはようございます」
扉を開けた敏文達の目に入ったのは、昨日と違う、ヨボヨボのお爺さんだった。一瞬入口を間違えたかと思ったが、あんな傾いた家そんなにあるわけがない。
それに外があれだけ傾いているのに、中は割としっかりしている。何か仕掛けが有りそうだ。
「ナスリーンさんは、いらっしゃいますか?」
「…………」
「あの、ナスリーンさんは、今日はいらっしゃいませんか?」
「…………は? 何ですかの?」
「…………」
耳が遠いのか。敏文はサイドポーチからペンと紙を出すと、ローメリア共通語でナスリーンに会いたいと書いて見せてみる。
「んん~っ?」
お爺さんは、紙を近づけたり、かざしたりしている。手をぽんと叩いたので、今日はいるのかと思ったら、出てきた言葉はこれだった。
「わしゃ、字が読めんかった…………」
「…………」
敏文はもう一度尋ねる。
「ナスリーンさんはいらっしゃいませんか?」
「ん、ナスリーンか、ナスリーンはの…………、出かけた」
「「「「…………」」」」
(散々引っ張られて漸く聞けた答えがこれ?)
「仕方ない。また来よう。お爺さん、ありがとう」
呆然としつつも敏文達はナスリーンの店を出る。
(何だか昔の話にこんな話があったなあ。軍師を迎えるために礼を尽くす英雄の話)
敏文はよく読んでいた歴史物の小説を思い出す。
(俺はそんな大層な人間じゃないけれど、ドーセツが嘘を言うとは思えないんだよな。ま、良いものを手に入れようと思ったら、手間がかかっても仕方ないさ。そう思うことにしよう)
敏文は3人にそう言って、その日は予定を変更し探検者組合にいって依頼を受けてみる事にした。
敏文達は黄色の掲示板から、薬草の採取と一角ウサギの狩猟の依頼を受ける。4人で同じ依頼を受けてもよかったのだが、効率を考えたら2人ずつ手分けをしたほうがよりたくさんの依頼を受けられると考えたのだ。
それで、薬草の方をブンゾーとサラに、一角ウサギを敏文とアヤメでやってみる事にした。狩猟はブンゾーの本業だが、敏文の弓とアヤメの風魔法の訓練も兼ねている。
先日、敏文はタクミに《短弓》の技を伝えて貰ったが実際に使った事がなかった。逆にブンゾーには王都近辺の土地勘を付けつつ、サラに薬草や毒草のレクチャーを頼んだ。
敏文はトモエの力を借りられるが、サラが自分で知っておく事に意味があると思ったからだ
◇◇◇◇◇
敏文とアヤメは、一角ウサギが生息すると言う、王都郊外の森に来ていた。
「一角ウサギって、どんな動物なんだ?」
敏文はアヤメに聞く。
「普段はとてもおとなしい動物でね。その名前の通り、頭に1本の角が生えているの。その角は、粉にして飲むと子供の熱病によく効くし、肉も淡白だけど美味しいって言うわ」
そう話しているうちに、敏文達の正面に額から角が生えたウサギが現れた。
敏文は早速弓を引き絞って狙いをつける。
「それでね……」
「ちょっと待ってっ」
何か話そうとしたアヤメに断ると、敏文は狙いをつけた弓を放した。
残念だが、後少しのところで弓が外れてしまう。
「あ」
アヤメはそう言うと、腰を落として身構える。
「どうした?」
そう言う敏文にアヤメは前方を指差す。
そこには10匹以上の一角ウサギが、耳をピンと立ててこちらを伺っていた。
「一角ウサギはね、普段はおとなしいんだけど群れの1匹でも攻撃されると、凶暴になって群れ全体でその角で攻撃してくるのよ。だから、探検者でも怪我人が多く出る依頼でね……」
その時、一角ウサギが一斉にこっちに向かって突進してくる。思った以上に速い。
「くそっ」
敏文は慌てて弓をつがえて一矢放つと、《風矢》の魔法をアヤメと一緒に次々と放った。
何とか群れ全部、15匹を仕留めると、アヤメが敏文に言う。
「トモエがいるから、当然知ってると思ってたのに。ちゃんと調べとかなかったの? それでも注意しようと思って話そうとしたら、先に矢を打っちゃうんだもん」
「いや、その、その通りだ。ごめん。一角ウサギ、ナメてました」
「ま、依頼された数10匹だったし、集まっちゃったからいいんだけどね」
アヤメは、腰の袋に一角ウサギをほいほいとしまっていく。
「さ、帰ろう」
帰りの道すがら、アヤメが敏文に聞いてくる。
「ねえ、教えて。その場では言わなかったんだけど、あのナスリーンさんのお店、何で何も怒らずに素直に帰っちゃうの? 普通だったら、ああいう事があると怒って当然だと思うんだけど」
「ああ、あれね。何となくなんだけど、試されてる感じがしてね。一応、組合長の紹介だから、魔道具店としては、それなりのところなんだと思うんだ。あと、外はあれだけ傾いていたのに中はちゃんと真っ直ぐに柱が建ってただろう。多分視覚的なからくりがあるんじゃないかと思ってさ」
「そっか、そう言えばそうね」
「あのローブの人やお爺さんも留守番としては違和感ありすぎだし」
「なるほど」
アヤメはふんふん頷いている。
「それにね。俺の元の世界には、優秀な部下を得るために、その人の家を訪れた英雄が、本人の不在や、大雪なんかにめげずに繰返し訪ねて誠意を見せて、その人を配下に加えた故事があるんだ。なんか、それを思い出しちゃって。もし、試されてるんならとことん乗ってやろうじゃないのってね」
「へえ~。面白いわね」
「だから、もう少し我慢してみてくれないか」
「わかったわ」
敏文達は探検者組合に行くと、依頼の一角ウサギを窓口に出して依頼を完了させる。そしてブンゾー達が終わるのを待って男爵邸に向かった。
◇◇◇◇◇
翌日、敏文達は再びナスリーンの店を訪れた。昨日、アヤメにした話をブンゾーとサラにもしてあり、2人とも敏文の考えに同意してくれている。
相変わらす斜めに傾いた家の扉を開けると、そこには昨日までと違う光景がひろがっていた。
陳列棚はきちんと整理され、商品である魔道具も、綺麗に並べられている。
そして正面のカウンターには、少し浅黒い肌をしたくすんだ色の長い金髪を後ろで纏めた女性が立っていた。
「いらっしゃい、[ミスティック]の皆さん。私がここの店主ナスリーンよ」
(漸く会えたか……)
少しいたずら心が生まれた敏文は、ちょっと意趣返しに質問する。
「あれ、初めてお会いすると思うのですが、よく私達が[ミスティック]だとお分かりになりましたね」
「……」
敏文がにこりと笑うと、彼女は降参とばかりに話し出した。
「ご免なさい。あなたたちがどういう人なのかこの2日間試させてもらったの。あのローブの人間も、昨日のお爺さんも私。店も魔道具で変えて見せていたわ。申し訳ないことをしたわね」
そう言うと彼女はぺこりと頭をさげた。
「探検者の中には、筋が良くないものも結構いてね。手に入れた魔道具を卑劣な事に使ったり、あるいは犯罪組織に高額で売りさばくといった行為をするものがいたのよ。私はここの商品がそう言う扱いをされてほしくないから、売る相手を選ばせて貰っているの。不快な思いをさせて悪かったわね」
「いえ、それほど不快ではなかったですよ。ただ売るだけで儲かるものを、客を選んでも売った後のことまで考えていらっしゃる。逆に貴女がそれほどここの商品に愛情を注いでいる証拠でしょう」
敏文が微笑みながらそう言うと、彼女は我が意を得たりととても嬉しそうな表情をしてこう言った。
「そう思ってくれる? 嬉しいわねえ。さすがにドーセツが見込んだだけの事はあるわね。さあ、じゃあ、早速商品を見てくださいな。どれも冒険の役にたつと思うわよ」
「あの、実は我々欲しいものがあって。亜空間収納というのか、見た目よりたくさんのものが入るバックや袋は置いてありますか? あ、彼女が持っているような物ですが」
敏文はアヤメが腰につけた袋を指す。
「おや、あれはダイカクが持っていた……」
「父のこと、ご存知でしたか」
アヤメの問いかけにナスリーンははっとする。
「あなた、ダイカクの娘なのね。あなたのお父さんには、よく来てもらってたわ」
「そうでしたか」
「あ、魔収納のバックだったわね。いくつかあるわよ」
そう言って彼女が用意したのは、ポシェット型のもの、腰に紐で吊るす袋型のもの、サイドポーチ型のもの、背中に襷のように2ポイントで背負うショルダーバック型のもの等いくつかあった。
「たくさん種類があるんですね。数が少なくて高価な極めてレアな物だと聞いていたのですが」
「ここの商品は、私が選んで仕入れるだけじゃなくて、引退を決めた懇意の上級・特急探検者達が使うものを選んで引き継いで欲しいと持ち込んでくれた物もあるの。だから、ただ入れるだけじゃないいろんな機能がついている物も多いわ」
「なるほど。どんな機能があるんですか?」
サラが質問する。
「盗難防止に本人以外の人間が持ち去ろうとした場合、すぐに本人の手元に戻ってくるし、本人以外は中のものを取り出せないとか。あと、そのショルダータイプの物は以前弓を使う探検者が使っていたものでね。普段は口がしまってるんだけど、本人が弓を打つ気で矢をつがえようとすると、それに反応して持ち主がイメージした種類の矢を必要な本数肩口に出してくれる機能がついていたりするわ」
「そいつはいいな」
ブンゾーが気に入ったようだ。
「それでどれくらい、収納できるんですか?」
サラが質問する。
「いくらでも。それに触れることができるのなら。ただし、生き物はだめよ」
それを聞いた敏文達は、商品を選び始める。
「じゃあ、私はこのポシェット型の物で!」
サラは念願かなって嬉しそうだ。
「俺は当然ショルダータイプだな」
ブンゾーも弓使いが使っていたというバックを手にしている。
「じゃあ、俺はこのサイドポーチ型のものにしよう」
敏文は、茶色い革でできたサイドポーチを選んでいた。
「あ、肝心なことを忘れていた。ところでこれっていくらですか?」
敏文はナスリーンにたずねた。
「1つ金貨5枚って言いたいけど、試してしまったお詫びとお近づきの印に金貨3枚でどう? 持ってるかしら?」
ナスリーンはこちらを伺うように言う。
「ええ、それなら!」
「黄色の探検者なのに随分と持ってるのね。あ、こないだの王室専用船の」
サラの反応に、ナスリーンははっと気がついたように言った。
「ええ、まあそんなところですね。よくご存知ですね」
敏文は苦笑いしながらいう。
「まあ、いろんな所から情報はね」
ナスリーンはニコリと笑う。
「これ、中に何が入っているのかはどうやって確認するんですか?」
サラの質問にナスリーンが答える。
「じゃあ、まず御代を頂いてあなた達のものにしましょうか」
敏文達3人はそれぞれ金貨3枚を払う。するとナスリーンが、それぞれにバッグを手に取り敏文達に着けてくれた。
「さあ、手をバッグに入れて何が入っているのかを確認してごらんなさいな」
敏文達が手を言われた通りに手を入れると、中に入っているものの情報が頭に流れ込んでくる。
「あれ、中に色々入ってるんですけど」
敏文が聞くとナスリーンはにっこり笑って答えた。
「ああ、それは前の持ち主からのプレゼントよ。いま、あなたが持っているサイドポーチは魔法と剣なんかを使っていた人が持っていた物だし、そっちの彼女が持っているのは、女性の魔法士が使っていたものよ。前の持ち主からは次に引き継ぐ人に使って貰ってくれって言われていたの。どうぞ、遠慮なく使って」
「正に今の私達の得意とするもの……」
サラは驚く。
「そう。じゃあ、あなた達がバッグを選んだように、バッグもあなた達を選んだのかもね」
「え、それで金貨3枚でいいんですか?」
敏文は驚いて尋ねた。
「だから、言ったでしょう。お近づきの印だって。これからも贔屓にして頂戴ね」
「ありがとう。こちらこそ」
サラは念願かなって手に入れたポーチを嬉しそうに手に取って見ている。
ふと、アヤメを見るとちょっと複雑な表情をしていた。
「アヤメどうした?」
「え、ああ。少しサラがうらやましいなぁって」
そう言いながら、自分が腰に着けている袋を見ていた。
敏文はアヤメの気持ちを理解した。アヤメが持っている袋はダイカクから譲り受けたものだから大事にはしてるけど、元々男性が使っていたものらしく、機能重視で飾り気がない。サラが手に入れたポーチ型のものが可愛らしくて羨ましいのだろう。
敏文はナスリーンに尋ねる。
「今持っているバッグをリメイクしたり、アレンジしたりはできるんですか?」
「ええ、できるわよ。ああ、その娘が持っているものをアレンジしたいのね。確かにダイカクらしく、飾り気が無いものね。いいわよ。アレンジしてあげる。貸してごらんなさい」
「え、できるんですか? お願いします!」
「じゃあ、その間店の他の商品も見ていて頂戴」
アヤメは嬉しそうにしている。
「魔道具がどんな機能を持っているかは、見ただけだとよくわからないんですが」
敏文の問いに、ナスリーンは商品を指さして答えた。
「商品についてるタグに触れれば大体の事はわかるわよ。値段もね」
そう言って、店の奥に入っていった。
敏文達はそれぞれ興味のあるものに触れたり、探険に必要かどうか話しながら、ナスリーンが出てくるのを待っていた。
20分ほどして、ナスリーンが店の奥から出てきた。
「はい、これでどうかしら?」
彼女がアヤメに渡したものは、背中に背負う小型のリュック見たいな形になっていた。袋の部分は元のものがベースになっていることはわかるが、外観はすっかり女の子向けのものになっている。
「凄い、可愛い!」
アヤメは、とても嬉しそうにはしゃいでいる。サラもかわいいよ~と二人一緒にテンションが上がっていた。
「アレンジ料として、銀貨を1枚だけ頂いてもいいかしら」
「ええ、もちろん!」
「あと、何かお気に召したり、気になった物はあるかしら?」
「そうですね、あとは…………」
敏文達はそれぞれのバッグになかった数点の魔道具を買い求める事にした。
「他にはいいの?」
「まだまだ、興味があるものがくさんありますけど、今日の所はこれくらいにします。また、ちょくちょく来させて貰っていいですか?」
「ええ。ただお願いがあるの。この店の事を話すのはあなた達が本当に信頼できる人にだけにして欲しいんだけど。それと試す事は黙っていてくれない? 私は私が納得した人にしか売りたくないから」
「ええ、わかりました。皆もいいよな」
敏文の問いかけに3人とも、頷いた。
「ありがとう。じゃ、これからもご贔屓にね」
ナスリーンは笑顔で敏文達を見送ってくれた。
サラは念願の物を手に入れました。




