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第33話 クラウとしての旅立ち ※

2014.4.18 話を大きく修正しました。

 それから数日の間、康司はヌマンシアの街で白ランクの冒険者赤毛のクラウとして依頼を受け、マリベルの宿には黒髪のフェルとして泊まっていた。


 ランクも白の2となり、それなりに土地勘もつきはじめて、薬草採取や手紙の配達等もこなし、特にトラブルにはなっていない。

 マリベルの宿の食事も旨いし、少しずつ、海に面して開けたこの街が気に入りはじめていた。



 そんな状況の康司に気の緩みがあったのかもしれない。康司は自分がどういう立場にいたかを忘れてしまっていた。まさか、あんなことになろうとは。




 その日も康司は、ヌマンシアの街で新しく商店を開くという夫婦の引っ越しの補助の依頼を受け働いていた。予定よりも早く作業が終わり、ご機嫌だった依頼人夫婦から完了報告のサインを受けると、ギルドで依頼状にあった報酬よりも多くのユールと評価ポイントを貰い、ホクホクしながら帰ってきた。


 少し報酬も多かったし、いつも世話になっているマリベルに何かプレゼントでもしようかと思い、帰る途中、ふらふらと通りに面した店を見ていると、小物を扱う店に綺麗な花をあしらったバレッタが置かれているのに気が付いた。

 マリベルは飾りっ気なく、いつも長い髪を紐で纏めていた。だからバレッタなら紐で纏める手間も省けていいんじゃないかと考えたのだ。


 店のおばさんに値段を聞くと、35ユールとそれほど高くない。

(これくらいなら遠慮せずに受け取ってくれるかな)


「なんだい、誰かに贈り物かい?」

「いや、いつもお世話になっている人にお礼にって思って」

「そうかい。じゃ、綺麗に包んどくよ」

 そう言うとおばさんは、バレッタを小さな布の袋に入れて、色の着いた紐で口を蝶結びにして渡してくれた。

「はい、頑張んなよ」

「そんなんじゃないんだけど。でも、ありがとう」


 康司はバレッタを受け取ると、いつものように路地裏で擬態を解いて、黒髪のフェルとして宿に戻った。


 宿の食堂兼フロントは、今日は混雑していた。結構ガタイのいい男達が食堂のテーブルを占拠していた。


「あ、フェル、お帰り~。今日は飛び込みのお客さんがたくさんいらっしゃったから、ちょっと忙しいんだよ。食事は少し待ってくれるかい。あと、裏の家にいるマリーに声をかけてくれると助かるよ」

「ああ、わかった」


 マリベルは普段は一人で宿を切り盛りしていたが、忙しい時は宿の裏に住んでいるマリーというおばさんに助っ人を頼んでいた。しばらく泊まっていたからマリーも康司の顔はわかるし、ただ声をかけるだけの話だ。


 康司は裏の家のマリーに、マリベルの手伝いを頼むと、宿の自分の部屋に戻った。

 落ち着くまでは、部屋にいるか。


 しばらくすると、マリベルが康司を呼びにきた。

「フェル、お待たせ。夕食降りてきていいよ」

 康司は今日渡すなら今しかないと思って袋を取り出す。

「あ、マリベル、ちょっとだけ待って。これ、いつもお世話になってるから」

「なんだい、そんなこといいのに。あたしは商売でやってんだからさ。あ、でも、ありがとう」

 マリベルはすぐに袋をあける。

「あら、綺麗なバレッタじゃないか。これをあたしにくれんのかい。ありがとよ。さっそく使わせて貰うよ」

 そう言うと、マリベルは髪を纏めていた紐をほどいて、一度頭を振ると、両手で髪を纏めてバレッタでとめた。

「どうだい。似合うかい?」

「ああ」


 その時、階段の下からマリーの声がする。

「ちょっと~、マリベル降りてきて!」

「あ、そうだ。戻らないとね。フェルも降りておいで」

「わかった。直ぐに降りる」



 康司は少しして、階段を降りて食堂に入った。食堂はさっき帰ってきた時に見た男達が酒で盛り上がっていた。

 どこの女はよかったとか、魔獣をぶちのめしたとか、要は武勇伝って奴をお互いに自慢しあっているらしい。

 康司は絡まれないように、静かに食事を取ると早目に部屋に戻った。



 今日は依頼も上手くこなせ、マリベルにも喜んでもらえたいい1日だった。ひさしぶりにいい気分で1日を終えられそうに感じた康司だった。


 その日はだいぶ夜遅くなってからも、1階でガタガタ物音がしていた。まだ野郎共が飲んでいるのだろう。


 康司は気にはなったが、絡まれるのが嫌だったのでそのまま休むことにした。


 翌朝、まだ夜が明けきらない内に、康司は部屋の扉を叩くマリーの声に起こされる。

「フェル、起きとくれ! 大変だよ!」


 康司は慌てて跳ね起きて、まだ残るろうそくの灯りを頼りに扉の前に行こうとする。ふと下を見ると、扉のすぐ下に何か紙が落ちている。

(あれ、寝る前にこんなのあったかな?)


 康司は紙を拾うと部屋の扉を開けた。

「マリー、どうしたんだい? 何が……」

 マリーは康司が話し終える前に慌てた顔で話し始める。

「マリベルがいないんだよ!」

「なんだって!」

 康司は眠気が一編に吹き飛んだ。


「今、手伝いに来たんだけどさ、マリベルの部屋メチャクチャで、マリベルの姿もないんだよっ! マリベルの部屋はいつもキチンとしてるし、そもそもこの時間には朝食の準備でとっくにキッチンで働いてるはずなんだよぉ」


 その時、はっと康司は手に持った紙を見る。それを読んだ康司は青ざめた顔でマリーに伝えた。

「マリベルが、拐われた……」

「えっ!」

 康司は1階の奥にあるマリベルの部屋まで走る。そして、扉を開けた康司が見たのは、椅子が転がり、ベッドのシーツや掛け布を乱暴にはがして持ち去られたようになっているぐちゃぐちゃな部屋だった。

「フェル? 拐われたって……」

 マリーが康司の後ろで不安そうにしている。

「マリーっ! カリエの大木ってどこにあるんだ?!」

「カリエの大木なら、ニプトの森の真ん中にあるぶっとい木のことさ。森の正面からまっすぐ行けばつくよ。フェル、もしかしてマリベルはそこにいるのかい?」


 康司は自分の部屋にかけ戻ると、急いで全ての装備を身につける。

 そして宿を飛び出した。

 後ろからマリーが叫ぶ!

「フェルっ! あんたどうすんの!」

「マリベルを取り返してくるっ!」

 康司はそう叫ぶと、街の郊外へ向けて走り出した。



(オレのせいだ。また、オレに関わった人を巻き込んでしまった……)

 扉の前にあった紙には、こう書かれてあった。

「マリベルを返して欲しければ、街の北、ニプトの森のカリエの大木まで来い」




「くそっ、くそっ。マリベルっ!」

(マリベルになんかあったら、オレはなんて謝ればいいんだ…………)


 康司は明け方の街をニプトの森へ向かって駆け抜けていった。



◇◇◇◇◇



 康司はニプトの森に入ると、指定された場所に着く前に、ファナを呼び出し指示をする。

『ワカッタワ』

 そう言うとファナはオレとは別方向からカリエの大木に向かって走っていった。

 カリエの木は家を作る際に使われる針葉樹で、30~40年ほど成長したものが使用されていた。ニプトの森にある大木はその森でも群を抜いて大きく、樹齢が1000年を超えているだろうといわれているものだった。


 そして、康司はカリエの大木にたどり着いた。そこには、30人ほどの男達が待ち構えていた。その内の何人かには見覚えがある。昨日宿の食堂で騒いでた奴等だ。


 康司は男達を睨みながら叫ぶ。

「マリベルを拐ったのはお前らかっ!」


 すると、男達のうち眼鏡をかけたインテリっぽい男が話し出す。

「いや、ようやく会えましたねぇ、コージ。いや、今はフェルでしたか。私はアントン。お見知りおきを。くくくっ」

 アントンはそういうと片方の唇だけを吊り上げるいやな笑い方をしていた。


「マリベルはどうしたっ!」

「そう焦らないでください。ほら、ちゃんとここにいますから」


 すると、男達の後ろから縛られて猿轡をされたマリベルが抱えられて運ばれてきた。

 ぐったりしたその姿は、明らかに乱暴されたように衣服は破れ、傷だらけだ。


「死んではいませんよ。ただ、あなたが来るのを待ちきれなくて、そこの男達が順番に可愛がってあげてましたがねぇ。くくくっ」

 アントンの笑いにつられるように、周りの男達も笑っている。


「お前らぁっ!」


「おっと、動かないで貰いましょうか。そこの女がこれ以上のことにならない為にもねぇ」


 マリベルを抱えている男の隣の男が、剣を抜いてマリベルに突きつけている。


「何でこんなまねをしたっ! 狙いはオレだろうがっ!」

 康司が叫ぶとアントンは答える。

「あなたは25万ユールの賞金首ですしねぇ。私達も行方を追っていたところ、この街のこの人がやってる宿に、黒髪の顔の凹凸がない見慣れない男が泊まっているって言うじゃないですか。まさに手配通りの。最初は、外に出て一人の時にお会いしようと思っていましたが、何故か宿を出て少しすると、部下があなたを見失ってしまう。ならば見失わないように、あなたから来なければいけない理由を作ればいい」

「そんなことの為にマリベルを……」


 アントンはニタリと笑いながらいう。

「でも、有効でしょう? 現にあなたはこうやってこちらの思惑通りに出てきた訳ですから。さて、長話は人に嫌われるといいますしね。そろそろ終わりにしましょうか」


 そう言うとアントンは表情を変え、周りの男達に命令した。

「始末しろっ」


 康司の怒りはアントンの話の間に頂点に達していた。

「テメエら、絶対に赦さねえっ!」


 康司はそう叫ぶと、同時に29号から奪ったあの技を発する。


 まず、マリベルに剣を突きつけていた男から、地面から突然生えた茨が剣を奪う。

「なっ!」

 そして、男達全員の足元から茨が生え、男達の自由を奪った。


「なんだっ!」

「動けねえっ!」

「いてぇっ、棘がっ!」

「ヒイッ、たっ、助けてっ!」


 マリベルは、棘のない蔓を使って男から奪い取る。


「喰らえっ!」

 康司が叫ぶとアントン以外の男達は、全て頭上や地面から鋭く生えた茨によって串刺しにされた。

「ぐぎゃっ!」

「ごふっ!」


 康司は、マリベルを地面に降ろして横たえると、アントンに近づいていく。


 アントンは茨に動きを封じられている上に、両方の肩を茨に貫かれて仰向けに倒れ、地面に縫い付けられていた。

「う、いや、ちょっと、待ってくれっ」

「待てねえなっ」

「知ってること話すから……、助け……」

「じゃあ、話せ。オレに賞金をかけているのは誰だ」

「それは、闇のギルド……」

「闇のギルドとはなんだっ! どういう組織だっ!」

「闇のギルドとは、法によらない殺人、拉致など依頼主の要望通りに行う組織だ……。一度請け負った依頼は、例え依頼料に見合わなくなったとしても……必ずやり遂げる事を掲げている」

「お前はその組織のなんだっ!」

「俺は末端のただのギルド会員さ……。俺のような男はいくらでもいる。お前は逃げることなど出来ないのさ」


 康司は左手をアントンの体に当てて、その知識と記憶をコピーする。

 そして、立ち上がると地面から茨を生えさせる。茨はアントンの体を貫いてトドメをさした。


 すると、ファナが近づいてきた。康司はファナに森の中にあの場にいない仲間がいないかの確認と処理、もし、一般の関係ない人間が近づいた場合はその威嚇を頼んでいた。

『フタリダケ、ミハリヲシマツシタワ』

「ありがとう」

 康司はそう言うと、ファナを影に戻した。


 康司は横たえてあるマリベルの元へ向かう。マリベルはまだ意識が戻っていない。

 康司は出来る限りの治癒の魔法をかけ、体の細かい傷や痣を消す。

「なあ、アヴァ。相手から記憶を奪う時、ある期間に限って奪うことも出来るのか?」

「……ええ」

「そうか」


 康司はまだ意識の戻らないマリベルの額に手を当てるとマリベルの記憶の一部を奪う。

 流れ込んできた記憶は、恐怖と苦痛と屈辱に満ちたとても正視するのに耐えられないようなものだった。

「くっ、マリベル……」

 それでも、これは康司が招いてしまった彼女が受けた仕打ちだ。そこから逃げ出す訳にはいかない。

 康司は涙が止まらなかった。

「マリベル、本当にごめん。オレの考えが浅かった。いくら普段の姿を変えても、名前を変えても、宿の中にあのままの姿でいるんじゃなかった……。途中からクラウで泊まればよかったんだ。マリベルが素のオレに向けてくれた優しさが心地よくてつい……」

 康司はマリベルを抱き抱えると、ヌマンシアの街へ歩きだした。



(どうやってマリベルの宿へ戻せば……。マリーになんて説明すれば……)


 そう考えながら森を抜けようとしていた時だった。

 正面から、見覚えがある人物がやって来る。ロレーヌだ。

 ロレーヌは康司を見ると、一言だけ発する。

「ついてきな」


 そしてロレーヌは康司とマリベルをそのまま、街から外れた場所にぽつんと建つ1軒の農家に案内する。

 家に入ると、そこにはソニアがいた。ソニアはマリベルを奥の部屋のベッドに横たえるように言う。

 言われた通りにするとソニアが優しく言った。

「後は任せてロレーヌさんの所へ」

 そして彼女はマリベルの治療を始めた。


 康司は隣の部屋のロレーヌの所に行く。ロレーヌはテーブルの向こう側の椅子に腰かけ、康司にも座るように勧める。

「お前さんはクラウだね」


 康司は黒髪の擬態していない状態だったのだが、ロレーヌにはお見通しのようだ。

「あたしも伊達にギルドマスターをやってる訳じゃないんだよ。今回の事、襲われた経緯を説明してくれるかい」


 康司は昨日から今日までの出来事を説明する。

「そうかい。闇のギルドに目をつけられているのかい。それは、厄介だね。それで何でそんなことになっちまったんだい」


(このばあさんには、全て話してしまった方が楽になれるのかも知れない……)

 直感でそう感じた康司は全てを話すことにした。

「ロレーヌさんは、異邦の人って聞いたことありますか?」


 そして、康司は自分がこの世界にある拍子に飛ばされてきたこと、気がついたら魔獣に襲われ、両腕を失ったこと、あの施設での出来事、イーリスのこと、ヤシュトでのこと、全てを洗いざらい話した。


「信じられないかもしれませんが……」

「嘘にしては出来すぎてるね。成る程、その老師とやらに実験材料にされちまったってことかい。そんな組織がこの国にあったとはね。で、逃げ出したからそこから追われていると。それでお前さんはこれからどうしたいんだい」

「正直わかっていません。ただオレは元の世界に戻る方法を探したい。しかし、じいさんと、それに闇のギルドからも狙われています。ですから擬態の能力を使って生きて行くしかないと思っています」

「……わかった。じゃあ、お前さんはこれからは赤毛のクラウとしてこの国で生きていきな。黒髪のフェルはもういない。そして、コージと名乗ることはやめるんだね」

「え、じゃあ、冒険者ギルドにはそのままクラウとしていてもいいって事ですか?」

「ああ、ただし今すぐこの街は出ておくれ。そうだね。帝都ロマニールを目指してはどうかい。あそこは人も多いし、いろんなところから人が流れ込んでいる。それに情報もね」

「……そうですね。わかりました」

 康司はそう言うと、マリベルが休んでいる部屋の方を見る。


「マリベルにはあたしからギルドの依頼で旅立ったって伝えとくさ。彼女のつらい記憶は奪ったんだね」

 康司は頷く。

「なら、彼女は心配ないさ。マリーにも釘を刺して置くから」

「ただ、彼女は奴等に乱暴されています。万が一、子供でも出来てしまったら……」

「わかってるよ。その辺は任せておくれ」



 康司はマリベルの事はロレーヌに全てお願いすることにした。

「甘えてしまって申し訳ありませんが、よろしくお願いします。では、この場から直ぐに行く事にします」

「何があってもへこたれるんじゃないよ」

「わかりました。ソニアさんにもよろしく伝えてください」

「ああ、まかせな」



 そして康司はクラウの姿に擬態すると、一礼をして、家を出た。


(オレはマリベルの事もそしてヤシュトのエリンの事も忘れない。その上でクラウとして、この世界で生きて行くんだ。そして、絶対に元の世界に……)



 康司は、ロマニールに繋がるという街道を北東に向かって歩き始めた。




◇◇◇◇◇



「あの子は、なんて運命を背負っちまったんだい。これからも大変な事ばかりがあの子に降りかかるだろうさ。でも、負けるんじゃないよ……」


 その時、ソニアが部屋に入ってきた。

「マリベルさんの意識が戻りました。お話の通り、昨日からの事を覚えていないそうです」

「そうかい」


 ロレーヌが部屋に入ると、マリベルがベッドで起き上がっていた。勿論、着ていた服はソニアが、着替えさせている。


「私何でこんなところに……。あ、宿の方は……」

「宿の事は心配要らないよ。マリーが上手くやってくれてるよ。あんたは、体を休めなさい」

「あ、ロレーヌさん。……ありがとうございます。何だか体がだるくて。お言葉に甘えさせてもらいます」

 そう言うとマリベルは体を横にして休んだ。


(クラウ、マリベルは意識が戻った。心配要らないよ。お前さんは自分の事を精一杯おやり)

 ロレーヌは窓から空を眺めながらそう呟いた。

最後まで読んでくださりありがとうございます。


これからは、コージはクラウと名を変えてシャンハール国内を旅する事になります。


せっかく落ち着いた所でしたが、また、流れて行く事になってしまいました。


次話からまたホーエンの話に戻ります。

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