第30話 マルコ ※
2014.4.18 話を大きく修正しました。
「よう、初めましてってところか、43号。いやコージだっけか」
痩せた男は康司を見下ろしながら言う。
その男は額にバンダナのように布を巻き、長く腰まである白い髪を束ねずに垂らしている。細くつり上がった目に薄い唇をした狐顔をしていた。
「その呼び方……。じいさんのところの奴かっ!」
「おいおい、老師に向かってじいさんはねえんじゃないの? あ、でも確かにじいさんか……、じいさんだな……。老師って一体幾つなんだろう?」
康司を放って痩せた男は考え込んでいる。
康司はその隙に、右腕を剣に変えて茨を切り落とす。
「おいっ! お前何もんだっ!」
康司が叫ぶと、その男は、はっと気がついてこちらを見た。
「お~、そうだった、そうだった。今は43号の相手をしてるんだった。俺は29号。お前の大先輩だ。ちゃんと敬えよ」
「何号だか知らねえが、関係ねえよ!」
「ま~そう言うな。老師からお前を連れてこいって言われてな。あんまり大先輩に手間をかけさせんなよ~」
康司は男のとぼけた言い種にイラッとする。
「戻る気なんかねえよっ!」
「そんなにわがまま言うんじゃないよ~。あんまり、わがまま言ってると老師にお仕置きされるぜ~」
「けっ、素直に戻っても、何かされんだろ! 戻る気はねえっ!」
「しょうがないな~。わがままな後輩を教育するのも大先輩の務めか」
29号がそう言った瞬間、足元から突然茨が生えてきて康司の体に巻き付く。
「くっ!」
康司は右腕で茨を切り落とすが、足に絡まった茨が、突然動いて康司の足元を掬う。
「くそっ! いてえっ!」
倒された康司に茨が食い込む。
その時、康司は真上からする鋭い音にとっさに体を横に転がした。
“ドスッ、ドスッ、ドスッ!”
康司が振り返るとそこには真上からまっすぐに伸びてきた太い茨が刺さっていた。
「おしいっ。なかなかやるねぇ~。43号。いい、反射神経してるよ」
康司は右腕の剣で茨を切ると、立ち上がって奴がいた樹の枝に向かって《鉄弾》を放つ。
《鉄弾》は樹の枝を粉々にしたが奴はそこにはいない。
「残念だね~。俺はこっちだよ」
頭の後ろから聞こえる声にとっさに真横に飛び跳ねて後ろを振り返る。
すると、たった今康司がいた場所には、数本の茨がつき刺さり、地面からは茨が生えてウネウネしている。
(くそっ。止まっていると、あれに捕まる)
奴は樹の枝を自在に動き回っているようだ。康司は走り出しながら考えた。
(どうすれば、奴を捉えられる……。どうすれば、奴の意表を突ける……。ファナを出すか。でも、奴はずっと樹の上だ。ファナは樹の上には登れないし、樹の上の奴を攻撃するすべがない……。意表を突く方法は……)
その間も、足元や頭上から茨が襲って来る。康司は茨を切り、かわしながら走り続け、頭上から襲ってきた茨が康司に向かって曲がって飛んできた時に、あることを閃いた。
「29号っ!」
「おっ、やっと言うことを聞く気になったかい」
「オレは逃げるのは止めたっ!」
「おお、そうかい」
立ち止まった康司の足に茨が絡みつく。
康司は奴の声からいる場所を特定する。奴は康司から見て左手の樹の枝にいた。
「ファナっ!」
康司はファナを呼び出し、奴に向かわせる。
奴に向かうファナに対しても茨が襲って来る。ファナは巧みに茨をかわしながら進んでいく。
康司はその間に右腕からあるものを打ち出した。
「いくら、毛が固いグレイウルフでも、攻撃する方法がなければ、怖くはないね~。これでどうするつもりなん……、うぐっ!」
笑いながら、ファナを攻撃していた奴が、立っていた枝から落ちてきた。
ファナがそこに襲いかかる。
「うぐあっ!」
康司は足に絡まった茨を切り落とすと、倒された奴に近づく。
29号は、ファナに肩と脇腹を噛まれ、虫の息だった。背中にはさっき康司が放った鉄のブーメランが刺さっていた。
「一か八かだったが、上手くいったな」
子供の頃、康司は父親とよく公園でブーメランを飛ばして遊んでいた。その頃は父親のように上手く出来なくて、悔しかった康司は公園で何度も練習していた。
(あの時はまだ親父とも仲がよかったな……)
「お前にこんな特技があったとは……。老師、聞いてませんでしたよ……」
康司は29号に左手で触れてその能力と知識を奪う。
「くっ、何かが……体から抜ける気がする。これが……能力を奪う力ですか……」
「悪く思わないでくれよ。オレもまだ死にたくはない」
「俺を……倒しても、他の……モルモティア達が……はあっ……お前を追うだろうさ。安心は……しないことだ」
「モルモティア?」
「老師や……研究所の男達が……俺達の事を……そう……呼んでるのさ」
「そうか。やっぱりじいさん達に取ってはオレは実験動物ってことか」
「そうだな。せいぜい……足掻いて……いきのびるんだな。後輩」
「わかりましたよ先輩、いや、大先輩だったか」
「ふっ……、やっと……素直に……なったか…………」
そう言うと、29号は力尽きた。
(こんな状況で会ってなければ、うまくやっていけた人なのかも知れないな……)
そう思った康司はヤシュトで受けた頭の傷や茨で受けた体の傷を治癒の魔法で癒すと、29号の体を穴を掘って埋めた。
(これからどうしようか……)
またヤシュトのように自分のせいで巻き込まれる人間を出したくない。康司はそう考えていた。
「あまり人の少ない村より、大きな街に向かう方がいいか。その方がヤシュトのような襲撃を受ける可能性が低いかも知れないな。軍もいるみたいだし」
これまでに奪った知識を踏まえると、一番近い大きな街は、さっき29号が言っていたヌマンシアか。
康司は森の中から街道に戻るとヌマンシアに向けて歩きだした。
ヌマンシアまでは歩くと2日かかるようだ。康司は昼間は街道を歩き、夜になるとファナを呼び出して、周囲の警戒を頼んで岩陰で休んだ。
翌日、街道を歩いていると、遠くのほうに街道をふさぐように木の柵が設けられている場所が見えてきた。ヌマンシアの出入りを監視する関所だ。康司はなにも自分を証明するものを持っていない。
「正面からはいけないな……」
結局、康司は来た道を少し戻り、街道に人がいないことを確認すると、左側の山中に入って関所を避けていくことにした。
だが、最初のうちは、遠足で山越えをしたときのようななだらかさだったのだが、途中から斜面がきつくなる。
「時間がかかるけど、仕方がないか……」
そのうち、雨が振り出した。最初のうちは、小雨だったのでそのまま進んでいたのだが、だんだんと本降りになってきて、山の中を歩くのはつらい。どこかに、雨宿りできるような場所がないかと、きょろきょろしていたのがいけなかった。
「おわっ!」
康司はぬれた落ち葉と雨でやわらかくなった土に足を取られて、滑ってしまう。運悪くそこは斜面がきつい場所だった。康司はとめることができない状態で滑り落ちていく。
「うわぁああっ!」
やっとのことで細い木の幹をつかんだとき、康司の体は宙吊りになっていた。足元の地面がない……。下を見ると、斜面に大きな穴が開いていて、底が見えない状態になっている。
「くそっ! また穴かよ。くっ、手が滑るっ、うわっ、まじでやばいっ!」
斜面を滑ったときについた泥で手が滑ってつかんでいた細い木の幹から手が離れそうだ。
そして、限界がきた。
「うわぁあああああああああっ!」
泥で滑った康司の手は木の幹を離れ、康司は真っ暗な穴の中へ滑り落ちていった。
「いててててっ。ケツもいてぇし、肩もぶつけた。あちこち、いてぇ」
どれくらいの高さを滑り落ちたのか。上を見上げたが、少し雨が振り込んでくるものの、明るいところは結構な高さにある。
「上るのは無理か。こっちの横穴はどこまで……」
康司がそう考えて、暗闇の中で気配察知を始めたところ、康司は背筋がぞぞぞっと寒くなる感じがした。奥になにかいるのだ。
(やばい、やばい、やばい、すごーくやばいっ!)
それは、ズリッズリッと地面を這う音を立てながら近づいてくる。
康司は冷や汗が体中からでるのが自分でわかる。
(こ、これは……)
そして、康司が見たものは、大きな口をあけ、細長い舌を伸ばしながら、シャーッと威嚇する巨大な蛇だった。
奪った知識から、その巨大な蛇がその名のとおり、ヒュージボアと呼ばれる魔獣であることがわかる。
康司は体を動かすことができない。
「ファナっ!」
一つだけ動かすことができた口で康司はファナを呼び出した。
ファナは2、3歩前にでると、ヒュージボアを威嚇する。
すると、ヒュージボアはファナの威嚇に押されたのか、少しだけ首を上げて、後ろにさがる。
その時、ファナが話しかけてきた。
「コノコ、アナタナラテイムデキルンジャナイカシラ……」
「そうかっ! そういう方法があったかっ!」
イーリスから奪ってしまった魔獣使いの能力。
魔獣をテイムする方法は、
1.魔獣に対して攻撃の意思がないことを伝える
2.魔獣がそれに同意するそぶりをしたら、魔獣の体に手を触れて従属の意思確認を行う
3.魔獣が従属の意思を示したら、テイムの呪文を唱える
という手順らしい。この方法は魔獣使いの能力がなければ、1から2へ進むことができないようだ。
康司はまず、ヒュージボアに対して語りかける。
「脅かして悪かったな。オレも、雨の中で山の斜面で足を滑らせてここに落ちてきてしまったんだ。お前を殺しにきたわけじゃないから。な、安心してくれ」
康司がヒュージボアの目を見ながら話しかけると、ヒュージボアは首をゆっくりと下げて、とぐろを巻いた状態で大人しくなった。ときどき、目をぱちぱちさせながら、細長い舌をシュルシュル出している。
(よ、よしっ。これで最初のはうまくいったんだな……。つ、次は……)
康司は恐る恐るヒュージボアに近づき、そのとぐろを巻いた体にふれる。それにしてもでかい。胴の太さが康司の腰周り以上にある。その気になれば、康司など一飲みにされてしまうだろう。
康司は体をなでながら、ヒュージボアに語りかける。
「なぁ、もしいやじゃなければ、オレと一緒に来てくれないか。今のオレには何もなくて、どうしていいのかわからないんだけど、それでもよければ……」
康司はなんとなく、いいよっていう感情をこのヒュージボアから感じた。鎌首をもたげて自分を見る姿がそう言っているように思えたのだ。
「いいのか?」
康司の問いに、ヒュージボアは首を少し動かして反応する。
「そうか、ありがとう。じゃあ、テイムさせてもらうな」
康司はテイムの言葉を発する。
「この者と我との間に、主従の関係を結ぶことをここに宣する。我、このものを使役する上で、この者に慈悲の心を持って接することを約する者なり。汝、これからは我の命に従いその力となれ!」
両手をかざしてこの言葉を発したその瞬間、淡い光が康司とヒュージボアを包んだ。
そしてその光が収まると、どこからともなく男の子の声がする。頭の中に直接聞こえてきているようだ。
『ご主人様、ありがとう。僕ずっとここにひとりで閉じ込められていたんだ』
「この穴から自由に出入りできなかったのか?」
『この尻尾についてる杭で動けないようにされているんだ』
よく見ると、ヒュージボアの尻尾はなにやら文字が刻まれた杭で地面に縫い付けられている。
「痛いのか?」
『ううん。今はもういたくない』
「どうしてこんなところで閉じ込められているんだ?」
『僕はね。この近くの沢のあたりで暮らしていたんだ。僕の姿を見て驚いた街の人が、崖からおっこちちゃって。僕が何かしたわけじゃないんだけど、街の人たちが武器を持ってやってきて僕のことを囲んだんだ。で、魔術士が僕に呪文をかけて動けなくした後、この穴の中に杭でつなぎとめられて』
「そうなのか……。この場所から出たいと思うか?」
『え、出してくれるの?』
「普段はオレの影に入ってもらうけど、それでもいいなら」
『いい、いい! ぜんぜんいいっ! ずっとこの場所にいるの退屈で退屈でしょうがなかったんだ。言うこと聞くから連れてって』
「そうか」
康司は、ヒュージボアの尻尾をつなぎとめている杭のところへいく。
ひとまず、手で抜こうとしてみたが、ピクリともしなかった。まあ、当然か。
そして、剣で壊してみることにした。グーラの剣で打ち付けたが、カキンと音がして、刃がはじかれてしまった。
雷の魔法を使ってみるか。
「なあ、ちょっと雷の魔法を使ってみるから。少しビリッとするかもしれないけど我慢してくれ」
『痛くしないでね』
康司は《サンダーボール》を手のひらに出現させ、それを杭にぶつけてみた。
ジジジッと音がして、杭が帯電しているが、壊れてはいない。そこで、オレはグーラの剣に雷魔法を帯電させて切ってみた。すると、パキンと音がして杭が割れた。
「おおっ、割れた割れた」
『あっ。これで外に出られる。やったあ』
ヒュージボアはとても嬉しそうに、シャーシャーと音を鳴らしている。
「ところで、お前名前あるのか? オレはお前をなんて呼べばいいんだ?」
『ああ、えっとね。生まれたあとしばらくはお母さんと暮らしていたんだ。お母さんはね。僕のことマルコって呼んでた』
「そうか、じゃあオレもマルコって呼んでいいか?」
『うん。あ、じゃあ僕はご主人様をどう呼んだらいい? ご主人様でいい?』
「それ、ちょっとくすぐったいから、コウジって呼んで」
『うんと、コージ?でいいの?』
「ああ、いいよ。コージで。ファナもな。おれのことコージでいいからな。あっと、マルコ。このグレイウルフはファナって言うんだ。仲良くしてくれよ」
『ヨロシクネ、マルコ』
『うん、よろしく。ファナ』
「じゃあ、ここからでるか。出口わかるか、マルコ?」
『たぶん、こっち』
康司とファナはずりずりと体をくねらせながら進むマルコの後ろをついていく。
しばらくすると、外の明かりが見えてきた。雨音がしないので、もう雨は上がっただろう。
『出口ここだよ』
「よし、じゃあ、2人はオレの影に入ってくれ」
『エエ、ワカッタワ』
『は~い』
そして、康司は関所をやり過ごし、ヌマンシアの街へ向かって雨上がりの道を歩き出した。
コージに新たな仲間が出来ました。人間じゃないのが不幸を背負ってしまう体質のコージらしいのですが、これからどうなるでしょうか……。
……これから考えます。




