第29話 エリンの慟哭 ※
2014.4.18 話を大きく修正しました。
康司とエリンが集落に着いたときに目の当たりにしたのは、黒い煙が立ち上る家々と血の臭いだった。
「なに、これ…………」
エリンは震えている。
(これは……、これは野盗か何かか!)
だとしたらまだこの近くにいるのかも知れない。
「はっ、ウーゴ達はっ! お父さんはっ!」
「おい、エリン! 待てっ!」
エリンは康司の制止も聞かずに走り出してしまった。康司も慌てて後を追う。
◇◇◇◇◇
康司達がウーゴの家に着くと、店の前にウーゴが倒れていた。
「ウーゴっ! しっかりしろっ! 何があったんだ!」
そう言いながら康司はウーゴを抱きかかえて治癒の魔法をかける。だが軽い傷などはふさがって消えるが、肩から腹にかけて大きく斬られた部分が治癒出来ない。康司の魔法はまだ浅い傷しか治癒出来なかったのだ。
「くそっ! ふさがらない」
その時、魔法をかける康司の左手をつかんでウーゴが声を絞り出す。
「野盗が…………アニタをたの…………もう少しで……父ちゃんになれたのに……」
そう言うと、ウーゴは力尽きた。
「ウーゴっ!」
康司の声かけにウーゴはもう反応しない。
「くそっ!」
康司は煙が立ち込めるなかを家の中に入る。中に入ると、煙を避けて背を低くしながらアニタを探す。商品の倉庫や店の一部が燃えていて煙が凄い。眼を開けているのがつらい。それでも家の奥に入ると、キッチンのテーブルの横で、血溜まりの中に背中を血だらけにしたアニタが倒れていた。
「アニタっ!」
康司は彼女の手首を握って呼び掛けたが、もう息をしていない。
「くっ!」
立ち込める煙に涙目になりながら、康司は家を出た。
「エリン、アニタはもう……」
そう話しながら家の外に出たが、そこにはエリンの姿がなかった。
「しまった! エリン!」
康司は走り出す。
(オレは迂闊だ。この状況を見たエリンが第一に考えるのはトマスのことじゃないか。何でエリンを置いてウーゴの家に入ってしまったのか!)
康司はエリンを追いかけてトマスの家に向かって走った。
◇◇◇◇◇
ウーゴの家の中に入ってしまった康司を待っていたエリンだったがトマスのことが気になって我慢できなかった。
「お父さん、お父さん……。ダメっ! 待ってなんかいられない! お父さんっ!」
エリンは自分の家へ向かって走り出す。
康司を置いて家に走って戻ったエリンは、家の前に沢山の男達がいるのを見て、思わず近くの樹の陰に隠れた。
恐る恐る覗いたエリンは一人で戦っている自分の父親の血だらけの姿に、両手で口を押さえて声にならない叫びをあげた。
「!!」
周りには野盗達が20人ぐらいいる。トマスは一人で剣で戦っていた。トマスの近くには野盗が2人倒れている。
「ほらほら、早く吐いちまえよ。奴の居場所はどこだ! それとも全員相手にするつもりか?」
「だから、知らんって言ってるだろう!」
「村の連中の話じゃ、お前んとこの娘が村の外からきた若い男と出掛けて行ったらしいじゃねえか。この辺の人間では見かけない顔立ちだったって話だぞ。俺達が探してんのもそう言う奴なんだよ。だったら、知ってんだろうがよっ!」
トマスの腕からまた血しぶきがあがる!
エリンはもう見てられなかった。
「やめてっ! 私達が何をしたっていうの! お父さんに酷いことしないでっ!」
エリンは走って男たちの間を抜け、トマスの側へいこうとしたが、男に腕を掴まれた。
「放してっ!」
「おっと、そうはいかねえなぁ、お嬢ちゃん。まだ、俺達とお前の父ちゃんの話は終わっちゃいねえんだよ」
するとトマスが叫んだ。
「ばかっ! 何で戻ってきた!」
「だってっ!」
「しょうがねぇ。お前さんが話さねえなら、この娘に聞くさ。どうする?“お父さん”よう!」
「ぐっ! 待てっ!」
「なあ、お嬢ちゃん。俺達は野郎を一人探してんだ。そいつはこの辺の人間では見かけない顔立ちの黒い髪の若い男でなぁ。名前をコージとかなんとか言うらしいんだよ。どこにいるか知らねぇか?」
(こいつら、コージを探してるの?)
「そいつは俺達の仲間に酷いことしやがったんだよ。ただそれだけじゃねぇんだぜぇ。さるお方んとこの、お前さんよりちっさい娘を殺して逃げてるらしくてよう。捕まえたら、たんまり褒美が貰えるらしいんだよなぁ。それさえ貰えりゃ俺達もこんなことしなくて済むんだがなぁ。へっへっへっ」
周りの男達も同じように厭らしく笑っている。
(何? コージが女の子を殺して逃げたって言うの? でもこんなやつらの言うことなんて信用出来ない! コージはそんなことするような人には見えない……)
「エリン! そんなやつらの言うことなんて信用するんじゃねえっ!」
トマスが痛みをこらえながら叫んでいる。
「なあ、嬢ちゃん。お前さんもお父さん見たいに痛い目に会いたくないだろう。それとも俺達がみんなで可愛がってやってもいいんだぜぇ」
その時、後ろから声がした。
「その人達は関係ねえだろ! 手を放せ!」
そこには康司が立っていた。
康司がトマスの家に近づいた時、最悪な状況が目に入ってきた。
トマスは血だらけで野盗どもに囲まれているし、エリンは野盗に捕まっている。
康司が見回すと囲んでいる野盗の中に街道で逃してしまったあの男がいた。
(ってことは、こいつらオレへの復讐にヤシュトの人たちを巻き込んだって言うのか! こいつら許せねえっ!)
「その人達は関係ねえだろ! 手を放せ!」
一斉に野盗達がこっちを振り向く。
「お頭。こいつですぜ」
「ほう。こんなガキにあいつらはやられたのか……。おいっ! 他の連中も呼び集めろっ!」
野盗の一人が呼び笛のようなものを吹く。
(くそっ! これ以外にもいるっていうのか!)
「さて、お前に聞きてえ事がある。お前が街道の樹に縛り付けやがった俺達の仲間は馬にも乗れねえような使い物にもならねえ状態になってた。さらしもんになった上にそんな有り様だったからな。始末するしかなかったが、お前、奴等に何をしやがった?」
お頭と呼ばれた男が康司に聞く。
「さあな。街道を歩いていたオレを先に襲ってきたのは奴等のほうだ。オレは仕方なく応戦しただけさ」
そして康司は続けてお頭とやらに聞く。
「てめえら、その仕返しだったらオレだけ襲えば済むのに、何でこの村の人たちを巻き込みやがった!」
「けっ、俺たちゃそれが商売よ。襲って、奪って、姦して、殺してなんぼのもんなんだよ」
野盗の一人が言う。
加えてお頭が言った。
「お前には仲間の復讐だけじゃなく、生死を問わずで10万ユールもの賞金もかかっているからな。ここで死んでもらうぜ」
(あのじいさんオレに懸賞金をかけやがったのか!)
野盗どもは手に剣や手斧を持ち、康司を囲む。中には何人か盾も持っている奴がいる。エリンを捕まえていたやつも、エリンをトマスのほうに放って康司を囲む輪に加わった。
「お父さん!」
エリンはトマスに駆け寄り、トマスは立っているのがつらいのか剣を支えに片膝をついて肩で息をしていた。だが、限界だったのだろう。そのまま、前のめりに倒れこむ。
「お父さん! いやーっ!」
エリンは半狂乱だ。
「おいっ! やっちまえっ!」
野盗達は一斉に剣を構えて突進してくる。
康司はようやく悟った。
この世界では野盗なんかに殺さずに懲らしめるなんて甘いまねは自分の首を絞めるだけだった。
そしてトマスやエリン、ヤシュトの人達にまで迷惑をかけた自分が康司は許せなくなっていた。
(こいつらに遠慮なんかするもんか。全力でやってやる!)
「グーラっ! アヴァっ!」
康司はトマスたちの位置を確認しつつ、《鉄弾》を乱れ撃つ。
「グワッ!」「ギャッ!」
最初に突っ込んできた10人ぐらいは避けきれずに弾幕に捉えられた。
「お前ら、盾を使えっ!」
野盗の頭が指示を出す。
すると、体を隠すような大盾を持った5人が前面に出てくる。
康司は《鉄弾》を撃ち込んだが、盾にはじかれてしまう。
そして、大盾の後ろからくる風を切る音に気付いた康司はとっさにグーラを盾に変え、飛んできた数本の矢をはじいた。
大盾を持った奴等がジリジリと寄ってくる。
そしてその時、康司の後ろから抜刀した奴等の仲間が十数人やって来た。手には半身が覆えるぐらいの盾を持っている。
「ッたく、お楽しみの最中だったのによ! こいつか! 俺達に重てえ盾を持たせる手間かけさせてんのは! ちゃっちゃと始末して、お楽しみの続きといこうぜ!」
後からきた奴等は、返り血を浴びた体に、剣も血塗られている。
盾持ちに囲まれた康司は追い詰められていた。
(どうする。あの盾に《気功》や《鉄弾》は効かない。どうすれば……)
必死に考えた康司は出したくはなかったが、奥の手を使う事にする。
「ファナ!」
すると康司の影からファナが飛び出し、康司の前面にいた大盾の男達に襲いかかる。
「うおっ! 何だっ!」
「グレイウルフだぁっ!」
「どっから! うあぁっ!」
康司は後からきた連中に向かって、雷の魔法を撃ちまくる。
「てめえら、無関係の村の人たちを! ふざけんじゃねえぞぉ!」
《サンダーバレット》を盾で受けた奴は手が感電して、盾を取り落とす。
そこに、康司は《鉄弾》を続けてみまう。
「ぐあっ!」
「や、やべえ! 逃げろっ!」
何人かの野盗が、逃げ出そうとしている。
「逃がすかぁっ!」
康司は背中を見せた奴にも、容赦なく《鉄弾》と《サンダーバレット》を撃ち込んだ。
「ギャアッ!」
「た、助けてくれっ!」
後ろからきた奴等を始末し終えた康司が振り返ると、ファナは大盾の男達を倒し、息の根を止め、トマス達を囲む男達に襲いかかっていた。
「ひいっ!」
「こいつ剣で切れねぇ! ぐあっ!」
「だめだぁ! 逃げ………がっ!」
康司はトマス達を背にするように、野盗の頭との間に入ると、遠くに逃げようとしている野盗の背中に《鉄弾》を放つ。
「逃がさねえって言ってんだろうがっ!」
そんな康司の様子をエリンは呆然と見つめていた。
(なに? 何が起きてるの? コージが襲われるって思ったら、次々にあいつらが倒れてく。コージは何をしているのっ)
エリンは野盗を次々と倒していく灰色の狼の姿をみて、震えがとまらなくなっていた。
野盗達は頭を噛まれ、腕をちぎられ、血が飛び散る。
(いやだ! こんなの見てられない!)
向こうを見るとコージの周りにいたはずの野盗達が皆血だらけで倒れていた。
(みんなコージが殺しちゃったの?)
その時、エリンの腕の中にいるトマスが呟く。
「エリン……。これはコージのせいじゃない……。あいつを恨むな……。いいな……」
「お父さんっ、しっかりしてっ! 私を一人にしないでっ!」
「俺が……ダメなときは……、ロマニールの……兄さんの所に行け……」
「嫌だっ! お父さんと一緒にここで暮らすの! 私の夢はここでお兄ちゃんと3人でお店を続けることなんだからっ! ダメなときなんて言わないでっ!」
「お前は笑顔が似合う……俺の自慢の娘だ。これからも……笑顔で……」
トマスの体から力が抜け、エリンにとってぐっと重くなった。揺すってももう目を開けない。
「お父さん? お父さんっ! お父さぁ~んっ! うあ~~~~~っ!」
エリンは泣き叫んだ。そしてギリギリと歯を食いしばりながら野盗を追い詰める康司の姿を睨んでいた。
(私はコージを許さない。あいつが、うちに来なければ……。女の子を殺して逃げたって言うのも本当だ。だってあんなに簡単に野盗達を殺してる。魔獣まで使って……)
エリンはトマスの亡骸を地面に横たえると立ち上がった。
(私は、コージとコージを信用した私を一生許さない……)
そして、残ったのは野盗の頭だけになった。
「なんなんだよお前はっ。ちきしょうっ!」
ファナは野盗の頭を逃がさないように、後ろから威嚇している。
「聞いてねえぞ。ちきしょう、騙されたっ! なあっ、助けてくれっ。今まで奪った 金の在りかを教えるからっ。見逃してくれっ!」
「金なんて関係ねえんだよ。今までてめえら、そうやって命乞いしたやつも手に掛けて来たんだろ。見苦しいことすんじゃねえよ」
「ちきしょうっ!」
野盗の頭は、両手に剣を抜き放つ。
「二刀流かっ!」
康司は突っ込んできた野盗の頭の振り上げた右手の剣を《サンダーバレット》で弾き飛ばす。
「喰らえっ! 化け物っ!」
野盗の頭は左手の剣を下から振り上げてくる。
康司は右腕をとっさに盾に変えて受け止め、左手で野盗の頭の右肩を掴む。
「アヴァっ!」
康司は野盗の頭から、体力と能力を奪う。
「ああっ! 力が……、抜ける……」
力なく崩れ落ちた野盗の頭に、康司は剣に変えた右腕でトドメを刺した。
血しぶきがあがり、康司は返り血で血だらけになる。
そして、康司は振り返り、トマス達に呼び掛けた。
「トマス、エリン、大丈夫かっ!」
「近寄らないでっ!」
トマスの傍に立ち尽くすエリンが叫んだ。
「エリン?」
「お父さんは、たった今死んだわ」
「なっ! そんなっ!」
エリンは康司をキッと睨み付ける。
「あんたが来なければ……。あんたが来なければ、こいつらはここには来なかった! あんたのせいよ! さあ、あなたが殺した女の子みたいに私も殺せばいいじゃない。さあ!」
「いや、それは……」
「違うの? 何が違うのよ! 説明してよ! あなたは女の子を殺してないの? じゃなんで10万ユールなんて大金が掛かってるのよ!」
康司は説明が出来ずに黙ってしまう。
(もう彼女にはウソをつきたくない。でも、イーリスを殺してしまった事を話す事は……。)
「そう、黙ってるって事は本当にあなたは女の子を殺して逃げたのね」
エリンは、康司を強く睨みながら言う。
「私が大好きな、大好きだったこの村はめちゃくちゃになってしまった。お父さんまで……。あれほどよくわからない人を信じちゃダメだって言ったのに……。お父さんが信じた人なら大丈夫かもって思った私が馬鹿だった……」
「エリン……」
「出てって。この村から早くいなくなって! その魔獣を連れて私の前からいなくなってよ! この化け物っ!」
涙を流しながら叫ぶエリンに康司は返す言葉がない。
康司はファナを影に戻すとどうしようもない気持ちのままに、そこを去る事にした。
村の中を通っている時だった。生き残りの村人が数人で助け合いながら怪我人を手当てしていた。
「おい、アイツだ。アイツが野盗が探してた奴だ!」
「ちきしょうっ! アイツが村に来なきゃ、俺の娘は……」
「出てけぇっ! 母ちゃんを返せっ!」
小さな子供が、康司に石を投げつける。すると、周りの大人達も口々に怨嗟の言葉を吐きつつ康司目掛けて石を投げつけてきた。
康司は反論することも出来ずに、村の通りを抜けて行く。いくつか石が体や頭に当たったが、振り返ることも出来ない。
頭から血が流れているようだが、そんなことどうでもよかった。
(オレがいけなかったのだろうか……。
オレが野盗を逃したから……。
オレが一番近いこの村を目指したから……。
オレがトマスに甘えてしまったから……。
オレがあの施設を逃げ出したから……。
オレはどうすればよかったんだろう……)
康司は気が付くと涙を流しながら、村を後にしていた。
「宿主よう。そんなに自分を責めんなよ。仕方なかったんじゃねえか?」
グーラが慰めてくれる。
「そうよ。悪いこと何もしてないじゃない」
アヴァも言う。
そんな二人に、康司は何も応えられない。
「仕方ねえ。しばらくそっとしとくか」
「そうね」
しばらくとぼとぼと歩いていた康司は、ふと気が付くと村を外れた森の中の道を歩いていた。
「ここは……」
「ここは、ヌマンシアの街へ続く街道さ。そして、この森はお前の墓場になるのさっ!」
その声と同時に沢山の茨の蔓が延びてきて絡め取られた康司は、森の中に引き摺り込まれた。
「くそっ! なんだっ!」
茨が絡まって身体中が痛い。
「んだよ、しけたつらしてんな」
そういって康司を樹の枝から見下ろしていたのは、白く長い髪をした痩せた男だった。
コージには、これからも災難がふりかかりそうです……。




