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第25話 洋上の救出 

2014.4.18 話を大きく修正しました。

 敏文達は部屋を出て、操舵室にいた船長に訓練の許可を貰うと船首側の甲板へ向かう。


 そこには、見送りの人々との別れを惜しんだ人や甲板で海を眺めている人達がいた。


 敏文達が甲板の中央に向かうと、乗客たちは気配に押されたのか少し離れていき、何が始まるのかと囁きあっている。


 乗客たちを不安にさせてもいけないので、ハヤトが大声で説明する。

「俺っち達は、この船の護衛についてる探検者チームだ。これから、訓練するから少しだけ騒がしくなるけど、ケンカじゃないから心配しないでくれ!」


 すると、何か始まると気が付いた二等船室の乗客達が野次馬に集まってくる。

(何だかやりにくいな……)


「なあ、ケイジ。真剣でやるのか?」

「いや、乗客を怖がらせてもいけないだろう。これを使おう」

 そう言ってケイジは木刀を投げてよこす。

「いつも持ち歩いてるのか?」

「時々、ジョウジと訓練をな」


 敏文達は甲板の中央で向かい合う。立会はジョウジがやるようだ。


 敏文はケイジの剣は重そうだと感じていた。

(気功で身体強化して、若干神速を使うか)


 ジョウジが右手を上げる。

「始めっ!」


 掛け声と同時にケイジが突進してくる。速い!

 右下段から物凄い速さで振り上げてきた切っ先が敏文を襲う。

 敏文は《神速1(1.2倍)》を使って紙一重で上体を反らしかわしたが、続けて左中段からの返しが間髪入れずに来た。

 敏文はかわせないと判断して木刀を返しに叩きつける。


 甲板に木刀が激しく打ち合わさる音が響き渡る。


 次々と繰り出されるケイジの斬に《神速2(1.5倍)》に反応を引き上げた敏文が打ち返す形で打合いが続く。


「どうした! 俺に合わせるだけか!」

 たんだんケイジの剣の重さに馴れてきた敏文は更に一段《神速3(2倍)》に引き上げて反撃を開始する。


 次第に敏文が手数を増やしつつ、ヒットアンドアウェイの形で、ケイジを押していく。


「くっ、速いな。ならばっ!」

 ケイジが構えを変える。敏文はケイジが何かしてくると考え、更にもう一段《神速4(2.5倍)》に引き上げ、《身体強化》も強化して突進する。


「これならばどうだっ!」

 ケイジの剣がさっきよりもどんどん速くなっていく。敏文も真剣にケイジを倒すつもりで打ち合う。


 態勢を入れ替えつつ、かなりの時間打ち合った敏文達はお互いに上気した顔になってきた。

「よし、次で決めるぞ」

「わかった」


 敏文とケイジは木刀を構え、同時に踏み込む!


 次の瞬間、敏文の木刀はケイジの首筋に、ケイジの木刀は敏文の脇腹に、紙一重で寸止めされた状態で止まっていた。


「そこまでっ!」

 ジョウジの声が響く。

「ふうっ。踏み込みがもう少しだったか」

 ケイジが一息つく。

「ひやひやしたよ」

 敏文は木刀を下ろして、右手を差し出す。ケイジはニヤリと笑って握り返してきた。

「楽しかった。俺もまだまだだな。トシフミ、お前黄色のレベルじゃないな。青でも充分通用するぞ」


 一瞬間をおいて、乗客たちから拍手が起こる。

「すげぇ」

「あんなのが護衛に乗ってるんなら、王都まで安心だな」


 ジョウジが寄ってきて、

「次の機会は俺とも頼む」

と言って木刀を預かると去って行った。


 サリナとレイカ、サラとアヤメは並んで敏文達の仕合を見ていたが、サリナがサラとアヤメに言った。

「貴女達のリーダー、なかなかやるじゃない。ケイジがあそこまで押されるのは初めて見たわ」

 アヤメは、

「うちのリーダー、やるんだから」

と反り返っている。


 その内、ハヤトがブンゾーを捕まえて弓比べをすると言い出し、女性達は4人で意気投合したのか、[漆黒の猟犬]の部屋に行ったようだ。


 敏文は甲板のベンチに腰を下ろし、ケイジと話をする。


 ケイジは、ホーエン本島の生まれで、幼い頃から武術が得意で火魔法の才能もあったことから、特待で高等学校まで進んだ。卒業時に国に仕えないかと勧誘されたが、自分で自由に生きたくて探検者になったのだった。

 ジョウジとサリナとはソロで活動していた時に同じ依頼を受けた事があり、その後にこのチームを組んだそうだ。

 レイカとハヤトは姉弟で、依頼を遂行中に負傷したジョウジを立ち寄った村でレイカに治療して貰ったのが始まりらしい。攻撃面に片寄っていたチームの構成を変える必要を痛感して、ケイジが頼んで加わって貰ったということだった。ハヤトは、中等学校を卒業したてだったが、姉さんは自分が守ると言って一緒に着いてきたそうだ。尤も、素早く情報収集に長けていることから、チームの貴重な戦力になっていた。


 敏文はケイジに、自分たちがノーギ男爵領のシーバの出であること、先日里がグレイウルフの群れに襲われたことでやむ無く里を出ることになったことを話した。

「その話は俺も聞いた。里の者の大半が犠牲になったと聞いている。痛ましい話だ」

 ケイジも辛そうな表情を浮かべている。


 そしてミヤザに避難した後、シーバの魔獣討伐に加わり、その後探検者となったこと、自分が魔法が使える事を知ったのはグレイウルフに襲われた時で、それ以前は使えるとは知らなかった事などを話す。

「そうか、そうすると魔法が使えるようになったのは最近なのだな。剣はどうやって学んだのだ?」

「ミヤザの街にダイカクという元王宮魔法士が住んでいてな。ブンゾーの紹介でそこで、一から魔法と剣を教わった」

「ダイカク殿か。名前は聞いたことがある。魔法生物研究所のオズーノ様の高弟だった方だな」


 それ以降は、ヤナーガへの途中での強盗団の話やそこで助けた家族をハカタンヘ送る途中で盗賊に襲われた定期馬車の乗客を助けたことを話した。


「なるほどな。実は俺達はニシノベでの依頼を終えた後、タバルーの強盗討伐の依頼を見つけてな。未解決なら依頼を受けようとヤナーガに向かったのだ。ところが入れ替わりで解決されたと聞いてな。それで解決したというお前たちに興味を持ったのだ」

「そうか、何だか悪いな」

「何を言ってる。早く解決されたのなら、それでいいのさ。ただ、充分な情報を持たずに受けていたら、俺達でも苦戦したかも知れんな」

「魔道具に気付けたから何とかなったというところかな」

「お前、ダイカク殿に師事したとはいえ、その短期間であれほどの剣と上級魔法まで修得するとはな。俺でも火魔法を上級まで使えるようになるのに5年かかったんだが」

「なに、師匠に恵まれたのさ」


 ケイジはふっと笑うと立ち上がって言った。

「そうか。さて、そろそろチームに戻るとしようか」

「そうだな」


 船室に戻る途中で、弓比べをしていたブンゾーとハヤトが合流する。

 2人は互いに狙った的を外さなかったので勝負はつかなかったようだ。ただ、野次馬になっていた乗客達からは、やんやの喝采を浴びていた。

「おっちゃん、すげえな」

「いや、お前こそなかなかだぞ、ハヤト」


 そして2階の船室前で、3階へ向かう2人と別れる。

「では、また」

「ああ、明日また時間があったら、訓練に付き合ってくれ。今度はジョウジも相手してくれると喜ぶと思う」

「判った」


「おっちゃん、明日投斧のコツを教えてくれよ」

「ああ、いいぞ」

「ありがと、おっちゃん」

 ブンゾーとハヤトも意気投合したようだ。


 2階の船室に入ると、向こうから[虎の庵]の連中がやってくる。

「おう、さっきの見させてもらったぞ」

 タイガが敏文に話しかけてきた。

「俺達抜きで楽しいことやってんじゃねぇか。明日は俺達もまぜろや」


「ワシも相手してもらおう」

 この男は[虎の庵]の中で戦斧を持っていたゲキという男だ。ごついガタイに長髪を後ろでまとめている。タイガと同じようにヒゲがすごい。


「ならばっ。わたしたちもっ。あいてをっ。してもらおうっ」

 後ろにいた頭がつるつるの鼻の下に細いヒゲがある男が2人、なぜか同じポーズを取りながら言う。

(なんなんだこいつらは……)


「はやさならっ。われらきょうだいっ。だれにもっ。まけないっ。かくとうでっ。しょうぶだっ」

 やたらと暑苦しい。クウネンとソウネンと言っていた。


 敏文はだんだん疲れてきたので、4人にこう言う。

「俺達は護衛の依頼を受けてこの船にいるんだし。訓練ばっかりやってるわけにもいかんだろう」

「そういうなよ」

 タイガが笑う。

「まあ、いい。時間があったら俺達の相手もしてくれや」

「わかったよ」


 [虎の庵]の連中は、楽しそうに笑いながら、甲板へ出て行った。


 敏文達が2階の船室の自分達の区画に戻ると暫くしてサラとアヤメも戻ってきた。どうやら、女性たちも色々と話が弾んだようだ。

 何の話をしたのかは、秘密だと教えてもらえなかった。

(俺達の悪口ででも盛り上がったのだろうか)


 食堂で夕食を取った後は、早目に船室で休む。敏文とサラが先に休み、ある程度時間が立ったらブンゾー、アヤメと交替で起きて、何かあった時の対応が取れるようにすることにした。




 夜半過ぎにブンゾー達と交替で起きた敏文は、眠気覚ましに甲板に出て海風に当たっていた。

 この船は夜間でも進んでいるようだ。てっきりどこかに停泊するのかと思っていた。

 トモエに聞いたところによると、この定期船は夜間も航行できるのだそうだ。パストールが作った魔道具に地図上に船の現在位置を表す機能があり、昼間程の速度ではないが、進むことが出来るらしい。


 夜間に海上を進む場合、決められた数の灯りを灯して船の位置をお互いに把握するように決まっているんだそうだ。


 敏文は甲板で1人真っ暗な海を眺めていた。左舷の方向にはホーエン本島の陸地を示す灯台の灯りだろうか。いくつか揺らぎのある灯りが点々と灯っている。


 敏文はふとポケットからスマートフォンを取り出して恵美や娘達の写真を眺めた。


「恵美、愛里、愛菜。今ごろどうしてるだろう……」


 今日着信したメールには愛里と愛菜が並んで写った写真が付いていた。心なしか愛里の表情が寂しげだった。


 敏文も辛く寂しさを感じて溜め息をつきながらスマートフォンをポケットにしまう。


 そして明け方近くなった時だった。まだ薄暗い中、船の左舷前方に何かが光った気がする。灯台の見間違いかと思ったが、続けて2回、3回と赤い光が上から斜め下に走ったかと思うと、どんっと音がして何かが燃えているようだ。


 敏文はタクミに話す。

『タクミっ! あの状況を遠視出来る技があるかっ?』

『あるよ。トシフミに遠視の技を!』


 《暗視》の技も使い、状況を確認すると前方に船があり、空中に沢山の魔獣が群がっているのが白み始めた空に見えた。その中の何体かが火を吐き出していて、船はその攻撃のせいか一部燃えている。船体の中央にはうっすらと魔法の防御がかかっているようだ。恐らく魔法士が《洞》の魔法を使っているのだろう。


 敏文は《遠話の腕輪》を使いサラに呼び掛ける。

「サラっ! 2人を起こして3階の甲板へ急げっ。前方で別の船が魔獣に襲われているっ!」

「えっ、わかったわ!」


 敏文は同時に2階から3階の甲板に跳躍し、操舵室に飛び込む。

「船長! 前方で船が魔獣に襲われているぞっ!」

「おう。俺達も今気が付いた。警備兵と他の探検者に緊急音を鳴らせ! 本船反転準備! そのまま退避の可能性もあるから最大速度を出す準備をしろ!」


 緊急音が鳴ると、直ぐに警備兵が1人操舵室に飛び込んできた。船長が指示を出す。

「隊長っ!警備兵は予定通り船室への扉の前を警備。乗客を外に出すな」

「判った!」

 隊長は直ぐに飛び出していく。


 そこに、状況把握のためケイジとタイガが入ってきた。

「どうなってる! 状況を教えてくれ!」

 船長が現状を伝えると、

「よしっ、判った! 船長、俺達は所定の位置につく」

「おう!」

 ケイジとタイガは、操舵室を飛び出していった。


 敏文は船長に向かって叫ぶ。

「俺達も予定通り、3階甲板に出る! これからどうするんだ! ただ、待機でいいのか? それとも…………」

「馬鹿を言うなっ! 俺達の船は戦闘艦じゃねえ。乗客の安全が最優先だ!」

「判った!」

 敏文は操舵室を出て前方の甲板に向かう。そこには3人が待っていた。


 ブンゾーが聞いてくる。

「トシフミ、これからどうするんだ?」

「指示あるまで待機だ。もし、奴等がこちらに来るようなら迎撃する」

「判った! ただ、あの船がいつまで持つか……。もし、あれが沈んだらこっちに矛先が向く可能性もあるんじゃないか」

「そうだな…………」


 《遠視》と《暗視》で監視を続けているが、戦況は良くないようだ。さっきより甲板で戦っている人間が少なくなっているし、《洞》の魔法の大きさも小さくなっているように見える。


(まずいな……。《跳躍》じゃあんな距離跳べないし、何か方法はないのか。あそこまで行ければ……。それとも、セイランだけ行かせるか……。でも、チクシールの時と違って俺が行く方法がない……)


『あるわよ』

 その時、セイランが言った。

『え、俺を飛ばす方法が有るのか?』

『私に乗ればいいのよ。私は普段はこの大きさだけど、自由に大きさは変えられるわ。ただ、あなたが私の、いや私達精霊の使い手であることは周りの人間に判ってしまうわよ』

『そうか。……判った!』


「よしっ」

 敏文はあの船を助ける事を決意する。


(ここで隠してもいつかは人前で精霊達の力を借りて戦わなければいけない時がくるだろう。だったら、ここで見棄てて後悔するより、例え騒ぎになっても助ける方が余程ましだ)


 表情を変えた敏文にアヤメが尋ねる。

「あの船を助けるのね。あそこまで行く方法があるの?」

「ああ、セイランに乗って行く。皆はここで船を守ってくれ。奴等をもし打ち漏らした場合、こちらに来ることもあり得る。その時この船を守れなければチームとして受けた依頼を果たせないことになる。それはまずい」


「判った」「判ったわ」

 ブンゾーとサラは残ることに同意した。

 アヤメは黙っている。

「アヤメ、いいか!」

「トシフミっ! 私もセイランに乗せて!」

「高度もある。四方八方から、魔獣が襲ってくるかもしれないんだぞ。それでも行くって言うのか!」

「だからよっ! トシフミが戦っている間、だれがあの船の人を守るの? もう、船にいる魔法士の力も弱くなっているんでしょ。それに、トシフミの背中誰が守るのよっ! お願い。私も連れてって!」


『セイラン、乗せられるか?』

『仕方ないわね。大丈夫よ』

 セイランも同意する。


「わかった! 一緒に来てくれ」

「うん!」

「ブンゾー、サラ。すまないがこっちの船を頼む」

「ああ、任せておけ」

「気をつけてね」

 2人は心配そうだ。


 敏文は操舵室に飛び込み船長に前方の船の援護をする許可をとりに行く。

「すまない、船長っ! あの船の援護に回りたい! チームから2人は残して、この船と前後甲板の2チームの援護をさせる。許可をくれっ!」

「どうやってあそこに行くつもりだ!」

「詳しくは言えないが方法はある! このままだと、あの船が沈むのも時間の問題だ。そうすれば次はこの船になるかもしれない。あの大群が近づいてきてからでは遅い!」

「わかった。方法があるんだな。行って来い。いや、助けてやってくれ。頼む」

「ありがとう、船長」

 敏文は操舵室を飛び出し、3階甲板から前方の甲板にいるケイジに声をかける。

「ケイジっ! 今から俺は前の船の援護と奴等の殲滅に回る。チームから2残す。この船のこと頼んだぞっ!」

「この距離でやれるのかっ!」

「ああ、任せてくれっ!」


 敏文はそう言うと、精霊達に声をかける。

『ここからは後戻りできなくなりそうだ。頼んだぞセイラン。みんな』

『ええ』『任された!』『行こう!』『あいつ等の情報は任せて』


 敏文は大きな声で叫んだ。

「セイラン!」

 すると敏文の右腕の甲が強く蒼く光り、敏文の背の2倍はある隼のように精悍な蒼い鳥が現れる。


「なんだとっ!」

「どこから現れた!」

 ケイジや船長たちが驚く中、敏文はセイランの背に乗り、アヤメを自分の前に引き上げる。

「アヤメ、行くぞ!」

「ええ」


 そして敏文達は大空に舞い上がり、前方の騒乱の中心へ向かってスピードを上げていった。



◇◇◇◇◇


 明け方眠れなくて彼女は甲板で涼んでいた。



 彼女の名はナツキという。

 ナツキは23歳。淡い茶色の長いストレートの髪に少し赤みがかった瞳を持つ。顔立ちは少女から大人に変わる中間の可愛らしさを残しつつも、美しい女性に成長する過程にあるようだ。背は162セル。アヤメより少し低い。水魔法を使いこなす魔法士でもある。そして彼女の今の立場はこの国ホーエンの第三王女というものだ。


 ナツキは昨日訪れていたホーエン本島北部の洪水被害の慰問先の村々の事を考えていた。確かに盛大な歓迎を受けたのだが、その歓迎の中で、決して好意的ではない視線も感じていた。

 被災した村や街がある際、ナツキは王室を代表して慰問に訪れることが今までも多かった。王室が被災地に関心を持っており、救助の手を差し伸べるという姿勢を示す必要もあり、ナツキはその務めを今まで災害や大きな事故が発生すると積極的に架って出ていた。そうすることで少しでも民の役に立つと考えていたのだ。

 だが、今回、どうも今までとは違った印象を被災地の住民から受けていた。それがナツキの寝付きを悪くしていたのだ。

「何がいけなかったのかしら。今までやってきたことと何も変わっていないと思うのだけれど……」

 ナツキはあの一部の被災者の睨みつけるような、そして迷惑そうな目つきを忘れることができない。

「私もなにか変わらないといけないのかもしれない」


 考えに耽っていたナツキがふと空を見上げると、もう白み始めている。

「少し休まないと。明日には王都に着くし、お父様にも疲れなんか見せずにご報告をしなければ」

 そうつぶやいたナツキが自分の船室に戻ろうとした時だった。少し白んだ東側にあるホーエン本島から何か黒いものがひとつ近づいてくるのがわかる。

「鳥? にしては大きいような。何かしら?」


 そう思ったナツキの表情が次第に驚愕に変わっていく。

「あれは……、鳥じゃないっ! 魔獣だわっ!」


 黒いものが増え始めこちらに近付いて来る。

 ナツキは急いで、壁に取りけられている見張り用の非常音のボタンを押した。




 彼女の目にあれが飛び込んで来てからどれくらいか。


 最初は1匹だけだった魔獣がどんどん増えて、空を覆うような大群になるまでそんなに時間はかからなかった。


 彼女は現れる魔獣を《水刃》の魔法で打ち落としていたが、すぐにとても間に合わなくなる。


 甲板にいた近衛兵だけでなく、船内からも近衛兵達が出てきて応戦したが、刀を持った魔獣の前に次々に怪我を負い、倒されていく。


(このままでは! どうすればいいの……)


「ナツキ様っ、どうかここはお下がりいただき、船と負傷兵の防御に徹してください。奴等との戦いは我等がっ」

「さあ、ナツキ様。どうか私たちにお任せを!」


 ナツキの護衛を担当する近衛兵の隊長シンジローとその副官のカズミが彼女を下がらせる。


 ナツキは《水刃》での攻撃をやめ、負傷兵と非戦闘員を操舵室の下の甲板に集めて《水洞》の魔法を張った。


(あれは、バットエイプ(有翼猿)! 今まであんなに大群で現れたことは聴いたことがないわ。それがどうしてここに、この船を狙うの?!)


 ナツキは《水洞》を維持しながら、負傷兵の治療も続ける。この船にいる水魔法士、土魔法士も治療を続けているが、彼らはみな中級までの《療》の魔法しか扱えない。負傷の治療には限界がある。


 前後の甲板で戦っている近衛兵達もだんだん少なくなって、今はシンジローとカズミ以外は十数人しかいない。


 近衛兵は奮戦していたが多勢に無勢だ。シンジローとカズミは次々とバットエイプを切り捨てているが幾ら2人が強くても、数に押されはじめていた。


(私の力も少しずつ弱くなってきた。もう、持たないかもしれない。お父様、ヨシトモ兄様、トモナリおじ様、ごめんなさい。帰れないかもしれません)


 ナツキがもう力尽きようとしていたその時、空の上から声が聞こえてきた。

「あきらめちゃだめっ。もう少し頑張って!」


(どうして空の上から声が……)


 すると、バットエイプの群れが、突然吹いた強い風に煽られて、船への攻撃が出来なくなっていた。


 そして、大きな蒼い鳥が甲板に舞い降りて、その背中から人が降りてこちらに駆け寄ってくるのがナツキには見えた。


「しっかりして! ナツキっ!」


(この声は、懐かしいこの声は……)

 その瞬間ナツキは気を失って甲板に崩れ落ちた。


◇◇◇◇◇


 敏文とアヤメが船に近づいた時、もう船上で戦っている人間は、十数人になっていた。どうも、戦っている人間達は兵士のようだ。すると敏文の前でセイランに掴っていたアヤメが叫んだ。


「あれは、王室専用船だわっ! すると、あそこで《水洞》を張っているのは、ナツキなのっ!」


 こちらに気がついた魔獣が次々と襲ってくるようになった。


 敏文はそれらの魔獣を旋回しながら基本属性魔法の《火刃》で叩き落としつつ、トモエに魔獣の情報を聞く。


『トモエっ。あの魔獣の名前と弱点はっ!』

『あれは、バットエイプという有翼猿で、風と火が弱点よ。特に火の攻撃には弱いわ』

『火に弱いのなら、何で船を火で攻撃できるんだっ!』

『どうも、何匹かが手に火魔法を出す魔道具をもっているようね』

『そういうことか』


 もう船を防御している《水洞》の力が弱くなっている。あのままではまずい。消えるのも時間の問題だ。

 その時、アヤメが叫んだ。

「あきらめちゃだめっ。もう少し頑張って!」


 もう時間はなさそうだと判断した敏文は、セイランとアヤメに指示を出す。

「セイランは、バットエイプを風で攪乱してくれっ! アヤメっ。甲板に降りるぞ。アヤメは彼女の代わりに《風洞》を張って船と乗員を守ってくれ。あいつらは俺がやるっ!」

「わかったわっ!」


「セイラン!」

 するとセイランは《豪風》を発動する。強い暴風が一定の範囲で吹き荒れる精霊魔法だ。バットエイプ達はうまく飛ぶことができずに、ギーギー泣き叫びながら混乱している。


 その隙に敏文達は甲板に降りることができた。


 アヤメは、魔法士の女性のところへ走っていく。

「しっかりして! ナツキっ!」


 そしてすぐに《水洞》が消える代わりに《風洞》が発生した。


 立ち上がって明るくなってきた空で騒いでいるバットエイプを見上げる敏文のところに、シンジローとカズミが駆け寄ってくる。

「あなた達は……」

「話は後だっ。これから俺が上級魔法を発動する! 一旦、《風洞》の中に兵士達を下がらせてくれ! 急げっ!」

 敏文の気迫に二人は黙って従い、戦っていた兵士達に指示をして、アヤメが一瞬《風洞》を解除した隙にその中に入っていった。


 追いすがるバットエイプは敏文が《ムラサメ》を抜き放って切り捨て、《火刃》の魔法で叩き落す。

 バットエイプ達はそれが気に入らない様子で、刀を振り回しながら、敏文を指差して騒いでいた。

(よし、これでとりあえずこれ以上の人的被害はでないな)


 敏文はコウに声をかける。

『コウ、《炎雨》ここで使えるよな』

『大丈夫だよ』

『よし、最大威力で5発打ち出すぞ』

『りょーかい』

 そして空を旋回しているセイランに指示をだす。

『セイラン。《豪風》を止めてくれ』


 《豪風》が止まったその時、数百の一斉にバットエイプがこちらを見下ろした。

 敏文が一人だけ甲板に立っているのを見てギャッ、ギャッと笑い声を上げているようだ。魔道具を持っている3匹がボスか。奴等は他のバットエイプより高い位置で、杖で敏文を指しながら騒いでいる。


 敏文はすぐにコウに指示をだした。

『《炎雨》っ!』

 《炎雨》は、コウの精霊魔法で炎弾の雨を降らせるものだ。元の世界でいうと多弾頭弾、クラスター爆弾というところか。


 敏文はそれをバットエイプ達のさらに上空に場所をずらして5発続けて打ち上げる。


 バットエイプ達は最初びくっとしたが、1発も当たらなかったことで、腹を抱えて大笑いを始めた。ボス3匹は杖で敏文を指して笑いものにしている。


「なめるなよ。起動っ!」

 敏文がそう叫んだその瞬間、上空に飛んでいた5発の《炎雨》は細かい沢山の《炎弾》の雨となって、奴等に降り注ぐ。敏文は同時に船と自分を守るために《水洞》を発動して、船全体を防御した。


 ギャー、ギャーッと喚きながら、バットエイプ達は次々と打ち落とされて、海の上に浮かんでいく。

 《炎雨》は容赦なくバットエイプを貫いて降り注ぎ続けた。


 そして《水洞》を解除して見渡すと、生き残っていたのは、魔道具を持った3匹だけだった。怪我していてうまく飛べないようだ。

(奴等に炎が充分に効かなかったのはあの魔道具が原因か?)

 敏文は3匹を睨み付ける。


 怪我をした3匹は先を争って逃げ出そうとして、よたよたと岸に向かって飛んでいた。


「逃がすものか! セイラン!」

 敏文は近づいてきたセイランの片足に左手でつかまると、ムラサメを抜き放った。そして擦れ違いざまに3匹を一刀で切り捨てる。


 胴体から真っ二つになったバットエイプは、海に向かって落ちていった。


 バットエイプが手放した魔道具の一つはセイランが口にくわえて確保してくれている。


 敏文はふうと息をつくと、王室専用船の甲板に降り立ち、セイランは小さくなって敏文の肩にとまっている。

 そして、敏文がアヤメ達に近づいて声をかけようとしたその時、ブンゾーの叫び声が遠話の腕輪から聞こえてきた。


「トシフミっ! なにか巨大な物が海の中をそっちに向かったぞ! 気をつけろっ!」


「くそっ! まだあるのかっ!」

 敏文が船から海上を見ると確かに、定期船の方角から巨大な白波がこちらに迫ってくる。

「トモエっ! この場所の水深はっ!」

『10メルよっ!』

 それを聞いた敏文は、《岩壁》の魔法を唱え、船と白波の間、船から10メルのところに海底の岩盤を隆起させる。ほぼ10メル四方の立方体で、高さは海面から出る程度のものを築いた。


 その直後、激しい激突音と共にその白波が《岩壁》に激突して、巨大な白いものが岩に乗り上げる。


 敏文は《岩壁》の上に跳躍し、[通魔の投網]をその大きなものに向かって投げつけ、雷の魔法を通した。


 バジバジと弾ける音がして、その大きな物が動かなくなった。よく見るとそれは白い大きな鯨のようだ。


「ん、あれは……」

 頭部に何か刺さっている。


『セイラン、何度も済まないがあれを取ってきてくれないか』


 敏文の肩から飛び立ったセイランが取ってきてくれたものを手にとって見ると先に割れた宝石がはまった杭のようなものだ。

「もしかして、こいつも闇の魔道具なのか……」


 敏文が[通魔の投網]を回収した後、跳躍して船に戻ると、意識を取り戻したのか尾びれを振り鯨が動き出す。もう一度来るのかと身構えたが、鯨は鳴き声を上げながら去っていった。


「終わったか…………」

 念のため気配・魔力探知をかけたが離れていく鯨以外に特に魔獣の気配は感じられない。


 敏文は息をふっとつくと、アヤメにもう大丈夫だと伝える。敏文は水の魔法で船の燃えている場所を消火しつつ、ブンゾーとサラに[遠話の腕輪]で連絡を入れる。

「ブンゾー、サラ、聞こえるか? こっちは何とか終わったよ」

「ああ、こちらからも見えたよ。お疲れさん。こっちは数匹飛んできたが大丈夫だ」

「そうか。済まないが船長に、終わったこととを伝えてくれ。それと、こっちに怪我人が多くでていてな。この船も自力では航行出来なさそうだ。どうすればいいか指示を頼むと伝えてくれ」

「わかった。また連絡する」


 ブンゾーと話終えると敏文はアヤメの側に行った。

 アヤメは甲板に横たわっている女性の側についている。

「この女性は知り合いなのか?」

「ええ、彼女はナツキ。私の高等学校の同級生で友人、そしてこの国の第三王女でもあるわ」

「え、王女だって!」


 するとその時、後ろからシンジローとカズミが近づいてきた。

「危ない所を助けて頂き、かたじけない。私は近衛兵団のシンジロー=ダテというものだ。そして後ろにいるのが、同じく……」

「カズミ=イズームと申します」


「俺は探検者チーム、[ミスティック]の敏文という。彼女は同じくアヤメ。俺達はあっちにいるブンゴから王都に向かう定期船の護衛についていたものだ。この船が襲われているのに気がついてな。場合によっては定期船も襲われるかもしれないと思い、勝手ながらしゃしゃり出てしまった」

「いや、勝手などとんでもない。貴殿たちが来てくれなければ、我々は危ないところだった。本当に感謝する」


 その時、ナツキが目を覚ましたようだ。

「う、あ、いけないっ。私、気を失ったのねっ。魔獣の攻撃はっ! あ、あれ?」


 周りを見渡して、ようやく魔獣がもういないことに気がついたようだ。

「ナツキ。もう大丈夫だから。あなたは魔力をぎりぎりまで使ってとても疲れているわ。もう少し休んだら」

 ナツキはそう言うアヤメを見て目を見開いて驚いた。

「あ、アヤメじゃないっ。じゃ、さっきの声はやっぱりあなただったのね。でも、どうしてここに……。それにっ! シンジローっ! 魔獣はどうなったのっ!」


 シンジローは、穏やかな表情でナツキを落ち着かせる。

「ナツキ様。魔獣たちは殲滅されました。もう、このあたりにはおりません。こちらのトシフミ殿とアヤメ殿が我々を助けてくださったのです」

「え、でもあれだけの数の魔獣をどうやって……」


 その時、ブンゾーからの連絡がはいる。

「トシフミ。定期船の船長からの伝言だ。王室専用船からの緊急連絡を受けて、王国の戦闘艦が2隻そちらに向かっているそうだ。後1時間程で着くそうだから、王室専用船の方々にはそちらに移乗していただくようにということだ。恐らく同じことをそちらの船でも指示されているんじゃないか」

「そうか。わかった。俺は取り合えずこちらの負傷兵の治療に当たる」

「わかった。船長に伝える」

 ブンゾーはそう言うと、通信は切れた。


 敏文は目覚めて状況が掴めていないナツキに笑っていう。

「ご挨拶が遅れました。私は探検者チーム[ミスティック]のトシフミと申します。近くを航行しておりました定期船の護衛をしておりましたが、こちらの状況を見て、勝手ながら助太刀させていただきました」

「……ありがとう」

「ナツキ様はアヤメと少しお休みください。まもなく王国の戦闘艦がこの船の曳航とこちらの方達を移乗させるためにこちらに来る予定だそうです。そうしましたら、落ち着いた場所でお休み頂けるでしょう」

「でも、負傷者の手当てを……」

「それは、私にお任せください。多少治療の心得がありますので」

「そうですか……、なにから何まですみません」


 敏文は《水解》の魔法をかけナツキの体力の回復を行った後、船上にいる負傷兵の治療を行った。


 負傷した近衛達の中には腕を落とされていたり、深い傷を負っている者がいたが敏文の《水解》の魔法はそれらも含めて治療していった。


 重傷の兵士達が治癒していく姿に、魔法を使った敏文の方が驚いていた。

「へぇ。こんな深傷でも治るんだ。凄いな《水解》って」


 一通りの治療が終わった頃、定期船がこちらに近付いてくる。反対側の王都の方角からは、戦闘艦が近付いてきた。

 敏文は《岩壁》を解除し、定期船や戦闘艦が近づけるようにした。


 定期船と戦闘艦の1隻が王室専用船を挟み平行するように動きを止める。


 戦闘艦と王室専用船の間には橋桁が渡されて戦闘艦から、兵士達が次々と乗り込んできて負傷兵や非戦闘員達を移乗させていく。

 そして戦闘艦から、軍服に身を包んだがっしりした男が数人やって来る。

「ナツキ様、大変遅くなってしまい申し訳ございません。戦闘艦ヒューガ艦長のタジロー=ダイゴでございます。ナツキ様がご無事で何よりであります」

「急遽の出動ご苦労様です。バットエイプの大群に襲われましたが、こちらの探検者トシフミ様とアヤメ、……アヤメ様のお陰で助かったのです。お二人が援護に来てくださらなければ、私達は生きていなかったかも知れません。それに負傷兵の治療まで行ってくださったのです」


 ダイゴ艦長は驚いた様子で、敏文達を見る。

「左様でございましたか。トシフミ殿、アヤメ殿、誠にかたじけない。ナツキ様や皆を救ってくだされたこと感謝いたしますぞ」


「私達は隣に停泊している定期船の護衛についていたものです。近くを航行していて、定期船にも被害が及ばないようにと勝手にでしゃばっただけです。どうぞお顔を上げてください」

 敏文は恐縮しながら答えた。


「それでお二人はこれからどうされるのですか?」

 ダイゴ艦長が聞いてきた。


「まだ定期船の護衛の途中ですので、あちらの船に戻ります。依頼を最後まで果たさないと」


 すると、ナツキが敏文に言う。

「それでは王都についたら一度王宮を訪ねてくださいませんか。充分なお礼も出来ておりませんので」

「わかりました。私達はノーギ男爵様のお屋敷に向かう予定です。何か至急のご用がある場合はそちらにご連絡ください」

「そうですか。ノーギ男爵の屋敷ですね。それでは王都でまたお会いしましょう」

「ええ、ではまた」


 そうして敏文達は定期船に戻り、改めて王都を目指すことになった。

呼んでくださってありがとうございます。

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