第2話 事の起こり
2014.4.18 話の視点ほか内容を修正しました。
敏文は都内の大手メーカーに勤めていた。
背は180センチと長身でしっかりした体つきをしている。高校・大学とサッカー部に所属しDFをやっていた。あたりに負けないようにそれなりに体幹も鍛えていたし、持久力はある方だ。顔はそれなりに整っていてそこそこモテてはいた。
今は2歳年下の妻の恵美と7歳の愛里と4歳になる愛菜の娘が二人、四人で暮らしていた。
社会人になって2年目の時に、ふとした偶然から就職活動中の恵美と出会った敏文はその相談に乗るようになっていた。
結局、敏文のアドバイスのかいなく恵美の就職活動は上手くいかなかった。しかしその一生懸命な姿にずっと相談に乗っていた敏文は惹かれ、付き合いが始まり、自然と結婚へと繋がる。
二人の娘にも恵まれ、つい最近都心から少し離れた場所に家を買うことも出来た。
恵美との仲は周りも認めるほど睦まじく、いい関係が続いていた。
そんな中、敏文は会社から4月から2年という期間限定で福岡に異動するように命じられた。
恵美はパートで働いている。
「私は辞めてついて行っても大丈夫だけれど愛里の学校を考えたら、ちょっとね」
「やっぱりそうだよなぁ」
長女の愛里は都内の私立の小学校に通っていて4月からは2年生になる。
「入れるのにかなり苦労したしね。ずっとって言われたら仕方ないけど、2年だけなのよね。だったら……ね」
受験の2年前から準備を重ね、終盤にはそれこそ土日もない苦労をして、時にはヒステリックになりそうな妻を宥めつつ漸く入れることが出来た学校だ。恵美がそう考えるのも敏文には予想出来ていた。
「解った。単身で行ってくるよ」
「ゴメンね」
「こっちこそ、2年も苦労かけちゃうな。すまん。それにそろそろ愛菜の受験の準備も」
「しょうがないわよ」
「え~パパどっかにりょこうにいくの~? ずる~い! あいりもいく~!」
長女の愛里が敏文の背中にしがみつく。
「パパはお仕事で2年間だけ福岡ってところにいくの。遊びに行くんじゃないのよ。ときどき戻ってくるし、たまにだったら私達が遊びに行きましょうね」
「そっか~。パパおしごとたいへんなんだ~。がんばれ~」
「まなもおうえん。がんばれ~」
「お、愛菜も応援してくれるか。ありがとう!」
「もし何か必要があったら父さんや母さんを頼ってくれていいから」
「ええ。そうさせて貰うわ」
一人っ子だった敏文の妻となった恵美は敏文の両親とも良好な関係を築いてくれていた。母娘だけでもお互いの間を行き来するくらいに。
◇◇◇◇◇
そして3月30日の土曜日の昼。
着任日を月曜日に控えて敏文は後ろ髪を引かれる思いながらも福岡に向かうために羽田空港にいた。
「パパがんばってね~っ!」
「がんばれ~」
「あなた。気を付けて!」
「敏文。体に気を付けるんだよ」
「恵美さんと孫達のことは任せろ。気を付けて行ってこい」
家族と両親に見送られた敏文は、寂しい気持ちを笑顔で隠して飛行機に乗り込んだ。
◇◇◇◇◇
敏文が席につくと、通路から声をかけられた。
「すいません。隣大丈夫ですか?」
そこには栗色のショートカットの美人が立っていた。それがサラだった。
「ええどうぞ」
彼女は少し大きめのバックとコートを頭上の収納に入れようとしていたが、その時、後ろから声を荒げる奴がいた。
「じゃまだよ。早くどけよ!」
20歳位の学生だろう。サラより少し高い175センチぐらいの肩までの長い髪をした男だ。
(座席指定なのに何をそんなに急ぐ必要があるのか。失礼なやつだ)
敏文はそう感じた。
「ゴメンなさいね」
彼女は一言にっこりと伝えて敏文の隣の内側の席につく。
「けっ」
そいつはとっとと通路を後方に歩いていった。
(こいつ多分将来ロクなやつにならない、いや絶対)
そう思った敏文が横を向くと、彼女はにこにこ笑っている。
「大丈夫です。気にしませんから」
彼女はサラ=ステファンと名乗った。
「俺は鎌田敏文っていいます。サラさん、とても日本語が流暢ですね」
敏文は感心して聞いた。
「母が日本人なんです。アメリカにいるときに出来て損はないからって教えてくれたんです。今はそのお陰でこうして日本で生活できてる。だから、母に感謝ですね」
サラはそう言って笑う。
とても素敵な笑顔だ。変な意味ではなく素直に敏文は感じていた。
「日本にはどれくらい?」
「ユニバシティを卒業してから直ぐにこちらに来たので、もう3年になるかしら」
「そうですか。福岡へは旅行で?」
「前に英会話学校で教えていた生徒が結婚するって連絡があって。今日の夜のパーティーに招待されたんです。久しぶりに仲の良かった教え子にあえるのがとても楽しみで。それに九州が初めてなんです。福岡は美味しいものがあるんでしょ?」
「ああ、そっちも楽しみですね」
サラはとてもワクワクしているようだ。
「トシフミさんは旅行ですか?」
「いや、俺は仕事でこれから2年単身赴任です」
「そうですか……。それは大変ですね」
「家族に会えない寂しさはあるけど、今はこれで見たいときに顔も見れますし」
敏文はスマートフォンを手に取る。
「あ、電源落とさないといけないのか」
「あ、私も」
サラも自分のスマートフォンを出して電源を切る。
そして敏文にその素敵な笑顔で笑いかけると言った。
「私のことは、サラって呼んでください」
「じゃ、俺の事はトシフミで」
「解りました」
そして色々な他愛もない話をしているうちに、あの瞬間がやって来たのだった。
少し短いですが、“直前”のお話しです。