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第1話 知らない世界

つたない文章で恐縮ですがよろしくお願いします。


2014.4.18

話の視点他、話を修正しました。

 彼は光の中にいた。足元に地面はない。宙に浮いている状態だ。

「ここは、どこだ?」

 彼は戸惑いを隠せない。なぜなら今の今まで、福岡に向かう飛行機の中だったはずだから。


「そうか、俺は夢を見ているのか」

 彼の乗った飛行機は着陸直前に乱気流に巻き込まれていた。

「その時のふわふわした感覚がそのまま……」

 彼は180センチほどの長身に相応しく長い手足をグッと伸ばして感覚をはっきりさせようとするがどうもすっきりしない。


 動きの鈍い体に苛立つ彼はそれなりに端正な顔を少し歪めて呟く。

「すっきりしねぇなあ……」


 どこからが夢なのか彼にもわからない。強烈な光も見たような気がする……。


「夢なら醒めるさ」

 彼の意識はその一言と共に深い所へと落ちて行った。


 彼の名は鎌田敏文カマタ トシフミ。32歳の単身赴任途中のサラリーマンである。

 今までは……。



◇◇◇◇◇



「ワン! ワン! ワンッ!」

「なんだよ……、俺に吠えてんのか?」

 敏文は犬が吠える声で目が覚めた。


 そこには仔犬がちょこんといてしっぽを振っている。


 ふと、周りを見渡してみるとそこは薄暗い山の中だ。

「いや、え、何で! 俺飛行機に乗ってたはずなのに! ここどこだよ! これは夢の続きかっ?」

 敏文は自分の体に触れて実感があるのを確かめる。

「夢……、じゃないっ」


 敏文は混乱する頭を抱えて、記憶を整理しようとする。

「俺は……」


 まもなく着陸とのアナウンスの直後、機体の激しい揺れがあり照明が消えたのは覚えていた。そして隣席の女性に腕を強く掴まれたとたんに物凄い光に目が眩んだのを思い出した。


「墜落……したのか!」


 敏文は慌てて自分の体を確認した。体のどこを見ても怪我はしていないようだ。立ち上がり足を動かしたり腕を回してみたが何処にも痛みはなかった。

 改めて周囲を見回してみたが、薄暗くて靄がかかっているため見通しが効かない。解るのは山の中ということだけだった。


「飛行機は! 他の人達は! 何がなんだってこんな山の中なんだ!」

 敏文は混乱して、その場で叫び、頭を抱える。


「はっ、恵美に連絡を……」

 しばらくして漸く正気に戻った敏文はスマートフォンの電源を入れ、妻の恵美に連絡を取ろうとした。


「早く起動してくれっ」

 画面が立ち上がる時間ももどかしい。起動が終ると、恵美へ電話を入れる。

“ツー、ツー、ツー、ツー……”

「つながらない。山の中で圏外なのか!」

 確かに画面上もアンテナが立ってない。

 ネットを検索して見ても、接続出来ませんの文字が出てしまう。


「くそっ。どうすればいいんだ……。明るくなれば救助が来るのか? それとも自力で連絡できるところまで下りるか」


 しばらくすると靄が晴れてきたようだ。少し明るくなってきたので周りを見渡してみる。


「あれは……」

 30メートルほど先の木の根元に誰かが倒れている。敏文は慌てて駆け寄った。


 女性のようだ。見覚えがある!

「おい、サラじゃないか! 大丈夫かっ! しっかりしろ!」

 敏文は彼女の肩を抱き起こして声をかける。

「あ、トシフミ! あれ、えっ? ここはいったい…… 何でこんな所に? 飛行機は?」


 彼女はサラ。飛行機で敏文の隣に座っていた女性だ。

 栗色のショートカットに青い瞳の気持ち垂れ目なところが魅力的な日米のハーフで英会話の講師をしている。25歳だという。



「俺もよくわからないんだ! 墜落したのかも知れないけど、周りに残骸もなければ、他の人達も見当たらない。もう、いったい何が何だか……。サラは怪我はないか?」


 サラは立ち上がり、自分の体に異常がないか確かめた。

 彼女は敏文より少し低い170センチぐらいの長身でとてもスタイルが良い。腰に手を充ててジャケットを着た上半身を捻ったり、七分丈のデニムの脚の裏や腕の様子を一通り確認する。

「脚を少し切っているみたい。それ以外は怪我してないみたいだわ」


 思ったより怪我などがないことにほっとしたサラは、自分のスマートフォンを取りだして電源をいれるが、つながらないことを確認すると、ベージュ色のジャケットのポケットにしまう。


 ただその表情は不安げだ。

「私達どうしちゃったのかな……。あの時飛行機が凄く揺れたよね。そしたら凄い眩しくなって……。その後がわからない」

「俺も同じだ。そこまでしか思い出せない。もう少し明るくなったら、周りを確認しよう」



「少し肌寒いわね」

 サラは両腕を抱えて少し震える。

 春先の明け方だからだろうか。空気がひんやりしていて確かに肌寒い。敏文もサラも飛行機に乗るときに頭上の格納に春物のコートをしまっていた。今はそれがどこにあるのかいや、自分の荷物の在りかさえ解らない。


「これを……」

 敏文は自分のブレザーを脱いでサラに掛けようとした。

「いえ、大丈夫よ。ありがとうトシフミ。それを脱ぐと貴方が冷えてしまうわ。私は大丈夫」

「そうか……」


 その時、犬が吠える声にサラが敏文の足許に目を向けた。

「何でこんなところに仔犬が?」


 さっきの仔犬が敏文の脚にまとわりついて尻尾を振っている。

「ん、ああ、こいつか。目が覚めたらそばにいたんだ」

 少し明るくなったことで解るようになったが、全体の色が赤茶色で足元だけ白っぽい仔犬だ。サイズや雰囲気から柴犬の様にも見えるが少し違うようだ。耳が少し横向きになっている。


 サラは不安を隠せないのかしゃがんで仔犬を抱き寄せ、しきりに頭や背中を撫でている。


 その時、近くの薮から何かが近づくような音がした。

「あ、何かいる……」

 サラは片手で仔犬を抱いたまま立ち上がり、怯えて敏文にしがみつく。

 自分達以外にも飛行機の乗客がここにいたんだと思った敏文はその方向に向かって声をかけた。

「大丈夫か!  怪我はないか!」


 そして二人はそこに近寄ろうとしたが、すぐに動けなくなった。


「ひっ!」

 サラが目を見開いて短い悲鳴をあげる。

 薮の中から現れたのは、3頭の黒っぽい毛並みの狼だった。




「!」

 サラは敏文の背中にしがみついたままだ。


 狼達は、低い唸り声をあげながら二人を囲むように動き出した。仔犬は彼等を守ろうとしているつもりなのか小さな体でしきりに狼に向かって吠えている。


 敏文は咄嗟に着ていたブレザーを右側だけ脱ぎ、左腕に巻き付ける。そして足許に転がっていた短い木の棒をつかんだが不安でたまらない。


 サラは仔犬を抱えて敏文の背後にいるが、敏文にも伝わるぐらい怯えて震えていた。震えが伝わる毎に敏文の鼓動は速くなり緊張と恐怖から口元も渇いてきた。

「くそっ!  この棒っ切れだけか! どうすれば!」


 敏文はサラを庇いながらじりじりと動き1本の大木を背にする。これで背中から襲われることはないだろうが、状況は全く好転していない。


(1頭だけなら自分が抑えている間に逃げろって言えるが、3頭いる。サラだけ逃がそうにも……どうすれば、どうすればいい!)


 敏文がそう考えたその時だった。


 正面の1頭が飛び掛かってきた!


 敏文は咄嗟にその牙をブレザーを巻いた左腕で受け止める。痛みはない。運よくポケットに入っていた手帳やボタンの部分を噛んでくれているようだ。


 そこで敏文は右手を左肘に充てて体を左右に捻りながら左の方に腕を振り抜いた。

 するとブレザーが抜けてそれごと狼が敏文の左側に飛ばされる。


 狼はちょうど敏文の左側から飛びかかろうとしていた別の狼と空中でぶつかり2頭がもつれあうように転がっていく。

「ギャウン!」


 右側の最後の1頭がこちらに向かって来るのが見えた敏文は、サラを庇うように前に出た。

 飛び掛かる狼に対して左腕で庇おうとするがそこにはブレザーはもうない。

「しまっ……」

 狼は敏文の左腕に噛みついた。牙がシャツの上から食い込む。

「ぐっ!」


「トシフミっ!」

 サラの悲鳴が上がる。


「ぐぁっ、こ、この野郎っ!」

 敏文は歯を喰いしばって痛みに耐えつつ、右手に持っていた木の棒を狼の目に力一杯突き刺した。

「ギャッ!」


 その瞬間、左腕から狼の牙が抜け、狼はぐったりと動かなくなった。


 それと引き換えに敏文の左腕は血だらけになっていた。

 本当なら1頭を倒したことで握り拳を突き上げたい所だが、残り2頭がいる。そんなことをしている余裕は敏文には無かった。


「トシフミ、血が……」

 サラが泣きながらうろたえている。


「「グルルル……」」


 さっきブレザーごと飛ばした2頭がこちらに近づいてくる。


 もう敏文には抵抗するすべがない。

(くそっ、素手でもやってやる! 黙って殺られるもんかよっ!)


 敏文がサラを庇おうと狼の前に出たその時だった。


 シュッと風を切る音がしたかと思うと1頭が倒れて動かなくなった。

 続けてもう1頭も。


「おい、大丈夫か! 他にはいないか!」

 男が叫ぶ声がする。


 狼を見るとそれぞれに矢が刺さっていた。


 そして声の主としてそこに現れたのは、ひげをはやしたクマの毛皮を着たマタギ?だった。

「今度は熊……」

 サラは気を失って敏文に寄りかかる。仔犬は器用にサラの手を離れて地面に降りていた。


「おいおい、そりゃねぇぜ、ねーちゃん。せっかく助けてやったのに」

「すまない。狼は今ので最後だと思う。本当に助かった。助けてくれてありがとう」


 男は背はサラと同じぐらいだが横にがっしりした体つきをしていて、黒く長い髪を後で束ねている。黒く優しげな目をしていて、人のよさが表れているようだ。手には弓を持ち、腰にウサギだろうか獲物を数匹下げていた。


 敏文は気を失っていたサラを揺すっておこす。

「サラ、もう大丈夫だよ」

 サラは目を開けると、はっとしたように叫ぶ。

「あっ! トシフミっ! 熊はっ!」

「熊じゃないよ。彼が俺達を狼から助けてくれたんだ」

 その時サラが、ほっとしたのか敏文に抱きついて泣き出した。

「うっ、うっ、トシフミっ、ありがとう! 守ってくれてありがとう!」

 敏文は動く右腕でサラの頭をを優しく撫でる。

「無事でよかった」


 サラが少し落ち着くのを待ってから男が話しかけてきた。

「ま、このなりじゃ熊に間違えられてもしょうがねえか。俺はブンゾーってもんだ。見ての通り猟師をやってる」


 彼はこの近辺で猟師として暮らしている男で38歳。その日はたまたま何時もより少し早目に月明かりを頼りに日の出前に家を出て森の木々の密度が少し薄いこの辺りで狩りを始めたばかりだった。


「俺は敏文。鎌田 敏文。彼女はサラ。サラ=ステファンだ」

「サラです。さっきは助けて貰ったのにすみませんでした」


「ほう。二人とも名字持ちか。お前、名はカマタなのか?  トシフミのほうか?」

「トシフミが名前だ」

「そうかトシフミだな。あとそっちの青い目の嬢ちゃんはサラでいいのか。嬢ちゃんはホーエンの出身なのかい? それともトリアードのもんかい?」

「え、ホーエン? トリアード? どこの事だ? ここは日本じゃないのか?」

 敏文は頭が混乱している。


「ん? ニホン? ここはホーエンって国だぜ。そんなことも知らないでこんなとこにいるのかい? お前達どっから来たんだ?」

 ブンゾーは二人を不思議そうに見ていた。


 敏文は両手で整理出来ない頭をかこうとして、左腕の痛みに顔をしかめる。


「腕を怪我してるな。どうやら、難しいことは後にしたほうがよさそうだな。まずはウチに来いよ。豪勢な馳走はできねぇが休むぐらいはできるだろう」

 そう言うとブンゾーは敏文の左腕を持っていた手拭いで縛って止血した。


「ありがとう。感謝するよ」

 敏文は頷くサラを見て、ブンゾーの好意に甘えてついていくことにした。狼の口からブレザーを取り返すと歩き出す。


(日本じゃない…………ホーエンなんて国あったっけ……。ここ何処なんだ……。飛行機が堕ちたんじゃないのか? だったら九州の山の中のはず。ちがうのか? ブンゾーっていう昔の猟師って感じのこのおっさんも日本人に見えるし、何より言葉が通じてる。外国にいるわけじゃないって思うんだが……。訳がわからない……)


 敏文は歩きながら必死に混乱する頭を整理しようと黒髪の頭を右手でガシガシとかくが、全く上手くいかなかった。


 そこで敏文は歩いている間、ブンゾーの話を聞いて見ることにした。


 ブンゾーの家はこの山麓にあり、奥さんのキクエと二人で暮らしていた。猟をして生計を立てている。


 サラがブンゾーの弓を見て尋ねた。

「弓を使っているのはブンゾーさんのこだわり? ライフルとかは使わないの?」

 鉄砲文化のアメリカ出身であればそう思うのも不思議ではない。今の日本だって獣を狩る猟をする人たちが使うのは猟銃のイメージだ。ブンゾーが持つような、弓の長さが1メートルもない短弓を使う人はいないんじゃないだろうか。


「ライフル? なんだそりゃ?」

「え、ライフル知らない? こう構えて遠い距離の獲物を撃つやつなんだけど……」

 サラはライフルを撃つ構えをして見せる。


 ところがブンゾーは首を傾げていた。

「そのライフルってのが何だか知らないけど俺にはこの弓と風魔法があればキクエと二人食いつなぐには十分さ」


「え、今何て言った? 風魔法とか聞こえたんだけど……」

「私にもそう聞こえた……」

 敏文とサラは顔を見合わせる。


「なんだお前たち、まさか風魔法を知らないなんて言わないよな」

 ブンゾーは敏文とサラの顔を順に見るが、首を振る二人に驚いた表情をする。

「本当にどっから来たんだ? よく見てろよ」

 ブンゾーはそう言うと、手をかざして何か呟いた。


 すると手から風の塊のようなものが飛び出して近くにあった木の枝を切り飛ばした。 

「え゛」

「あ゛」

 敏文とサラは口を開けてそのまま固まる。


「おいおい、こんなの風魔法でも初級じゃないか! 驚くことなのか?」

 ブンゾーは本当に不思議そうにしている。


 敏文はますます混乱していた。


(なんだ、今の。魔法って冗談だろ。手品じゃないのか? あとは気功とか? しかも今のが知ってて当たり前って……。そう言えばさっきこの場所をホーエンとか言ってたな。もしかして本当に日本じゃないって事か……)


 サラも混乱の表情を隠せない。

(何? マジックじゃないの? こんなこと映画の中でしか見たこと……。そうか、映画か何かの……。でもさっきの狼本物だったし、トシフミ怪我してるし。それはないわね……。じゃなに? なんなのよっ!)


 敏文はそもそもについて考え込んだ。

(何でここにいるんだろう。飛行機の事故で死んでいわゆる転生でもしたのだろうか。服装は元のままだし。わからん。妻や娘達は心配しているんだろう……。どうすればいいんだっ)


 ブンゾーは固まって頭を抱えて悶える二人を不思議そうな顔で見つめていた。



 しばらく歩いていたが、ふと敏文はブンゾーの腰にウサギらしき獲物が3つぶら下がっているのを見て疑問に思った。

「なあ、ブンゾーさん。ウサギを弓で仕留めるのに暗かったり、靄がかかっていても平気なのか?」

「ん? どうしてそんなこと聞くんだ?」

 ブンゾーは首を傾げる。


「いや、まだ夜が明けてそんなに時間がたってないのに、俺達に会う前に3匹も仕留めてるみたいだし。それに夜明け前にどうやって山の中をあの場所まで来たのかと思ってさ。魔法があるからなのかい?」

 敏文の疑問にブンゾーは当たり前のような顔で答える。

「そりゃ、あれだけ月明かりがはっきりしてりゃ魔法が無くても行けんだろ。この辺は樹の間が広いから足元もある程度は慣れてれば見えるしな。それとこの3匹は明るくなってから一度に仕留めたのさ。こう、3本同時につがえてな」

 ブンゾーは実際に3本の矢を同時につがえて見せる。


「いや、でもいくら月明かりがあってもあのひどい靄の山の中をよく迷わずに行けるな」

 敏文は自分が目覚めた時のあの靄を思い出していた。ところがブンゾーは意外な答えを返す。

「ん? 靄なんか出てなかったろ。視界も悪くなかったぜ。だから獲物が見えたんだしさ」


 ブンゾーの言葉に敏文は驚いた。

(え、あの靄がなかった? あれだけ何も見えなかったのに。じゃ、俺が見たあの靄はなんだったんだ?)


「おい、トシフミ。そんなところで立ち止まっていないで早く行こうぜ」

 ブンゾーに促され、敏文は頭の中を整理出来ないままに山を下りていった。



 それから15分ほど歩いた敏文達はブンゾーの家に到着した。

 ブンゾーの家は平屋の山小屋だった。周りには他に家のようなものはない。1軒だけぽつんと山のなかに建っていた。ログハウスのようにがっちりしたものではないが二人で暮らすには十分な広さなのだろう。小屋の奥には煙突も見える。そして軒下には野菜が吊るされていた。


「おーい! キクエ。今帰ったよ!」

「はーい。お帰り。あら、随分と早い帰りだね。それになんだい。お客さんとは珍しいね。こんな早くからどうしたんだい?」

 小屋の中から現れたのは、30を少し過ぎた位だろうか、黒い髪を頭の後でだんごに纏めた少しふっくらした女性だ。背は小柄で160センチはないだろう。モンペのようなズボンに、前掛けをしている。農家の奥さんという風情だ。


「山の中で狼に襲われてたんでな。連れてきちまった。トシフミとサラっていうそうだ。ほい、ちょいと早いが今日の獲物だ」

 小屋の中に入りながらそういうとブンゾーは、腰につけていた野うさぎ3匹を土間に置く。

「そりゃまた大変だったねぇ。怖かっただろう? さ、家の中に入りな」

 キクエは二人を家の中に招き入れる。そしてブンゾーが置いたうさぎを括った紐を手に取ると言った。

「じゃあ、今日の昼はこれで兎汁にしましょうか。シーバで野菜も分けてもらってあるし」

「いいねぇ。そうしてくれ」


「あ、じゃあ私手伝います」

 サラが手伝いを申し出る。

「あら、じゃあお願いしようかしら」


 するとブンゾーが足回りを解きながら言う。

「おい、その前にトシフミの怪我の治療が先だ。サラも怪我してたな。おい、キクエ! 見てやってくれ」


「そういうことは早く言いなよ。こっちへおいで」

 そういうとキクエは敏文とサラを水瓶が有るところに連れて行って敏文の腕の傷口を洗い始めた。

 その後、キクエがおもむろに手を敏文の腕の傷口にかざし何か一言二言呟くと、淡い光が腕を包んだ。


 敏文は驚きを隠せない。

「え、あ、ええっ!」


 そして光が消えると傷口はキレイに消えていた。敏文は左腕を振り、左手を握ったり拡げたりするが痛みも消えていた。

 その様子を見たサラも目を大きく見開いて驚いている。


「ほら、サラだっけ? あんたはどこを怪我してるんだい?」

 続けてサラの脚も治療する。


 敏文とサラが初めて見る治療の魔法に驚いて口を開けていると、キクエは呆れた表情で言う。

「土魔法でこれくらいなら驚くことないだろ。さあ、食事の準備をしようか。兎は私がやるから、サラは野菜を頼むよ」


 敏文とサラは顔を見合わせる。

「これって普通なら奇跡って言われるよねぇ……」

 サラの呟きに敏文も同意する。

「ああ、多分宗教がひとつ出来るだろうな……」



 キクエとサラが昼の食事の準備をしている間、ブンゾーに借りた上着に着替えた敏文は囲炉裏の前で火を起こすブンゾーに二人の状況について話そうとしていた。


 敏文が何をどう話せばいいか悩んでいると、ブンゾーが話を促した。

「難しいことは俺もわからねえから、簡単に解っていることだけ話しな」

「すまない。解った。まずどうも俺達はこの世界の人間ではないようだ」

「何だって!」


 敏文は、自分たちに起こったと思われることを、少しずつ説明した。

 ブンゾーは驚いている。

「……。すぐには信じがたい話だな」

「そうだろうと思う。地球ってわかるか? あと日本を知らないんだよな。俺もホーエンを知らないんだ。それに俺のいた世界では魔法は普通に出来るものじゃないんだよ」

「ああ、ニホンとかチキュウとか言われてもそれが何処かなんて聞いたこともねえな」

 ブンゾーは両手を広げる。


「やっぱりそうか……。俺も混乱してるんだ。なんでここにいるのかがわからない」


 敏文はスマートフォンをズボンのポケットから取りだして、ブンゾーに見せる。

「この世界に、こんなものあるだろうか?」

「なんだよそれ」


(電話も、ネットもダメなら何に使えるか……)


 敏文はスマートフォンのカメラ画面を起動し、ブンゾーの写真を撮る。

 シャッター音にブンゾーがびくっとするが、画面に写った自分の顔を見て驚いている。

「随分小さなものだな。何て言う魔道具なんだ?」

「カメラっていう機能なんだが」

「う~ん。魔道具にも見えるし、そうじゃないようにも見える。よくわからんな」


 すると、兎汁の下ごしらえが終わった鍋を持ったキクエと器を持ったサラがやって来た。鍋を囲炉裏の鍋掛けに掛けながら言う。

「ねぇ、ブンゾー。今度ダイカクさんのところに行くって言ってなかったかい?」

「そうだな。ダイカクなら何かいい考えが浮かぶかも知れねえ。そうするか」

「ダイカクさん?」

 サラが尋ねる。


「ああ。俺の幼なじみでな。ミヤザという街に住んでいる元王宮魔法士さ。そいつに相談して見るってのはどうだい? 10日後に会う約束をしているから、それまではお前さん達はここにいればいい」


「見ず知らずの俺達にそこまでしてもらっていいのか?」

 敏文は少し気まずくなって尋ねた。

「気にすることはねえさ。なあ」

 ブンゾーはキクエに言う。


 キクエは笑いながら敏文の肩をバンバンと叩いた。

「あんた達困ってるんだろ。あたしらは好きでお節介してるんだから、気にせず甘えときな。その内あたしらが困ったときに返してくれればいいから」


「…………ありがとうございます」

「本当にすみません」

 敏文とサラはこの世界で最初に二人と出会えたことに本当に感謝した。



 それからしばらく兎汁ができるまでの間、敏文とサラが元の世界でどのような暮らしをしていたのかを話していた。

「じゃなにかい、サラは敏文の国まで行って、そこでサラの国の人が話す言葉を教えることを仕事にしてたのかい?」

「ええ」

 キクエの問いにサラは頷いた。

「へぇ。こっちみたいに世界に共通語がないのかい。それは不便だねぇ」

「逆にこちらの世界はすべての国で同じ言葉が使われてるっていうほうが驚きです」


「敏文はどんな仕事をしてたんだ?」

 ブンゾーが尋ねる。

「営業だな」

「エイギョウ? 何なんだそれは?」

 敏文の答えにブンゾーは首を傾げる。

「会社で作ったものをお店に売るために置いて貰ったり、仕事を貰う為にお得意先を回って話を聞いたりってことかな」

「カイシャ? オトクイサキ? トシフミの話には難しい言葉が多いな。」

 ブンゾーは眉間に皺を寄せて理解に苦しんでいた。


「俺みたいな猟師はいないのか?」

「ああ。いたよ。でも、ブンゾーさんのように魔法を使う人間はいないな。さっき、サラが言ってたようなライフルという武器を使う人が多いと思う」

 敏文はそう説明する。

「ライフルってのはどんな武器なんだ?」

「火薬っていう爆発する粉を使って鉄の玉を相手に向けて発射する武器なんだ。細長い筒の中でそれが爆発すると、筒の先から鉄の玉がものすごい速度で飛び出して獲物にあたる。そうすると獲物の体に穴があいて仕留めることが出来るって武器だ。だから魔法が使えなくてもいいものなんだ」

 敏文はライフルを構える格好をしながら説明した。


「よくわかんねぇな。ま、やっぱり俺は弓の方がむいてるや」

 ブンゾーは自分の短弓を手に持って、ボロ布で拭き始めた。


「なぁ、ブンゾーさん」

「ブンゾーでいいよ」

「もし良ければブンゾーの猟に一緒に連れて行ってくれないか? もしかしたら、俺達のような人間がまだどこかにいるかも知れない」

「ああ、わかった。いいぞ」

 ブンゾーは頷く。


「じゃ、その間私はキクエさんの手伝いでも」

「サラはそうするか」



「さて、そろそろいい塩梅だね。飯にしようよ」

 キクエが兎汁をよそいはじめた。


「ほっとしたら、お腹が空きました」

「あはは、そこの仔犬にもあげないとね」

「いただきます」

 敏文はほっとするあったかさをありがたいと感じていた。



 午後になって敏文はこの世界の事について教えてほしいとブンゾーとキクエに頼み込んでいた。


 恐らくここは日本ではなく、いや地球ですらないのかも知れない。今の自分達が置かれた状況について敏文はあまりにも何も知らなすぎることが不安になったのだ。


 ブンゾーは敏文とサラの切迫した表情に一瞬躊躇ったが、二人に対して少しずつこの世界の事を説明しはじめた。



 その夜、敏文はなかなか寝つけなかった。


 混乱した頭は未だに整理出来ていない。

 妻や娘達が心配で仕方がなかった。敏文はスマートフォンのライブラリから、恵美と娘達の写真をタップすると、よりその気持ちが落ち着かなくなった。

「恵美、愛里、愛菜。ごめんな……。俺はどうしてこんなところにいるんだ……。どうすればいいんだ……。起きた時には周りには何もなかった……。戻る方法ってあるのか? 会いたいよ。今すぐ会いたい……」


 恵美達は突然いなくなった自分を必死でさがしているだろう。会社の同僚達だって。敏文はどうすればいいかわからず、ただただ、気持ちばかりあせっていた。


(日本に戻るにはどうすれば……。どうすれば元に戻れるんだ……)


 その隣でサラもまた寝付けてはいない。

 隣で呟く敏文の声を聞きながら、彼女も家族の事を考えていた。

 アメリカにいる父母、それに日本で一緒に暮らしていた祖母がいた。

(パパ! ママ! おばあちゃん! ごめんね。探してるよね。私生きてる……。でも、どうやってそれを伝えればいいの! どうやったら帰れるの……。わからないよ……)


 サラの瞳からは大粒の涙が零れ落ちていた。

読んで下さってありがとうございます。

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