序
俺は特殊音響課の捜査員だ。
先輩のYと海賊音楽の取り締まりをしている。
海賊音楽とは、簡単に言えば生の音楽の海賊版だ。
ピアノ、ギター、ボーカル、パーカッション、
それらの生演奏をライブや演奏会、そういった場でプレイすることが音楽なのだ。
人間と楽器の織り成す、器楽。それが音楽だ。
そうあらなければならないと、社会主義のこの国では決まっている。
ところが、その音楽をある特殊なテクノロジーを使って、円盤型の記憶媒体に閉じ込め、
生の演奏のように、まるで“音楽”が鳴っているように聴かせる輩が存在する。
そいつらは音楽海賊であり、崇高な芸術を穢しているのだ。
今日も俺と先輩は音楽海賊を見つけ出すためにとある情報筋から有力な情報を買った。
どうも、破沙行きの地下鉄を降りた近くの餃子屋の裏に、海賊店が存在するらしいのである。
しかもその店は、あの悪名高い真空管技術を使用するという情報まで入ってきている。
真空管技術はとても危険な技術だ。特に古いメリケン製のウエスタンなどは、
時間を破壊し、音楽の因果律とエントロピーを破壊してしまう。
時間を超えて、死者をも蘇らせる力をすらもっているとも言われている。
「先輩、この辺りのようです。」
「フムン。どうやらここは古い地球らしい。」
餃子屋の裏は一見して空き地になっている。
しかし、そこに海賊店があると思えば、そこに怪しげな建物が現れる。
手で触れようとしても宙を掻くだけだが、そこに音楽を聴くよう、そっと耳を澄ませば、
建物に触れることさえもできた。
「この建物は時間軸をそうとうに歪めて存在しているようですね。先輩。」
「どうもそのようだ。まるでそこにはあたかも何も存在しているようにみえないが、そこには確かに店が存在しているんだ。時間とか、空間とか、そんなものは関係ないのかも知れん。」
「因果律を崩壊させる、真空管技術ですか。」
「フム、そんな狂ったことをするのは海賊ぐらいなものだ。あとは特殊音響課の刑事くらいだ。」
俺たちは特殊な耳栓を装着する。
それは現在を排除するノイズキャンセリング機能を持った、対特殊音響兵器の一つである。
これを装着していれば、海賊店に侵入することはたやすいだろう。
入口は暖色系の照明に彩られている。
扉の上の雨除けには真空管のガラス細工がシンボルとして描かれている。
窓際にはいくつもの真空管が並べられている。
直熱管、三極管、円形の物、細長い物・・・・
この海賊店は久々の”ホシ”だったようだ。
「先輩、中に入りましょう。」
「なんだか以前、ここへ来た気がする。いつのことだかはわからないが、なにかなつかしい感じがする。ひょっとしてこの音、この真空管から発せられる電気信号に、俺の記憶野が反応しているのかも知れん。」
「フムン」
俺たちは覚悟を決めて扉に手をかける。
海賊のやり方によっては、この扉を開けた瞬間に、音楽爆弾が作動するかもしれないし、幻覚を見ていただけで終わるかもしれない。餃子屋かもしれない。あるいは本当に海賊店への入口かもしれない。
「行きますよ」
「準備はできている・・・」
何事もなかったかのように、ゆっくりと手に力をかけていく。
音の出ないよう、しかししっかりと。
カランカラン
ドアベルが鳴る、私は一歩を踏み出す。
床はそこまで硬くない床だ。音響用だろう。
そのとき、堂々と私の目の前を黒猫が大あくびをしながら通りさっていた。




