序章—景、枯、花
・この作品は私自身が某掲示板サイトで執筆中の作品「至福スケッチ」をこちらに転載したものです。決して盗作ではありません。ご了承下さい。
「……綺麗だ」
老人は色褪せた羊皮紙に線を引いていた。否、スケッチをしていた。
確かに綺麗な情景であった。空は文字通りの“雲一つない青空”で、高くなるほど色合いは深みを増していった。無論その情景の見所は空のみではない。老人のいる丘などは精彩な芝生が余すことなく生えきっており、所々に咲いている花はそれぞれ特徴的な花弁の形と鮮やかな彩りを兼ね備えている。そして、丘の中心に根差している大木は、夏が来た時に人々の涼みの場となるであろう大きな影を堂々を映し出していた。
しかし、老人がスケッチをしていたものは、“雲一つない青空”でも、草の生えきった丘でも、華麗な香りを纏った花でも、葉を散々茂らせた大木でもなかった。
老人は丘に存在する様々な魅力には目もくれず、生き生きとしているわけでもない、美しいわけでもない、ましてやその道に長けている人物なら分かる何かがあるわけでもない——ただただ無惨なだけの、枯れかけている一輪の花をスケッチしていたのである。
やがて老人はペンを置くと、どこか満足げに頷いた。
そして、傍らに置いてあったペンやインクやパンをまとめると、羊皮紙を丘に投げ出して去っていった。
それから幾分かの時間が立ち、老人がスケッチしていた花が完全に枯れて土に返っていった頃——羊皮紙は、線どころか染みの一つもない、ただの色褪せた羊皮紙に戻っていたという。