えっ? それのどこが「チート」なの?
「なに、その『パリィだけでむそう』って? そもそも『むそう』って、どっちの『むそう』?」
弟は、そう言いながら、ビールジョッキの表面の水滴を指先に付けると、テーブルに「無双」と「夢想」の2つの単語を書いた。
「こっち」
俺は「無双」の方を指差す。
昔は、俺も弟も、どっちもオタクだった。
俺は、大学を卒業して会社に就職しても、オタクのまま。30近いのに、未だにラノベ作家を目指している。
弟は何故か大学で空手部に入った。
まぁ、オタクと言っても、好きなのは萌え系よりも格闘漫画なんかだったんで、そこは不思議じゃない。
弟が大学に入って次の正月に実家に帰ってみると、そこには、顔だけは弟に似てる筋肉達磨が居た。
もう、俺の知ってる弟じゃなかった。
漫画やアニメよりも空手の方に、のめり込んぢまっていた。
空手にハマり過ぎたせいで留年までした。流石に親は大激怒だったが……。
そして、社会人になった後も、空手を続け、とうとう、アマチュアの全国大会にまで出場した事が有る。
「あと、パリィって何?」
「お前さ……」
「何?」
「ガチでオタクから足洗ったな……」
「そんなつもりは無いけど……空手の方が面白くて……えっと、話戻すけど、パリィって何?」
「受け技とか捌き技の事」
「それだけで無双するの?」
「うん」
「具体的な戦闘シーンは?」
俺は自分のスマホに小説投稿サイトに有った「パリィで無双」ものの代表作を表示して弟に渡す。
それも「序盤の山場」的な戦闘シーンが有るエピソードだ。
弟は、それを読む。
首を傾げる。
変な表情になる。「何が、そこまで不審なんだ?」と言いたくなるレベルの表情だ。
腕を組んで考え出す。
そして、顔を上げた。いや、読み始めてから数分間しか経ってないだろうが……体感的には「ようやく顔を上げた」と言いたくなる位の時間が経過してる気がする。
「普通じゃん、これ。俺でも出来るよ」
「あ……あのなぁ……」
「いや、もっと凄い人知ってるよ。ガチでマジで神の『パリィだけで無双』の空手家」
「はぁ?」
「この前、他の道場と練習試合したんだけど……そこの師範代に負けちゃったんだよ。もう、負けた俺の方が逆に気持ちいいぐらいの完封負け。嫌味じゃなくて『勉強になりました。ありがとうございます』だったよ」
「おい、お前、全国大会に出た事が有……」
「全国大会って言ってもアマチュアだよ、アマチュア。本当に地道に努力してる人に手も足も出る訳ないじゃん。で、その人がやったのが、マジで『パリィで無双』ってヤツ」
「え?」
「向こうは受け技や捌き技しか使わなかった」
……。
頭が真っ白になった。
これだ……これこそが……俺の求めていたモノだ。
「おいっ‼」
「何?」
「その人、紹介しろッ‼」
「どうして?」
「取材してネタに使うッ‼」
「わ……わかったよ……」
翌日、俺は、弟と一緒に、その空手道場に行った。
「兄ちゃん、これが昨日話した小郡さん。小郡さん、ウチの兄の信一郎です」
「あ、どうも、よろしく」
「あっ……はい、よろしく、お願いします」
えっ?
弟より若い。
でも弟は敬語。
筋肉も……弟ほどじゃない。
顔は……。
駄目だ。
俺小説家向いてないかも知れない。
上手く描写出来ない。
イケメンじゃない。でも、ブサメンでもない。
ただ……好青年。すげ〜好青年なのだけは判る。見るからに好青年。
「僕の事を取材されたいとの事ですが……残念ながら、これからバイトでして」
「へっ? バイト? 何の?」
「運送業です。力仕事は得意だし、鍛錬にもなるので……」
「で……でも……」
「中々、空手だけでは食っていけなくて……ああ、そうだ、今、どちらにお住いですか?」
「えっと……都内の会社に勤めてますが……まぁ、会社は川崎の社員寮ですけど……」
「では、次のゴールデン・ウィークに都内でTVドラマのアクション・スタントなんかの仕事が入ったんで、そこで取材出来ないか、ドラマのスタッフさんと調整してみましょう」
「は……はぁ、ありがとう、ございます」
「全国大会に出たお前より更に凄い人でも……食ってけないのか、空手だけじゃ」
「あのさ、プロ・ボクシングの上位ランカーだって、本業だけじゃ食ってけないんだぜ。そんなモノだよ」
俺は帰り道、弟とそんな事を話した。
たしかに、そうだ。
異常なまでに空手にのめり込んだ弟も……地元の企業に勤める傍ら、空手を続けている。
アマチュア全国大会に行けた奴でも、空手を食ってく為の仕事には出来ない。
「チート・スキルが有っても食ってけない……世の中はラノベじゃないか……」
「あとさ……」
「何?」
「あの人は全国大会とかに出られないんだよ。だから、すげ〜チートなのに『知る人ぞ知る』ような人なんだよ」
「な……どう言う事だよ?」
「危険過ぎんだよ、あの人のパリィは……だから……」
弟は少し何かを考えてるようだった。
「そうだな……確かに俺は全国大会に出たよ。でも……あの人のパリィを食らっても無事で済む奴らの中では、俺なんか、かなり下の方だよ」
「お……おい……どう言う事……?」
「あの人は単に凄いんじゃない。特別なんだよ……」
えっ?
俺は、この時点で気付くべきだった。
ラノベなんかの「チート」は単に能力値やスキル値が高いヤツの事じゃない。
能力値やスキル値では測れない、そいつにしか出来ない事が有るヤツだって事に……。




