第95話 |神話級《Sランク》の蹂躙、あるいは|廃棄処分《スクラップ》
絶望には、色があるとするならば。 その日、城塞都市ネメシスの上空を染め上げたのは、抵抗すら許さぬ「紅蓮」と、すべてを飲み込む「深淵」の色であった。
帝国最強の四騎士は、自らの五感が脳髄に送る信号を、正常に処理することができずにいた。 彼らの脳内に埋め込まれた戦術思考魔石が、目の前の敵の危険度を「測定不能」として吐き出し、頭蓋の中でけたたましい警報音を鳴らし続けているからだ。
位階B+(準英雄級)。 それは、寿命と精神を代償に、人の身で到達しうる限界を無理やり抉じ開けた領域のはずだった。 帝国の魔導技術の粋を集め、何千もの試作体の屍の上に築かれた、紛れもない「最強」の証明であるはずだった。
だが、彼らが対峙している四天は、その限界のさらに向こう側――「人外」の領域から、彼らを冷ややかに見下ろしていた。
それは、作り物の刃と、鍛え上げられた神剣の違い。 あるいは、庭の池と、底知れぬ大海原の違い。
「格」が、あまりにも違いすぎた。
◇
【第一の戦場:上空】 アレス vs ホークアイ
「ハァ……ハァ……ッ! なぜだ……なぜ当たらねェッ!!」
隻眼の弓兵、ホークアイが空中で絶叫した。 彼は既に、矢筒の中身を撃ち尽くす勢いで連射していた。一本一本が、岩盤をも貫く魔鋼製の徹甲矢だ。 彼の義眼は、風の揺らぎ、筋肉の収縮、魔力の予兆、その全てを完璧に予測している。
理論上、回避は不可能。 だというのに、彼の放った矢は、標的であるアレスに届くことさえなく、空中で霧散していた。
「……必死だな、鳥野郎」
アレスが、ゆらりと空中で腕を広げた。 彼が指を弾くたび、周囲の空間に小さな「熱の結界」が生まれ、ホークアイの矢を瞬時に融解・蒸発させていたのだ。
「矢が……消える……!? 防御魔法の展開速度が、俺の射撃を超えているというのか!?」
「防御? 勘違いするな」
アレスはつまらなそうに鼻を鳴らした。 その背中から噴出する炎が、翼の形を超えて、空そのものを覆う巨大なドーム状の揺らぎへと変貌していく。
「ただ『熱い』だけだ。……俺の纏う熱量は、貴様らの貧弱な鉄屑が形を保っていられる温度を超えている」
アレスの全身から、太陽の紅炎のような炎が噴き出す。 空気が歪む。雲が蒸発する。 半径一キロメートルの空間が、酸素濃度や温度という物理法則を無視した、「絶対燃焼領域」へと書き換えられていく。
「遊びは終わりだ。……俺の『領域』で、塵になるまで踊りな」
アレスが、右手を高々と掲げた。 その掌に、太陽を凝縮したかのような白熱の球体が生まれる。
「――第二恩恵:【炎界の覇王】」
ボォォォォォォォォォンッ!!
空が、燃えた。 比喩ではない。空中に存在した酸素、魔素、塵、そして水分が一斉に発火し、逃げ場のない球形の地獄を作り出したのだ。
「ぎ、ギャアアアアアアアアアアアッ!! 目が、俺の魔眼がぁぁぁッ!!」
ホークアイが両目を押さえてのたうち回る。 彼の強化された視覚は、高すぎる熱量を直視したことで、網膜どころか脳神経まで焼き切れてしまったのだ。 義眼のレンズが熱で溶け、眼窩の中でドロリと液体化する。
「見えすぎたのが運の尽きだ。……灰になれ」
アレスが右手を握り込む。 それだけで、領域内に満ちた炎の奔流が、一斉に中心点のホークアイへと殺到した。 回避も防御も無意味。全方位からの熱プレス。
「あ、が……皇帝、陛、下……」
断末魔は一瞬。 帝国の誇る狙撃手は、骨の欠片すら残さず、空中で完全な灰となって霧散した。 風に舞う塵だけが、彼が生きていた唯一の証だった。
◇
【第二の戦場:大通り】 ボルトス vs ガンド
ズガンッ!! ズガンッ!!
巨漢ガンドの右腕、杭打ち機が、ボルトスの大盾に杭を打ち込み続ける。 一撃ごとに衝撃波が走り、周囲の建物の窓ガラスが割れる。石畳がめくれ上がり、粉塵が舞う。 だが、ボルトスの盾にはヒビ一つ入らない。
「硬イ……。ナゼ、壊レナイ」
ガンドが無感情に呟く。 彼の攻撃は理論上、城壁をも粉砕する威力があるはずだ。 帝国の計算では、この世に破壊できない物質などないはずだった。 彼の脳内魔石が「出力不足」の判定を吐き出し、さらなる魔力注入を要求する。
「……お前の攻撃には『重み』がない」
ボルトスが、盾の陰から静かに告げた。 その声は、岩山のように不動で、揺るぎない。
「ただ火薬とバネで鉄を弾いただけの攻撃。そこに『護るべきものへの想い』も、『敵を砕く意志』もない。 ……そんな軽薄な拳で、我が主より賜りし【金剛の守護】が抜けると思うか?」
ボルトスが盾を構え直す。 その全身が、銀色の輝き――第一恩恵【物理反射】の光を帯びる。
「終わりだ、木偶の坊。……その衝撃、倍にして返してやる」
ドォォォォンッ!!
ガンドが打ち込んだ杭の衝撃が、そのまま逆流した。 パイルバンカーが内部から破裂し、ガンドの右腕が肩から弾け飛ぶ。
「ガ、ア……!?」
「帝国に帰って作り直してもらえ。……いや、鉄屑の方がお似合いか」
ボルトスが盾を豪快に振り抜く。 シールドバッシュ。だがその威力は、山脈の衝突に等しい。
グシャアッ!!
ガンドの巨体は、金属塊のように圧縮され、路地の隅へと転がった。 中から漏れ出る黒いオイルと、潰れた肉の混じった赤い液体だけが、そこにかつて生物がいたことを示していた。
◇
【第三の戦場:路地裏】 ミラ vs ネネ
「アハッ! お姉ちゃんの死体、綺麗だねぇ! でも、私のオトモダチの方が強いよ!」
少女ネネが指を振ると、地面から無数の腐った手が伸び、ミラの操る黄金の死者たちに絡みつく。 物量。圧倒的な数の暴力。 ネネの死霊術は、質より量を重視した人海戦術だ。何千、何万という死体の山で、相手を圧殺する。 それが、彼女の信じる「最強」だった。
だが、ミラは優雅に微笑んだまま、一歩も動かない。 彼女の白い法衣には、泥ハネ一つついていなかった。
「かわいそうな子。……お友達の数でしか、自分の価値を測れないのですね」
ミラが錫杖をトン、と地面に突く。 その瞳は慈愛に満ちているが、奥底には冷徹な狂気が渦巻いている。
「貴女の術は、死者への冒涜です。魂を無理やり縛り付け、苦痛を与えて動かしているだけ。 ……そんな悲鳴だらけの軍勢に、私の『愛』が負けるはずありませんわ」
カッ……!
ミラの背後から、黄金の光が奔流となって溢れ出す。 それはネネの操る死体たちを包み込み、その呪縛を焼き払っていく。
「ギャアアアッ!?」 「熱い、熱いよぉ!?」
ネネの死霊たちが、浄化の光に焼かれて塵へと還る。 ネネ自身も、その光を浴びて皮膚がただれ、黒い煙を上げ始めた。
「な、なんで……? 私の魔法が、消えちゃう……?」
「貴女は死を弄びすぎました。……無理やり起こされて、戦わされて、お友達(死者)も疲れているのですよ?」
「う、うるさい! こっちに来るな! 呪うよ!? 殺すよ!?」
ネネが怨念の塊を投げつける。 触れれば即死する呪いの弾丸。だが、それすらもミラの光に触れた瞬間に霧散し、美しい蝶へと変わって飛び去っていく。
絶対的な相性差。 死を操る死霊術の頂点に立つネネにとって、死そのものを否定し、魂をあるべき場所へ送る救済を司るミラは、天敵中の天敵だった。
「――第二恩恵:【魂の救済】」
ミラがネネの前に跪き、その頭に優しく手を置いた。
「貴女も、お友達のところへ送って差し上げます。……痛みも、苦しみもない、無の世界へ」
カッ……!
黄金の光がネネを包み込む。 それは浄化の光。不浄なる存在を、この世から優しく、しかし確実に抹消する輝き。
「あ、あたたか……い……? ママ……?」
ネネの表情から狂気が抜け落ち、幼児のような無垢な笑顔が浮かぶ。 彼女の魂にこびりついていた帝国の洗脳、殺人への強迫観念、それら全てが洗い流されていく。 そして、肉体もまた、光に溶けていく。
「ありがとう、おねえちゃん……」
次の瞬間、彼女の肉体は光の粒子となって分解され、空へと溶けていった。 残されたのは、彼女が抱いていたボロボロの人形だけだった。
◇
【第四の戦場:屋上】 チェルシー vs グレイシア
キィン、キィン、キィンッ!
氷の剣と、影の短剣が交錯する。 美貌の剣士グレイシアは、人間離れした剣速でチェルシーを追い詰めている――ように見えた。
「……捕らえた」
グレイシアが、チェルシーの足元を氷漬けにし、動きを止める。 必殺の一撃。絶対零度の刃が、チェルシーの首を薙ぐ。
ザンッ。
首が飛んだ。……氷の彫像の首が。
「な……?」
グレイシアが斬ったのは、氷で作られたチェルシーの幻影だった。 本物は、いつの間にかグレイシアの背後の「影」の中に佇んでいた。
「貴方の剣、冷たいだけで心がありませんね」
チェルシーが耳元で囁く。 彼女の気配は希薄で、まるで幽霊のようだ。だが、喉元に突きつけられた刃の冷たさは、紛れもない現実。
「感情を殺し、ただ効率だけを求めた剣。……それは『技術』であっても『武』ではありません。 予測可能で、退屈です」
グレイシアが振り返ろうとした瞬間、彼の影から無数の黒い棘が突き出した。
「ガ、ハッ……!?」
全身を貫かれ、空中に縫い留められるグレイシア。 チェルシーは、冷ややかな瞳で彼を見上げた。
「Aランク? いいえ。……貴方たちは、良くてもB+ランクの『紛い物』です。 主様の足元にも及ばない、ただの失敗作」
「な、なんだこれは……!? 離れろッ!」
グレイシアが剣を突き刺そうとするが、自分の背中には刃が届かない。 体温が奪われていく。氷の魔力を操る彼が、逆に「底知れぬ寒気」を感じていた。
「貴方の影は、もう私のテリトリーです。……つまり、貴方の体も私の一部」
チェルシーが冷ややかに告げる。 彼女の瞳は、深淵の闇色に染まっていた。
「帝国の情報はあらかた頂きました。……もう、貴方に用はありません」
「――第二恩恵:【深淵の顎】」
ズボッ。
チェルシーの持つ黒曜石の短剣が、グレイシアの心臓を背後から貫いた。 物理的な刺突ではない。 影が牙となって、グレイシアの存在そのものを「捕食」したのだ。
「あ、が……」
グレイシアの体が、足元から黒く染まっていく。 指先が炭のように崩れ、氷の魔力も、強化された肉体も、すべてがチェルシーの影に吸い取られ、糧となっていく。
「ごちそうさまでした。……味は薄いですが」
数秒後。 屋上には、チェルシーただ一人が佇んでいた。 グレイシアだったものは、影の中に完全に消化され、この世から痕跡すら残さずに消失していた。
◇
静寂が戻ったネメシス。 四つの戦場で、四つの完全勝利。 傷一つ負わず、汗一つかかず。 それは戦闘ではなく、ただの「作業」であった。
アレスが空から降り立ち、燃え残ったホークアイの灰を踏み砕いた。 跡形もなくなった敵の残骸を見下ろし、彼は深く息を吐く。
「……口ほどにもねえ。これが帝国の全力かよ」
失望。そして、自分たちの強さへの確信。 もはや、人間の尺度で作られた兵器など、彼らの敵ではない。
アレスはつまらなそうに鼻を鳴らし、レギオンハウスのバルコニーを見上げた。 そこには、Fランク冒険者の姿をしたシンが、ワイングラスを片手に満足げに微笑んでいた。
「ご苦労、四天。……良い余興だったぞ」
シンの声が、風に乗って彼らに届く。
「偽物のメッキは剥がれた。……これで帝国も理解しただろう。自分たちが喧嘩を売った相手が、格上の『災害』だったということをな」
シンは西の空――帝国の方向を見据え、グラスを掲げた。 その瞳には、次なる獲物を狙う捕食者の光が宿っている。
「さて。……向こうの『手札』は出し尽くさせた」
シンがグラスを飲み干す。
「次は、こちらの番だ」
防衛戦は終わった。 これより始まるのは、魔王による単独潜入と、国家の乗っ取り。 鋼鉄の国が、内側から錆びつき、崩れ落ちる未来が確定した瞬間だった
お読みいただきありがとうございます!
帝国四騎士、退場です。 薬物や改造で無理やり出力を上げただけの「紛い物」では、主から力を授かった四天の相手にはなりませんでした。 アレスたちの強さを改めて実感していただけたかと思います(特にボルトスの物理反射やミラの浄化は、相性最悪でしたね……)。
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明日も更新します。




