第94話 |贋作《フェイク》の限界、|真作《リアル》の深淵
ネメシスの上空は、不気味なほどに晴れ渡っていた。 雲ひとつない蒼穹。太陽が平和な街並みを照らし、大通りを行き交う市民たちは、レギオンの統治下で得た安寧を享受している。 市場には活気ある声が飛び交い、子供たちが走り回る。 それは、始祖・シンが作り上げた箱庭の中の、完璧な日常風景であった。
だが、その平和な空気を物理的に引き裂くように、街中に設置された警報魔石が絶叫を上げた。
ウゥゥゥゥゥゥゥ――ッ!!
鼓膜を劈く不協和音。 空気がビリビリと震え、市民たちの笑顔が凍りつく。
「――敵襲ッ! 北西上空より、接近する巨大質量の反応あり! 魔力反応、測定不能!?」
監視塔の兵士が、遠見の水晶を覗き込みながら、信じられないものを見るように声を裏返した。
市民たちが慌てふためき、避難を開始する中、レギオンハウスの屋上には、四つの影が音もなく降り立っていた。
真紅の魔鎧を纏い、全身から蜃気楼のような熱気を放つ、炎の魔人アレス。 純白の法衣を風になびかせ、慈愛に満ちた(そしてどこか空虚な)微笑みを浮かべる、聖女ミラ。 岩山のような巨体を鋼鉄の装甲で包み、塔ごとき大盾を軽々と構える、鋼のボルトス。 そして、光の下にありながら影のように輪郭を曖昧にする、暗殺者チェルシー。
レギオン最強戦力、四天。
「……来たか」
アレスが空を見上げ、獰猛に唇を舐めた。 その双眸には、獲物を待ちわびる捕食者の歓喜と、格下の羽虫を叩き潰す前の嗜虐的な色が混じり合っている。
彼らの視線の先。青い空に、巨大な「影」が現れた。
それは船ではない。生き物でもない。 太古の昔に死に絶えた巨大な竜の骸を、黒鉄の装甲板で強引に繋ぎ合わせ、内側から死霊術で駆動させた、空飛ぶ要塞。
帝国の旗艦――竜骨戦艦『屍竜』。
グオォォォォォォォ……ッ!
エンジンの轟音ではない。 腐り落ちた声帯を魔力で震わせる、死した竜の苦悶の咆哮。 ボロボロの皮膜と鉄板で補強された巨大な翼が、重苦しい音を立てて空気を叩き、その巨体を宙に留めている。 船首となる竜の頭蓋骨には、帝国の紋章である「鋼鉄の狼」が刻印され、その眼窩からは赤い魔力光が漏れ出していた。
その背中、鉄で平らに整地された甲板の上に、四人の人影が立っていた。
帝国最強の人造英雄集団、『四騎士』。
「……ここがネメシスか。脆そうな街だ」
甲板の先端。氷のような銀髪をなびかせる美青年――【氷剣】グレイシアが、眼下の都市を冷徹に見下ろした。 その瞳には、人間らしい感情の揺らぎは一切ない。 薬物投与と脳外科手術によって「恐怖」と「躊躇」、そして「慈悲」というノイズを切除された、完璧な殺人機械の目だ。
「ヒャハッ! 人がゴミのようだなぁ! 全部殺していいんだろ!? なぁ、いいんだろ!?」
隣で奇声を上げるのは、左目に機巧仕掛けの義眼を埋め込んだ痩せぎすの男、【魔眼】ホークアイ。 彼は興奮を抑えきれない様子で、自身の爪を噛んでいる。
背後には、岩山のような巨漢【城壁破壊】ガンドと、不気味な人形を抱いた少女【死霊使い】ネネが控えている。
彼らはいずれも、帝国の技術の粋を集めて作られた強化人間。 人間の限界とされるBランクの壁を、寿命と精神、そして未来のすべてを代償にして無理やりこじ開けた、位階B+(準英雄級)の化け物たちである。 だが、彼ら自身の認識では、自分たちこそが至高の「Aランク」であり、世界最強の存在だと信じて疑わない。
「降りるぞ。……皇帝陛下の勅命だ。根絶やしにしろ」
グレイシアが短く告げると、四つの影は躊躇なく空へと身を投げた。 高度三〇〇〇メートルからの自由落下。 彼らに落下傘など必要ない。魔力で強化された肉体と、周囲の魔素を操作する術式は、物理法則さえもねじ伏せる。
ヒュオオオオオッ!!
風切り音と共に落下してくる四つの凶星。 それを迎え撃つべく、地上の防衛システムが起動する。
「野郎共ッ! お客さんだ! ド派手な花火を上げてやれ!」
城壁の上で、十王第十席・シノが号令をかける。 彼とヴォルカンが作り上げた自律魔導砲群が、生き物のように砲塔を旋回させ、一斉に砲口を空へ向けた。
「「「オオオオオオッ!!」」」
ドォン! ドォン! ドォン!
数十発の魔力弾と対空砲弾が、殺到する四騎士へと吸い込まれていく。 直撃すれば飛竜さえも粉砕する、濃密な破壊の弾幕。 だが、空中のグレイシアは、表情一つ変えずに抜刀した。 その剣は、刀身そのものが永久凍土の氷で作られた、透き通るような魔剣。
「――凍結」
カィィィンッ……!
世界が凍りついた。 グレイシアが剣を一閃させた瞬間、彼らの周囲の大気が絶対零度まで低下し、迫りくる砲弾が空中で氷塊へと変わったのだ。 物理的な弾頭も、魔力の塊も、等しく凍りつき、運動エネルギーを失って砕け散る。
「なッ……!? 砲弾を凍らせた!? 魔力そのものを!?」
シノが防風ゴーグル越しに目を見開く。 魔法ではない。魔導炉を埋め込まれた心臓が送り出す、異常な出力の冷気。 それは技術や理屈を超えた、強引すぎる力技だった。
「邪魔ダ」
巨漢のガンドが、空中で身を丸め、砲台の一つに向けて落下する。
ズドォォォォォンッ!!
隕石が落ちたような衝撃。 魔鋼製の砲台が、飴細工のようにひしゃげ、爆発四散した。 炎の中から現れたガンドは、無傷の装甲をぎらつかせ、右腕の杭打ち機を空打ちした。
ガシャアッ!
「……脆イ。コレガ、レギオンノ技術カ」
「キヒヒ……。死体がいっぱいできそう」
少女ネネが路地裏に着地すると、その周囲の地面から無数の腐った手が這い出してきた。 彼女が撒き散らす屍毒が、墓場の死体を即座に腐肉人形へと変え、市民を襲わせる。
「逃げろ! 化け物だ!」 「衛兵! 衛兵はどこだ!」
市民たちがパニックに陥り、逃げ惑う。 上空から矢を放つホークアイが、逃げる市民の背中を正確に射抜いていく。
「逃がさねぇよぉ! 俺の魔眼からは誰も逃げられねぇ! ヒャハハハ!」
一方的な蹂躙。 B+ランク。それは、個人の武勇で軍隊を相手取れるレベルだ。 一般の兵士や、量産型の防衛兵器では、彼らの「改造された暴力」を止めることはできない。
「……これが、帝国の『最高戦力』か」
城壁の上で、シノは歯噛みした。 自分の作った兵器が通用しない。 技術が劣っているわけではない。相手の出力が、生物としての規格を無視しているのだ。 寿命を削り、脳を焼き、未来を捨てて得た、刹那的な破壊力。
「ヴォルカンの爺さん! どうする!? このままじゃ街が……!」
「慌てるな、シノ」
隣でハンマーを構えていたヴォルカンが、ニヤリと笑った。 その視線は、レギオンハウスの屋上に向けられている。
「俺たちの仕事は『舞台』を整えることだ。……主役のお出ましだぞ」
その言葉と同時だった。
ドォン!!
レギオンハウスの屋上から、真紅の流星が弾け飛んだ。 それは音速を超え、空中で暴れていたホークアイの目前まで肉薄する。
「あ?」
ホークアイが反応する間もなかった。 燃え盛る炎を纏った拳が、彼の腹部に深々とめり込む。
「ガ、ハッ……!?」
衝撃波が背中を突き抜け、ホークアイの体がくの字に折れ曲がって吹き飛んだ。 彼は数棟の建物を貫通し、瓦礫の山に埋もれる。
「……騒がしいな、雑魚ども」
空中に留まった影。 真紅の魔鎧を纏い、炎の翼を広げた巨漢――レギオンマスター、アレス。
その全身から放たれる覇気は、四騎士の不気味な魔力とは質が違った。 圧倒的で、純粋で、そして格調高い「王者の風格」。
「おいおい、帝国の自慢ってのはその程度か? ……薬漬けのモルモットが、英雄気取りとは笑わせる」
アレスが鼻を鳴らす。 それに呼応するように、街の各所にも新たな影が現れた。
ガンドの前に立ちはだかる、鋼鉄の大盾を持ったボルトス。 ネネの死霊の群れを浄化の光で焼き払う、聖女ミラ。 そして、グレイシアの背後の影から、音もなく刃を突きつけるチェルシー。
レギオン最強戦力、四天。 主より賜りし恩恵により、位階S(災害級)へと至った本物の怪物たちが、戦場に降り立った。
「……貴様らが、レギオンの幹部か」
瓦礫から這い出したホークアイが、血を吐き捨ててグレイシアたちと合流する。 四騎士が隊列を組む。 グレイシアが剣を構え直した。 彼の脳内に埋め込まれた思考補助魔石が、目の前の敵の脅威度を「Aランク相当」と弾き出し、警告音を鳴らしている。 帝国の知識にある「最強」の数値に近い反応だ。
だが、それは誤算だ。 彼らの魔眼は、「人間の限界」を基準に作られている。 限界を超えたSランクの深淵を、彼らはまだ測りきれていない。 彼らが見ているのは、四天が放つ「余波」に過ぎないのだから。
「……分析完了」
チェルシーが、感情のない瞳でグレイシアを見つめ返した。
「貴方たちの強さは、借り物です。……魂が薄い」
「何だと……?」
「教えてあげます。……本物の『強者』の意味を」
アレスが、ミラが、ボルトスが、チェルシーが。 同時に魔力を解放した。
ズズズズズ……ッ!
空間が歪む。 四対四。 B+ランク(紛い物)と、Sランク(本物)。 その絶望的な格差を刻み込む、処刑の時間が始まろうとしていた。
お読みいただきありがとうございます!
帝国の四騎士、自信満々で登場しましたが……相手が悪すぎましたね。 彼らは自分たちを「Aランク」だと信じて疑っていませんが、レギオンの幹部たちからすれば「魂の乗っていない借り物の力」に過ぎません。
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続きます。




