第92話 消費される才能
鉄帝都の北端、断崖にそびえる『鳥籠』。 その最上階にある魔導管制室は、異様な静寂に包まれていた。
床には、前の主であった所長ガンツと、警備兵たちの死体が転がっている。 その中心で、一人の少年――シンが、施設全体を統御する巨大な魔導水晶に手をかざしていた。
「……構造は把握した。単純な術式だ」
シンは水晶の冷たい感触を掌で味わいながら、薄く笑った。 この水晶は、施設内に張り巡らされた伝達術式と、地下に収容されている千人の子供たち――『特務部隊』候補生たちの首輪を管理する中枢だ。
ガンツの記憶を奪ったシンにとって、この施設の掌握など児戯に等しい。
「さて、始めようか。……帝国が作り上げた『檻』の中で、飼い慣らされた羊たちが狼へと変わる瞬間を」
シンは水晶に魔力を流し込んだ。 彼の意思が魔力波となって駆け巡り、施設内の全域に設置された拡声魔石へと接続される。
『――ア、ア、テステス』
気の抜けた少年の声が、無機質な石造りの施設全体に響き渡った。
◇
地下訓練場。 そこでは、数百人の子供たちが、教官の怒号と鞭の下で、死んだ魚のような目をして魔法の的当てを続けていた。
『――聞こえるか? 愛すべき才能の原石たち』
突如として天井の魔石から降ってきた声に、子供たちの手が止まる。 教官たちもまた、怪訝な顔で天井を見上げた。
「なんだ? 所長の声じゃないぞ」 「誰だ! 管制室で遊んでいるのは!」
怒号が飛び交う中、声はクスクスと楽しげに続けた。
『お前たちの飼い主だったガンツ所長は、先ほど俺が処分した。……つまり、この施設の所有権は俺に移ったということだ』
ざわ……と子供たちの間に動揺が広がる。 処分? 所有権? 感情を殺されていた彼らの心に、微かなさざ波が立つ。
『俺は新しいオーナーとして、お前たちに『卒業試験』を課すことにした。……合格条件は一つだけ』
シンの声が、低く、冷徹な響きを帯びる。
『目の前にいる『敵』を殺せ。……自分を縛り付けていた鎖を、その牙で食い千切れ』
パチン。 指を鳴らす音が響いた瞬間。
カシャッ、カシャッ、カシャカシャカシャ……!
連鎖的な金属音が広がり、子供たちの首に嵌められていた銀色の首輪――【支配の首輪】が一斉に弾け飛んだ。
「あ……?」
一人の少女が、自分の首に触れる。 ない。 魔力を吸い取り、逆らえば呪いを流して自分たちを縛り付けていた、絶対的な枷がなくなっている。
「首輪が……外れた……?」 「ま、魔力が……溢れてくる……!」
子供たちの体から、抑圧されていた魔力が噴き出す。 それは、帝国が恐れ、制御しようとしていた「天才」たちの本能の輝き。
「な、何だと!? 全拘束解除だと!?」
教官たちが顔色を変える。 彼らは知っているのだ。この子供たちがどれほど危険なポテンシャルを秘めているかを。 だからこそ、首輪と薬物で徹底的に管理していたのだ。
「鎮圧しろ! 動く者は殺しても構わん! 警備兵、集まれェッ!」
主任教官が警棒型の魔導具を抜き、近くにいた少年に振り下ろす。
「調子に乗るなゴミ屑が! 座れ!」
ビュンッ! 風を切る音がして、警棒が少年の頭蓋を砕く――はずだった。
ガシッ。
少年の手が、警棒を受け止めていた。 細い腕。震える指。 だが、その瞳には、今までになかった「光」が宿っていた。
「……痛いのは、もう嫌だ」
少年が呟く。 その掌から、爆発的な熱量が溢れ出す。
「嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だァァァッ!!」
ドォォォンッ!!
少年の才能【爆熱】が暴走した。 至近距離での爆発。教官の上半身が吹き飛び、黒焦げの肉片となって四散する。
「あ……あぁ……?」
少年は自分の手を見つめ、そして、返り血を浴びた顔で笑った。 それは狂気ではなく、生まれて初めて自分の意志で「拒絶」を示せたことへの、歪んだ歓喜だった。
『――そうだ。それがお前たちの価値だ』
魔石から、シンの煽るような声が降ってくる。
『帝国は、お前たちを「部品」として扱った。感情を殺し、ただ命令に従うだけの人形にしようとした。 だが俺は違う。俺が欲しいのは、欲望のままに力を振るう「怪物」だ』
シンは、彼らの心の奥底に眠るトラウマの蓋を、言葉巧みにこじ開けていく。
『思い出せ。殴られた痛みを。親を殺された絶望を。自由を奪われた屈辱を。 ……その怒りを燃料にしろ。目の前の大人たちは、お前たちの敵だ。喰らい尽くせ』
子供たちの瞳の色が変わる。 灰色に濁っていた瞳孔が開き、赤、青、金――それぞれの魔力光を帯びて輝き始める。
「殺してやる……!」 「お前らが悪いんだ……僕たちをいじめたから……!」 「死ね! 死ね! 死ねぇぇぇッ!!」
暴動が始まった。 いや、それは一方的な虐殺(復讐)の始まりだった。
◇
施設内は阿鼻叫喚の地獄と化していた。
警備兵たちが魔導銃を乱射するが、覚醒したギフテッドたちの前では無力だった。 魔弾は空中で停止し(念動力)、床が泥沼に変わって兵士を飲み込み(地質操作)、影から飛び出した刃が首を刎ねる(影操作)。
個の力において、子供たちは大人たちを遥かに凌駕している。 今まで彼らが従っていたのは、ただ「首輪」による呪いへの恐怖があったからに過ぎない。 その枷が外れ、タガが外れた今、彼らは檻から放たれた猛獣そのものだった。
「ひ、ひぃぃッ! 助けてくれ! 俺はただの雇われだ!」 「来るな! 化け物どもめ!」
逃げ惑う研究員たちを、子供たちが笑いながら追い詰める。 施設内の様子、その光景を、シンは虚空に展開した【幻影の窓】で眺めていた。
「……いいな。感情が乗った魔力は、味が濃い」
シンは満足げに頷いた。 慈悲で救うのではない。彼ら自身の手で復讐を遂げさせることで、帝国の呪縛を断ち切り、同時に「力を使う快感」を覚えさせる。 そうして生まれた「戦士」こそが、レギオンに必要な人材だ。
「おや……?」
シンの目が、一つの窓に釘付けになった。 第3通路。 そこでは、一人の少女が、震えながら立ち尽くしていた。
先ほどシンが救出した少女、ミナだ。 彼女の目の前には、身長2メートルを超える巨漢の男――この施設の警備隊長が、魔導斧を構えて立ちはだかっていた。
「ミナか……。逃げ出したかと思ったが、まだ抵抗する気概があるのか」
警備隊長は、ミナにとってトラウマの元凶だ。 彼女の母親を目の前で殺し、毎日彼女を「躾」と称して痛めつけていた張本人。
「あ……あ……」
ミナは後ずさりする。 首輪は外れている。魔力も戻っている。だが、体に染み付いた「恐怖」が足を縫い止めているのだ。
「逃がさんぞ、クソガキがぁッ! 俺のお気に入りを壊しやがって!」
隊長が斧を振り上げる。 ミナは悲鳴を上げて目を閉じた。
(……チッ。手助けは無粋だが、見殺しにするには惜しい素材だ)
シンは指を弾いた。 幻影の窓越しに、【精神感応】の糸を飛ばす。
『――ミナ。目を開けろ』
ミナの脳内に、シンの声が響いた。
『い、いや……殺される……』 『殺されるんじゃない。殺すんだ』
シンの声は冷徹で、しかし絶対的な安心感を孕んでいた。
『あいつを見ろ。ただの肉の塊だ。お前より弱く、鈍く、魔力もない下等生物だ。 ……なぜ震える? お前の中にある「炎」は、あんな鉄屑よりも熱いはずだ』
ミナが目を開ける。 振り下ろされる斧。それが、奇妙なほどゆっくりに見えた。
『お前の才能は【念動力】と【発火】の複合だ。……イメージしろ。 念動力で空気を圧縮し、そこで火花を散らせばどうなる?』
シンの言葉が、ミナの思考を誘導する。 圧縮。熱。膨張。爆発。
ミナは無意識に手を突き出した。
「……消えちゃえ」
カッッッ!!!!
閃光。 ミナの掌の先、わずか数センチの空間で、空気がプラズマ化して爆ぜた。
ドッッッゴォォォォォォォォン!!!!!
指向性を持った爆熱波が、隊長を至近距離で直撃した。 斧が溶解し、鎧が蒸発する。 悲鳴を上げる間もなく、隊長の上半身は消し飛び、炭化した下半身だけがその場に残された。
「……え?」
ミナは呆然と自分の手を見つめた。 煙が晴れた後には、壁に空いた大穴と、黒い煤だけが残っている。
『……上出来だ』
脳内の声が、褒めてくれた。 その瞬間、ミナの心を満たしていた恐怖が消え、代わりに熱い何かが込み上げてきた。 やった。勝った。私が、あの怪物を殺したんだ。
「あは……あはははっ!」
ミナは笑い出した。涙を流しながら、煤まみれの顔で笑った。 それは、彼女が「帝国の被害者」から、「レギオンの戦士」へと生まれ変わった産声だった。
◇
施設のあちこちで戦闘音が止み始めた頃。 生き残った子供たちが、中央のエントランスホールへと集まってきた。 その数、およそ八百名。 二百名ほどは戦闘で命を落としたが、それは必要な選別だ。
彼らの服はボロボロで、血と煤にまみれている。 だが、その顔つきは、数時間前の「死んだ魚」のようなものではなかった。 自分の力で運命を切り開いたという自信と、獰猛な生気が宿っている。
ホールの階段の上に、シンが立っていた。 彼はFランクの少年の姿のまま、悠然と子供たちを見下ろした。
「卒業おめでとう、諸君」
シンが拍手をすると、子供たちが一斉に彼を見た。 自分たちを解放し、導いてくれた「声の主」。
「試験は終了だ。……ここにあるゴミ(大人たち)は片付いたな?」
「……うん。みんな殺した」
先頭にいたミナが答える。その手はまだ震えているが、瞳は真っ直ぐにシンを見ていた。
「これから、どうすればいいの? 私たちは、どこへ行けばいいの?」
「行く場所ならある。……ここよりも広く、自由で、そしてお前たちの力を正しく評価する場所だ」
シンは背後の壁に手をかざした。 空間が歪み、巨大な漆黒の渦――【影渡りの門】が開かれる。
「この先は、俺の兄貴が作った『隠れ家』に繋がっている。 そこに行けば、温かい飯と、柔らかいベッド、そして……新しい『仕事』が待っている」
シンはニヤリと笑った。
「ただし、楽園じゃないぞ。お前たちには、俺たち『レギオン』のために働いてもらう。 ……だが、少なくとも、こんな鉄の檻の中で使い潰されるよりは、マシな人生を約束しよう」
子供たちは顔を見合わせた。 戻る家などない。帝国にいれば、また別の施設に送られて殺されるだけだ。 ならば、この少年についていくしかない。 いや、ついていきたいと、彼らの本能が選んでいた。
「行く。……連れて行って、お兄ちゃん」
ミナが一歩、踏み出す。 それに続いて、八百人の子供たちがゲートへと吸い込まれていく。
(……大量収穫だな)
シンは満足げに頷いた。 これだけの数のギフテッドがいれば、レギオンの戦力は飛躍的に向上する。 何より、彼らは帝国への憎しみを共有している。将来、帝国を攻め滅ぼす際の、最強の尖兵となるだろう。
最後の一人がゲートに入ったのを確認し、シンは懐から赤く明滅する魔石を取り出した。 『起爆魔石』。 あらかじめ施設内の魔導炉に刻んでおいた暴走術式を、遠隔で起動させるための触媒だ。
「さらばだ、鳥籠。……お前たちの役目は終わった」
シンが魔石に魔力を流し込むと、カッ! と強い光を放った。 同時に、彼はゲートの中へと飛び込む。
直後。
ズゴォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
断崖絶壁の上で、巨大な火球が膨れ上がった。 魔導炉の暴走による熱核爆発のような閃光。 『帝国魔導院・第零研究棟』は、その忌まわしい歴史ごと、轟音と共に崩れ去り、海へと落下していった。
◇
地下宮殿。 転移してきた広場で、子供たちは呆然と周囲を見回していた。 見たこともない黒曜石の宮殿。輝く偽りの星空。
「……すげぇ」 「ここが、僕たちの新しい家?」
その時、宮殿の奥から数名の影が現れた。 白衣を着たサフィナと、聖女の服を着たエリーゼ。そして、食料を抱えた大勢のスタッフたちだ。
「あらあら、たくさんのお客様ですねぇ♡」
サフィナが嬉しそうに手を合わせる。
「ようこそ、可愛いモルモットちゃんたち。……いいえ、『未来の英雄』たち。 まずは身体検査よ。怪我をしている子はエリーゼのところへ。お腹が空いている子はあっちの食堂へ行きなさい」
「怖がらないで。……もう、誰もあなた達を傷つけませんよ」
エリーゼが優しく微笑み、治癒魔法をかける。 温かい光と、スープの匂い。 子供たちの目から、緊張の糸が切れ、涙が溢れ出した。
その様子を、シンは柱の陰から見守っていた。 彼の隣には、いつの間にか執事姿のルシリウスが立っている。
「……随分と拾ってきましたね、主よ」
「ああ。磨けば光る玉ばかりだ。……教育は任せるぞ、ルシリウス」
「御意。……まずは帝国の洗脳を解き、代わりに『シン様への絶対忠誠』を上書きするカリキュラムを組みましょう」
ルシリウスが邪悪に微笑む。 子供たちは救われた。 だが、それは自由になったわけではない。 「帝国の使い捨て部品」から、「魔王の愛すべき所有物」へと、その所属が変わったに過ぎないのだ。
「さて……これで『種』は蒔いた」
シンは地上の方角を見上げた。 施設を爆破したことで、帝都は大騒ぎになっているはずだ。 そして、その混乱に乗じて、次の「獲物」を狩る準備は整った。
「次は、帝国の誇る『四騎士』の番だ」
魔王の侵略は止まらない。 鉄の都が、内側から食い荒らされていく音は、まだ誰にも聞こえていなかった。
お読みいただきありがとうございます! 。
シンにとっての「救済」とは、自由を与えることではなく「正しく使い潰してあげること」。 帝国は子供たちの心を殺して使おうとしましたが、シンはあえてトラウマ(心)を刺激し、復讐させることで「爆発的な出力」を引き出しました。これもまた、彼なりの効率的な資源運用です。
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