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第91話 |特務部隊《ギフテッド》の育成所

 鉄帝都(ガルガロッサ)の北端。  都市の喧騒さえも届かぬ断崖絶壁の上に、その施設は孤立して建っていた。


 窓のない灰色の石壁。空を突き刺すように聳そびえる黒鉄の塔。  周囲には触れた者を炭化させる対魔法結界アンチ・マジック・フィールドが張り巡らされ、空を飛ぶ鳥さえも近づけば黒焦げになって墜ちる。


 『帝国魔導院・第零研究棟』。  通称――「鳥籠(バードケージ)」。


 帝国が誇る最強の兵器、「特務部隊(ギフテッド)」を製造するための、極秘の育成機関である。


「……静かだな」


 断崖にかかる唯一の吊り橋を渡りながら、一人の帝国兵が呟いた。  フルフェイスの兜を目深に被り、制式採用の魔導銃を肩に担いだその兵士こそ、変装した始祖(オリジン)・シンである。


 先ほど「捕食」した見張り兵の記憶と、【認識改竄コグニッション・ハック】の才能(ゼロ)により、彼は今、定期巡回を行う「兵士No.408」として認識されている。  検問所の魔力感知(マナ・スキャン)も、監視ゴーレムの眼も、彼を「味方」として通過させた。


(街の空気も酷かったが……ここは別格だ)


 シンは兜の下で鼻を鳴らした。  この場所には、生き物の気配がない。  風の音も、虫の鳴き声もしない。あるのは、冷たい海風が岩肌を叩く音と、施設内から微かに漏れ出る、重苦しい魔力駆動音だけ。


 そして何より、鼻を突く「臭い」。  強力な薬品の刺激臭と、血と排泄物が混じったような腐臭。そして、魂が摩耗して消えていく時に発する、独特の「虚無」の匂い。


「……才能の墓場か」


 シンは巨大な鉄扉の前に立った。  その重厚な扉には鍵穴がなく、代わりに魔導認証(チェック)を行うための水晶板が埋め込まれている。


 シンが懐から奪った『魔導認証板(プレート)』をかざすと、ブォン、と水晶が赤く輝き、重い解錠音が響いた。  プシュウゥゥ……と排気口から蒸気が噴き出し、扉が左右に開く。


 そこは、蒼白い魔石灯(ランプ)に照らされた、無機質な石造りの回廊だった。



 施設内部。  床も、壁も、天井も、すべてが冷たい石材と鉄で覆われている。  魔石灯の冷ややかな光が影を消し去り、清潔すぎて逆に不潔さを感じさせる廊下が、迷路のように伸びていた。


 カツン、カツン、カツン。


 シンの軍靴の音だけが、不気味に反響する。  すれ違う白衣の研究員たちは、兵士であるシンに目もくれず、書類に目を落としたまま足早に通り過ぎていく。彼らの目もまた、帝都の労働者と同じく死んでいた。


(……案内図によれば、教育エリアは地下か)


 シンは奪った記憶を頼りに、魔導昇降機(リフト)へ乗り込んだ。  魔力を動力として上下する鉄の箱。  行き先は地下最深部。「素材」と呼ばれる子供たちが管理されている区画だ。


 ガタン、と昇降機が停止し、鉄柵が開く。  その瞬間、シンの鼓膜を叩いたのは、叫び声ではなかった。


『――目標確認。魔力充填。射出』 『――敵性反応、排除。再装填リロード』 『――感情抑制。任務遂行』


 数百人の子供たちが、一斉に呟く声。  それは言葉ではない。詠唱(コード)だ。  抑揚がなく、感情がなく、ただ壊れた蓄音機(レコード)のように繰り返される、無機質な声の合唱。


「……ひどいな」


 シンは広大な訓練場を見下ろす監視回廊(キャットウォーク)に立った。  眼下には、数百人の少年少女が整列していた。  年齢は下は五歳から、上は十五歳ほど。  全員が灰色の囚人服のような服を着て、首には銀色の太い「首輪」が嵌められている。


 彼らの目の前には、動く標的ターゲット――処刑された罪人や、捕獲された魔物が放たれていた。


「撃てッ!」


 教官の号令と共に、子供たちが手をかざす。  杖も媒介もない。彼らの掌から直接、高密度の火球や雷撃、氷槍が放たれる。


 ドォォォォォン!!


 標的が肉片となって飛び散る。  だが、子供たちは眉一つ動かさない。  返り血を浴びても、友人が爆風で吹き飛んでも、彼らは瞬きすらせず、ただ次の命令を待って直立している。


(……天才(ギフテッド)か)


 シンの魔眼(アイ)が、子供たちのステータスを解析する。  彼らは明らかに異質だ。  通常の人間であれば、一つの才能(ゼロ)を磨き上げ、ようやく一つの派生(ブランチ)を得る。  だが、彼らの魂には、生まれながらにして複数の派生(ブランチ)が刻まれている。


 努力も、経験も必要とせず、息をするように高度な魔法を操り、剣を振るう。  天に愛された才能。  だが、その魂の色は濁りきっていた。


「おい、そこの! 出力が落ちているぞ!」


 教官が、一人の少女を鞭で打った。  まだ十歳にも満たない、華奢な少女だ。彼女は魔力切れを起こし、膝をついていた。


「す、すみません……もう、頭が割れそうで……」 「口答えをするな! 帝国に『痛い』などという感情は不要だ!」


 ビシッ!!  鞭が少女の頬を裂く。鮮血が飛ぶが、少女は泣くことさえ許されない。  彼女の首輪が赤く明滅し、強力な呪い(電流)が流されたからだ。


「ガ、アァァァッ……!?」


 少女は白目を剥いて痙攣けいれんし、床をのたうち回る。  周囲の子供たちは、それを見ても助けようとはしない。恐怖で体がすくんでいるのではない。「関心がない」のだ。  隣の「部品」が壊れただけ。自分には関係ない。  そう教育プログラムされている。


「廃棄だ。……次の『素体』を持ってこい」


 教官が冷酷に告げる。  すぐに白衣の研究員たちが現れ、泡を吹いて動かなくなった少女をゴミ袋のように担架へ放り込み、運んでいく。


(……ふむ)


 シンは手すりを指で叩いた。  怒り? いや、違う。  これは、料理人が食材をドブに捨てているのを見た時の不快感だ。


才能(ゼロ)は、持ち主の「意志」や「欲望」と結びついてこそ進化する。……恐怖と薬物で自我を殺してしまえば、その才能はそこで成長を止める)


 帝国のやり方は、短期的な戦力増強にはなるだろう。  だが、それは「Aランクの可能性」を秘めた原石を砕いて、使い捨ての「Cランク爆弾」を作っているに過ぎない。


「……もったいない」


 シンは呟き、歩き出した。  向かう先は、少女が運ばれていった奥の部屋――「調整室」と呼ばれる場所だ。



 調整室。  そこは、訓練場以上の悪夢が凝縮された場所だった。


 冷たい石の台座の上に、先ほどの少女が拘束されている。  彼女の周りには、怪しげな魔導器具と、無数の管が繋がれたガラス槽が並んでいる。槽の中身は、蛍光緑色に発光する液体――高純度の液状化魔力(リキッド・マナ)と、強力な精神破壊薬(マインド・ブレイカー)の混合液だ。


「脳波安定。……人格破壊プロセスを開始します」


 白衣の男――この施設の所長である死霊術師(ネクロマンサー)・ガンツが、無感情に記録を取っている。  彼は帝国の「技術」の信奉者であり、人間を素材としか見ていないマッドサイエンティストだ。


「もったいないねぇ。この個体、生まれつき『念動力(サイコキネシス)』と『発火(パイロ)』の二つのブランチを持っていたのに。精神が脆すぎる」


 ガンツは少女の頭に、太い針のような魔導具を突き立てようとする。  それは、脳の前頭葉を破壊し、感情を司る部分を物理的に切除するための処置。  これを施されれば、彼女は二度と笑うことも泣くこともない、完全な「生体人形」となる。


「や、やめ……ママ……たすけ……」


 少女がうわ言のように呟く。  その瞳から、最後の涙がこぼれ落ちる。


「ママ? そんなものはいないよ。お前の親は帝国だ。皇帝陛下だ」


 ガンツが嘲笑い、針を押し込もうとした、その瞬間。


 ――ガシッ。


 ガンツの手首が、鋼鉄の万力で締め上げられたかのように止まった。


「……あ?」


 ガンツが不快そうに見上げると、そこには一人の帝国兵が立っていた。  フルフェイスの兜を被った、どこにでもいる雑兵。


「おい、兵士。ここは立ち入り禁止だぞ。……何の用だ? 警備の報告か?」


 ガンツは苛立ちを隠さずに問う。  だが、兵士は答えなかった。  ただ、その手首を握る力だけが、メリメリと音を立てて強まっていく。


「い、痛いッ! 貴様、何をする! 離せ! 私は所長だぞ!?」


 骨が軋む音。  ガンツの手から針が滑り落ち、カランと床に転がった。


「……下手くそだな」


 兜の奥から、低く、冷徹な声が響いた。


「え……?」


「素材の調理法も知らん三流が、厨房に立つなと言っているんだ」


 兵士が、空いている方の手で自らの兜を外した。  ガコン、と床に落ちた兜の下から現れたのは――黒髪に黒目、どこか気だるげな少年の顔。


 一五歳ほどの、Fランク冒険者のような風貌。  だが、その瞳の奥には、研究所の誰よりも深く、昏い深淵(アビス)が口を開けていた。


「き、貴様……誰だ!? 侵入者か!?」


 ガンツが叫び、腰の警報魔石(アラート・コア)を握り潰そうとする。  だが、指が動かない。  いつの間にか、部屋中に目に見えない「糸」が張り巡らされ、彼の動きを完全に封じていたのだ。


「騒ぐな。……商談に来たんだ」


 シンはガンツの手首をへし折るように捻り上げ、そのまま彼を壁に叩きつけた。


 ドォン!!


「ぐえッ!?」


 ガンツが床に崩れ落ちる。  シンは台座の上の少女を見下ろした。  少女は恐怖で震えながら、シンを見つめ返している。


「……ママ?」 「違うな。俺はそんなに優しくない」


 シンは少女の拘束具を、指先一つで弾き飛ばした。  パキン、という音と共に自由になった少女は、状況が理解できずに縮こまる。


「さて、所長さんよ」


 シンはガンツに向き直り、ニヤリと笑った。  それは救世主の笑顔ではない。より凶悪な支配者が、無能な前任者を嘲笑う顔だ。


「この施設……俺が買い取ることにした」


「か、買い取るだと……? 何を言っている! ここは帝国の最重要施設だぞ! 貴様ごときが……!」


「帝国?」


 シンは鼻で笑った。


「あんな、才能を使い潰すだけの無能集団に、これだけの『原石』を預けておくのは損失だ。  今日からここは、レギオン・蜘蛛(アラクネ)の人材育成所になる。……教育方針カリキュラムも、俺が書き換える」


「レ、レギオン……!? 貴様、あの南の蛮族か!」


 ガンツの顔色が青ざめる。  噂は聞いている。帝国の遠征軍を一瞬で壊滅させ、謎の技術を持つ新興勢力。  まさか、その手が帝都の、しかもこの最深部まで伸びているとは。


「警備兵! 敵襲だ! 殺せ! こいつを殺せぇぇッ!」


 ガンツが絶叫し、白衣のポケットから取り出した「黒いタクト(指揮棒)」を振り上げた。  彼がタクトにどす黒い魔力を流し込むと、部屋の奥にある暗がり――壁に飾られていた甲冑たちが、ガシャンと震えだした。


「ヒヒッ……! 起きろ、失敗作ども! 『廃棄処分』の時間だ!」


 ガンツの魔力に呼応し、三つの巨大な影がゆらりと壁から剥がれ落ちるように歩き出した。


 全身を分厚い刃と装甲で覆った、身長二メートルを超える機甲兵(ゴーレム)。  だが、その関節の隙間からは、潤滑油ではなく、どろりとした「赤い液体」が滴り落ちている。


 そう、これらは機械ではない。  中身をくり抜いた魔鋼(アダマン)の鎧の中に、死んだ子供たちの死体と怨念を無理やり詰め込み、死霊術で防腐・定着させた「鋼鉄のゾンビ(リビング・アーマー)」なのだ。


「ア……ァ……コロ……シテ……」


 空洞の兜の奥から、複数の人間が重なり合ったような、湿った呻き声が響く。  魂のない鉄塊が、生者への嫉妬と殺意を原動力にして、シンに向かって突進する。


 少女が悲鳴を上げて目を塞ぐ。


 だが、シンは動じない。  一歩も動かず、ただ右手をかざしただけ。


「――悪趣味な人形だ。解体(バラ)せ」


 ヒュンッ。


 風切り音すらしない。  シンの指先から放たれた極細の神糸(ゴッド・ワイヤー)が、空間を切り裂いた。


 ガガガガガッ!!


 三体のゴーレムが、一瞬にして数百のパーツに分解された。  装甲が剥がれ、関節が外れ、内部に詰め込まれていた肉塊がボロボロと崩れ落ちる。  動力源である怨念の結び目が断たれ、鉄の巨人はただのスクラップとなって崩壊した。


「な……ッ!?」


 ガンツは口を開けたまま凍りついた。  魔法ではない。物理的な切断? いや、それにしては速すぎるし、精密すぎる。  魔鋼(アダマン)の装甲を、豆腐のように? それに、私の支配の糸を一瞬で断ち切ったのか?


「さて。……次は人間おまえの番だ」


 シンがゆっくりと近づいてくる。  その背後には、禍々しい蜘蛛の幻影が揺らめいている。


「ま、待て! 私は優秀な研究者だ! 殺すには惜しいぞ! 知識もある、技術もある!」


 ガンツは必死に命乞いをした。  この少年は、殺す気だ。  自分の命など、そこの鉄くずと同程度の価値しか感じていない目だ。


「知識? 技術?」


 シンはガンツの頭を鷲掴みにした。


「ああ、そうだな。……お前の脳みそに入っているデータだけは、役に立ちそうだ」


「え……?」


「だから、寄越せ。……お前の『中身』だけな」


 ――記憶略奪(メモリー・スナッチ)。  そして――才能捕食(ゼロ・プレデション)


 ズズズッ……!!


 シンの影が、触手のようにガンツの体に巻き付いた。  物理的な捕食ではない。魂と情報の強奪。


「ぎ、ぎゃあぁぁぁぁぁッ!? 吸われる、私の記憶が、知識がぁぁぁッ!!」


 ガンツが白目を剥いて痙攣する。  数十年かけて積み上げた死霊術の知識、人体実験のデータ、そして施設の支配術式(コントロール・スペル)。  すべてが、シンの脳内へとコピーされ、統合されていく。


 数秒後。  ガンツは廃人のようになって床に転がった。  死んではいない。だが、彼の瞳からは知性の光が完全に消え失せていた。  空っぽの器。


「……ふむ。悪くないデータだ」


 シンは額をトントンと叩き、整理された情報を確認した。  この施設には、現在1000人のギフテッドが収容されている。  その中には、Sランク級の潜在能力を持つ「特異点」も数名混じっているようだ。


(宝の山だな。……帝国め、こんな逸材たちを飼い殺しにしていたとは)


 シンは振り返り、台座の上の少女を見た。  少女は震えながらも、シンを見つめている。


「……たすけて、くれたの?」


「勘違いするな」


 シンは冷たく言い放った。


「俺は正義の味方じゃない。……新しい『所有者オーナー』だ」


 シンは少女の首輪に指を触れた。  奪った支配術式(コントロール・スペル)を流し込むと、カチリと音がして首輪が外れる。


「今日から、お前たちは俺のモノだ。……帝国のために死ぬのではなく、俺のために生きろ」


 シンは少女の頭に手を置いた。  温かい魔力が流れ込み、薬物でボロボロになっていた彼女の身体を癒やしていく。


「名前は?」


「……ミナ」


「そうか、ミナ。……仕事の時間だ」


 シンはニヤリと笑った。


「他の子供たちを集めろ。……これから、盛大な『卒業式』を始める」


 施設の警報魔石が赤く明滅し、サイレンのような魔力波が鳴り響く。  だが、それは侵入者を知らせるものではない。  帝国の支配が終わり、新たな王が誕生したことを告げる、祝砲のような音色だった。


 囚われの天才たちが、檻を食い破る時が来た。  シンは黒いコートを翻し、廊下へと歩き出す。  その背中には、千人の子供たちを従え、帝国を内側から食い荒らす「毒蜘蛛」の王としての覇気が満ちていた。

お読みいただきありがとうございます!


死霊術と錬金術で死者を無理やり動かす帝国の「技術」。 シンにとっては倫理的な問題以前に、「資源(死体と才能)の使い方が雑すぎる」ことが許せなかったようです。

所長ガンツは知識ごと「捕食」され、子供たちの所有権は帝国からシンへと移りました。


【読者の皆様へのお願い】


ここまで読んで「面白い!」「続きが気になる!」「ざまぁ展開が楽しみ!」と思っていただけましたら、 ページ下部の【★★★★★】評価 や 【ブックマーク登録】 をしていただけると、執筆のモチベーションが爆上がりします!


次話へ続きます。

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