表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/101

第90話 黒煙と鉄の街

黒い雨が降っていた。


鋼牙帝国(アイゼンガルド)の首都、鉄帝都(ガルガロッサ)。  この街の空は、いつ見上げても鉛色の雲と、工場から吐き出される煤煙ばいえんによって塗り潰されている。  降り注ぐ雨は酸を含み、石畳を溶かし、人々の肌を焼く。だが、傘を差す者は少ない。  道行く人々は皆、フードを目深に被り、泥のように濁った目で足元だけを見て歩いている。


「……酷い味だ」


大通りの片隅にある安宿の軒先で、一人の少年が掌に落ちた雨粒を舐め、顔をしかめた。  ボロボロの麻服を着た、Fランク冒険者の少年――シンである。  彼は昨日、帝都への潜入を果たし、今は街の最下層に溶け込んでいた。


「水も、空気も、魔素マナさえも。……全てが『効率』という名の毒に侵されている」


シンは路地裏の闇に視線を向けた。  そこには、咳き込む老人や、物乞いをする子供たちの姿がある。だが、ネメシスのスラムとは決定的に空気が異なっていた。  ネメシスの民には「生きたい」という渇望があった。だが、ここの民にはそれがない。  ただ、巨大な機械の歯車として摩耗し、壊れるのを待つだけの無機質な絶望。


「おい、新入り! いつまでサボっている!」


背後から怒声が飛んだ。  振り返れば、魔導鍛冶工房マギ・スミス・フォージの腕章をつけた監督官が、鞭を手に立っている。


「すみません、すぐに!」


シンは怯えた少年の仮面を被り、荷車を引いて走り出した。  彼が今、与えられている役割は、工房から出る産業廃棄物――失敗した兵器や、燃え尽きた魔石の残骸を運搬する「掃除夫」である。


だが、彼が運ぶ「ゴミ」の中には、もっとおぞましいモノが含まれていた。



魔導鍛冶工房マギ・スミス・フォージ・第十七区画。


重厚な鉄扉が開くと、そこは熱気と騒音の暴力に支配されていた。  数百の魔導炉(マギ・ファーネス)が唸りを上げ、溶けた鉄の川が流れる。  その熱源の周りには、数千人の職人たちが鎖で繋がれ、亡者のようにハンマーを振るっていた。


カンッ、カンッ、カンッ……。


リズムは一定だ。乱れることはない。  なぜなら、彼らの思考は既に薬物によって奪われているからだ。


「魔力注入! 出力最大!」 「遅いぞ! 次弾の装填が間に合わん!」


監督官たちが怒鳴り散らし、疲労で動きの鈍った職人の背中に鞭を入れる。  職人たちは悲鳴も上げない。ただ、虚ろな目で鉄を見つめ、自身の生命力オドを削って魔力を流し込み続ける。


(……付与術師エンチャンターか)


シンは荷車を引きながら、その光景を冷徹に観察していた。  武器や防具に魔法効果を付与する専門職。通常なら国宝級の扱いを受ける彼らが、ここでは使い捨ての乾電池のように扱われている。


「おい、そこの! 『殻』が出たぞ。回収しろ!」


監督官がシンを呼びつけ、作業台の下を指差した。  そこには、一人の男が倒れていた。  まだ若いはずだが、髪は白髪になり、皮膚はカサカサに干からびている。過剰な魔力搾取による急速な老化現象だ。


「……はい」


シンは無言で男の体を抱え上げた。軽い。中身が空っぽになったかのように軽い。  男の心臓はまだ動いている。だが、その瞳孔は開ききり、光に反応しない。  精神崩壊。  帝国の過酷なノルマと、覚醒剤入りの魔力回復薬(ポーション)の投与によって、魂が焼き切れてしまったのだ。


「役立たずめ。……まだ二十歳だぞ? 三ヶ月で壊れるとは、最近の素材は脆すぎる」


監督官が舌打ちをして、書類に「廃棄」の印を押す。  シンは男を荷車の上の鉄屑の山に放り投げた。ガシャン、と硬質な音がして、人間が「ゴミ」として処理される。


(……資源の浪費だ)


シンは内心で吐き捨てた。  怒りではない。呆れだ。  この若者には、もっと伸びる素質があったはずだ。正しい教育と、適切な魔力循環を与えれば、Aランク級の術師になれたかもしれない。  それを、わずかな鉄くずを作るために使い潰す。  帝国のやり方は、黄金の卵を産むガチョウの腹を裂いて、中の未熟な卵を食っているようなものだ。


「おい、次だ! 『特級素材』の搬入がある!」


奥のゲートが開き、黒塗りの馬車が入ってきた。  降りてきたのは、手枷足枷を嵌められた十数名の子供たちだった。  年齢は十歳前後。皆、痩せ細っているが、その瞳の奥には、隠しきれない魔力の光が宿っている。


「……天才種(ギフテッド)か」


シンは目を細めた。  彼らは、帝国が占領地や辺境の村から拉致してきた、生まれつき高い魔力や特殊な才能(ゼロ)を持つ子供たちだ。


「いいか、クソガキども! 今日からここがお前らの家だ!」


監督官が子供たちを整列させ、威圧する。


「お前たちは選ばれた。皇帝陛下の剣となり、盾となる名誉を与えられたのだ! ……逆らえばどうなるか、分かっているな?」


監督官が指差した先には、巨大な焼却炉があった。  そこでは今まさに、シンが運んできた「壊れた職人」たちが、鉄屑と一緒に放り込まれようとしていた。


「ひッ……!」 「い、いやだ……おうちに帰りたい……」


子供たちが泣き出す。だが、兵士たちは容赦なく彼らを鞭打ち、作業台へと引きずっていく。


「泣くな! 魔力が濁る!」 「薬だ! 『適合液』を投与しろ!」


白衣を着た研究員たちが現れ、子供たちの首筋に太い注射針を突き立てる。  紫色の液体が注入されると、子供たちの悲鳴がピタリと止んだ。  瞳から光が消え、焦点が虚空を結ぶ。  彼らは大人しくなり、指示されるままにハンマーを握った。


洗脳と強化。  自我を奪い、命令にのみ従う生体部品への改造。


(……なるほど。これが『鉄機兵団』の正体か)


シンは理解した。  帝国の強さの根源は、機械技術ではない。  人間という最も汎用性の高い素材を、倫理を無視して極限まで効率化した「魔導生体システム」にあるのだ。


工房の奥には、完成した鉄機兵(ゴーレム)たちが並んでいる。  その動力炉コアには、おそらく「彼ら」のようなギフテッドの脳髄や心臓が埋め込まれているのだろう。  魂を燃料にして動く、鋼鉄の亡者たち。


「……おい、掃除夫。何を見ている」


不意に、背後から声をかけられた。  振り返ると、そこには全身を漆黒のコートで覆った長身の男が立っていた。  顔は見えない。だが、その隙間から覗く眼光は、爬虫類のように冷たく、鋭かった。


帝国の特殊警察、『粛清官(インクイジター)』。  不穏分子やスパイを摘発し、その場で処刑する権限を持つ死神たちだ。


「い、いえ……! 子供たちが、可哀想だなって……」


シンは身を縮め、震える声で答えた。  Fランクの小市民らしい、精一杯の同情。


「可哀想? ……貴様、反逆者か?」


粛清官が剣の柄に手をかける。  殺気。  周囲の空気が凍りつく。他の職人たちは関わり合いになるのを恐れ、視線を逸らす。


「ち、違います! ただ……僕の弟も、昔あんな風に連れて行かれたから……思い出してしまって……」


シンは嘘泣きを交えながら、必死に弁解する。  その姿は、あまりにも無力で、哀れで、取るに足らない弱者そのものだった。


粛清官は数秒間、シンの全身を値踏みするように見下ろした。  そして、鼻を鳴らして手を離した。


「……フン。くだらん感傷だ。帝国臣民なら、国の礎になれることを誇りに思え」


「は、はい……申し訳ありません……」


「行け。……次はないぞ」


粛清官は興味を失ったように背を向け、去っていった。  彼にとって、Fランクの掃除夫など、路傍の石ころ以下の存在でしかない。殺す価値すらないゴミだ。


シンは何度も頭を下げながら、その場を離れた。  荷車の陰に隠れ、誰にも見えない角度で顔を上げた瞬間。  その瞳から怯えの色は消え失せ、底知れぬ深淵の闇が広がっていた。


(……礎、か。悪くない言葉だ)


シンは口元を三日月形に歪めた。


(だが、その礎の上に立つのは、貴様らではない。……この俺だ)


帝国は優秀だ。  人間を資源として扱うシステムは、シンの「世界牧場論」と親和性が高い。  ただ、その運用がお粗末すぎる。  資源を浪費し、使い潰すだけの三流の管理。


「俺が変えてやる。……もっと効率的で、もっと美しく、永遠に搾取できるシステムにな」


シンは荷車を捨て、闇の中へと姿を消した。  見学は終わりだ。  次に向かうのは、このシステムの心臓部。  拉致された天才たちが収容され、兵器へと加工される「孵卵器インキュベーター」。


特務部隊育成所(ギフテッド・ラボ)


「待っていろよ、天才たち。……本当の『支配者』がどういうものか、教えてやる」


黒い雨が降りしきる中、魔王の影が帝都の深部へと伸びていく。  鉄の都が錆びつき、崩れ落ちる音が、微かに聞こえ始めた。

お読みいただきありがとうございます!


ついに帝国の心臓部へ潜入です。 ネメシスが「光と繁栄」なら、帝国は「闇と消耗」。 職人や才能ある子供たちを燃料として使い潰す帝国のシステム……シンの「もったいない精神(捕食者視点)」が刺激されまくっています。


彼にとって帝国は敵というより、「使い方の下手な牧場主」に見えているようです。 次回、そんな帝国の「教育施設」へ、最悪の採用担当者が面接に行きます。


【読者の皆様へのお願い】


ここまで読んで「面白い!」「続きが気になる!」「帝国ざまぁが楽しみ!」と思っていただけましたら、 ページ下部の【★★★★★】評価 や 【ブックマーク登録】 をしていただけると、執筆のモチベーションが爆上がりします!


(※評価は★1つからでも大歓迎です!応援よろしくお願いします!)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ