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第88話 |鉄帝都《ガルガロッサ》の動揺

 大陸北西部に連なる険しい岩山。その最高峰である「黒鉄山(クロガネヤマ)」の腹をえぐり取り、内側から食い破るようにして築かれた巨大な都市があった。


 【鋼牙帝国(こうがていこく)アイゼンガルド】の首都、鉄帝都(ガルガロッサ)


 そこは、人が住む街というよりは、巨大な工場のようだった。  空を覆うのは雲ではなく、無数に立ち並ぶ煙突から吐き出される黒い煤煙だ。太陽の光は遮られ、地上は常に薄暗い黄昏に沈んでいる。  大気は重金属の味と硫黄の臭いで満たされ、呼吸をするたびに肺が鉄錆でコーティングされていくような錯覚を覚える。


 カンッ、カンッ、ガシャン、ゴオオオオ……。


 絶え間なく響くのは、巨大な蒸気ハンマーが鉄を叩く音と、魔導炉(マギ・ファーネス)が唸りを上げる重低音。  この街には静寂など存在しない。  眠ることなく稼働し続ける「軍事国家」の心臓部は、今日も大量の燃料(命)を飲み込み、鋼鉄の兵器を吐き出し続けていた。


 その頂点。山の中腹に突き刺さるように建つ「黒鉄宮(アイアン・パレス)」の玉座の間。  そこには、都市の喧騒さえも凍りつくような、絶対零度の沈黙が支配していた。


「――聞こえなかったな」


 地底の岩盤が擦れ合うような、低く、重い声。  玉座に座る巨躯の男――皇帝ゼギオン・ヴァン・アイゼンガルドは、手にした報告書を握りつぶし、眼下にひれ伏す伝令将校を見下ろした。


 全身を漆黒の魔導甲冑(フルプレート)で覆い、兜の奥から深紅の眼光だけを光らせるその姿は、人の形をした要塞そのものだ。


「もう一度言え。……我が軍の至宝、『巨神(タイタン)』がどうしたと?」


「は、はいッ……! ほ、報告によりますと……!」


 伝令将校は、恐怖でガタガタと震えながら、床に額を擦り付けた。  彼が口にしなければならない事実は、皇帝にとっての最大の禁忌。敗北の報告だ。


「り、陸上戦艦『巨神』は……敵の……たった二機の兵器によって……撃沈されましたッ!!」


「撃沈、だと?」


 皇帝の声から、感情の色が消えた。


「第一遠征軍五万は……?」


「ぜ、全滅……! 生存者、なし! 鉄機兵団(アイアン・レギオン)も、殲滅魔導師団ウォー・メイジ・コープスも、すべて……すべて鉄屑と灰に……ッ!!」


 将校が叫び終えるのと同時だった。


 ドォンッ!!


 湿った破裂音。  将校の上半身が、内側から弾け飛んだ。  皇帝が指を弾いただけではない。ただ、彼から噴出した「殺気」の圧力に、将校の心臓が耐えきれず、物理的に破裂したのだ。


 飛び散った血肉が、冷たい鉄の床を汚す。  だが、玉座の間に控える側近や兵士たちは、誰一人として悲鳴を上げない。眉一つ動かさない。  この国において、弱さは罪。敗北は死。  凶報をもたらしただけの無能になど、生きる価値はないというのが、帝国の鉄の掟(アイアン・ルール)なのだ。


「……くだらん」


 皇帝は、血に濡れた床を一瞥し、忌々しげに吐き捨てた。


「五万の兵と、国庫の三分の一を費やした『巨神』が、たった半日でスクラップか。……魔導機工(マギ・クラフト)の粋を集めた最高傑作が、辺境の猿知恵に負けたというのか」


 怒りではない。  それは、純粋な失望と、新たな事実に対する冷徹な分析だった。


「陛下。……レギオン・蜘蛛(アラクネ)の戦力、想定を遥かに上回っております」


 玉座の脇から、影のように一人の男が進み出た。  全身を灰色のローブで包み、顔を包帯で隠した異様な姿。  帝国宰相にして、死霊術師(ネクロマンシー)の長、モルガンである。


「報告にあった『爆発する粉』……そして『自律する鉄の蜘蛛』。あれは魔法ではありません。……古代文明の遺失技術ロスト・テクノロジー、あるいはそれ以上の『未知の理』で動いております」


「未知の理、か」


 皇帝は顎を撫でた。  彼の瞳に宿るのは、恐怖ではない。  飽くなき支配欲と、強奪への渇望だ。


「面白い。……ならば、その技術ごと奪い取るまでだ」


 皇帝が立ち上がる。  ガシャン、と甲冑が鳴り、玉座の間全体が震えた。


「遊びは終わりだ。……バルドルごとき三流に任せたのが間違いだった。これより、帝国はレギオンを『害獣』ではなく『敵国』と認定する」


 皇帝が手を掲げる。  その背後に、四つの巨大な影が揺らめいた。


四騎士(インペリアル・ナイツ)、前へ」


 空間が裂け、四人の戦士が現れる。  彼らはただの騎士ではない。  帝国が大陸中から拉致し、薬物と洗脳、そして人体実験によって作り上げた、人為的な「英雄」たち。  帝国の最高戦力。


 氷の魔力を纏う、蒼白の美青年。――【氷剣(アイス・ブレイド)】。  千里先をも見通す魔眼を持つ、隻眼の弓兵。――【魔眼(イーグル・アイ)】。  身の丈ほどもある巨大な杭打ちパイルバンカーを背負った、岩石のような巨漢。――【城壁破壊(ウォール・ブレイカー)】。  そして、無数の死霊を従え、腐臭を漂わせる少女。――【死霊使い(ネクロ・マスター)】。


 彼ら一人一人が、他国の騎士団一個師団に匹敵する戦闘力を持つ、Aランク(英雄級)の怪物たちだ。


「お呼びでしょうか、皇帝陛下」


 代表して氷剣の青年が跪く。その瞳には感情の色がなく、ただ命令を遂行するためだけに研ぎ澄まされた刃のような光があるだけだ。


「うむ。……貴様らの出番だ。『特務部隊(ギフテッド)』全隊を招集せよ」


 皇帝の号令に、宰相モルガンが息を呑む。


「へ、陛下!? ギフテッド全隊……千名すべてをですか!? あれは帝国の未来を担う貴重な『素体』……それを一度に投入など!」


「構わん」


 皇帝は一蹴した。


「未来など、勝者が作るものだ。……レギオンの持つ技術、資源、そして『人材』。それら全てを奪い尽くせ。抵抗する者は殺せ。降伏する者は鎖に繋げ」


 皇帝は、南の空――ネメシスの方角を睨みつける。


「鉄の重みを知らぬ脆弱な蜘蛛どもに、帝国の『本気』を見せてやれ」


「「「御意!!」」」


 四騎士が姿を消す。  鉄帝都の地下深く、研究所の檻の中に閉じ込められていた「天才たち」が、鎖を解かれ、戦場へと解き放たれようとしていた。


          ◇


 一方。  勝利に沸く城塞都市(フォート・シティ)ネメシス。


 レギオンハウスの最上階、幹部専用の作戦会議室では、勝利の美酒ならぬ、冷徹な作戦会議が開かれていた。


「――帝国の先遣隊は壊滅しました。ですが、これはあくまで『挨拶』が終わったに過ぎません」


 巨大な大陸地図の前で、十王(デケム・キング)・第一席【(ミダス)】ジェイドが淡々と戦況を解説する。  彼の横には、第二席【(ジェネラル)】ヴィンセントが腕を組んで立っている。


「帝国の首都、ガルガロッサにはまだ主力が温存されている。……特に、皇帝直属の『四騎士』と『特務部隊』。奴らの戦力は未知数だ」


「正面からぶつかれば、こちらもタダでは済みませんねぇ」


 第三席【(ドッペル)】ネモが、ナイフを弄びながらクスクスと笑う。


 勝利したとはいえ、レギオンの兵力は数千。対する帝国は数十万の国民を抱える大国だ。  総力戦となれば、たとえ勝てたとしても、ネメシスの街は焦土と化すだろう。


「……だからこそ、だ」


 部屋の最奥。  漆黒の革張りの椅子に深く腰掛けた少年――始祖(オリジン)・シンが、静かに口を開いた。  地上での仮面である15歳の姿だが、その瞳に宿る威圧感は、18歳の魔王そのものだ。


「これ以上の防衛戦は無意味だ。……こちらの戦力を削るだけだ」


「では、いかがなさいますか? 主よ」


 四天の筆頭、アレスが進み出る。  彼の全身からは、先日の戦いで得た高揚感と、さらなる破壊への渇望が溢れ出ている。


「俺たちが攻め込みますか? 俺とボルトス、それにヴィンセントの軍勢で帝都を強襲すれば、三日で更地にできますが」


「却下だ」


 シンは即答した。


「更地にしてどうする。……私が欲しいのは『燃えカス』ではない」


 シンは立ち上がり、窓の外を見つめた。  眼下に広がるネメシスの街並み。シノとヴォルカンが作り上げた魔導インフラによって、夜でも美しく輝いている。  だが、その技術を支える「職人」の数は、圧倒的に足りていない。


「帝国の強みは、数万人の付与術師(エンチャンター)を抱える生産体制と、各地から集められた『天才』たちだ。……それらは、破壊するには惜しい資源だ」


 シンの目が、捕食者の色を帯びる。


「奪うぞ。……奴らの技術も、人材も、全て」


「奪う……? しかし、どうやって? 帝都は難攻不落の要塞都市。軍で包囲しても、中の資産を持ち出すのは……」


「軍などいらん」


 シンはニヤリと笑った。


「私が一人で行く」


「「「はあッ!?」」」


 幹部たちが一斉に素っ頓狂な声を上げた。  組織のトップが、敵の本拠地に単独で乗り込む? 正気の沙汰ではない。


「お、お待ちくださいシン様! 危険すぎます! 万が一、貴方様の御身に傷がついたら……!」


 ミラが悲鳴を上げて縋り付くが、シンは涼しい顔でそれを躱す。


「危険? 誰にとってだ?」


 シンは黒いローブを翻し、自身の影を指差した。


「私には『影渡り(シャドウ・ゲート)』がある。結界だろうが城壁だろうが、影さえあればどこへでも入れる。……それに」


 シンは15歳の少年の顔で、無邪気に、そして邪悪に笑った。


「正面から戦争を仕掛けるより、中から食い荒らした方が『効率』がいいだろう?」


 侵入し、重要人物を捕食し、あるいは洗脳し、組織を内側から乗っ取る。  それは、ゼノリス王国を崩壊させた時と同じ、しかしより大胆で攻撃的な手口。


「留守は任せるぞ。……アレス、ヴィンセント。帝国軍が攻めてきたら、適当に遊んでやれ。私が中枢を握るまでの時間稼ぎだ」


「……ハッ! 承知いたしました!」


 アレスたちは、主の無茶ぶりに呆れつつも、その絶対的な自信に頭を垂れた。  このお方が「やる」と言えば、それは確定した未来なのだ。


「ネモ。帝都の地図と、裏ルートの情報をよこせ」


「はいはい♡ 手配済みですよん。……現地の協力者スパイも用意してあります」


 準備は整った。  魔王の「遠足」の始まりだ。


          ◇


 数時間後。  鋼牙帝国(アイゼンガルド)領内。帝都ガルガロッサの城下町。


 そこは、ネメシスの繁栄とは対極にある、鉄とすすに塗れた灰色の世界だった。  巨大な工場の煙突が林立し、空を黒煙で覆い尽くしている。  通りを行き交う人々は、皆一様に薄汚れた作業服を着て、死んだ魚のような目で俯いて歩いている。


「……酷い空気だ」


 路地裏の影から、一人の少年が姿を現した。  ボロボロのローブに、大きな荷袋を背負った、どこにでもいそうな「Fランクの荷物持ち」。  シンである。


 彼は鼻をつまみ、眉をひそめた。  魔素の残滓と亜硫酸ガスが混じった空気は、喉を焼くほどに不味い。  だが、その澱んだ空気の中に、微かに漂う「上質」な気配を、彼の鋭敏な嗅覚は捉えていた。


「……匂うな」


 シンは人混みの中に紛れ込みながら、帝都の中枢――山の中腹にそびえる黒鉄宮(アイアン・パレス)を見上げた。


「虐げられた才能と、使い潰される魂の悲鳴が聞こえる」


 帝国の強さの源泉。  それは、数万人の技術者たちを奴隷のように酷使し、天才たちを薬漬けにして兵器化する、非人道的なシステムそのものだ。


「もったいない」


 シンは呟いた。義憤ではない。純粋な「もったいない精神」だ。  使える素材を、こんな雑な使い方で消耗させていることが我慢ならない。


「俺なら、もっと上手く使ってやる。……もっと輝かせて、もっと美味しく育ててやる」


 シンは市場の屋台で、固い黒パンを一つ買った。  銅貨を渡し、店主に愛想笑いを浮かべる。


「おじさん、この街で一番大きな『工房』はどこ? 僕、職を探してるんだ」


「工房? ……やめときな、坊主。あそこに入ったら、死ぬまで鉄を叩かされるぞ」


「へへ、大丈夫だよ。僕、体力だけはあるから」


 シンは黒パンを齧りながら、教えられた方角へと歩き出した。  その背中は、田舎から出てきた世間知らずの少年にしか見えない。  だが、その影の中では、無数の「捕食者の眼」がギラギラと輝き、獲物を探して蠢いていた。


 魔王の潜入。  鉄の都が、内側から錆びつき、崩れ落ちるカウントダウンが始まった。

本日も更新分を読んでいただきありがとうございます。


帝国の皇帝ゼギオン、容赦ないですね……。負けた部下は即処刑。 そして投入される本国の最高戦力「四騎士」と「ギフテッド」。 全面戦争の予感が漂いますが、シンはまさかの単独潜入を選択しました。


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次話へつづきます。

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