第87話 天才と職人の悪ふざけ(修正完全版)
轟音と土煙が、嘆きの荒野を支配していた。
帝国軍が誇る殲滅魔導師団は、軍神の拳と聖女の狂気によって壊滅状態にあった。 だが、腐っても大陸最強の軍事国家。彼らの戦意は折れても、その「兵器」は止まらない。
ズゥゥゥン……ズゥゥゥン……。
地平線の彼方から、新たな絶望が姿を現した。 それは、これまで投入された鉄機兵とは比較にならない、山のような巨体を持つ超弩級兵器だった。
全長八〇メートル。全高三〇メートル。 無数の魔導砲を全身に備え、分厚い魔鋼の複合装甲で覆われた、移動する要塞。
帝国軍・第一遠征部隊旗艦――陸上戦艦『巨神』。
「グオォォォォォォンッ!!」
蒸気を噴き上げながら進撃するその姿は、まさしく鋼鉄の神。 その巨大な脚部は、味方の死体もろとも大地を踏み砕き、レギオンの防衛線へと迫る。
「……チッ。デカけりゃいいってもんじゃねえだろうが」
戦場の中央。 返り血に濡れた炎の四天、アレス・ランバートは、見上げるような鉄壁を前に舌打ちした。 彼の大剣から放たれた斬撃も、ミラの操る死者たちの爪撃も、巨神の周囲に展開された多重魔法障壁に弾かれ、傷一つつけられていない。
「アレス。あの障壁、厄介ですわ」
隣に降り立ったミラが、不快そうに眉をひそめる。 彼女の背後では、光の翼がゆらゆらと揺らめいている。
「『属性遮断』に『物理耐性』……それに『自動修復』まで付与されています。私の魔法で溶かすには、少し時間がかかりますわ」
「俺が全力で殴れば割れるが……中身ごと蒸発させちまうかもしれん。主は『資源(帝国の技術)はなるべく回収しろ』と仰っていたからな」
アレスは頭を掻いた。 壊すだけなら簡単だ。だが、Sランクの力は強大すぎる。手加減をして解体するなど、素手で卵の殻だけを割るような繊細な作業は、破壊神たる彼には不向きだった。
その時。 通信機からノイズ混じりの声が響いた。嘲笑を含んだ、しわがれた声。
『――お困りのようですな、戦闘馬鹿の皆様?』
「ヴォルカンの爺さんか? ……見てるなら手伝えよ。このデカブツ、硬すぎて歯が立たねえ」
『ガハハ! 安心せい。硬いものを壊すのは、鍛冶屋の領分じゃ』
ズドンッ!!
アレスたちの後方。丘の上から、二つの影が猛スピードで飛び出してきた。
一つは、多脚戦車のような異形の機械。 六本の鋼鉄の脚で不整地を高速移動し、背中には巨大なコンテナを背負っている。 そのコクピットには、防風ゴーグルをかけた少年――十王第十席【工】シノが、狂気的な笑みを浮かべて座っていた。
そしてもう一つは、人の形をした鉄塊。 全高五メートル。全身を極厚の装甲で固めた、ドワーフ専用の人型搭乗兵器。 その右腕には、身の丈ほどもある巨大な「杭」が装着され、左手には高速回転する円盤鋸が唸りを上げている。 操るのは、十王第九席【鍛】ヴォルカン・マイヤー。
「お待たせしましたぁ! レギオン技術開発局、解体班、到着ですッ!」
シノの声が響き渡る。 彼らが持ち込んだのは、魔法でも剣技でもない。この世界の住人が未だかつて見たことのない、「理屈抜きの暴力」だった。
◇
「なんだ、あれは……?」
陸上戦艦『巨神』の艦橋。 帝国軍の司令官は、水晶板に映し出された二つの影を見て、怪訝な顔をした。
「敵の増援か? ……魔力反応は微弱。ただの鉄屑に見えるが」
「はっ。解析班によると、装甲の材質は不明ですが、術式による防御は施されていないようです。……原始的な機械仕掛けかと」
「フン、所詮は蛮族の工作か。踏み潰せ。我らが『巨神』の装甲は、Sランク魔法すら弾く絶対防壁だぞ」
司令官は冷笑し、前進を命じた。 彼らの自信は揺るぎない。この戦艦は、帝国中の賢者と錬金術師が知恵を絞り、数十年かけて建造した最高傑作だ。 物理攻撃には物理耐性を、魔法攻撃には属性変換障壁を。あらゆる攻撃に対し、理論的な「解」を用意している。 たかが数名の職人が作ったガラクタに、後れを取るはずがない。
だが。 彼らは知らなかった。 シノとヴォルカンという二人の天才が、理論や理屈といった「賢い戦い方」を、最初から放棄していることを。
「ヒャハッ! 的がデカくて助かるぜぇ!」
シノの操る多脚戦車『土蜘蛛』が、巨神の足元へ潜り込む。 巨神の周囲には、侵入者を阻む強力な結界が張られている。触れれば高圧電流が流れ、瞬時に炭化する防御システムだ。
「結界? カンッケーねぇよ!」
シノがレバーを倒す。 『土蜘蛛』の前脚から、バシュッ! と何かが射出された。 それは、先端に奇妙な螺旋状の溝が刻まれた、円錐形の金属塊。
――超硬度回転錐。
「回れ回れェッ!! 螺旋突破ッ!!」
ギュイイイイイイイイイイイイイッ!!!!!
耳をつんざく高周波音。 シノの第一恩恵【天啓の回路】が生み出した「物理回転」の概念が、結界の表面に突き刺さる。 魔力による防御壁と、物理的な回転エネルギーの衝突。火花が散り、空間が悲鳴を上げる。
「な、なんだ!? 結界が……削られている!?」
艦橋のオペレーターが絶叫する。 ありえない。魔法障壁は「面」で受ける力には強いが、「一点」に集中し、かつ高速で「回転」し続ける物理干渉に対しては、計算式が追いつかないのだ。
「理論? 計算? 知るかよ! こっちはヴォルカンの爺さんが打った『絶対に壊れないドリル』だ! 回せば穴が開く! それだけだ!」
シノの暴論と共に、ドリルが結界を食い破った。 パリンッ! という音と共に障壁が砕け散り、巨神の装甲板が露出する。
「道は開けたぞ! 爺さん、出番だ!」
「おうよ! わしの『鉄』の味、たっぷりと教えてやるわい!」
ズシンッ! ヴォルカンの操るパワードスーツ『鉄鎚』が、シノが開けた穴へと飛び込んだ。 目の前には、厚さ数メートルはある魔鋼の装甲壁。 帝国の錬金術師たちが「神の雷でも傷つかない」と豪語した、無敵の盾。
ヴォルカンは、右腕の「杭」を装甲に押し当てた。 その内部には、シノが調合した爆裂魔石が、限界まで圧縮されて詰め込まれている。
「硬いなら……ブチ抜くだけじゃあぁぁッ!!」
ヴォルカンがトリガーを引く。
ドォォォォォォォォォンッ!!!!!
爆発。 否、それは指向性を持った爆轟。 火薬の爆発力を、逃げ場のない筒の中で一点に集中させ、鉄の杭を撃ち出す。
――火薬式杭打ち機。
単純にして至高。 原始的にして最強の、物理貫通兵器。
ガギィィンッ! 凄まじい衝撃音が響き、巨神の装甲に亀裂が走った。 だが、まだ貫通しない。さすがは帝国の最高傑作、伊達に硬くはない。
「ヌウッ! 一発じゃ足りんか! なら――」
ヴォルカンが操縦桿をガチャリと操作する。 パワードスーツの背中から、蒸気が噴き出した。 杭が高速でピストン運動を始める。
「百発でも千発でも、開くまで叩き込むんじゃあぁッ! オラオラオラオラオラァッ!!」
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンッ!!!!!
連打。 秒間十発を超える杭打ちの嵐。 ヴォルカンの第一恩恵【魔鋼錬成】によって強度が保証された杭が、装甲の分子結合をズタズタに破壊していく。 それは鍛冶師が鉄を打つ作業にも似ていたが、その目的は「創造」ではなく、徹底的な「破壊」だった。
「や、やめろ……! 装甲が……持たない……ッ!?」
艦橋が激しく揺れ、司令官が悲鳴を上げる。 モニターには「装甲損壊率80%……90%……」という絶望的な数値が表示されている。
そして。
バキィィィィンッ!!
決定的な破砕音と共に、巨神の左舷装甲が大きく剥がれ落ちた。 露出したのは、複雑に絡み合ったパイプと、赤く脈打つ動力炉への通路。
「開いたぜ! シノ、行けぇッ!」
「あいよっと!」
シノの『土蜘蛛』が、開いた穴から内部へと侵入する。 その背中のコンテナが開いた。 中から這い出してきたのは、無数の小さな「蜘蛛」たちだった。
手のひらサイズの機械仕掛けの蜘蛛。 その腹部には、チチチ……と不気味な音を立てる時限信管がついている。
「さあ、お食事の時間だよ! 帝国の心臓、残さず食べちゃいな!」
――自律爆弾。
数千匹の爆弾蜘蛛が、カサカサと音を立てて巨神の内部へと散らばっていく。 配管を伝い、隙間に入り込み、魔力の中枢である動力炉へと殺到する。
「む、虫だ! 虫が入ってきたぞ!」 「迎撃しろ! ……うわぁッ! こいつら、爆発しやがる!」
艦内はパニックに陥った。 兵士たちが剣で蜘蛛を叩き潰そうとするが、衝撃を受けると即座に起爆する。 通路のあちこちで小爆発が起き、煙と炎が充満する。
そして、最後の一匹が、動力炉の魔石に張り付いた。
『――チェックメイト』
シノが、遠隔起爆のスイッチを押した。
ドッッッッゴォォォォォォォォォォンッ!!!!!
巨神の内部から、閃光が迸った。 動力炉が誘爆し、連鎖的な爆発が艦内を駆け巡る。 鋼鉄の巨体が内側から膨れ上がり、継ぎ目から炎と黒煙を噴き出した。
「グオォォ……ン……」
断末魔のような金属音を残し、陸上戦艦はその膝を折った。 ズズーン……と巨大な質量が崩れ落ち、荒野に土煙を上げる。 完全沈黙。 帝国の誇り、不沈艦と呼ばれた巨神は、二人の男の「悪ふざけ」によって、ただの巨大な鉄屑へと変わり果てた。
◇
「ぷはーっ! いやぁ、いい花火だったねぇ!」
煙を上げる巨神の上で、シノが戦車から降り立ち、煤けた顔で伸びをした。 隣には、パワードスーツのハッチを開けたヴォルカンが、葉巻に火をつけている。
「まったく、派手にやりおって。……中身の魔石、粉々じゃねぇか。主に怒られるぞ」
「えへへ、ごめんごめん。つい楽しくなっちゃって」
シノは悪びれもせず、舌を出した。 彼らの眼下では、旗艦を失った帝国軍の残存兵力が、完全に戦意を喪失して敗走を始めていた。 魔法も、軍事力も、技術力も。 全ての分野において、レギオンに完敗したのだ。
「……終わったな」
アレスが、呆れたように二人を見上げて呟く。 彼の横で、ミラが優雅に微笑んだ。
「ええ。これにて『お掃除』完了ですわ。……シン様、ご覧いただけましたか?」
◇ ◇ ◇
後方の監視塔。 その頂上で、シンは冷たい風を受けながら、戦場の残骸を見下ろしていた。
「……上出来だ」
シンの口元に、薄い笑みが浮かぶ。 帝国の遠征軍は壊滅した。 精神的支柱であった将軍は逃げ帰り、最強の兵器はガラクタと化した。 これで、ネメシスへの直接的な侵攻は当分の間、止むだろう。
だが、シンの瞳に安堵の色はない。 むしろ、より深く、より昏い「渇望」が宿っていた。
「これで『招待状』は送った」
シンは西の空――帝国の首都がある方角へと視線を向ける。 そこには、大陸最強の軍事国家の心臓部、鉄帝都がある。 そしてその玉座には、この敗戦の報を聞き、怒りに震えるであろう皇帝がいるはずだ。
「アレス、ヴィンセント。……お前たちはここで防衛を固めろ」
シンが独り言のように呟く。 その声は、風に乗って配下たちの耳元(念話)へと届けられた。
『はッ! ……主よ、次はいかがなさいますか? 我らが攻め込みますか?』
アレスからの問いかけに、シンは首を横に振った。
「いや。軍を動かせば、他国が騒ぐ。……俺が行く」
『――は?』
「俺一人で十分だ。帝国の懐に入り込み、奴らの『技術』と『人材』……その全てを、内側から食い荒らしてやる」
シンは黒いコートを翻し、踵を返した。 帝国の先鋒は砕いた。だが、それは戦争の終わりではない。 ここからが、始祖による真の侵略――「単独潜入」の始まりだ。
「待っていろ、ゼギオン皇帝。……貴様の国が誇る『天才』たち、残らず俺のコレクションに加えてやる」
魔王の影が、西へと伸びる。 鋼鉄の国が、毒蜘蛛の糸に絡め取られる未来が見えた。
本日も読んでいただき、ありがとうございます。
男のロマン、ドリルとパイルバンカー! やっぱり巨大兵器には、理屈抜きの物理攻撃が一番ですね(笑)。 シノとヴォルカンの「悪ふざけ」で、帝国の至宝も鉄屑になってしまいました。
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次話へつづきます。




