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第81話 魔王の号令、覚醒する軍団

 世界が、震える予感がした。


 城塞都市(フォート・シティ)ネメシス。  かつてゼノリス王国と呼ばれたこの地は今、『アラクネ共和国』という新たな名を冠し、大陸で最も異質で、最も強大な勢力へと変貌を遂げていた。


 その中枢。  地上の地図には存在しない座標、次元の狭間に隠された拠点(ホーム)――『地下宮殿(アンダー・ネスト)』。


 広大な玉座の間は、かつてないほどの濃密な魔素(マナ)と、張り詰めた緊張感に満たされていた。  天井は見えないほど高く、魔力で生成された偽りの星空が、冷徹な支配者の瞳のように瞬いている。黒曜石の床は鏡のように磨き上げられ、そこに整列する異形の影たちを映し出していた。


 最奥の玉座。  そこに座すのは、この国……いや、この世界の裏側を統べる絶対支配者(ジ・オリジン)、シンである。  地上で見せる「Fランクの少年(15歳)」という仮面は脱ぎ捨てられ、そこには本来の姿である18歳の青年が君臨していた。  漆黒の長衣を纏い、闇よりも深い黒髪と、血の池を煮詰めたような深紅(クリムゾン)の瞳を持つ魔王。  彼が指先を一つ動かすだけで、空間そのものが畏れをなして震える。


「……面を上げろ」


 シンの声が、重低音となって広間に響く。  一斉に顔を上げたのは、彼が手塩にかけて育て、あるいは屈服させた最強の配下たちだ。


 玉座の直下、最上位に控えるのは、組織の最高戦力【三禍(トリア・カタストロフ)】。


 その中央に立つのは、完璧な執事服に身を包んだ堕天使ルシリウス。  彼は他の二人よりもさらに一段高い「筆頭(ヘッド)」の位置に立ち、主以外の全てを見下ろしている。その実力はSSS+(破滅級・筆頭)。神の座に最も近いとされる、別格の存在だ。


 その両脇には、艶やかな和装を着崩した元・暗黒龍の美女、夜霧。  そして、純白のドレスを纏った吸血鬼の真祖、リリア。  彼女たちもまたSSSランク(破滅級)の怪物だが、ルシリウスの前では大人しい猫のように控えている。


 その背後には、レギオンの実働部隊長【四天(テトラ・カラミティ)】。  炎のアレス、聖女ミラ、鋼のボルトス、影のチェルシー。  かつては人間だった彼らも、今やSランク(災害級)の領域に足を踏み入れ、人外の魔人と化している。


 そして、さらにその後ろに整列するのは、この国を実質的に運営する幹部たち【十王(デケム・キング)】と、彼らが新たに見出した「副官」候補たちであった。


「国は獲った。……だが、これは終わりではない。始まりに過ぎん」


 シンは退屈そうに頬杖をつき、冷徹な視線で配下たちを見回した。


「我々の目的は、この大陸……いや、世界そのものを『牧場』とすることだ。ゼノリス王国ごときは、その第一歩、ただの足掛かりに過ぎない」


 その言葉に、配下たちの瞳に狂信的な炎が宿る。  世界征服。  荒唐無稽な夢物語も、この絶対的な王の口から語られれば、それは確定した未来の予定調和(スケジュール)となる。


「だが、現状のままでは不十分だ」


 シンは虚空に幻影の窓ファントム・ウィンドウを展開した。  そこに映し出されたのは、西の地平線の彼方から迫りくる、黒い鉄の塊――『鋼牙帝国アイゼンガルド』の軍勢だった。


「帝国の『鉄機兵団(アイアン・レギオン)』。……魔法と機巧(からくり)を融合させた魔導機工(マギ・クラフト)の軍勢だ。奴らの数は万を超える。対して、我々の精鋭は少数だ」


 個の力では圧倒していても、戦争という「数」の暴力の前では、消耗戦を強いられる可能性がある。  特に、実務を担当する十王や、現場指揮官となる副官クラスの戦力底上げが急務だった。


「よって、組織の構造を刷新(リビルド)する」


 シンが立ち上がった。  その背中から、どす黒い覇気(オーラ)が噴き出し、玉座の間を満たす。


「これより『叙勲(じょくん)』を行う。……十王、およびその副官たちよ。前へ」


 主の命を受け、二十名の男女が進み出る。  緊張に顔を強張らせる者、武者震いする者、恍惚の表情を浮かべる者。反応は様々だが、その忠誠心だけは共通している。


「ジェイド」 「はッ!」


 第一席、【(ミダス)】ジェイドが進み出る。若返った美貌の商人は、優雅に一礼した。  その隣に、小柄な少年が恐る恐る並ぶ。


「副官、ルカ。……貴様をジェイドの『右腕』と認める」


 ルカ。スラム街でジェイドに拾われた、丸眼鏡の少年だ。  一見すればただの子供だが、その脳内では常に膨大な数字が高速で処理されている。国家予算規模の計算を暗算でこなし、未来の市場変動さえ予測する「天才計算士(カリキュレーター)」。


「は、はいッ……! この頭脳、レギオンのために捧げます!」


「ヴィンセント」 「うむ!」


 第二席、【(ジェネラル)】ヴィンセント。歴戦の将軍が、岩のような巨体を揺らして進み出る。  その傍らには、全身傷だらけの少年兵が立っていた。


「副官、レオ。……その不屈の魂、戦場で示せ」


 レオ。野盗に襲われた商隊をたった一人で守り抜こうとした、名もなき傭兵。  才能や技術は未熟だが、何度倒されても立ち上がる異常な「タフネス」と、守るべきもののために命を懸ける狂気を、ヴィンセントに見出された。


「……俺の命は、アンタに拾われたもんだ。使い潰してくれ」


「ネモ」 「はぁい♡」


 第三席、【(ドッペル)】ネモ。道化師の仮面をつけた妖艶な美女が、くねくねと進み出る。  その隣に並んだのは、漆黒のドレスを纏った美女――元第二王女、ソフィアだ。


「副官、ソフィア。……毒と策謀で、国を守れ」


 かつてシンを罠に嵌めようとし、逆に心身ともに屈服させられた毒蜘蛛の姫。  今やその瞳には、シンへの歪んだ愛と絶対の服従のみが宿っている。


「ふふ……ええ、お任せくださいませ。私の毒は、全て主様のために」


 次々と名前が呼ばれていく。


 第四席【(ケミカル)】サフィナと、その副官エリーゼ。  狂気のマッドサイエンティストと、スラムの聖女。相反する二人が、「医療」という名の下に最凶のタッグを組む。


 第五席【(ライオット)】ランドルフと、副官エレオノーラ。  スラムの暴力王と、破壊の権化となった元第一王女。純粋な火力と暴力で敵を粉砕する殲滅部隊。


 第六席【(ウィッチ)】セレンと、副官レイン。  氷の魔女と、魔法構造を一瞬で解析する元研究者。感覚と理論、最強の魔導コンビ。


 第七席【(ファントム)】クロウと、副官ミャウ。  影に潜む暗殺者と、その気配すら感知した猫人族の盗賊。闇の世界の支配者たち。


 第八席【(フォートレス)】ガレオンと、副官リゼット。  絶対防御の重騎士と、それをすり抜けて敵を討つエルフの剣士。鉄壁の盾と鋭利な矛。


 第九席【(スミス)】ヴォルカンと、副官テッサ。  神の如き腕を持つドワーフと、その技術を貪欲に吸収する怪力少女。レギオンの武装を支える鍛冶師たち。


 そして、第十席【(ガジェット)】シノと、副官セリス。  常識外れの発明家と、国を統べる傀儡の女王。機巧(ガジェット)と政治、二つの力で国を動かす歯車。


 総勢二十名。  彼らこそが、新生レギオン・蜘蛛(アラクネ)の中核を担う幹部たちである。


「整列したな」


 シンは玉座から立ち上がり、右手を掲げた。  その指先から、赤黒い魔力の光が糸のように伸びる。それは一本、また一本と枝分かれし、二十人の心臓へと伸びていく。


「これより『第四段階(フェーズ・フォー)』へ移行する」


 シンの宣言と共に、空間が歪んだ。  彼の背後から、禍々しくも神々しい、巨大な蜘蛛の幻影が立ち昇る。  それは始祖(オリジン)としての捕食の本能。世界を飲み込む飢餓の具現化。


「今までは、三禍や四天を経由して魔力を分配していたが……それでは足りん。  これより、貴様ら全員を、私の『直接支配下』に置く」


 それは、禁断の秘術。  中継点ハブを通さず、神の魔力をダイレクトに流し込む危険な賭け。  器が耐えきれなければ、魂ごと焼き切れて消滅する。  だが、彼らの瞳に恐怖はなかった。主と繋がれるという歓喜だけが、その身を震わせていた。


「受け入れろ。……私の血肉を」


 シンが指を弾く。


 ――接続(コネクト)


 ズドォォォォォォォォォォンッ!!!!!


 二十人の体に、落雷を受けたような衝撃が走った。  血管にマグマを流し込まれたような激痛。魂の形が内側から無理やり拡張され、作り変えられていく感覚。


「が、ぁぁぁぁぁああああああああッ!?」 「あ、熱い……ッ! 力が……力が溢れて……ッ!」


 絶叫が響く。だが、誰も倒れない。  彼らは歯を食いしばり、目を見開き、主から与えられた「毒」のような力を飲み干していく。


 バキ、ボキッ。  骨格がきしみ、筋肉繊維が弾け、そして再生する。  彼らの肉体が、人間の規格を超えた「魔人」のそれへと昇華されていく。


『――昇華(ランクアップ)確認』


 シンの脳内に、(ことわり)の声が流れる。


十王(デケム・キング)位階(ランク)A → A+(準災害級)』 『全個体に【第二恩恵(2ndギフト)】を開花』


『副官:位階(ランク)B → A(英雄級)』 『全個体に【第一恩恵(1stギフト)】を付与』


 光が収まった時。  そこに立っていたのは、もはや人間ではなかった。


 ジェイドの全身から黄金の粒子が舞い、ヴィンセントの背後には鬼神の如き闘気が揺らめいている。  ネモの影は無数に分裂し、サフィナの白衣は毒々しい紫色のオーラに包まれている。


 A+ランク。  それは単独で軍隊を壊滅させ、小国ならば一日で更地にできるほどの「天災予備軍」。  そして、副官たちもまた、かつての十王と同等のAランク(英雄級)へと至っていた。


「……素晴らしい」


 ジェイドが自身の手を見つめ、陶酔したように呟く。  指先を動かすだけで、空気中の魔素が黄金に変わるイメージが湧く。世界そのものが、自分の所有物になったかのような全能感。


「これが……【第二恩恵(2ndギフト)】……!」


 彼らの魂の奥底に、新たな権能が刻まれていた。  第一恩恵(1stギフト)が「身体能力や才能の強化」だとするなら、第二恩恵(2ndギフト)は「概念への干渉」。  物理法則をねじ曲げ、己の有利な領域(フィールド)を作り出す、神域の一端に触れる力。


「力が……みなぎる……!」  レオが大剣を握りしめる。ただの鉄塊だった剣が、彼の闘気に呼応して赤熱し、魔剣へと変質していく。


「おめでとう。貴様らは生まれ変わった」


 シンは玉座から彼らを見下ろし、満足げに頷いた。


「もはや、人間の軍隊など敵ではない。……帝国が誇る『鉄機兵団』だろうが、『魔導兵器』だろうが、今の貴様らならば素手で解体できるだろう」


「はッ!! この力、必ずや主のために!!」


 二十名の怪物が一斉に平伏する。  その光景は、圧巻だった。  一国の軍事力どころか、大陸全土を焦土に変えうる戦力が、たった一人の少年の前に跪いているのだ。


「行け。……それぞれの持ち場で、その力を示せ」


 シンの号令と共に、彼らは影の中へと消えていった。  新たな力を試し、敵を蹂躙するための狩り場へと。


◇ ◇ ◇


 地上。アラクネ共和国、王都ゼノリス。


 かつての腐敗した空気は一掃され、街は眩いばかりの光に包まれていた。  大通りには魔導灯が輝き、市場には山のような食料が並んでいる。  市民たちは、配給された焼きたてのパンを頬張りながら、笑顔で語り合っていた。


「ああ、セリス様のおかげだ……。こんなにお腹いっぱい食べたのは初めてだよ」 「レギオン様々だな。昨夜も魔物が出たらしいが、警備隊が一瞬で片付けちまったってよ」 「ここは楽園だ。……もう、税金に怯えることもない」


 平和。繁栄。幸福。  誰もが満ち足りた顔をしている。そこには、かつての飢えも、恐怖も、明日への不安もない。  ただ、与えられる餌と安全に感謝し、思考を停止させた幸福な家畜の群れ。


 だが、光が強ければ、闇もまた濃くなる。


 路地裏の薄暗がり。  一人の男が、周囲を警戒しながら歩いていた。  彼は旧体制派の元商人だ。レギオンによる経済支配に不満を持ち、裏で横流しをしようと画策していた。


「へっ、レギオンだか何だか知らねぇが……。裏のルートを使えば、まだまだ稼げるぜ」


 男がニヤついた、その瞬間。


 ――ズズッ。


 足元の影が、不自然に揺らいだ。


「……あ?」


 男が気づいた時には、遅かった。  影の中から、漆黒の装束を纏った小柄な影――ミャウが飛び出し、音もなく男の背後に着地していた。


「ニャハッ。見ぃつけた」


 鈴のような声。  男が振り返ろうとした首に、冷たい刃が走る。


 シュッ。


 鮮血が飛ぶことさえなかった。  ミャウの短剣は、肉を斬るのではなく、男の「影」を地面に縫い付けていたのだ。


「ひっ……!? 体が、動か……!?」


「ルール違反はダメだよ、おじさん。……この街でコソコソできるのは、アタシたち『細蟹(クモ)』だけなんだから」


 ミャウが指を鳴らすと、影が沼のように広がり、男の体を飲み込んでいく。


「や、やめろ! 助け……ぐぶっ!?」


 男は悲鳴ごど闇に飲まれ、消失した。  後には、何事もなかったかのような静寂だけが残る。


 通りでは、何も知らない市民たちが笑い合っている。  彼らの平和は、こうした徹底的な「掃除」の上に成り立っているのだ。



 地下宮殿(アンダー・ネスト)。  シンは幻影の窓ファントム・ウィンドウを通して、その光と闇のコントラストを眺めていた。


「……美しい牧場になったな」


 シンはグラスを揺らし、紅い液体を見つめる。


「従う羊には牧草を。牙を剥く狼には死を。……単純だが、これこそが統治の極意だ」


 彼は窓の映像を切り替える。  次に映し出されたのは、西の空――不穏な黒雲が立ち込める、国境付近の空模様だった。


ウチの庭は綺麗になった。……だが、外の連中はそうもいかないらしい」


 シンの瞳が、冷徹な光を帯びて細められる。  その視線の先には、鋼鉄の巨躯を揺らしながら進撃を開始した、帝国の軍勢の影があった。


「そろそろ、客人が到着する頃か」


 魔王は立ち上がり、黒衣を翻した。


「歓迎の準備をしろ。……鉄の味がする、極上のディナーになりそうだ」


 鋼鉄の落日。  大陸全土を巻き込む大戦の火蓋が、今まさに切って落とされようとしていた。

お読みいただきありがとうございます!

いよいよ第3章、本格始動です。


今回は組織内部の強化回でした。

「Phase 4」の発動により、十王と副官たちが一気にパワーアップしました。

A+ランク(準災害級)がゴロゴロいる組織……もはや国一つなら数時間で落とせそうな戦力ですね(笑)。

副官たちとの組み合わせも決まり、これから彼らがどう暴れてくれるのか、作者としても楽しみです。


そしてラスト、ついに西の軍事大国・鋼牙帝国が動き出しました。


もし「面白かった!」「続きが気になる!」「レギオン強すぎ!」と思っていただけましたら、

下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、執筆のモチベーションが爆上がりします!

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次話へ続きます。

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