表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/130

第66話 『パンデミック・パニック』

王都ゼノリスの地下深く。 光の届かぬ暗渠あんきょの底から響く獣の咆哮は、惨劇の幕開けを告げるファンファーレに過ぎなかった。


王都の中央広場。 シノの魔導爆弾(マギ・ボム)とヴォルカンの剛腕によって合成獣(キメラ)の先兵が排除され、一時の安寧が訪れたかのように思えたその時だった。


ゴォォォォォ……。


地底から、不気味な風切り音が響いた。 それは、鉄蓋(マンホール)の穴、井戸、そして石畳の隙間から、毒々しい紫色の煙となって噴き出した。


「――ゴホッ、ゴホッ! なんだ、この煙……!?」


「臭い……! 目が……目が痛い! 息ができない!」


逃げ遅れた市民たちが、次々と喉を押さえてうずくまる。 煙は生き物のように地を這い、人々の足元に絡みつき、肺腑へと侵入していく。


異変は、劇的かつ瞬時に訪れた。


「ア……ガ……ッ!」


蹲っていた一人の男性が、不自然な痙攣と共に立ち上がる。 その背骨は奇妙な角度に反り返り、全身の血管がどす黒く浮き上がっている。 見開かれた白目は真っ赤に充血し、口からは泡とよだれを垂れ流し、理性の光が完全に消え失せていた。


「おい、大丈夫か……? しっかりしろ!」


近くにいた衛兵が駆け寄り、男の肩を揺する。 だが、その親切心が仇となった。


ガブッ!!


「ギャアアアアアッ!?」


男は獣のような咆哮を上げ、衛兵の喉元に噛み付いたのだ。 鮮血が噴き出す。肉が食いちぎられる。


「ひッ……!? な、何をして……グァッ!?」


衛兵もまた、噴き出した血と煙を吸い込み、数秒後には同じように白目を剥いて痙攣し始めた。


「殺せ……コロセ……ッ!」


伝染する狂気。 一人、また一人と、理性を失った「暴徒」が増えていく。 彼らはもはや人間ではない。破壊衝動と殺意のみで動く、生物兵器の傀儡かいらいだ。


感染爆発(パンデミック)


第三王子カインが地下培養槽で育て上げ、兄ギルバートが解き放った禁断の『魔毒(ベノム)』――通称「狂化菌糸」が、王都の風に乗って拡散されたのだ。



その阿鼻叫喚の地獄絵図を、広場の隅にある時計塔の陰から、冷ややかに見つめる瞳があった。


「……カインめ。随分と趣味の悪い兵器を作ったものだ」


Fランク冒険者の姿をしたシンは、鼻を覆う仕草をしながら、冷静に状況を分析していた。


(空気感染する菌糸型の魔毒か。潜伏期間はほぼゼロ。吸い込んだ瞬間に脳の大脳辺縁系をハッキングし、理性を焼き切って闘争本能を暴走させる)


シン自身の身体は始祖(オリジン)の加護により、あらゆる状態異常や毒を無効化し、即座に分解・吸収してしまうため、毒煙の中で平然と立っていられる。 だが、周囲の状況は最悪だ。


「シン! 離れるなよ! 煙を吸うんじゃねぇぞ!」


「シンちゃん、ハンカチで口を押さえて! 絶対に吸っちゃダメよ! お肌が荒れちゃうわ!」


シノとサフィナが、慌ててシンの周りに空気浄化結界エア・クリア・フィールドを展開する。 彼らはシンが「ただのFランクの弟君」だと思っているため、過剰なまでに心配してくるのだ。


「……あ、ああ。わかってる。でも、これじゃ逃げ場がないぞ」


シンの演技混じりの悲鳴は、決して大袈裟ではなかった。 広場を取り囲むように、数千人の市民が「暴徒」と化して迫ってきているのだ。


武器を持った衛兵、包丁を持った主婦、石を握りしめた老人。 彼らは皆、充血した目で涎を垂らし、「殺せ」という本能のみで動いている。 かつては隣人であり、家族であった者たちが、今は殺戮の群れとなって押し寄せてくる。


「チッ! 一般人かよ! やりづれぇな!」


ヴォルカンが巨大な戦槌(ウォーハンマー)を構えるが、振り下ろせずに舌打ちをした。


「魔物ならミンチにすりゃいいが、こいつらはただの病気だろ!? 叩き潰したら俺たちが悪モンじゃねぇか!」


彼らは敵を殺すことに躊躇はない。 だが、それはあくまで「レギオンの敵」に対してだ。 洗脳されただけの一般市民、それも将来的に「レギオン・蜘蛛(アラクネ)の支配下」に入り、労働力リソースとして働く予定の「財産」を大量虐殺するのは、組織の利益に反する。


「おいサフィナ! てめぇの薬でなんとかならねぇのか!?」


シノが叫ぶ。 だが、当のサフィナは、迫り来る暴徒たちを前にして、恐怖するどころか、うっとりとした表情で頬を染めていた。


「んー……そうですねぇ♡」


彼女は白衣のポケットから、奇妙な蛍光色をした液体が入ったフラスコを取り出し、光にかざした。


「カイン王子の作った毒……解析完了しましたわ。  ベースは『狂乱茸(マッド・マッシュ)』の胞子に、魔物の血液を混ぜて活性化させたものですね。……ふふ、構造がお粗末です。雑味が多すぎて、美しくありません」


サフィナはマッドサイエンティスト特有の審美眼で、敵の兵器を酷評する。


「これなら、私の『お薬』の方が、ずっと素敵ですぅ」


サフィナが巨大な注射器型杖のシリンダーをガチャリと引く。 その先端に、フラスコの中身を充填した。 ドロリとしたピンク色の液体が、不気味に泡立っている。


「シンちゃん、ちょっと耳を塞いでてね。……さあ、患者さんたち! お注射の時間ですよぉ♡」


サフィナが杖を掲げ、トリガーを引く。


「――術式解放オペレーション・オープン広域散布(エリア・ディスペンス)強制鎮静(フォース・ダウン)!」


シュゴオオオオオッ!!


杖の先端から、淡いピンク色のガスが爆発的に噴射された。 それはカインの毒煙よりも重く、濃密で、瞬く間に広場全体へと拡散していく。


ガスを浴びた暴徒たちの動きが、ピタリと止まった。


「……あ?」


先頭を走っていた男が、間の抜けた声を上げた。 次の瞬間。


バタリ。


糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。 一人ではない。十人、百人、千人。 迫り来ていた暴徒たちが、次々と白目を剥いて倒れていく。


死んではいない。 全員、痙攣しながら口から泡を吹き、完全に意識を失っているだけだ。


「……おい、サフィナ。これ、本当に大丈夫なのか? 死んでねぇよな?」


シノがドン引きしながら尋ねる。 倒れた市民たちの顔色は青白く、呼吸も浅い。どう見ても死体累々だ。


「失礼ね、シノ君。  これは強力な筋弛緩剤と、象でも眠らせる麻酔毒、それに幸福感を与える幻覚剤をブレンドした、サフィナ特製『安眠導入剤スリーピング・ビューティー』よ?  三日くらいは起きられないし、起きた後は激しい頭痛と吐き気に襲われるけど、命に別状はないわ。……たぶん♡」


「たぶんかよ……」


シンは内心で冷や汗をかいた。 毒を以て毒を制す。相変わらずの手法だ。 だが、これで市民への被害(死亡)は最小限に食い止められた。 暴徒化した市民たちは「患者」として無力化され、あとは寝ていれば治る(はずだ)。


その時だ。


ズシン、ズシン、と地面が大きく揺れた。


「な、なんだ!?」


広場の中央、先ほどシノたちが塞いだはずの巨大な鉄蓋(マンホール)が、内側からの凄まじい爆圧で空高く吹き飛んだ。


ドゴォォォォォォンッ!!


「オオオオオオオッ!!」


噴出したのは毒煙だけではない。 巨大な影が、地下から這い出してきた。


全長十メートルを超える巨体。 象のような太い胴体に、獅子、山羊、蛇の三つの首が生え、背中からは鷲の翼が生えている。 全身の筋肉は鋼鉄のように隆起し、その皮膚は幾重にも縫合された傷跡で覆われている。


カインが切り札として温存していた、地下実験室の最高傑作。 巨大合成獣(ギガント・キメラ)


「ヒッ……! あ、あんなデカいのが……!」


シンは驚く演技をしながら、冷静に敵を分析する。


(……デカいな。Aランク相当の魔力反応。単純なパワーだけなら、ヴォルカンともいい勝負か?)


巨大キメラの獅子の首が吠え、衝撃波を撒き散らす。 山羊の首からは雷撃が、蛇の首からは猛毒のブレスが放たれ、周囲の建物を破壊していく。


「へっ、図体ばっかりデカくなりやがって! 届かねぇぞ!」


ヴォルカンが悔しげに地団駄を踏む。 彼の武器は射程の短い戦槌だ。相手の頭上までは手が届かない。 サフィナの毒も、あの巨体相手では効き目が回るのに時間がかかりすぎる。


「おいおい、諦めんのかよ爺ちゃん」


隣に立つシノは、ニヤリと不敵に笑った。 彼は背中に背負った巨大な『背嚢(リュックサック)』のベルトを締め直し、中から奇妙な装置を取り出した。


「泣き言言ってんじゃねぇよ。……とっておきの『発明』を使うぞ」


それは、太い金属製の筒と、巨大なバネが組み込まれたアタッチメントだった。 そして、赤く輝く特大の魔石が埋め込まれた樽。


「ヴォルカン、武器を貸せ!」


シノはヴォルカンの戦槌のヘッド部分に、その装置と赤い魔石――爆縮魔石(エクスプロード・コア)を素早く固定する。


「お、おいシノ! まさかお前、また俺の武器で変な実験を……!?」


「ガタガタ言うな! 魔法に頼らねぇでも、空だって飛べるって証明してやるよ!」


シノが戦槌の柄にあるトリガーに指をかける。


「原理は簡単だ! この筒の中で『爆発』を起こし、その反動をバネで増幅して推進力に変える!  名付けて――『魔導噴射跳躍(ブラスト・ジャンプ)』機構だ!」


「な、なんじゃそりゃあ!?」


「行くぞッ! ――点火ッ!」


シノがスイッチを押す。


カチッ!


バネが弾け、魔石に衝撃が走る。 瞬間、戦槌に取り付けられた筒から、下方向へ向けて爆発的な炎が噴出した。


ドッッッゴォォォォォォォン!!


「うおぉぉぉぉぉッ!? 体が勝手にィィィッ!!」


爆発の推進力を得て、ヴォルカンの巨体が砲弾のように空へ打ち上げられた。 魔法の飛行ではない。純粋な爆発反動を利用した、強引すぎる物理跳躍。


「うわああああ! 高ぇ! 高すぎるわい!」


ヴォルカンは悲鳴を上げながらも、空中で体勢を立て直す。 鍛冶師としての平衡感覚と、強靭な肉体が、彼を空中の支配者へと変える。


「シノの馬鹿野郎! 熱ちぃんだよ! ……だが、届くッ!」


ヴォルカンの眼下に、巨大キメラの三つの首が無防備に晒されている。 彼は空中で戦槌を振りかぶった。 落下の勢いと、さらに追加で点火した二段目の爆破推進力を、全て戦槌の打撃点に乗せる。


「鉄屑になれぇぇぇッ!! オラァッ!!」


ドッッッッッゴォォォォォォォン!!!!!


打撃の瞬間、ハンマーの打面に仕込まれた衝撃魔石も誘爆する。 物理的な打撃に加え、至近距離での爆破。 二重の衝撃が、キメラの獅子の頭部を直撃した。


グシャァッ!!


頭蓋が砕ける鈍い音と、肉が弾ける音が重なる。 巨大な怪物が、頭を粉砕され、前のめりに吹き飛んだ。 地面に激突し、ズズーンと地響きを立てて沈黙する。


一撃必殺。 魔力強化も、身体能力強化の魔法も使わず、ただ「爆発」と「質量」だけでAランク魔獣を葬り去ったのだ。


「……ふぅ。魔石の量は適正だったな」


地上で見ていたシノは、煤けた顔で親指を立てた。


シンは心の中で(……いや、適正じゃないだろ。一歩間違えればヴォルカンが死んでたぞ)とツッコミを入れつつも、その威力には舌を巻いた。


魔力を持たない者が、技術ギミックだけで怪物を屠る。 それこそが、シノが目指す「魔導科学(テクノロジー)」という名の暴力だ。


「さあ、お掃除の続きですわ♡」


サフィナが倒れたキメラに歩み寄り、その死体から漏れ出る魔力の残滓を杖で採取した。


「この子から、地下の『培養槽』の魔力パターンが逆探知できました。  ……巣穴の位置、特定完了です」


サフィナが眼鏡を光らせ、地下への道を指し示す。


「行きましょう。……悪いカインお兄ちゃんに、お薬をあげないと」


シンは頷き、瓦礫の陰でこっそりと念話(テレパス)を送った。


『――アレス、ミラ。聞こえるか』


『はッ! こちらアレス。……見事な花火でしたね、シノの奴』


『ええ。街の被害も最小限ですわ。……サフィナさんの「お薬」の後遺症を除けば』


『十王たちの露払いは終わった。……本番だ』


シンの瞳が、冷徹に光る。


『奴らの“芸”を、特等席で見せてもらおうか。……手出しは無用だ。あくまで「護衛」として振る舞え』


『御意に、我が主』


シンはFランクの少年の顔に戻り、ヴォルカンたちの元へ駆け寄った。


「す、すごかったよヴォルカンさん! 空を飛ぶなんて!」


「ガハハ! 死ぬかと思ったわい! ……シノ、次はもう少し火力を下げろ!」


「えー、これくらいが一番楽しいのに」


騒がしい部下たちを従え、シンは地下への入り口を見据えた。


そこには、黒煙と共に立ち昇る、禍々しい狂気の気配が渦巻いている。


「さて……カインと言ったか。せいぜい楽しませてくれよ?」


魔王の足音が、地下の闇へと響き渡る。 ゼノリス王国崩壊のカウントダウンは、もう止まらない。

本日もお読みいただきありがとうございます!


今回はレギオン技術班(十王)たちの「やりたい放題」な回でした。

サフィナの治療: 「毒を以て毒を制す」を地で行くスタイル。死ななきゃ安い、の精神です。

シンの演技力: 迫真の「腰抜け演技」でしたが、内心では部下の火力を冷静に分析しています。


【読者の皆様へのお願い】 ここまで読んで「面白かった!」「サフィナのキャラが良い!」「戦車無双スカッとした!」と思っていただけましたら、 ↓の広告下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、執筆のモチベーションが爆上がりします! ブックマーク登録もぜひよろしくお願いします!


続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ