表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/12

第6話:嘲笑と紅蓮の獅子

ドッ、と熱波が押し寄せる。

 酒と汗、タバコの煙、そして魔物の血の鉄臭さが混じり合った、冒険者ギルド特有の強烈な体臭。

 高い天井のホールは、数百人の冒険者でごった返していた。

「ガハハハ! 見ろよこの爪! オーク・ジェネラルのドロップだ!」

「すげえ! さすがCランクパーティ! 精鋭級エリートは違うな!」

「おい、誰か【水魔法】持ちはいねえか! 酒がぬるいぞ! キンキンに冷やしてくれ!」

 ここにいる者たちは、メジ村の住人とは格が違った。

 彼らの装備、筋肉の付き方、まとう魔素の量。

 Dランク(兵士級)、Cランク(精鋭級)が当たり前のように闊歩している。

 シンは、喧騒に紛れるように壁際を伝い、一番奥の受付カウンターへ向かった。

「……登録、したいんですが」

 受付の女性は、シンの差し出した木札を見ると、張り付いたような事務的な笑顔ビジネススマイルを向けた。

「はい、ようこそネメシスギルドへ。新規登録ですね。では、手始めに【ゼロ】の能力測定を行います。こちらの水晶に手を置いてください」

 カウンターの上に置かれた、直径三〇センチほどの透明な水晶玉。

 シンがおずおずと手を乗せる。

 シンは体内の魔力出力を、極限まで絞った。

 Gランクの魔力をそのまま流せば、この水晶はおろか、ギルド本部ごと吹き飛んで地図から消えてしまう。

 水晶が、弱々しい灰色に光った。

「……判定出ました」

 受付嬢の声は、業務的だったが、隠しきれない落胆が含まれていた。

 その声は、喧騒の中でも不思議と周囲に響いた。

「能力名【蜘蛛操作】。判定ランク……Fです」

 一瞬、近くにいた冒険者たちの会話が止まった。

 そして次の瞬間、ホール中がドッと爆笑に包まれた。

「おい、聞いたか? またFランクだ」

「【蜘蛛操作】? なんだそりゃ、クラス【害虫駆除係】が増えたな!」

「おい坊主! ここは託児所じゃねえぞ! ママのおっぱいに【蜘蛛】でも這わせてな!」

「ギャハハハハ!」

 嘲笑。侮蔑。見下し。

 視線の一つ一つが、シンを「取るに足らない弱者」として認定し、踏みつけにしようとしていた。

 受付嬢は、気まずそうに咳払いをした。

「……静粛にお願いします。ええと、シン様。こちらがギルドカードです」

 渡されたのは、輝きのない、鈍い銅色のプレートだった。

「Fランクの方は、基本的に都市内の清掃、資材運び、下水道の点検などが主な依頼となります。魔物討伐などの戦闘依頼は受けられませんので、ご了承ください」

「……構わないです。ありがとうございます」

 シンはカードを受け取った。

 周囲の嘲笑は続いているが、シンの心はなぎのように静かだった。

(Fランク。都合がいい。俺の【ゼロ合成】には、同ランクの能力が大量に必要だ。下水道には、いい『素材』がいそうだ)

 目立つことなく、地下で力を蓄える。

 始祖オリジンの計画には、この上ない環境だ。

 その時だった。

 バンッ!!

 ギルドの巨大な両開きの扉が、何者かの蹴りによって乱暴に開け放たれた。

 ホールを一瞬で静寂が支配した。

 先ほどまで嘲笑していた冒険者たちが、慌てて道を開ける。

 入ってきたのは、揃いの真紅の鎧を纏った四人の男女。

 その全身から放たれる威圧感は、他の冒険者たちとは次元が違った。

 歴戦の猛者たちが放つ、濃密な血の匂い。

「……おい、あれ」

「『紅蓮の獅子』だ……!」

「リーダーのアレス様だ! かっこいい……」

「Bランク……ネメシス最強のパーティだ!」

 Bランク(覇王級)。

 この街の頂点。

 先頭を歩くのは、太陽のような金髪の美丈夫。リーダーのアレスだ。

 年齢は二八歳。冒険者として脂の乗り切った全盛期。

 彼は、周囲の視線を「当然のもの」として受け流し、不機嫌そうに眉間に皺を寄せている。

 その背中には、身の丈ほどもある巨大な魔剣が背負われていた。

対象:アレス(28歳)

ランク:B(覇王級)

ゼロ:【身体強化】

派生:【大剣術】【炎魔法】【剛力】

クラス:【ヘビーウォリアー(重戦士)】

 アレスの後ろには、揃いの真紅のローブを纏った美女が続く。サブリーダーのミラだ。

 その隣には、氷のように冷たい目をした短剣使いチェルシー。

 そして最後尾には、山のような巨体の盾使いボルトスが控えている。

 アレスはカウンターへ直行し、ドカッと魔剣を置いた。

 木製のカウンターが悲鳴を上げる。

「おい。緊急依頼だ」

 アレスの声には、隠しきれない怒気が混じっていた。

「我々はこれから古代遺跡ダンジョン『奈落の寝床』へ潜る。だが、深層エリアの鍵を開けるのに『生物感知センサー』が必要になった。ウチの盗賊が怪我をしてな。代わりを探している」

 受付嬢が顔面蒼白になる。

 Bランク指定の高難易度迷宮。そんな場所に同行できる探索者は、今は出払っている。

「え、ええ!? 『奈落の寝床』ですか!? ですが、あそこはBランク指定で……」

「チッ。誰でもいいんだよ! 俺を待たせる気か!?」

 アレスが怒鳴る。

 【憤怒のアレス】。彼の短気さと傲慢さは有名だった。

 その威圧に、受付嬢が涙目になる。

「……アレス。声を荒らげないでくださいな」

 後ろから、ミラがゆったりとした、しかし有無を言わせぬ大人の余裕で諫める。

 そして、その美しい瞳が、カウンターの端にいたシンを射抜いた。

 その目は、人間を見る目ではなかった。

 道端の石ころ、あるいは使い捨ての道具を見るような、冷徹な光。

「あら、ちょうどいい捨て・・・がいましたわ。……ねぇ?」

 ミラの視線の先。

 シンは、わざとらしく体を強張らせて見せた。

「……弱そう。盾にもならないわね。まあ、キーにはなるでしょ」

 チェルシーも、シンを一瞥し、鼻で笑った。

 アレスの視線が、シンに向く。

 アレスが近づいてくる。Bランクの威圧感。普通のFランクなら、この距離に立たれただけで失禁していただろう。

 だが、シンはただ無表情に見上げ、内心で舌なめずりをした。

(……Bランク。この街の最強種か。……不快だが、美味そうだ)

「おい、そこの薄汚れたガキ。お前の【ゼロ】はなんだ?」

「……【蜘蛛操作】」

 アレスは一瞬きょとんとし、次の瞬間、腹を抱えて笑い出した。

「ぶっ……ははは! 【蜘蛛操作】! 虫使いだと!? 最高だ! おい聞いたかミラ、蜘蛛使いだってよ!」

「あらあら。傑作ですわね。蜘蛛なら、あの狭い鍵穴にも入るかしら。……死んでも代わりはいくらでもいるし、好都合ですわ」

 アレスは、懐から金貨を一枚取り出し、シンの足元にチャリンと投げ捨てた。

「おい、Fランク。拾え。前金だ」

 アレスは、シンを人間として見ていなかった。

「俺たちの荷物持ち兼、鍵開け役として雇ってやる。ネメシス最強のBランクパーティ『紅蓮の獅子』の偉大なる冒険に同行できるんだ。光栄に思えよ?」

 ギルド中が、固唾を飲んで見守っていた。

 断れば、アレスの機嫌を損ねて殺されるかもしれない。

 だが行けば、間違いなくダンジョンの罠で死ぬ。

 哀れなFランクの生贄。

 シンは、ゆっくりと屈み込み、足元の金貨を拾い上げた。

 その指先が、金貨に残っていたアレスの「指紋アカ」と「魔素の残滓」を、極小の蜘蛛に喰わせる。

……解析中。対象:アレス。ランク:B。

 シンは顔を上げ、怯えた演技を捨て去った。

 その瞳の奥には、アレスですら気づかない、深淵のような闇が覗いていた。

「……わかった。引き受ける」

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!

もし「続きが気になる!」「応援してやるか」と思っていただけたら、ページ下の【☆☆☆☆☆】から評価や、ブックマーク登録をしていただけると泣いて喜びます。

執筆のモチベーションになりますので、ぜひよろしくお願いします!

明日も18時過ぎに更新します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ