表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/128

第51話 |蜘蛛の孵化《パンデモニウム・バース》

世界には、決して触れてはならない「(ことわり)」がある。


人が神の真似事をすれば罰を受けるように、器に合わぬ力を注げば、その魂は砕け散るのが道理だ。


だが今、ネメシスの地下深く、次元の彼岸にある【地下宮殿(アンダー・ネスト)】では、その道理すらもねじ伏せる儀式が執り行われようとしていた。


玉座の間。


その空気は、物理的な重さを持って(よど)んでいた。


最奥の玉座には、絶対支配者たるシンが座している。


一八歳の真の姿を取り戻した彼は、深紅の瞳で眼下の配下たちを見下ろしていた。その眼差しは、慈悲深い王のそれではなく、手駒の性能を見定める冷徹な選別者のものだ。


玉座の階段の下、最上位の座に控えるのは三名の怪物たち。


中央に、執事服を完璧に着こなす堕天使、ルシリウス。


右に、艶やかな和装の暗黒龍、夜霧。


左に、純白のドレスを纏う吸血鬼の真祖、リリア。


新たに制定された最高幹部【三禍(トリア・カタストロフ)】である。


そして、そのさらに一段下。


冷ややかな汗に濡れながら、必死に膝を震わせまいと耐えているのが、アレスをはじめとする【四天(テトラ・カラミティ)】の四名だった。


「――始めようか」


シンの声が、静寂を切り裂いた。


彼は退屈そうに頬杖をつき、ルシリウスに顎をしゃくる。


「私の魔力は無尽蔵だが、それを配るパイプが細すぎては意味がない。……ルシリウス。私の『血』が末端まで行き渡るよう、血管を繋ぎ変えろ」


「御意に、我が(マスター)


ルシリウスが優雅に一礼し、くるりと四天の方へ向き直った。


そのオッドアイ――黄金と深紅の瞳が、アレスたちを射抜く。


そこにあるのは、ゴミを見るような侮蔑と、それをリサイクルしようとする冷酷な実利主義だけだった。


「聞きましたね、家畜ども」


ルシリウスの声は、美しい旋律のように響きながら、聞く者の精神を削り取る。


「現時点での貴方たちは、主の配下としては『不良品』です。出力が低い、燃費が悪い、脆い。……本来なら廃棄処分にして、私が新しく泥人形でも作った方が早いのですが」


ギリッ、とアレスが奥歯を噛み締める。


屈辱だ。A+ランク(準災害級)として大陸に名を轟かせた自分たちが、不良品扱い。


だが、反論はできない。目の前の執事から放たれる覇気(オーラ)は、アレスたちですら虫ケラのようにすり潰せるほどの密度を持っているのだから。


「ですが、主は貴方たちごときにも愛着を持たれているようです。……感謝なさい。これより貴方たちの魂の(うつわ)を強制的にこじ開け、上位の存在へと作り変えます」


ルシリウスが両手を広げた。


その指先から、目に見えない無数の糸が放たれる。


それはシンの魔力を中継するための、極太の魔力パス――【大動脈(アオータ)】だ。


「儀式の名は『蜘蛛の孵化パンデモニウム・バース』。……死ぬ気で耐えなさい。魂が焼き切れれば、代わりはいくらでもいますから」


「……その言葉、そっくりそのままお返しするぞ、執事」


シンが、玉座から冷ややかに告げた。


ルシリウスが怪訝そうに振り返る。


「私の魔力を、貴様ら『三禍(トリア・カタストロフ)』を経由して全体へ流す。……つまり、一番の負荷がかかるのは、最初の受け皿となる貴様らだ」


シンの瞳が、深紅に輝く。


「神域(Gランク)の魔力だ。……SSSランク程度の器で、耐えられると思うなよ?」


その瞬間、ルシリウスの表情が凍りつき、次いで狂喜に歪んだ。


「おお……! 主の魔力を、一番最初に、最も濃い状態で受けられる……! これ以上の悦びがありましょうか!」


「行くぞ」


シンが右手をかざす。


空間が軋む。


「――接続(コネクト)。……魔力解放(マナ・リリース)


ドクンッ!!!!!


心臓が破裂したかのような衝撃が、まず【三禍(トリア・カタストロフ)】の三人を襲った。


「ぐ、ああああああああああああッ!!!」 「きゃぁぁぁぁッ!!」 「ぬぐゥッ!!」


ルシリウス、リリア、夜霧が同時に絶叫する。


それは魔力供給などという生易しいものではない。


ダムが決壊したような濁流。星一つ分のエネルギーが、細い管を通って無理やりねじ込まれるような暴力的な熱量。


「あ、ガ、ア……ッ! 熱い、熱い熱い熱いィィッ!!」


リリアがドレスを掻きむしり、夜霧が龍の鱗を浮かび上がらせて耐える。


SSSランク(破滅級)。


生物の頂点にあるはずの彼女たちの魂でさえ、始祖(オリジン)の魔力の前では、薄いガラス細工のようにきしみ、ヒビ割れていく。


だが、最も負荷がかかっているのは、ネットワークの中核制御を担うルシリウスだ。


「ルシリウス! 貴様が『大動脈(アオータ)』だ! 詰まれば全員死ぬぞ!」


シンの叱咤が飛ぶ。


「ぐ、ぅぅぅ……ッ! 主の……愛が……重い……ッ!!」


ルシリウスは膝をつき、七孔から血を流しながらも、笑っていた。


魂が焼ける。自我が溶ける。


だが、この熱こそが主との繋がり。


(耐える……耐えてみせる……! 私は主の執事……主の手足……!)


バキンッ!


ルシリウスの背中から、三対の翼が爆発的に広がった。


白と黒の羽根が舞い散り、その内側から、新たな光が漏れ出す。


限界突破。


「アアアアアアアアアアアアアッ!!!」


ルシリウスの絶叫と共に、彼の存在そのものが変質した。


SSSランクの壁を超え、さらにその先へ。


神に最も近い領域――【位階(ランク):SSS+(破滅級・筆頭)】への昇華。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


ルシリウスが顔を上げる。


そのオッドアイは、以前よりも鮮やかに、そして底知れぬ深淵を湛えて輝いていた。


「……整いました。……回路、安定」


ルシリウスの声には、もはや苦痛の色はない。


彼を中心に、夜霧とリリアもまた、その器を極限まで拡張させ、あふれる魔力を受け止めることに成功していた。


三禍(トリア・カタストロフ)位階(ランク)が固定される。


最強の土台(大動脈(アオータ))が完成した。


「次は貴様らだ、小動物ども」


ルシリウスが、血に濡れた顔で四天(テトラ・カラミティ)を振り返った。


その笑顔は、悪魔よりも美しく、そして慈悲がなかった。


「私のフィルターを通したとはいえ……主の魔力です。消し炭にならないよう、祈りなさい」


ルシリウスが指を振るう。


三禍(トリア・カタストロフ)から伸びた光の糸が、四天(テトラ・カラミティ)の心臓へと突き刺さる。


「ぎ、ゃあ、あああああああああああああああッ!!!」


今度は、アレスたちの番だった。


全身の血管が浮き上がり、筋肉が断裂し、再生する。


A+ランク(準災害級)。


人間としては到達点だったその器が、内側からの圧力で粉々に砕け散る。


そして、より強靭で、より巨大な器へと作り変えられていく。


(力が……! 溢れてくる……! 止まらねぇ……!)


アレスは歯を食いしばり、意識を保つことに全霊を注いだ。


ここで気を失えば、廃人になる。


主の期待を裏切ることになる。


(俺は……炎だ……! 全てを焼き尽くす、主の『憤怒』そのものに成れッ!!)


ドォォォォォォォォォォンッ!!!!!


アレスの体から、紅蓮の炎柱が噴き上がった。


それは天井を突き抜けるほどの勢いで燃え盛り、周囲の空間を熱で歪ませる。


続いて、ミラからは黄金の光が、ボルトスからは鋼鉄の輝きが、チェルシーからは漆黒の闇が、爆発的に膨れ上がった。


「……成功ですね。チッ、つまらない」


ルシリウスが指を振ると、溢れ出した魔力が霧散し、四人の姿が露わになった。


アレスがゆっくりと立ち上がる。


その体からは、湯気が立ち上っていた。


外見に大きな変化はない。だが、その内側にある魔力の密度は、数分前とは比較にならなかった。


「……ハッ、ハハッ……」


アレスは自分の両手を見つめ、乾いた笑いを漏らした。


分かる。握った拳の中に、以前とは桁違いの力が宿っているのが。


A+ランク? いや、そんなちっぽけな枠組みはもう意味をなさない。


今の自分なら、かつての自分を一撃で消し炭にできる。


単騎で大国を滅ぼせる、災害そのもの。


「力が……溢れてくる。底が見えねえ。……これが、【位階(ランク):S(災害級)】……ッ!」


アレスが拳を握り込むと、パキン、と空気が割れる音がした。


ミラもまた、恍惚とした表情で自分の体を抱きしめている。


「ああ……素晴らしいですわ。世界が、こんなにも脆く、美しく見えます。今の私の祈りなら、死者すらも蘇らせて、また殺すことができそうですわ……♡」


「硬い……。俺の体は今、魔鋼(アダマンタイト)よりも硬い。……これなら、主への攻撃はおろか、国が降ってきても受け止められる」


ボルトスが自身の胸板を叩くと、ゴォンと鐘のような音が響いた。


チェルシーは何も言わず、ただ影の中に溶け込んだ。だが、その気配の消え方は以前よりも深く、完全に「無」と同化していた。


四天(テトラ・カラミティ)の覚醒。


人類の限界を完全に超え、天災の領域へと至った四人の怪物が、ここに誕生したのだ。


「……悪くない仕上がりだ」


玉座のシンが、満足げに頷いた。


その視線は、アレスたちの背後に控える【十王(デケム・キング)】たち――ジェイドやヴィンセントらに向けられる。


「次は貴様らの番だ。四天(テトラ・カラミティ)から溢れ出る余剰魔力を、貴様ら【分岐点(ジャンクション)】が受け止めろ」


ルシリウスが指揮棒を振るう。


アレスたち四天(テトラ・カラミティ)の背中に刻まれた蜘蛛の紋様から、さらに細い光の糸が伸び、十王(デケム・キング)たちの胸へと接続された。


「ぐ、うぅぅぅッ!?」


ジェイドが呻き声を上げ、膝をつく。


だが、彼らが受け取るのは「濾過」され、最適化された魔力だ。四天ほどの激痛はない。


心地よい熱さと共に、彼らのランクもまた、Aランク(英雄級)から【位階(ランク):A+(準災害級)】へと押し上げられていく。


「おお……! 見える、金の流れが、情報の網が、より鮮明に……!」


ジェイドの瞳が黄金に輝く。


彼の【真眼(トゥルー・アイ)】は、今や都市一つ分の資産価値を瞬時に鑑定できるレベルにまで進化していた。


ネモが、サフィナが、ヴィンセントが、次々と新たな力に打ち震える。


蜘蛛の網アラクネ・ネットワーク】の完全稼働。


シンという巨大な心臓から送り出された血液(魔力)が、三禍(トリア・カタストロフ)という大動脈を通り、四天という主血管を巡り、十王(デケム・キング)という毛細血管へと行き渡る。


そして、彼らが得た経験と負の感情は、再びこの網を通ってシンへと還元される。


永久機関にして、最強の捕食システム。


「――全魔脈(マナ・ライン)、接続完了。……循環効率、四〇〇%向上。不純物、なし」


ルシリウスが冷徹に宣言し、シンの前で一礼した。


その背中の六枚翼が、誇らしげに広げられる。


「儀式は成りました、我が主。……これで『細蟹(クモ)』は、単なる集団ではなく、一つの巨大な生命体となりました」


「ご苦労」


シンは立ち上がり、黒衣を(ひるがえ)した。


圧倒的な魔力が渦を巻き、謁見の間全体を震わせる。


その場にいる全員――SSS+の執事、SSSの魔王の三禍(トリア・カタストロフ)、Sの四天(テトラ・カラミティ)、A+の十王(デケム・キング)が、一斉に平伏した。


「力は与えた。……あとは、使い道だ」


シンの唇が、三日月のように裂けた。



新たな(ことわり)は組み上がった。


地下で蠢いていた細蟹(クモ)たちは、主の号令と共に解き放たれる。


狙うは、腐敗しきった隣国ゼノリス。


まずは、その身に巣食う「膿」――愚かなる王族たちから始末をつけるとしよう。


慈悲なき収穫(国盗り)の時間が、今、静かに幕を開けた。

お読みいただきありがとうございます!

ついに組織改編が完了しました。

ルシリウスの手により「蜘蛛の網アラクネ・ネットワーク」が完成し、アレスたち四天は【準SSランク】へ、ジェイドたち十王は【準Sランク】へと進化を遂げました。


【作者からのお願い】

「アレスたちの強化キター!」「組織図が燃える!」とワクワクしていただけましたら、

下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、執筆のモチベーションが爆上がりします!

何卒よろしくお願いいたします!


続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ