表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/130

第4話 冒険者ギルドと「|紅蓮の獅子《クリムゾン・レオン》」 改稿2/7

「――邪魔だッ!! 道を開けろ雑魚共ッ!!」


雷鳴のような怒号が、冒険者ギルドの喧騒を物理的にねじ伏せた。


巨大な両開きの扉が蹴破られ、蝶番が悲鳴を上げる。


その衝撃音と、空気を震わせるほどの威圧感に、ホール内の時間は一瞬にして凍りついた。


先ほどまでシンを囲み、Fランクの弱者を嘲笑していた冒険者たちの顔色が一変する。


優越感に歪んでいた表情は霧散し、代わりに明らかな「畏怖」と「恐怖」が張り付く。


彼らは蜘蛛の子を散らすように左右へ退避し、中央に一本の道を作った。


「お、おい……嘘だろ」


「今日帰ってきてたのかよ……」


「目を合わせるな。機嫌が悪そうだぞ」


震える声で囁き合う冒険者たち。


その視線の先、砂塵と共に現れたのは、揃いの真紅の装飾を纏った四人の男女だった。


ネメシス最強と謳われ、泣く子も黙るBランクパーティ。


紅蓮の獅子(クリムゾン・レオン)』。


この街の生態系の頂点に君臨する捕食者たちが、今、シンの目の前に姿を現したのだ。


先頭を大股で歩くのは、太陽の化身のような金髪の美丈夫。


リーダーのアレス・ランバート。


身長は一九〇センチを超え、丸太のように太い首と、鋼鉄のような筋肉が、白銀の全身鎧(フルプレート)の下で躍動している。


整った顔立ちには歴戦の証である古傷が走り、その青い瞳には、隠しきれない傲慢さと、他者を自分の引き立て役としか思っていない冷酷な光が宿っていた。


背中には、常人なら持ち上げることすら不可能な、身の丈ほどもある巨大な赤色の魔剣を背負っている。


その剣からは、漏れ出した魔力が陽炎のように揺らめいていた。


挿絵(By みてみん)


アレスの後ろには、三人の仲間が続く。


右側を歩くのは、聖職者の白い法衣(ローブ)を奔放に着崩した妖艶な美女。


女司教(ビショップ)、ミラ・ユースティス。


豊かな胸元と、スリットから覗く白磁のような太腿を惜しげもなく晒し、手には巨大な錫杖を持っている。


その瞳は慈愛とは程遠い、獲物を値踏みするような粘着質な光を帯びていた。


挿絵(By みてみん)


左側には、岩山が歩いているかのような錯覚を覚える巨漢。


重戦士、ボルトス・グラハム。


全身を黒光りする重装甲で覆い、手には塔のような巨大な(タワーシールド)を軽々と提げている。


兜の奥から覗く眼光は、感情の一切を削ぎ落とした機械のように冷たい。


挿絵(By みてみん)


そして最後尾には、小柄な身体を漆黒の軽装鎧とフードに包んだ少女。


盗賊、チェルシー・エバンス。


腰には数種類の短剣と、毒々しい色の液体が入った瓶をぶら下げている。


猫のようにしなやかな身のこなしで周囲を警戒し、時折、退屈そうに欠伸を噛み殺している。


挿絵(By みてみん)


「……チッ。どいつもこいつも、貧相な顔をしやがって」


アレスは周囲の有象無象を一瞥すると、不快そうに鼻を鳴らした。


彼にとって、このギルドにいる他の冒険者は、風景の一部か、あるいは自分の歩く道を掃除するための石ころ程度の認識しかない。


王が、自分の城を歩くように。


彼らは我が物顔でギルドの中央を闊歩し、受付カウンターへと直行した。


シンはその光景を、掲示板の影から静かに観察していた。


(……Bランク。なるほど、魔力の質が違う)


シンの魔眼(アイ)には、彼らの体から立ち昇る魔力の揺らぎがハッキリと見えていた。


粗野で、洗練されてはいない。 だが、確かに強大な熱量を持っている。


特にリーダーのアレス。


彼の内側で渦巻く炎の魔力は、先ほどまでシンが捕食してきた魔物たちとは比較にならないほど濃厚だ。


(……味付けは濃そうだが、悪くない食材だ)


シンは内心で舌なめずりをした。


アレスはカウンターの前に立つと、背中の魔剣を無造作にドカッと置いた。


ドンッ!!


木製のカウンターが悲鳴を上げ、厚さ数センチの天板に深い亀裂が入る。


受付にいた女性職員が、悲鳴を上げて飛び退いた。


「お、お待ちしておりました! アレス様! お、お帰りなさいませ!」


別の受付嬢が慌てて駆け寄り、青ざめた顔で頭を下げる。


「おい。緊急依頼だ」


アレスの声は低く、地響きのように腹に響いた。


そこには、自分の要求が通ることを微塵も疑わない、絶対強者の響きがあった。


「は、はいッ! どのようなご用件でしょうか!?」


「我々はこれから深淵迷宮(アビス・ダンジョン)奈落の寝床(アビス・クレイドル)』へ潜る。ターゲットは最深部のボスだ」


奈落の寝床(アビス・クレイドル)』。


その名を聞いた瞬間、周囲の冒険者たちが息を飲んだ。


Bランク指定の高難易度迷宮。


地下深くに広がる広大な空洞には、強力な古代種や未知のトラップがひしめき合い、生半可な実力では入り口で死ぬと言われる「死の領域」だ。


「さ、さすがは『紅蓮の獅子』の皆様です! それで……ご依頼というのは?」


「チッ、察しの悪い女だ。……深層ルートに『処刑人の回廊エクセキューショナー・ロード』があることが判明したんだよ」


アレスが忌々しそうに吐き捨てた。


処刑人の回廊エクセキューショナー・ロード』。


それは、迷宮内でも最悪のエリアの一つだ。


通路全体に感知式の即死トラップが敷き詰められ、解除に一度でも失敗すれば、天井と床から飛び出す無数の刃によって、侵入者は瞬時に「肉のサイコロ」へと変えられる。


「盗賊のスキルでも感知しきれねえ古代の罠だ。……そこでだ。『毒味役』が必要なんだよ」


アレスの言葉に、受付嬢は理解が追いつかず、瞬きをした。


「ど、毒味……ですか?」


「そうだ。俺たちの代わりに先頭を歩き、罠を作動させてくれる奴だ」


後ろにいた盗賊のチェルシー・エバンスが、自らの美しく手入れされた爪を眺めながら、フンと鼻を鳴らした。


「そうよ。あんな錆びついた汚い罠、触るだけで破傷風になりそうだわ。私の美しい指先を汚したくないの」


チェルシーは歪んだ笑みを浮かべ、甘ったるい、しかし毒を含んだ声で続ける。


「だから、私の代わりに機巧(ギミック)を作動させてくれる『肉の棒』が必要なのよ。……分かるでしょ? お姉さん」


受付嬢は絶句した。


つまり、彼らは仲間を募集しているのではない。


罠解除のリスクを負わせるためだけに、使い捨ての人員――文字通りの「生きた生贄」を募集しているのだ。


罠があれば死ぬ。なければラッキー。 人間を、道具以下の消耗品として扱う外道の所業。


「で、ですが……そんな危険な依頼、誰も……」


「金なら出す。誰でもいいんだよ! 俺を待たせる気か!?」


アレスが怒鳴り、カウンターを拳で叩く。


バキッという音と共に、天板の端が砕け散った。


その暴力的な威圧に、受付嬢が涙目になり、小刻みに震え上がる。


「……よしなさい、アレス。聖なる場所で声を荒らげないでくださいな。神もお嘆きですわ」


後ろから、女司教(ビショップ)のミラ・ユースティスがゆったりと声をかけた。


それは諌めているようでいて、その実、アレスの暴挙を止める気などさらさらない口調だった。


彼女は聖職者とは思えないほど妖艶な流し目を送りながら、ゆっくりとホールを見渡した。


その美しい瞳には、慈愛など微塵もない。


あるのは、実験動物の中から、最も手頃で、最も惜しくない個体を選別するような、冷徹で無機質な観察眼だけだった。


「ほら、皆様が怯えてしまっていますわ。……もっと穏便に、現地調達すればよろしいのです」


ミラの視線が、ホール内を巡る。


屈強な戦士たちは、彼女と目が合うのを避けるように俯く。 誰もが、彼らの「毒味役」になどなりたくはない。


そして。


ミラの視線が、掲示板の前で一人立ち尽くしていた、小柄な少年の姿を捉えた。


「あら、ちょうどいい迷える子羊(捨て駒)がいましたわ。……ねぇ?」


ミラの視線が、シンに固定される。


それは、人間を見る目ではなかった。


神の教えを説く者特有の慈愛など微塵もなく、あるのはただ、実験動物を見るような無機質な観察眼。


「……え?」


シンは、わざとらしく体を強張らせて見せた。


Fランクの臆病な少年を演じることは、今の彼にとっては呼吸をするより容易いことだ。


視線に気づいたアレスが、ゆっくりと振り返る。


重厚な全身鎧(フルプレート)がガチャリと音を立て、威圧的な質量を持って迫ってくる。


「ああん? ……なんだ、さっきのFランクか」


アレスが値踏みするようにシンを見る。


その青い瞳には、路傍の石ころを見るような無関心さと、僅かな嗜虐心が混ざり合っていた。


「……弱そう。盾にもならないわね。まあ、生贄(キー)にはなるでしょ」


盗賊のチェルシーも、シンを一瞥(いちべつ)し、ニタリと笑った。


巨漢のボルトスだけは無言だが、その瞳に感情の色はなく、ただ障害物を排除する機械のような冷たさを湛えている。


アレスが近づいてくる。


Bランクの威圧感。 歴戦の戦士が放つ、血と死の匂い。


普通のFランクなら、この距離に立たれただけで失禁していただろう。


だが、シンはただ無表情に見上げ、内心で舌なめずりをした。


(……Bランク。この街の最強種か)


シンの魔眼(アイ)には、アレスの体から立ち昇る魔力の揺らぎが見えていた。


それは、粗野で、洗練されてはいないが、確かに強大な熱量を持っている。


(……不快だが、美味そうだ)


「おい、そこの薄汚れたガキ。お前の才能(ゼロ)はなんだ?」


アレスが顎でしゃくる。


「……『蜘蛛操作』です」


シンが小声で答えると、アレスは一瞬きょとんとし、次の瞬間、腹を抱えて笑い出した。


「ぶっ……ははは! 『蜘蛛操作』! 虫使いだと!? 最高だ! おい聞いたかミラ、蜘蛛使いだってよ!」


ギルド中に、アレスの豪快な笑い声が響き渡る。


周囲の冒険者たちも、つられて愛想笑いを浮かべる。 この場の支配者に逆らう者はいない。


「あらあら。傑作ですわね。蜘蛛なら、あの狭い通気口にも入るかしら。……神の御元へ旅立つのも早そうですし、好都合ですわ」


ミラもまた、扇子で口元を隠しながらクスクスと笑う。 彼らにとって、シンの能力など道化の芸にも劣るものらしい。


アレスは笑い涙を拭うと、懐から金貨を一枚取り出した。


指先でピンと弾く。


チャリン。


乾いた音が響き、金貨がシンの足元に転がった。


「おい、Fランク。拾え。前金だ」


アレスは、シンを人間として見ていなかった。 ただの道具。使い捨ての罠探知機。


「俺たちの荷物持ち兼、罠除け役として雇ってやる。ネメシス最強の『紅蓮の獅子(クリムゾン・レオン)』の偉大なる冒険に同行できるんだ。光栄に思えよ?」


ギルド中が、固唾を飲んで見守っていた。


断れば、アレスの機嫌を損ねて殺されるかもしれない。 だが行けば、間違いなくダンジョンの罠で死ぬ。


哀れなFランクの生贄。 誰もがシンの不幸を憐れみ、そして自分たちが選ばれなかったことに安堵していた。


シンは、ゆっくりと屈み込み、足元の金貨へと手を伸ばした。


屈辱的な光景。 公衆の面前で、犬のように餌を拾わされる少年。


だが、シンの顔に怒りはなかった。


指先が金貨に触れる。


その瞬間、金貨に残っていたアレスの「魔力の残滓」が、指先を通じてシンの体内へと流れ込んできた。


(……熱いな)


舌の上で転がすように、魔力を味わう。


焦げ付くような熱。暴力的な衝動。 そして、底知れぬ傲慢さ。


これだけの魔力を残せるということは、本体は相当なエネルギーを内包している。


シンは直感的に、アレスの力量(ステータス)を理解した。


(炎属性。近接特化。……魔力量は、先ほどの魔狼の百倍以上か)


シンは金貨を拾い上げ、丁寧に泥を払った。


「……なるほど。彼らが『紅蓮の獅子(クリムゾン・レオン)』か」


シンは内心で冷ややかに評価を下した。


実力はそこそこだが、(こころ)が未熟だ。 自分の力を過信し、弱者を踏みつけることに快感を覚えているタイプ。


永き時の中で、稀に森へ迷い込んでは、あっけなく死んでいった「自称勇者」たちと何ら変わらない。


だが、今のシンにとっては渡りに船だった。


この街のダンジョンは、ギルドの規定によりDランク以上でないと入場許可が下りない。


Fランクの自分が正規ルートで入るには、面倒な昇格試験を受ける必要がある。


しかし、Bランクパーティの同伴者としてなら、フリーパスで深層まで入れる。


(手間が省ける)


シンは彼らを「道具」として認定した。


彼らがシンを捨て駒だと思っているように、シンもまた、彼らを「通行手形」としか見ていなかった。


シンは顔を上げ、怯えた演技を捨て去った。


その一瞬だけ、瞳の奥にアレスですら気づかない、深淵のような闇が覗いた。


「……わかりました。お引き受けします、アレス様」


シンは弱々しく、しかし従順な笑みを浮かべた。


「へっ、聞き分けのいいガキだ。……行くぞ、ぐずぐずするな!」


アレスが満足げに頷き、真紅のマントを翻して歩き出す。 ミラ、ボルトス、チェルシーもそれに続く。


シンはその背中を見つめながら、金貨をポケットにしまった。


その金貨は、契約金ではない。 彼らが支払った、自らの「命の代金」の前払いだった。


「……はい、今行きます」


シンは小走りでその後を追った。


羊の皮を被った狼が、獅子の群れに紛れ込む。


石造りの迷宮で、残酷な喜劇の幕が上がろうとしていた。

本日も読んでいただき、ありがとうございます!


もし「面白かった!」「続きが読みたい!」と思っていただけたら、


ブックマーク登録と、


広告の下にある【☆☆☆☆☆】の評価ボタンを、星5つ(★★★★★)ポチッと押していただけると執筆の励みになります!


続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ