表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/89

第38話 魔王の地図、次なる獲物

 光に満ちた地上の喧騒とは裏腹に、その場所は永遠の静寂と闇に支配されていた。


城塞都市(フォート・シティ)ネメシスの地下深く。  物理的な座標を持たず、次元の彼岸に固定された絶対領域――拠点『地下宮殿(アンダー・ネスト)』。


その最深部にある「玉座の間」は、肌を刺すような冷気と、物理的な質量を伴うほどの濃密な魔素(マナ)の奔流で満たされていた。  黒曜石の床は鏡のように磨き上げられ、そこにひざまずく影たちを映し出している。


最奥の玉座。  そこに座すのは、この国……いや、この世界の裏側を統べる絶対支配者(ジ・オリジン)、シンである。


地上で見せる「Fランクの少年(15歳)」という道化の仮面は脱ぎ捨てられ、そこには本来の姿である18歳の青年が君臨していた。  漆黒の長衣をまとい、闇よりも深い黒髪と、血の池を煮詰めたような深紅(クリムゾン)の魔眼を持つ魔王。


「……おもてを上げろ」


シンの声が、重低音となって広間に響く。  一斉に顔を上げたのは、彼が手塩にかけて育て上げた最強の配下たちだ。


玉座の直下、最上位に控えるのは、組織の実働部隊長【四天(テトラ・カラミティ)】。  燃えるような赤髪のアレス。  慈愛の笑みを浮かべる聖女ミラ。  鋼鉄の巨躯を誇るボルトス。  影に溶け込む暗殺者チェルシー。


さらにその後ろには、この国の運営を担う【十王(デケム・キング)】たちが、緊張した面持ちで整列している。  ジェイド、ヴィンセント、ネモ、サフィナ……各分野のエキスパートたちだ。


「主よ! ご決断を!」


沈黙を破ったのは、アレスだった。  彼の瞳には、抑えきれない戦意の炎が宿っている。


「帝国の連中は尻尾を巻いて逃げ出しました! 今こそ好機!  我ら四天(テトラ・カラミティ)が出撃すれば、あの程度の軍勢、国境を越える前に灰にしてみせます! どうか、ご命令を!」


アレスの声に呼応するように、ボルトスも拳を鳴らす。  彼らは先の防衛戦や、自身の肉体に刻まれた新たな力の奔流を感じ、自信を深めていた。  Aランク(英雄級)を超え、さらなる高み――A+ランク(準災害級) に至ったという確信。


だが。  シンは、そんなアレスの熱狂を、氷点下の視線で射抜いた。


「……黙れ、駄犬」


「ッ……!?」


アレスの言葉が、喉の奥で凍りつく。  シンの瞳に宿っていたのは、賞賛でも許可でもない。  底知れぬ「侮蔑」と、浅はかな思考に対する「呆れ」だった。


「思い上がるな、アレス。……貴様らは強くなった。だが、まだ『セミ』だ」


シンは退屈そうに頬杖をつき、手元のワイングラスを揺らした。


「貴様ら一人が暴れれば、小国や一個師団程度なら壊滅させられるだろう。  だが、帝国は違う。  奴らは山脈を削り、独自の技術で武装した軍事国家だ。我々の知らない『奥の手』や、底知れぬ物量を隠し持っている可能性が高い。  今の貴様ら(A+)が正面から突っ込めば、未知の数と力にすり潰され、犬死にするのがオチだ」


シンはグラスを置き、虚空に指を走らせた。  パチン、と乾いた音が響くと、何もない空間に巨大な幻影の地図(ホロ・マップ)が展開される。


「戦争とは、ただの破壊ではない。リソースの奪い合いだ」


シンは玉座から立ち上がり、黒衣をひるがえした。


「勝っても、得るものが焼け野原だけでは意味がない。  我々が必要としているのは、帝国と長期戦を行うための『兵站リソース』……食料、資材、そして労働力だ」


シンは地図の上を歩くように、指を滑らせた。  西の帝国から、視線を東へ。  ネメシスのすぐ北に隣接する、一つの国へと。


「灯台下暗し、とはこのことだな」


シンの指が、地図上の一点をトントンと叩く。


「ここだ。……次なる獲物は」


そこには、【ゼノリス王国】という文字が記されていた。


かつてネメシス地方を領土としていた宗主国。  歴史はあるが、長年の腐敗と失政により国力は衰え、今や斜陽の国家となり果てている。


「ゼノリス王国……ですか?」


十王(デケム・キング)第二席・【(ジェネラル)】ヴィンセントが、怪訝そうに眉をひそめた。


「確かに隣国ですが……あそこは腐りきっています。軍隊は弱体化し、貴族は肥え太り、民は飢えている。……攻め取る価値などあるのでしょうか?」


「あるさ」


シンは獰猛どうもうに笑った。  それは、熟れた果実を見つけた捕食者の笑みだった。


「腐っているからこそ、美味いのだ」


シンは両手を広げ、演説するように語りかける。


「ゼノリスには、広大な穀倉地帯がある。未開拓の魔石鉱脈がある。そして何より……数百万の『家畜(にんげん)』がいる」


その言葉に、幹部たちの喉が鳴る音が聞こえた気がした。


「帝国という硬い殻を噛み砕く前に、まずは手近にある柔らかい肉を喰らって、栄養をつける。  ゼノリス王国を丸ごと飲み込み、我が軍の『胃袋』とするのだ」


「なるほど……!」


第一席・【(ミダス)】ジェイドが、感嘆の声を上げて膝を打つ。


「ネメシスという『点』ではなく、ゼノリスという『面』を支配する。  そうすれば、帝国との長期戦にも耐えうる国力が手に入る……。さすがは主、完璧な布陣です」


「理解したなら、話は早い」


シンは地図上のゼノリス王国を、手刀でなぞった。


「だが、勘違いするなよ。……軍隊を進めて城を落とす、などという野蛮な真似はせん」


シンの瞳が、妖しく輝く。


「外から攻めれば、他国の介入を招く。民も逃げ出すだろう。  ……だから、喰うのは『中』からだ」


シンは握り拳を作った。


「内側に入り込み、血管に毒を流し、脳を麻痺させ、心臓を握り潰す。  気づいた時には、国という名の皮だけを残して、中身はすべて我ら『細蟹(クモ)』に入れ替わっている……。そういう『国盗り』だ」


寄生。侵食。乗っ取り。  それは、武力による征服よりも遥かに残酷で、逃げ場のない支配の形。


「役割を与える」


シンの号令に、幹部たちが一斉に緊張した面持ちになる。


「ジェイド」 「はッ!」


黄金の髪を持つ美青年が進み出る。


「貴様は『経済』で殺せ。  ゼノリスの貴族どもは金に汚い。その欲望を利用し、物流を握り、通貨を操り、国の借金を買い占めろ。  パン一枚買うのにも、我々の許可が必要な状態にしてやれ」


「御意。……フフッ、商売敵を干上がらせるのは得意分野です。骨の髄までしゃぶり尽くして差し上げましょう」


「ネモ」 「はぁい、マイ・ロード♡」


影の中から、道化師の仮面をつけた美女がにゅるりと現れる。十王(デケム・キング)第三席・【(ドッペル)】。


「貴様は『情報』で腐らせろ。  王都に入り込み、目と耳を張り巡らせろ。王族の弱み、貴族の醜聞、民衆の不満……全てを暴き出し、利用しろ。  特に、この国をむしばんでいる『毒』の正体を特定しろ」


「了解~♪ ボクの得意な『お芝居』で、王城の中枢まで入り込んであげるよん」


ネモは仮面の下で舌なめずりをし、くるりと回ってみせた。


「ヴィンセント、アレス、及び四天」 「ハッ!」


武闘派の面々が背筋を伸ばす。


「お前たちは『牙』を研いでおけ。  今はまだ、お前たちの出番ではない。だが、国が腐り落ち、民衆が救済を求めたその時こそ、圧倒的な武力を持つ『正義の味方』として降臨し、腐った王家を断罪する役を与えてやる」


「……ッ! 心得ました!」


アレスの声が弾む。  ただ破壊するのではなく、英雄として迎えられるための破壊。そのシナリオに、彼は武者震いした。


「そして、私は……」


シンは、自身の胸に手を当てた。  Fランクの少年の姿ではなく、魔王の姿のまま。


「少しばかり、地上の空気を吸いに行くとしよう」


「主自ら、でございますか?」


ミラの目が驚きに見開かれる。


「ああ。……『Fランクの少年』という最高の迷彩を使ってな」


シンはニヤリと笑った。


「腐った国には、必ず美味そうな『歪み』が転がっているものだ。  肥大化した欲望、虐げられた怨嗟、あるいは……誰にも届かぬ絶望。  そういった『負の感情』こそが、我々にとっての最高の足場となり、武器となる」


シンは、黒いインクを含ませた筆を手に取った。  そして、空中の地図に描かれたゼノリス王国の領土に、無造作に「×」印を刻みつけた。


ジュワァァァ……。


インクが地図を侵食し、黒い染みが広がっていく。  それはまるで、致死性の毒が血管を巡り始めたかのような、不吉で、美しい光景だった。


「行くぞ。……どんな『玩具コレクション』が落ちているか、楽しみだ」


シンの宣言と共に、地下宮殿の闇が一斉にうごめいた。  無数の蜘蛛たちが、新たな獲物を求めて散らばっていく。


王都ゼノリス。  栄華を誇るその都は、まだ何も知らない。  自らの足元に、国をも飲み込む巨大な落とし穴が口を開けたことを。


そして、その穴の底から、世界最悪の捕食者が、舌なめずりをしながら見上げていることを。

本日も読んでいただき、ありがとうございます!


もし「面白かった!」「続きが気になる!」と思っていただけたら、

ブックマーク登録と、広告の下にある【☆☆☆☆☆】の評価ボタンを、

星5つ(★★★★★)ポチッと押していただけると執筆の励みになります!

続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ