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第36話 鋼鉄の使者と格の違い

 ネメシスの正門が、重々しい金属音と共に開かれた。


 石畳を叩く、規則正しい軍靴の音。  現れたのは、全身を黒光りする鋼鉄の鎧で覆った一団だ。 大陸の北方を支配する軍事国家、【鋼牙帝国アイゼンガルド】の使節団である。


 先頭を歩くのは、帝国の将軍・バルドル。  顔に大きな刀傷を持つ巨漢で、その眼光は猛禽類のように鋭い。  そして彼の背後には、異様な威圧感を放つ一人の青年剣士が控えていた。


「ふん……。ここがネメシスか。噂ほどではないな」


 バルドルは街並みを一瞥し、侮蔑するように鼻を鳴らした。  確かに街は整備され、活気に満ちている。だが、彼ら帝国人にとって重要なのは「強さ」のみ。  たかが冒険者上がりが治める自治区など、軍事大国の前では砂上の楼閣に過ぎない――そう信じて疑わなかった。


          ◇


 街の中央に聳える、レギオン【蜘蛛アラクネ】の本部。  その1階にある「レギオンマスター執務室」に、帝国の使者たちが通された。


 重厚な扉が開かれると、そこには一人の男が座っていた。  真紅の鎧を纏い、粗野に足を組んでソファに深々と腰掛ける男――アレスだ。  その背後にはヴィンセントとジェイドが控え、さらにその奥の影からは、真の支配者であるシンが密かに様子を窺っていた。


「遠路はるばるご苦労。……で、帝国が何の用だ?」


 アレスは頬杖をつき、退屈そうに問いかけた。  その態度は、相手が大国の将軍であろうと変わらない。王者の風格そのものだ。


「貴様が『紅蓮の獅子』アレスか。……礼儀を知らぬ猿だな」


 バルドルが苛立ちを隠さずに声を荒らげる。


「単刀直入に言おう。我が皇帝陛下は、この街の『技術』と『資源』に興味を持たれた。特に、夜を照らす魔導灯と、未開拓の鉱脈……それら全てを帝国へ献上せよ」


「献上?」 「そうだ。その代わり、この街を帝国の属州として認めてやる。貴様らのような野良犬にも、首輪と餌を与えてやろうという慈悲だ」


 バルドルは勝ち誇ったように笑った。  拒否権などない。帝国に逆らうことは死を意味する。それが大陸の常識だからだ。


 だが、アレスから返ってきたのは、冷ややかな失笑だった。


「……くだらん」


 アレスはあくびを噛み殺した。


「餌だと? 勘違いするなよ、三流国家。俺たちが欲しいのは餌じゃない。……『服従』だ」 「な、なに……ッ!?」 「帰って皇帝に伝えろ。『首輪をつけて待っていろ、いずれ飼いに行ってやる』とな」


 場が凍りついた。  明確な宣戦布告。いや、それ以上の侮辱。


「き、貴様ぁぁ……ッ! 帝国の慈悲をドブに捨ておって!」


 バルドルの顔が怒りで真っ赤に染まる。  その時、彼の背後に控えていた青年剣士が、音もなく前に出た。


「将軍。……言葉で分からぬ獣には、しつけが必要かと」


 銀髪を撫でつけ、細身のレイピアを腰に差した美青年だ。  その全身から、ビリビリとした魔力が放たれている。


「シュルトか。……よかろう。この田舎猿に、帝国の『天才』の力を見せてやれ」 「御意」


 シュルトと呼ばれた剣士は、優雅に一礼してからアレスを見上げた。


「お初にお目にかかります、アレス殿。私は帝国近衛騎士団、序列十位……シュルトと申します」


 シュルト。  彼はこの世界でも極めて稀な存在――【ギフテッド】と呼ばれる天才種の一人だ。  生まれつき強力な才能ゼロや、複数の派生ブランチを持って生まれた彼は、常人の何倍もの速度で成長し、若くしてBランク上位の実力を誇っていた。  いずれは「英雄(Aランク)」の壁すら超えうるとされる、帝国の最高戦力だ。


「貴方がた冒険者は、我々をBランクと侮るようですが……才能の格が違う。私一人で、貴国の騎士団一個小隊を殲滅できる」


 シュルトがレイピアの柄に手をかけると、その周囲の空間が歪んだ。


「――【音速のソニック・ブレイド】。それが私の才能です。私の剣速は音を超え、視認することすら不可能」


 シュルトは嗜虐的な笑みを浮かべる。


「腕の一本も切り落とせば、少しは口の利き方も変わるでしょう。……さあ、構えなさい」


 殺気が膨れ上がる。  だが、アレスはソファから立とうともしなかった。  剣すら抜かない。ただ、指先でコツコツと肘掛けを叩いているだけだ。


「……構えろ? 誰に言っている」


 アレスの瞳が、僅かに赤く発光した。


「テメェごとき、指一本で十分だ」


「――ッ! 舐めるなァッ!!」


 プライドを傷つけられたシュルトが激昂し、地面を蹴った。  速い。  確かにBランクの上位に位置する神速。凡人の目には残像すら映らないだろう。  瞬きする間にアレスの懐へ潜り込み、その喉元へ必殺の突きを放つ。


 キィィィィン!!


 金属音が響き――そして、静寂が訪れた。


「……な、に……?」


 シュルトの動きが止まっていた。  彼のレイピアは、アレスの喉元寸前で停止している。  いや、止められていた。


 アレスの左手。  その人差し指と親指だけで、音速の剣の切っ先を「摘まんで」いたのだ。


「遅い」


 アレスが呟く。


「な、バカな……!? 私の剣は音速だぞ!? それをつま……ッ!?」


 シュルトが剣を引こうとするが、万力で固定されたかのように微動だにしない。  冷や汗が噴き出る。  生物としての格が違う。目の前にいるのは天才剣士ではない。ただの人間と、巨大な活火山の差だ。


「これが帝国の自慢か? あくびが出るぜ」


 パキンッ。


 乾いた音が響く。  アレスの指先に少し力がこもっただけで、帝国製の最高級レイピアが、飴細工のように砕け散った。


「あ……私の、剣が……」


 呆然とするシュルト。  アレスは砕けた剣の破片をパラパラと落とすと、そのまま面倒くさそうに左手を振った。  それは攻撃ですらない。  目の前の羽虫を追い払うような、無造作な裏拳。


「消えな」


 ドゴォォォォォォォォォンッ!!!!!


 轟音。  ただの裏拳が空気を圧縮し、暴風ごとき衝撃波を生み出した。  シュルトの体が「く」の字に折れ曲がり、砲弾のように吹き飛ぶ。


「がはぁぁぁぁぁぁぁッ!?」


 彼は執務室の分厚い扉を突き破り、そのまま廊下を転がり、壁を突き破って遥か彼方の空へ消えていった。


 一撃。  魔法ですらない、純粋な腕力による風圧だけで、帝国のエリートが再起不能になったのだ。


「……は?」


 残された将軍バルドルは、口をパクパクと開閉させていた。  理解が追いつかない。  自慢の天才剣士が、片手であしらわれた?


「さて、次はテメェか? 将軍」


 アレスがゆらりと立ち上がる。  その全身から、ゆらゆらと陽炎のような熱気が立ち上り始めた。  Sランク【紅蓮の魔人】の威圧。  バルドルの本能が警鐘を鳴らす。ここにいてはいけない。殺される。焼かれる。


「ひ、ひぃっ……! ば、化け物……!」


 バルドルは腰を抜かし、這うようにして後ずさりした。


「お、覚えていろ! 帝国が本気になれば、こんな街など……!」


「――おい」


 アレスの声が、バルドルの心臓を鷲掴みにする。


「次に来る時は、もっとマシな玩具を持ってこい。……壊し甲斐のないゴミは飽きた」


 ゴォォッ!  威嚇として放たれた熱波が、バルドルの鎧の一部を溶かす。


「ひぃぃぃぃぃッ!!」


 将軍と兵士たちは、もはや隊列も忘れて逃げ出した。  鋼鉄の威容を誇っていた使節団は、尻尾を巻いて逃げる敗残兵へと成り下がった。


          ◇


 静けさが戻った執務室。  アレスは退屈そうに肩を回し、部屋の奥へと声をかけた。


「……あんなもんで良かったですか、シン様」


 影の中から、シンが姿を現す。  その口元には、愉悦の笑みが浮かんでいた。


「上出来だ、アレス。これで帝国も本腰を入れてくるだろう」


 シンは窓際に歩み寄り、逃げ帰る帝国の馬車列を見下ろした。


「奴らのプライドは高い。この屈辱を晴らすため、次は軍隊を送り込んでくるはずだ」 「軍隊、ですか。……燃やし尽くして構いませんか?」 「ああ。……だが、ただ燃やすだけでは芸がない」


 シンの瞳が、妖しく輝く。


「我々の力を、世界中に知らしめる『宣伝プロモーション』に使わせてもらおう。……最高の絶望を用意してな」


 レギオン【蜘蛛アラクネ】対、鋼牙帝国アイゼンガルド。  国盗りの物語は、いよいよ本格的な戦争へと突入しようとしていた。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


帝国の「天才」も、アレスの前では赤子同然でした。 圧倒的な「格の違い」を見せつける展開、いかがでしたでしょうか。


もし「面白かった!」「続きが気になる!」と思っていただけたら、 ブックマーク登録と、 広告の下にある【☆☆☆☆☆】の評価ボタンを、 星5つ(★★★★★)ポチッと押していただけると執筆の励みになります!


明日も更新します。

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