第35話 裏社会の帝王と影の執行人
光あるところに、影がある。
ジェイドが経済を回し、シノが街に灯りをともしたその裏で、ネメシスの「闇」もまた、蠢き始めていた。
ネメシス自治区、歓楽街の路地裏。
表通りの活気とは無縁の、湿った地下酒場。そこは、この街の裏社会を牛耳る犯罪組織「黒蛇」のアジトだった。
「……へっ、聞いたかよ。新しい領主サマの話を」
薄暗い店内で、強面の男たちが安酒をあおっている。
「ああ。冒険者ごときが良い気になってやがる。……だが、俺たちにゃあ関係ねぇ。むしろチャンスだ」
組織のボス、ガザルがニヤリと笑った。
その対面には、フードを目深に被った「客人」が座っている。異国の訛りがある、不気味な男だ。
「……話はついているな? 我々『鋼牙帝国』の手引きをしてくれれば、報酬は望むままだ」
「おうよ。あんたらが攻め込んできた時、街の中から混乱を起こせばいいんだろ? 放火でも略奪でもやってやるぜ」
ガザルは舌なめずりをした。
北の軍事大国、アイゼンガルド。彼らが放った密偵が、こうして裏社会に接触してきているのだ。
レギオン【蜘蛛】の統治は完璧に見えるが、裏社会のネットワークまでは把握しきれていない――彼らはそう高を括っていた。
「契約成立だな。……この街はもうじき、我々帝国のモノになる」
帝国の密偵が、懐から金貨の袋を取り出そうとした、その時。
ギィィィィ……。
重厚な鉄扉が、まるで悲鳴のような音を立てて開いた。
「――あァ? なんだか楽しそうじゃねぇか」
ドスの効いた、それでいてどこか気怠げな声。
入ってきたのは、一人の男だった。
身長190センチを超える長身。
鍛え抜かれた肉体には無数の傷跡が刻まれ、胸元がはだけたシャツの上からでも、その暴力的な筋肉の密度が見て取れる。
金髪をオールバックにし、口元には不敵な笑みを張り付かせている。
レギオン幹部、十王序列五位・【暴】を司る、ランドルフである。
「誰だテメェ! ここは会員制だぞ!」
「消えろ! 肉塊にされたくなかったらな!」
チンピラたちがナイフを抜いて威嚇する。
だが、ランドルフはあくびを噛み殺しながら、悠々と店の中央へと歩を進めた。
「会員制? ハッ、笑わせんな。今日からここは俺の『庭』だ」
ランドルフが、近くにいた男の頭を鷲掴みにした。
「おい、邪魔だ」
バヂィンッ!!
ただ握り潰したのではない。
彼の手のひらから放たれた衝撃波が、男の頭部を内部から破裂させたのだ。
風船が割れるような音と共に、男が崩れ落ちる。
「……は?」
店内が凍りついた。
魔法を使った気配はない。ただ「掴んだ」だけで、人が死んだ。
「――【第一恩恵:破壊衝動】」
ランドルフがボキボキと首を鳴らす。
彼の拳は、触れた対象に破壊エネルギーを直接流し込む。防御力など関係ない。触れれば壊れる。ただそれだけの、純粋なる暴力。
「テメェら、最近コソコソうるせぇんだよ。帝国の犬だか何だか知らねぇが……俺のシマで勝手なマネしてんじゃねぇぞ?」
「こ、殺せッ! 全員でやっちまえ!!」
ガザルの号令で、三十人の荒くれ者が一斉に襲いかかった。
剣、斧、魔法。あらゆる凶器がランドルフ殺到する。
だが。
「オラァッ!!」
ドゴォォォォォン!!
ランドルフが床を踏み抜いた瞬間、店全体が震度7の地震に見舞われたかのように揺れた。
衝撃波が全方位に炸裂し、襲いかかってきた男たちが木の葉のように壁まで吹き飛ばされる。
「がはっ……!?」
「バ、バケモノ……!」
ランドルフは楽しそうに笑いながら、瓦礫の山となった店内を歩く。
その拳が振るわれるたびに、人体が、家具が、壁が、粉々に砕け散っていく。
それは喧嘩ではない。一方的な「解体作業」だった。
「ひ、ひぃぃぃ! ま、待て! 俺はただの密偵だ! 金なら出す!」
帝国の密偵が、青ざめた顔で後ずさりする。
ランドルフは鼻を鳴らし、密偵の胸倉を掴み上げた。
「金? いらねぇよ。……俺が欲しいのは、テメェの絶望顔だけだ」
「や、やめ……!」
ボゴォッ!
ランドルフの拳が、密偵の腹部にめり込む。
背中から衝撃波が突き抜け、密偵は声もなく絶命した。
「……ちっ、脆いな。帝国ってのも大したことねぇぜ」
ランドルフは退屈そうに死体を放り投げた。
壊滅した「黒蛇」。生き残ったのは、腰を抜かして震えるボス、ガザル一人だけだ。
「あ、あ……あ……」
「よォ。テメェが頭か?」
ランドルフがガザルの前にしゃがみ込む。
「選ばせてやるよ。俺の部下になって、死ぬ気でこの街のゴミ拾いをするか……。今ここで、俺のサンドバッグになるか」
「ぶ、部下になりますぅぅぅッ!! 一生ついていきますぅぅッ!!」
ガザルは涙と鼻水を流して土下座した。
暴力という絶対的な言語の前では、どんな交渉も無意味だった。
◇
その頃。
アジトの裏口から、数名の密偵が逃げ出していた。
彼らは「黒蛇」とは別のルートで潜入していた、帝国のプロフェッショナルたちだ。
「馬鹿な……なんだあの男は!?」
「報告だ! 本国に知らせなければ……!」
彼らは闇に紛れ、屋根を伝って逃走を図る。
その隠密スキルはAランクに匹敵する。誰にも気づかれず、影のように気配を消して――。
「――おやおや。出口はあちらですよ?」
耳元で、少年のような声が囁いた。
「ッ!?」
密偵たちが振り返る。
そこには、誰もいなかった。
ただ、自分たちの足元の「影」が、不自然に揺らめいているだけだ。
ズブブブブ……。
影の中から、黒い装束に身を包んだ小柄な男が、ぬらりと姿を現した。
目元だけを出したマスク。その瞳は、感情のないガラス玉のように冷たい。
レギオン幹部、十王序列六位・【影】を司る、クロウである。
「いつの間に……ッ!?」
「最初からいましたよ。貴方たちの影の中にね」
クロウが音もなく手裏剣を構える。
「――【第一恩恵:影潜み・改】」
クロウの姿が再び影に溶ける。
次の瞬間、逃げていた密偵の一人の首が、鮮血を吹き上げて宙を舞った。
「なッ……!?」
「三人目」
声は背後から。いや、足元から。
クロウは影の世界(亜空間)を移動し、物理的な障壁を無視して敵の死角から現れる。
チェルシーが影を「操る」能力なら、クロウは影と「同化する」能力。
潜入と暗殺において、彼を捉えられる者は存在しない。
「くそっ、見えない! どこだ!」
「ここですよ」
ザシュッ!
影から伸びた黒い刃が、残る二人の心臓を正確に貫いた。
断末魔すら上げさせない。
プロの密偵たちは、自分たちが何に殺されたのかも理解できぬまま、冷たい石畳に沈んだ。
「……任務完了。対象5名、全排除」
クロウは懐から布を取り出し、刃の血を拭うと、再び影の中へと消えていった。
◇
翌朝。
ネメシスの裏社会は一変していた。
最大勢力だった「黒蛇」が、一夜にしてレギオン【蜘蛛】の傘下に入ったのだ。
帝国のスパイ網はズタズタに寸断され、街の「眼」と「耳」はすべてシンの配下が掌握することとなった。
地下宮殿。
玉座の前で跪くランドルフとクロウを、シンは満足げに見下ろした。
「ご苦労。これで足元の掃除は終わったな」
シンは手元のチェス盤にある、黒いポーン(歩兵)を指で弾き飛ばした。
盤上に残る敵駒は、あとわずか。
「さあ、招かれざる客人を迎えようか。……今度こそ正面玄関からな」
シンの予言通り。
その日の午後、王都の城門に、巨大な黒鉄の馬車列が到着した。
翻る旗印は「鋼の牙」。
大陸最強の軍事国家、【鋼牙帝国アイゼンガルド】からの使節団。
その中には、Bランクを一撃で葬り去ると噂される、「ギフテッド」と呼ばれる特殊能力者たちの姿があった。
本日も読んでいただき、ありがとうございます!
裏社会編、ランドルフとクロウの活躍でした。
正面からの「暴力」と、背後からの「暗殺」。
この二人がいれば、どんなスパイもネメシスでは息ができませんね。
これで帝国の「目」と「耳」は潰しました。
次はいよいよ、本隊(使節団)との直接対決です。
もし「ランドルフの暴れっぷりが好き!」「クロウの仕事人感がいい!」と思っていただけたら、
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続きます。




