第34話 魔導革命と鉄の響き
ネメシス自治区の改革は、驚異的な速度で進んでいた。 ジェイドによる物流の安定、ヴィンセントによる治安回復、サフィナによる医療改革。 街の「ソフト面」は劇的に改善され、市民の顔には生気が戻りつつある。
だが、「ハード面」――すなわち都市のインフラ設備は、未だボロボロのままであった。
ひび割れた石畳、頻発する断水、そして何より――夜の暗闇。 街灯の魔石は魔力切れで尽く消え失せ、夜になれば街は漆黒の闇に沈む。それが犯罪の温床となり、市民の不安を煽っていたのだ。
◇
中央広場。 そこに呼び出されたのは、この街のインフラ管理を独占してきた「魔導工ギルド」の親方たちだった。
「はっ! 街中の魔導灯を修理するだぁ?」
小馬鹿にしたように鼻を鳴らしたのは、ギルド長のドグマだ。 図面を地面に叩きつけ、呆れたように腕を組む。
「おいおい、新しい領主様は素人か? この街の配管や魔力回路は、百年以上前の骨董品なんだよ。修理だけで軽く五年はかかる。予算も金貨一万枚は下らねぇな」
ドグマの言葉に、取り巻きの職人たちがニヤニヤと笑う。 彼らは技術の独占をいいことに、わざと工事を遅らせ、予算を吊り上げることで私腹を肥やしてきた「工事利権」の亡者たちだ。
「五年、ですか」
その言葉に反応したのは、アレスの横に控えていた小柄な少年――シノだ。 ボサボサの髪に、オイルの染みた作業着。背中には巨大な鞄を背負っている。
「おじさんたち、計算間違ってない? こんなの、半日あれば終わるじゃん」
「あぁ? なんだこの薄汚ねぇガキは」 「半日だと? 魔法使いが百人いても無理だわ! これだから素人は……」
職人たちが罵声を浴びせる中、シノの後ろから、岩山のような巨躯の男が一歩前に出た。 Bランク改め、レギオン幹部となった鍛冶師ヴォルカンだ。
「おい、おっさんら。……『無理』ってのはな、無能の言い訳だぜ?」
ヴォルカンが愛用の巨大ハンマーを肩に担ぎ、獰猛に笑う。
「どけ。プロの仕事を見せてやる」
◇
その日の午後、ネメシス市民たちは伝説を目撃することになる。
ドォォォォォン!!
大地を揺るがす轟音と共に、ヴォルカンがハンマーを道路に叩きつけた。 だが、それは破壊ではない。
「――【第一恩恵:魔鋼鍛造】」
ヴォルカンのハンマーが真紅に発光する。 それは、金属に魔力を練り込み、ありえない性質を付与する伝説級の鍛冶能力。 彼が叩いた石畳が、まるで粘土のように波打ち、一瞬にして平らで強固な舗装路へと変形していく。 さらに、地面の下にある老朽化した水道管を、彼は「地面の上から叩く」だけで感知し、魔力の衝撃波で修復・結合させていく。
「な、なんだアレは!? 地面を叩いただけで、水道管の水漏れが止まったぞ!?」 「バカな! 掘り返さずに工事だと!?」
ドグマたちが目を剥く中、ヴォルカンは止まらない。 壊れた街灯の残骸を拾い上げ、手の中で飴細工のようにひねると、一瞬で新品の支柱へと作り変えてしまう。
「はい次! 資材持ってこい!」
レギオン幹部、十王序列八位・【鍛】を司る、ヴォルカン。 彼は生まれ持ったゼロ【鍛冶】に加え、シンから授かった恩恵により、一人で重機百台分の働きをこなしていた。
そして、もう一人。
「回路接続、開始……!」
屋根の上に立つシノの瞳が、幾何学的な光を帯びて回転する。
「――【第一恩恵:高速思考・並列】」
シノの脳内世界で、時間が引き伸ばされる。 本来ならスーパーコンピュータでも数日かかる膨大な魔力回路の設計図を、彼はわずか0.1秒で数百通りシミュレートし、最適解を導き出した。
生まれ持ったゼロ【発明】による閃きと、恩恵による【高速思考】。 二つが合わさった時、彼は「未来」を作る。
ヒュンッ! パパパパパッ!
シノがばら撒いた無数のクリスタルが、正確無比な軌道で街灯のソケットへと吸い込まれていく。
「な、なんだあの石は? 魔石じゃないぞ?」 「あーこれ? 俺が開発した『永続機関』の試作品!」
シノはドグマの目の前に逆さまにぶら下がり、無邪気に笑った。
「空気中のマナを勝手に吸って光るんだ。だから燃料代はタダ! しかも出力は従来の十倍! すっげーだろ!」
「く、空気中のマナだと……!? そんな高度な術式、宮廷魔導師でも組めないぞ!」 「えー? こんなの基礎理論じゃん。おじさんたちの教科書、古すぎない?」
レギオン幹部、十王序列十位・【工】を司る、シノ。 見た目は少年だが、その頭脳は数百年先の技術に到達していた。
日が沈みかける頃には、街の主要な通りの工事は完了していた。
「そ、そんな……まさか、本当に……」
ドグマは腰を抜かした。 自分たちが「五年かかる」と見積もった工事が、たった数時間で終わったのだ。しかも、クオリティは雲泥の差。 利権もプライドも、圧倒的な才能の前に粉砕された瞬間だった。
ヴォルカンがドグマを見下ろし、鼻を鳴らす。
「言ったろ? お前らの代わりなんざ、いくらでもいるってな」
◇
そして、夜が来た。
普段なら漆黒の闇に沈むネメシスの街。 だが今夜、広場に集まった市民たちは、固唾を飲んでその瞬間を待っていた。
時計台の上に立つシノが、パチンと指を鳴らす。
「――スイッチ、オン!」
カッッッ!!!
一斉に、光が溢れた。 大通りに立ち並ぶ街灯から、白銀の光が放たれる。 それは蝋燭の頼りない灯りではない。真昼の太陽を切り取ったかのような、眩いばかりの輝きだった。
「お、おおお……!」 「明るい……! 夜なのに、本が読めるぞ!」 「魔法だ! 魔法の光だ!」
歓声が爆発する。 街全体が、光の回廊となって浮かび上がった。 闇に怯える日々は終わったのだ。これこそが、新しい支配者がもたらした「文明の光」だった。
「すっげー! おいっちゃん見た!? めっちゃキレイ!」 「おう。悪くねぇ眺めだ」
屋根の上で、シノとヴォルカンが並んで街を見下ろす。 ヴォルカンは満足げに笑い、シノの頭をガシガシと撫でた。
「これで兄ちゃん……いや、シン様も喜んでくれるかな?」 「当たり前だろ。俺たちが作ったんだ、文句は言わせねぇよ」
二人の職人が作り上げたのは、ただのインフラではない。 この国の「未来」そのものだった。
◇
地下宮殿、玉座の間。 地上の様子を『幻影の窓』で眺めていたシンは、手元のグラスを軽く掲げた。
「……上出来だ」
その声には、確かな満足が含まれていた。 光溢れる街並み。それはかつて、彼が世界を喰らい尽くす前に見た、古代文明の輝きにも似ていた。
「これで舞台は整ったな」
衣食住、治安、医療、そしてインフラ。 ネメシスは今、周辺諸国のどこよりも進んだ「超・先進都市」へと生まれ変わった。 もはや、この国を無視できる勢力はいないだろう。
だからこそ、招かれざる客が来る。
シンは視線を窓の外――北の空へと向けた。
「そろそろか」
闇の向こうから、強大な軍靴の音が近づいてくる気配を感じる。 北の軍事大国、【鋼牙帝国アイゼンガルド】。 大陸最強を謳う彼らが、この「異常な発展」を見過ごすはずがない。
「アレス」 「はっ」
影から現れた炎の将に、シンは短く命じた。
「お客様だ。……丁重に『教育』してやれ」
シンの瞳が、愉悦に歪む。 内政の時間は終わりだ。 これより始まるのは、格の違いを見せつける「戦争」である。
本日も読んでいただき、ありがとうございます!
ヴォルカンとシノ、二人の天才による「魔導インフラ革命」でした。 物理法則を無視した工事と、オーパーツ級の発明。 これでネメシスは、名実ともに大陸一の先進都市となりました。
旧体制の職人たちも、ぐうの音も出ない完敗ですね。
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続きます。




