第32話 軍神の鉄槌と治安維持
ネメシス自治区、郊外。
中心街がジェイドの改革によって活気づく一方で、王都へと続く街道筋には、未だ不穏な空気が漂っていた。
ガタゴトと車輪をきしませて進む一台の商隊馬車。
その行く手を遮るように、道端の草むらから数多くの影が飛び出した。
「おいおい、止まれ止まれぇ! 通行料を払ってもらおうか!」
粗野な笑い声を上げているのは、薄汚れた鎧をまとった男たちだ。
その数は約五十名。
ただの野盗ではない。彼らの装備には、傷つき泥にまみれてはいるものの、かつて栄華を誇った王国の紋章――『第三魔導騎士団』の刻印が残っていた。
宰相バルバロスが失脚し、騎士団が解体されたあの日。
行き場を失い、プライドだけを肥大化させた一部の騎士崩れが、こうして武装集団となり、近隣の村や商人を襲っていたのだ。
「ひ、ひぃっ! 騎士様!? どうかお助けを……この荷物は、街へ届ける食料でして……」
「うるせぇよ!」
ドガッ!
リーダー格の男が、馬車の御者を剣の柄で殴りつける。
御者が悲鳴を上げ、地面に転がる。
「おいおい、これだけか? 商人の馬車ならもっと上等な食い物を積んでおけよ!」
「ちっ、シケてやがる。……まあいい、馬車の女と金目の物は置いていけ。命だけは助けてやるよ」
男たちが下卑た笑みを浮かべ、さらに暴行を加えようと剣を振り上げた。
彼らの理屈はこうだ。
自分たちはエリートだった。だが、Fランク風情の冒険者に街を追い出された「被害者」だ。だから、これくらい奪って当然なのだ――と。
腐りきった特権意識。
その剣が、無抵抗の御者に振り下ろされようとした、その時だった。
「――嘆かわしいな」
低く、しかし腹の底に響くような重厚な声が、戦場に落ちた。
「あ?」
元騎士たちが一斉に振り返る。
そこに立っていたのは、一人の男だった。
身長二メートル近い巨躯。
仕立ての良い軍服を隙なく着こなし、背筋を槍のように伸ばしている。
その威容は、ただ立っているだけで周囲の空気をピリつかせるほどの圧力を放っていた。
レギオン幹部、十王序列二位・【軍】を司る、ヴィンセントである。
「誰だ、テメェは」
「我々はレギオン【蜘蛛】。この地の治安維持を任されている」
ヴィンセントは感情の読めない瞳で、ゴミを見るように元騎士たちを見下ろした。
「貴様らか。近頃、我が主の領土でハエのように飛び回っている武装集団は」
「ハエだと……? 俺たちは誇り高き第三魔導騎士団だぞ! 口を慎め!」
「元、だろう。今はただの野盗だ。……いや、騎士としての矜持すら捨てた貴様らは、野盗以下か」
ヴィンセントが一つため息をつき、一歩前へ出る。
その足音が、ズンッ、と不気味なほど重く響いた。
「ふざけやがって……! おい、やっちまえ! たかが一人だ、魔法で消し飛ばせ!」
リーダーの号令で、五十人の元騎士が一斉に杖と剣を構えた。
腐っても元騎士団、魔術の連携だけは手慣れている。
数えきれないほどの火球や氷の矢が、ヴィンセント一点に集中する。
物理的にも魔術的にも、一人の人間が耐えられる量ではない。
「死ねぇぇぇ!!」
ドォォォォンッ!!
着弾。
爆音と共に凄まじい熱波と土煙が舞い上がり、ヴィンセントの姿がかき消される。
地面が抉れ、周囲の木々が衝撃波でなぎ倒された。
「へっ、口ほどにもねぇ」
「見たか! これが俺たちの力だ!」
元騎士たちが勝利を確信して口元を歪めた。
だが。
「……弱い」
土煙の中から聞こえた声に、彼らの笑みが凍りついた。
風が吹き、煙が晴れる。
そこには――傷一つないヴィンセントが立っていた。
防御魔法を使った形跡すらない。服に焦げ跡一つついていない。
ただ、そこに「立っていた」だけだ。
「な、なんだと……?」
「直撃したはずだぞ!? なぜ無傷なんだ!」
狼狽する元騎士たち。
ヴィンセントは、自分の肩についた砂埃を払うと、冷徹な視線を向けた。
「数が多ければ勝てると思ったか? 統率なき集団など、戦場では烏合の衆に過ぎん」
ヴィンセントがゆっくりと右手を掲げる。
その瞬間、彼を中心にして、世界の色が変わったような錯覚が走った。
「教えてやろう。本物の『軍』とは、個の暴力ですら統率する私のことを言うのだ」
――【第一恩恵:軍神の号令】。
カッッッ!!!
ヴィンセントの体から、紅い闘気が爆発的に膨れ上がった。
それは魔力ではない。純粋な威圧感だ。
対峙した五十人の男たちが、蛇に睨まれた蛙のように硬直する。生物としての格の違いに、本能が「動くな」と警鐘を鳴らしたのだ。
「ひっ……足が、動かない……!?」
「総員、整列」
ヴィンセントが低く呟く。
次の瞬間、彼の姿が消えた。
ドォォォォォォォン!!
轟音と共に、最前列にいた五人の騎士が、まるでボールのように空へ弾き飛ばされた。
ヴィンセントの拳だ。
ただの正拳突き。しかしその威力は城門を打ち砕く攻城兵器に匹敵する。
「な、早――ぐあっ!?」
反応する暇もない。
ヴィンセントは残像すら残さず敵陣の中央へ踏み込むと、旋風のような回し蹴りを放った。
鋼鉄の鎧が紙屑のようにひしゃげ、十数人がまとめて吹き飛ぶ。
「魔法障壁、展開ッ!」
数人の魔術師が慌てて障壁を張るが、ヴィンセントは止まらない。
障壁ごと、魔術師の顔面を鷲掴みにし、地面に叩きつける。
バリンッ! ズドンッ!
ガラス細工のように砕け散る障壁。
「貴様らの魔法など、そよ風にもならん」
魔剣を抜いて斬りかかってきた騎士の剣を、ヴィンセントは素手で受け止めた。
そして、指先に少し力を込めるだけで――パキン、と鋼鉄の剣をへし折る。
「ひ、ひぃぃ!? 化け物!!」
「逃げろ! 勝てるわけが……がはっ!」
恐慌状態に陥り、逃走を図った者の背後に、ヴィンセントは瞬時に回り込んでいた。
その動きは、巨体に見合わぬ神速。
「逃げる許可は出していない」
裏拳一閃。
逃げようとした男たちが、ピンボールのように地面に叩きつけられ、沈黙する。
――戦闘開始から、わずか三十秒。
五十人いた「元エリート騎士団」は、誰一人として立っていなかった。
荒野に転がるのは、ひしゃげた鎧と、白目を剥いて気絶した男たちの山だけ。
うめき声すら聞こえない。完璧なる沈黙。
その中心で、ヴィンセントは軍服の襟を正した。
汗一つかいていない。息一つ乱れていない。
まるで、散歩のついでに小石を退けただけのような様子だ。
「……準備運動にもならん」
彼は怯える御者の方へ歩み寄ると、懐からポーションを取り出して放り投げた。
「怪我の手当てをしておけ。じきに回収部隊が来る。このゴミ掃除もついでに行わせよう」
御者は震える手でポーションを受け取り、涙ながらに地面に頭をこすりつけた。
「は、はいぃぃ! あ、ありがとうございますぅぅ!! レギオン【蜘蛛】様、バンザイ!!」
ヴィンセントは興味なさげに踵を返そうとして――ふと、足を止めた。
御者の隣。
馬車の護衛として雇われていたらしい一人の若い傭兵が、血まみれになりながらも体を起こそうとしていたからだ。
歳は十七、八だろうか。
元騎士たちの集団リンチに遭い、全身傷だらけだ。それでも彼は、折れた安物の剣を杖代わりにして立ち上がり、ヴィンセントを睨みつけていた。
(……ほう?)
ヴィンセントは眉をピクリと動かす。
先ほどの【軍神の号令】は、精神の弱い者なら気絶するほどの威圧を放っていた。
だが、この少年は耐えた。それどころか、正体不明の化け物を前にしても、守るべき馬車を背にして戦意を捨てていない。
「……名は」
ヴィンセントが問うと、少年は荒い息を吐きながら答えた。
「……レオ、だ……。雇い主には……指一本、触れさせない……!」
「威勢だけはいいな」
ヴィンセントは無表情のまま、懐からもう一本のポーションを取り出し、少年の足元へ転がした。
「使え。死なれると目覚めが悪い」
「……なっ、なぜ……」
「拾った命だ、無駄にするな。……その『眼』は悪くない」
それだけ言い残し、ヴィンセントは背を向けた。
未熟だが、芯に強固な鉄の意志を感じる。あれならば、磨けば光るかもしれない。
(まあいい。縁があればまた会うこともあるだろう)
ヴィンセントの背後の影から、数名の部下が音もなく現れる。
チェルシー率いる情報班と、ヴィンセント直轄の憲兵部隊だ。
「ヴィンセント様、お疲れ様です。……相変わらず、我々の出る幕がありませんね」
部下の一人が苦笑する。
ヴィンセントは倒れ伏す元騎士たちを一瞥した。
「彼らは鉱山へ送れ。ジェイドが労働力を欲しがっていたはずだ。死なない程度にこき使えば、多少は国益になるだろう」
「ハッ! 直ちに」
テキパキと処理が進んでいく。
これで、街道を脅かしていた最大の武装勢力は壊滅した。噂はすぐに広まり、小悪党たちも震え上がって逃げ出すだろう。
ヴィンセントは空を見上げる。
視線の先にあるのは、主であるシンが待つ地下宮殿の方角だ。
街の浄化は順調に進んでいる。次なる一手は、腐敗した「医療」の改革か。
「待っていろ、サフィナ。じきに貴様の出番だ」
軍神の瞳が、次の戦場を見据えて鋭く光った。
本日も読んでいただき、ありがとうございます!
今回のヴィンセントの活躍、いかがでしたか?
元騎士団をたった一人で壊滅させる、圧倒的な暴力とカリスマ性。まさに軍神でしたね。
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続きます。




