第30話 黒い太陽が昇る日
ネメシスに、新しい朝が来た。
だがそれは、希望の光であると同時に、不可視の糸によって管理された飼育箱の蓋が開いた瞬間でもあった。
王城前の広場は、早朝から数万の市民で埋め尽くされていた。
昨夜の地震と轟音、そして城から放たれた不穏な気配。
不安に駆られた民衆の前に現れたのは、昨日の戦いで英雄となった冒険者集団レギオンの幹部たちだった。
「市民諸君! よく集まってくれた!」
王城のバルコニー。
本来ならば王族しか立つことを許されないその場所に、一人の青年が立っていた。
十王第一席【商】ジェイド。
金髪碧眼、陶磁器のように滑らかな肌を持つ絶世の美青年は、朝日を浴びて神々しいほどの輝きを放っていた。
彼のその姿は、シンから授かった【認識のヴェールマスカレード】によって世界に定着し、誰の目にも疑いようのない「若きカリスマ」として映っている。
「昨夜の騒動について報告しよう。……悲しいことだが、宰相バルバロスが狂気に囚われ、王都を滅ぼす禁忌の魔物を呼び出したのだ」
ざわ……と広場がどよめく。
「だが、安心してほしい! 我々レギオンがその魔物を討伐し、宰相の暴走を止めた! 国王陛下もご無事だ!」
ジェイドが優雅に手を示すと、その隣に、げっそりとやつれた国王が姿を見せた。
国王はジェイドに目配せされると、ビクリと肩を震わせ、強張った笑顔で民衆に手を振った。
「そ、そうだ……余は無事である。すべては、そこのレギオンの……ジェイド殿たちの尽力によるものだ」
国王の声は震えていたが、魔道具によって増幅された声は、民衆の耳には「感謝に震える声」として届いた。
「おお……! やはりレギオンがやってくれたのか!」
「宰相のやつ、なんてことを……!」
民衆の敵意が死んだ宰相に向き、好意がレギオンに向く。
完璧な誘導だ。
ジェイドは満足げに頷くと、懐から羊皮紙を取り出し、高らかに宣言した。
「そして! 心労重なる陛下より、この王都ネメシスの復興と運営の全権を、我々レギオンに委任するとの勅命が下った!」
それは、実質的な国譲りの宣言だった。
しかし、ジェイドは民衆に考える隙を与えない。即座に「蜜」を提示する。
「我々が統治するからには、古い悪習はすべて撤廃する! まずは復興支援として、市民税の当面免除! さらに、レギオン関連商店での食料品の無償配給を実施する!」
ドッ!! と広場が爆発したような歓声に包まれた。
税の免除。食料の配給。
日々の生活に追われる市民にとって、それは誰が王であるかよりも遥かに重要な正義だった。
「レギオン万歳! ジェイド様万歳!」
「新しい領主様だ!」
熱狂の渦。
その光景を、バルコニーの影から見つめる男がいた。
十王第二席【統】ヴィンセントである。
「……うまく煽るものだ。これでは、誰も我々を簒奪者さんだつしゃとは呼べまい」
「ええ。人はパンと見世物さえ与えておけば、首輪を付けられても気づかないものですから」
ヴィンセントの独り言に答えたのは、道化師の仮面を外した素顔の美少女、ネモ・ローズだった。
「さて、ヴィンセント殿。飴配りはジェイドの役目。貴方の役目は?」
「決まっている。鞭だ。浮かれた馬鹿どもが調子に乗らぬよう、釘を刺して回る」
ヴィンセントは凶悪な笑みを浮かべ、巨大な戦斧を担いだ。
広場の外周には、既に彼の手によって再編成された武装集団――かつてのギルド職員や、レギオンに下った冒険者たちが、殺気立った規律正しさで整列している。
◇
同時刻。レギオンハウス屋上。
地上の喧騒を見下ろす場所に、一人の少年が座っていた。
Fランク冒険者、シン。
彼は虚空に浮かべた無数の【幻影の窓ファントム・ウィンドウ】を眺めている。
そこには、熱狂する広場、動き出すギルド、そして街のあちこちの様子が映し出されている。
シンは退屈そうに頬杖をつき、背後の影に潜む四天たちに声をかけた。
「舞台は整った。だが、中身はまだスカスカだ」
シンが指先で幻影の窓を弾く。
「腐った商人、野党崩れの元騎士、金を巻き上げるだけの教会、時代遅れのインフラ……。私の庭にするには、汚すぎる」
シンにとって、ネメシスはただの支配地域ではない。自身の所有物であり、巣だ。
汚れた巣で暮らすのは、捕食者の美学に反する。
「十王たちに伝えろ。――仕事ビジネスの時間だ、と」
シンは立ち上がり、眼下に広がる都市へ向けて手を広げた。
「ジェイドには経済の浄化と、使える駒の選別を」
「ヴィンセントには治安の確立と、兵隊の確保を」
「サフィナには医療の独占を」
「ヴォルカンとシノには、この街の文明レベルの底上げを命じる」
その瞳が、妖しく輝く。
「この街を、世界で最も甘く、抜け出し難い楽園に作り変えろ。外の世界の人間が、涎よだれを垂らして羨むほどにな」
影の中から、アレス、ミラ、ボルトス、チェルシーの声が重なる。
『御意に、我が主マスター』
黒い太陽が昇った。
これより始まるのは、戦争ではない。
圧倒的な技術と、財力と、暴力による――一方的な文明の侵略である。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
ついにネメシスの自治権を手に入れました。
武力による制圧の次は、圧倒的な「統治能力」を見せつけるターンです。
シンが言うように、この街を「抜け出せない楽園」へと作り変えていきます。お楽しみください。
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