表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/64

第27話 救国の英雄、あるいは簒奪者

 圧倒的な静寂が、焦土と化した大通りを支配していた。

 つい先刻まで王国の精鋭がひしめいていた場所には、いまや黒いすすと、溶けた鎧の残骸が点在するのみ。

 五〇〇の命が、文字通り「蒸発」したのだ。

 その中心に立つ深紅の髪の男、アレス。

 彼は退屈そうに大剣を肩に担ぎ、鼻を鳴らした。

「……もろい。たきぎにもなりゃしねぇ」

 その一言が、遠巻きに様子を窺っていた市民や冒険者たちの耳に届く。

 彼らの表情に浮かんでいるのは、安堵ではない。

 原初的な「恐怖」だ。

 騎士団を一方的に虐殺する冒険者たちの集団レギオン

 それはもはや、守るべき隣人ではなく、都市を脅かす魔王の軍勢に見えたに違いない。

(――さて。恐怖だけで支配するのは、三流のやり方だ)

 屋上のシンは、民衆の動揺を冷徹に見透かしていた。

 力による支配は早いが、反発も招く。

 真の支配とは、相手が自ら膝を折るように仕向けることだ。

(アレス、下がれ。――舞台転換チェンジだ)

 シンが【支配の神糸】を通じて思考を飛ばす。

 瞬間、アレスの纏う暴虐の気配が霧散した。

 彼は主の意図を汲み取り、芝居がかった動作で大袈裟に嘆息してみせる。

「ったく、乱暴な客だったぜ。俺たち善良な市民を、いきなり焼き払おうとするなんてな」

 その言葉を合図に、レギオンハウスの扉から新たな人物が現れる。

「まあまあ、アレスさん。彼らもきっと、悪い夢でも見ていたのでしょう」

 柔らかな声と共に現れたのは、聖女のような微笑みを浮かべた美女――四天【聖】ミラ。

 そして、その横には、見る者すべてを魅了するほどの金髪碧眼の美青年が控えていた。

 十王第一席【商】ジェイド。

 かつては老練な商人だったが、シンの恩恵により全盛期の肉体――二十代半ばの、絵本から抜け出したような王子様プリンスの姿を取り戻している。

 ジェイドは優雅な所作で前に進み出ると、甘く、しかし芯のある声で震える市民たちに語りかけた。

「ネメシスの市民よ! そして、賢明なる冒険者諸君!」

 その美貌と声には、聞く者を惹きつける強力な魔力カリスマが宿っていた。

 ジェイドの権能【黄金の支配者】の一端――『掌握』である。

「見ての通り、我々『レギオン』は、宰相バルバロスの私兵による不当な襲撃を受けた! 彼らは問答無用で広域殲滅魔法を放ち、あわよくば、この一帯の市民ごと我らを消し去ろうとしたのだ!」

 ざわ……と群衆が波打つ。

 美しき英雄の悲痛な訴えに、民衆の心は一瞬で傾いていく。

「だが、安心してほしい! 我々の目的は都市の安寧と繁栄! 故に、我らはその身を盾とし、暴虐の炎からこの街を守り抜いた!」

 ジェイドが手を掲げると、背後のボロボロになった石畳(演出のためにアレスが焼きすぎた部分)が、いかにも「激戦の傷跡」として強調される。

「彼らは国を守る騎士ではない! 権力に溺れ、民を害する『害虫』へと成り下がった! 我々は本日この時をもって宣言する! 腐敗した宰相一派を排除し、真に正しき『自治』をこの手に取り戻すことを!」

 それは、実質的な独立宣言であり、革命の狼煙のろしだった。

 本来なら反逆罪で即刻処刑される言葉。

 だが、目の前には「騎士団を単独で壊滅させた最強の武力」と、それを率いる「美しき指導者」がいる。

「さらに! 今回の騒動で不安を感じた皆様には、レギオンが全額補償を行いましょう。本日より三日間、我らが運営する商店では全品九割引き! 炊き出しも行います!」

 ジェイドが輝くような笑顔(営業用スマイル)で指を鳴らすと、控えていた従業員たちが、山のような食料や金貨の袋を運び出し始めた。

 恐怖は、欲望と利益、そして「推し」への熱狂によって上書きされる。

 圧倒的な「武力」。

 腐敗した国への「不満」。

 そして、目の前に現れた「美しき英雄」。

 三つの毒が回った瞬間、民衆の感情が爆発した。

「う、うおおおおおっ! レギオン万歳!」

「なんて気高い方なんだ……騎士団なんて目じゃない!」

「宰相なんてクソ食らえだ! 俺たちは貴方についていくぞ!」

 黄色い歓声と野太い怒号が混じり合う。

 それは、彼らが「王国」という古い船を捨て、「レギオン」という巨大な方舟に乗り換えた瞬間だった。

(クク……単純な生き物だ。綺麗な顔と餌を見せれば、誰が飼い主かすぐに理解する)

 シンは満足げに目を細める。

 ジェイドの「顔」は、政治において最強の武器だ。

 これで、この都市ネメシスは落ちた。

 あとは、仕上げだ。

(ヴィンセント、手筈通りに。――「ギルド」を動かせ)

『御意に、我がマスター

 通信越しに、短く重い返答が返る。

 ◇

 同時刻。冒険者ギルド本部。

 ギルド職員たちが慌ただしく走り回る中、総帥室の扉が乱暴に開かれた。

 入ってきたのは、歴戦の覇気を纏った男――【統】ヴィンセント。

 その背後には、武装したギルドの精鋭部隊「処刑課」の面々が控えている。

 椅子に座っていたギルド長代理(宰相の息がかかった小役人)が、悲鳴のような声を上げた。

「な、何だ貴様らは! ここは関係者以外立ち入り禁――ひっ!?」

 ヴィンセントが一睨みしただけで、代理の男は泡を吹いて椅子から転げ落ちた。

 ヴィンセントは無言で歩み寄ると、男の襟首を掴み上げ、ゴミのように部屋の外へと放り投げる。

「今日から俺がルールだ。文句のある奴は?」

 ドス、と愛用の巨大な戦斧を床に突き立てる。

 職員たちは一斉に首を横に振り、直立不動の姿勢をとった。彼らにとって、伝説の元ギルド長ヴィンセントの帰還は、恐怖であると同時に、ある種の「あるべき姿への回帰」でもあった。

「よし。――全支部に通達! 宰相バルバロスおよびその私兵を『人類のネームド・エネミー』認定する! ギルドはこれよりレギオンと共闘し、王都の治安維持権を接収する!」

 その号令は、魔導通信網を通じて瞬く間に都市全域、そして近隣の都市へと拡散された。

 

 冒険者ギルドという、国境を超えた巨大組織が、正式に王国政府へ牙を剥いた瞬間である。

 ◇

 王城、玉座の間。

 報告を聞いた宰相バルバロスは、もはやグラスを持つことすらできず、床に座り込んでいた。

「き、騎士団が全滅……? ギルドが離反……? 民衆が暴動を……?」

 数時間前まで、彼はこの国の実質的な支配者だった。

 だが今、彼の手元には何も残っていない。

 城の外からは、民衆の怒号と、「レギオン」を称えるシュプレヒコールが波のように押し寄せてくる。

「な、なんなのだ……あいつらは……!」

 ガタガタと震える彼の目の前で、空間が歪んだ。

 影が滲み出し、一人の道化師が姿を現す。

 十王第三席【知】ネモ・ローズ。

 その手には、一枚の羊皮紙が握られていた。

「ごきげんよう、元・宰相閣下」

 仮面の下から、鈴を転がすような嘲笑が響く。

「貴方の罪状リストをお持ちしましたわ。国家反逆、公金横領、違法奴隷の売買……ああ、それと『魔導騎士団を私用で使い潰した罪』も追加ですわね」

「き、貴様ッ! どこから入った!」

「どこから? ウフフ、私たちは最初から『影』の中にいたのですもの」

 ネモが指を鳴らすと、玉座の間のあちこちの影から、無数の瞳が光った。

 それはレギオンの諜報部隊。

 この城は既に、蜘蛛の巣の中だったのだ。

「さあ、最後の舞踏会(処刑)の時間です。――マスターがお待ちですよ」

 ネモの宣告と共に、王城の鐘が重々しく鳴り響いた。

 それは一時代の終わりと、新たな支配者の誕生を告げる弔鐘ちょうしょうだった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

次回もぜひお楽しみください!

※「面白かった!」「続きが気になる!」「ざまぁ最高!」と思っていただけましたら、

下にある【☆☆☆☆☆】から評価、ブックマーク登録をしていただけると執筆の励みになります!

よろしくお願いいたします!

明日も夕方に投稿します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ