第27話 救国の英雄、あるいは簒奪者
圧倒的な静寂が、焦土と化した大通りを支配していた。
つい先刻まで王国の精鋭がひしめいていた場所には、いまや黒い煤と、溶けた鎧の残骸が点在するのみ。
五〇〇の命が、文字通り「蒸発」したのだ。
その中心に立つ深紅の髪の男、アレス。
彼は退屈そうに大剣を肩に担ぎ、鼻を鳴らした。
「……脆い。薪にもなりゃしねぇ」
その一言が、遠巻きに様子を窺っていた市民や冒険者たちの耳に届く。
彼らの表情に浮かんでいるのは、安堵ではない。
原初的な「恐怖」だ。
騎士団を一方的に虐殺する冒険者たちの集団。
それはもはや、守るべき隣人ではなく、都市を脅かす魔王の軍勢に見えたに違いない。
(――さて。恐怖だけで支配するのは、三流のやり方だ)
屋上のシンは、民衆の動揺を冷徹に見透かしていた。
力による支配は早いが、反発も招く。
真の支配とは、相手が自ら膝を折るように仕向けることだ。
(アレス、下がれ。――舞台転換だ)
シンが【支配の神糸】を通じて思考を飛ばす。
瞬間、アレスの纏う暴虐の気配が霧散した。
彼は主の意図を汲み取り、芝居がかった動作で大袈裟に嘆息してみせる。
「ったく、乱暴な客だったぜ。俺たち善良な市民を、いきなり焼き払おうとするなんてな」
その言葉を合図に、レギオンハウスの扉から新たな人物が現れる。
「まあまあ、アレスさん。彼らもきっと、悪い夢でも見ていたのでしょう」
柔らかな声と共に現れたのは、聖女のような微笑みを浮かべた美女――四天【聖】ミラ。
そして、その横には、見る者すべてを魅了するほどの金髪碧眼の美青年が控えていた。
十王第一席【商】ジェイド。
かつては老練な商人だったが、シンの恩恵により全盛期の肉体――二十代半ばの、絵本から抜け出したような王子様の姿を取り戻している。
ジェイドは優雅な所作で前に進み出ると、甘く、しかし芯のある声で震える市民たちに語りかけた。
「ネメシスの市民よ! そして、賢明なる冒険者諸君!」
その美貌と声には、聞く者を惹きつける強力な魔力が宿っていた。
ジェイドの権能【黄金の支配者】の一端――『掌握』である。
「見ての通り、我々『レギオン』は、宰相バルバロスの私兵による不当な襲撃を受けた! 彼らは問答無用で広域殲滅魔法を放ち、あわよくば、この一帯の市民ごと我らを消し去ろうとしたのだ!」
ざわ……と群衆が波打つ。
美しき英雄の悲痛な訴えに、民衆の心は一瞬で傾いていく。
「だが、安心してほしい! 我々の目的は都市の安寧と繁栄! 故に、我らはその身を盾とし、暴虐の炎からこの街を守り抜いた!」
ジェイドが手を掲げると、背後のボロボロになった石畳(演出のためにアレスが焼きすぎた部分)が、いかにも「激戦の傷跡」として強調される。
「彼らは国を守る騎士ではない! 権力に溺れ、民を害する『害虫』へと成り下がった! 我々は本日この時をもって宣言する! 腐敗した宰相一派を排除し、真に正しき『自治』をこの手に取り戻すことを!」
それは、実質的な独立宣言であり、革命の狼煙だった。
本来なら反逆罪で即刻処刑される言葉。
だが、目の前には「騎士団を単独で壊滅させた最強の武力」と、それを率いる「美しき指導者」がいる。
「さらに! 今回の騒動で不安を感じた皆様には、レギオンが全額補償を行いましょう。本日より三日間、我らが運営する商店では全品九割引き! 炊き出しも行います!」
ジェイドが輝くような笑顔(営業用スマイル)で指を鳴らすと、控えていた従業員たちが、山のような食料や金貨の袋を運び出し始めた。
恐怖は、欲望と利益、そして「推し」への熱狂によって上書きされる。
圧倒的な「武力」。
腐敗した国への「不満」。
そして、目の前に現れた「美しき英雄」。
三つの毒が回った瞬間、民衆の感情が爆発した。
「う、うおおおおおっ! レギオン万歳!」
「なんて気高い方なんだ……騎士団なんて目じゃない!」
「宰相なんてクソ食らえだ! 俺たちは貴方についていくぞ!」
黄色い歓声と野太い怒号が混じり合う。
それは、彼らが「王国」という古い船を捨て、「レギオン」という巨大な方舟に乗り換えた瞬間だった。
(クク……単純な生き物だ。綺麗な顔と餌を見せれば、誰が飼い主かすぐに理解する)
シンは満足げに目を細める。
ジェイドの「顔」は、政治において最強の武器だ。
これで、この都市は落ちた。
あとは、仕上げだ。
(ヴィンセント、手筈通りに。――「ギルド」を動かせ)
『御意に、我が主』
通信越しに、短く重い返答が返る。
◇
同時刻。冒険者ギルド本部。
ギルド職員たちが慌ただしく走り回る中、総帥室の扉が乱暴に開かれた。
入ってきたのは、歴戦の覇気を纏った男――【統】ヴィンセント。
その背後には、武装したギルドの精鋭部隊「処刑課」の面々が控えている。
椅子に座っていたギルド長代理(宰相の息がかかった小役人)が、悲鳴のような声を上げた。
「な、何だ貴様らは! ここは関係者以外立ち入り禁――ひっ!?」
ヴィンセントが一睨みしただけで、代理の男は泡を吹いて椅子から転げ落ちた。
ヴィンセントは無言で歩み寄ると、男の襟首を掴み上げ、ゴミのように部屋の外へと放り投げる。
「今日から俺がルールだ。文句のある奴は?」
ドス、と愛用の巨大な戦斧を床に突き立てる。
職員たちは一斉に首を横に振り、直立不動の姿勢をとった。彼らにとって、伝説の元ギルド長ヴィンセントの帰還は、恐怖であると同時に、ある種の「あるべき姿への回帰」でもあった。
「よし。――全支部に通達! 宰相バルバロスおよびその私兵を『人類の敵』認定する! ギルドはこれよりレギオンと共闘し、王都の治安維持権を接収する!」
その号令は、魔導通信網を通じて瞬く間に都市全域、そして近隣の都市へと拡散された。
冒険者ギルドという、国境を超えた巨大組織が、正式に王国政府へ牙を剥いた瞬間である。
◇
王城、玉座の間。
報告を聞いた宰相バルバロスは、もはやグラスを持つことすらできず、床に座り込んでいた。
「き、騎士団が全滅……? ギルドが離反……? 民衆が暴動を……?」
数時間前まで、彼はこの国の実質的な支配者だった。
だが今、彼の手元には何も残っていない。
城の外からは、民衆の怒号と、「レギオン」を称えるシュプレヒコールが波のように押し寄せてくる。
「な、なんなのだ……あいつらは……!」
ガタガタと震える彼の目の前で、空間が歪んだ。
影が滲み出し、一人の道化師が姿を現す。
十王第三席【知】ネモ・ローズ。
その手には、一枚の羊皮紙が握られていた。
「ごきげんよう、元・宰相閣下」
仮面の下から、鈴を転がすような嘲笑が響く。
「貴方の罪状リストをお持ちしましたわ。国家反逆、公金横領、違法奴隷の売買……ああ、それと『魔導騎士団を私用で使い潰した罪』も追加ですわね」
「き、貴様ッ! どこから入った!」
「どこから? ウフフ、私たちは最初から『影』の中にいたのですもの」
ネモが指を鳴らすと、玉座の間のあちこちの影から、無数の瞳が光った。
それはレギオンの諜報部隊。
この城は既に、蜘蛛の巣の中だったのだ。
「さあ、最後の舞踏会(処刑)の時間です。――主がお待ちですよ」
ネモの宣告と共に、王城の鐘が重々しく鳴り響いた。
それは一時代の終わりと、新たな支配者の誕生を告げる弔鐘だった。
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