第26話 紅蓮の焦土
「消し炭になるのは、どっちだ?」
アレスが問うた瞬間、世界の色が変わった。
彼が握る大剣の刀身から、ドス黒い赤色――凝縮された紅蓮の炎が噴き上がる。
それは松明の火や、先ほどの戦略魔法のような生易しいものではない。
視界に入るすべてを灰へと還す、破壊の権化としての「火」だ。
アレスは無造作に、その剣を横なぎに振るった。
「――薙ぎ払え」
轟音すら、置き去りにされた。
アレスの前方扇状に、紅蓮の波濤が奔る。
騎士団が慌てて展開した多重魔法障壁は、薄氷のように砕け散る以前に、触れた瞬間に溶解し、蒸発した。
「ぎ、ぎゃあああああああッ!?」
「盾が!? 防御魔法が効かな――ッ!」
前列にいた五十名ほどの魔導師たちが、絶叫を残す間もなく炎に呑まれる。
彼らは燃え尽きるのではない。
その存在ごと、紅蓮の光の中に溶けて消滅したのだ。
圧倒的な熱量が、石畳をマグマのようにドロドロに溶かし、レギオンハウス前の大通りを灼熱の地獄へと変貌させる。
「ば、化け物……!」
「撤退! 撤退だ! こんなもの、勝てるわけがない!」
騎士団長の悲鳴に近い号令が響く。
誇り高き王国の精鋭部隊の士気は、たった一撃で崩壊した。
彼らが相対しているのは、人間ではない。
人の形をした「天災(Sランク)」だということを、本能が理解してしまったのだ。
我先にと背を向け、逃げ出そうとする騎士たち。
だが、その背中に冷徹な声が投げかけられる。
「逃がすわけないでしょう? ――許可なく裏庭に入ったネズミさんには、お仕置きが必要です」
キィィン……。
灼熱だったはずの大気が、唐突に凍てついた。
逃走経路となる大通りの後方、そこから歩いてくるのは、白の振袖を纏った無口な少女。
十王第四席【魔】セレン。
彼女が静かに細い指を振ると、地面から無数の巨大な氷柱が槍のように突き出した。
「氷結界・百花」
ズズズズズッ!!
氷の槍は逃げ惑う騎士たちの退路を塞ぐように壁となり、あるいはその足を串刺しにして縫い留める。
極炎と極寒。
相反する二つの地獄に挟まれ、五〇〇名の騎士団は袋のネズミとなった。
(ほう。アレスの熱量を計算に入れ、相殺されない位置に氷を展開したか。セレンの魔力制御も随分と繊細になったものだ)
屋上から見下ろすシンは、眼下の惨劇を芸術品でも眺めるかのように評価する。
シンと配下を繋ぐ【支配の神糸】を通じて、彼らが敵を屠るたびに、その魂から搾り取られた魔力がシンへと流れ込んでくる。
心地よい奔流だ。
敵が強ければ強いほど、その「絶望」と「魔力」は上質な糧となる。
「あ、悪魔だ……こいつらは冒険者なんかじゃない……!」
「ひぃ、助けてくれ! 降伏する! 降伏するから!」
杖を捨て、地面に這いつくばって命乞いをする騎士たち。
だが、アレスは残虐な笑みを浮かべたまま、ゆっくりと歩み寄る。
「降伏? 聞いてねェな。俺が聞いた命令は『掃除』だ」
アレスが大剣を掲げる。
刀身に纏わりつく炎が、蛇のように鎌首をもたげた。
「俺の大事な弟君の安眠を妨げた罪だ。――その魂で払ってもらうぜ」
振り下ろされる紅蓮の剣。
断末魔の叫びは、瞬く間に爆炎の音にかき消された。
◇
王城、宰相執務室。
豪奢な調度品に囲まれたその部屋で、宰相バルバロスは優雅にワイングラスを傾けていた。
窓の外、市街地の方角から微かな震動が伝わってくる。
おそらく、第三魔導騎士団が、あの忌々しい冒険者どもを消し去った音だろう。
彼は満足げに口元の髭を撫でた。
「ふん。たかがFランク崩れの愚連隊が、図に乗るからこうなるのだ。私の計画を乱す不純物は、すべて排除しなければな」
そこへ、青ざめた顔の伝令兵が転がり込んでくる。
扉をノックすることすら忘れたその無礼さに、バルバロスは不快げに眉をひそめた。
「騒がしいぞ。どうした? 『レギオン』の死体を確認したか?」
「は、はい……いえ! ち、違いますッ!」
伝令兵は腰を抜かしたように震えながら、信じ難い報告を口にした。
「全滅……しました……ッ!」
「そうかそうか。冒険者ごときが騎士団に敵うはずも――」
「ち、違います!! 全滅したのは、騎士団の方です!!」
ガシャン。
バルバロスの手からワイングラスが滑り落ち、赤い飛沫を床に散らした。
彼は自分の耳を疑い、目の前の男を凝視する。
「……は? 今、なんと?」
「第三魔導騎士団、五〇〇名……全滅です! 生存者、ゼロ! レギオン側の被害、なし! 一方的な虐殺でした……!」
「ば、馬鹿な……!」
バルバロスは絶句した。
第三魔導騎士団は、この国の最高戦力の一角だ。
それが、たかが十数名のレギオン冒険者に?
しかも、一方的に?
「ありえん……ありえんぞ、そんなことが! 奴らは一体、何なんだ!?」
宰相の絶叫が、虚しく響く。
彼はまだ知らない。
自分が手を出したのは、ただの冒険者ではない。
数万年の時を超えて蘇った、神話の怪物の巣だったということを。
そして、その「巣」の主である少年が、既に次なる一手――国家そのものを転覆させる「毒」を、王都全体に撒き散らし終えていることを。
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続きます。




