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第115話 |黄金の波《ゴールド・ウェーブ》、|情報の風《インフォ・ストリーム》

城塞都市(フォート・シティ)ネメシスの地下深層。


かつては冷たい岩盤と静寂だけが支配していたその広大な空間は今、地上のどの市場よりも活気と熱気に満ち溢れていた。


「おらおらぁ! 帝都からの定期便が到着するぞ! 荷降ろし急げッ!」


「こっちはネメシス産の食料だ! 鮮度が落ちないうちに運び込め!」


怒号のような指示が飛び交い、屈強な作業員たちが荷車を押して走り回っている。


その中心に鎮座するのは、高さ十メートルにも及ぶ巨大な漆黒のアーチ――『魔導転移門(ワープ・ゲート)』だ。


門の内側で渦巻く闇の向こう側からは、途切れることなく物資が吐き出され、また吸い込まれていく。


鋼牙帝国(アイゼンガルド)から送られてくるのは、最高純度の魔鋼(アダマン)のインゴット、魔導炉(マギ・ファーネス)のパーツ、そして希少な魔石(マナ・ストーン)の山。


かつては馬車で数週間を要した、重量級の資源たちだ。


対して、ネメシスから送り出されるのは、ダンジョンで収穫された新鮮な魔物の肉、野菜、そしてサフィナが調合した高品質な魔薬(ポーション)や日用品。


戦争で疲弊した帝都の民にとって、喉から手が出るほど欲しい生活物資である。


鉄と食料。


重厚な資源と、柔らかな恵み。


本来なら交わるまでに膨大な時間とコストを要する二つの価値が、ここでは「距離ゼロ」で交換されているのだ。


「……壮観じゃのう」


その光景を見下ろすキャットウォークの上で、筋骨隆々のドワーフが満足げに髭を撫でた。


十王(デケム・キング)・第九席【(スミス)】ヴォルカン・マイヤー。


「数千キロの道のりを、一歩で跨ぐか。……わしらが作ったもんだが、改めて見るとバケモンじみた発明じゃわい」


「へへっ、だろ? 爺ちゃん!」


隣で防風ゴーグルをいじりながら笑うのは、第十席【(ガジェット)】シノ・コリンズだ。


オイルまみれの作業着を着た彼は、眼下で行き交う物資の流れを、まるで自分が組み立てた積み木を見るような愛おしげな目で見つめていた。


「距離なんてさ、ただの『邪魔な隙間』なんだよ。


折り畳んで、穴開けて、くっつけちゃえばいい。……俺の『天啓(フラッシュ)』がそう言ってた通りの形になったぜ」


シノにとって、世界の物理法則は絶対的なルールではない。


「こうすればもっと面白い」という直感に従って、パズルのように組み替える対象に過ぎないのだ。


「全くだ。……お前のそのデタラメな脳みそと、わしの腕があれば、世界中どこだって庭先みたいなもんじゃ」


ヴォルカンは豪快に笑い、巨大なレンチで手すりを叩いた。


「だが、満足するのは早えぞ。……今はまだ、帝都とネメシスを繋いだだけじゃ」


「わかってるって。……次は『もっと遠く』だろ?」


シノが指差した先。


転移門のさらに奥には、まだ稼働していない二つの巨大なフレームが、沈黙を守って並んでいた。


一つは、西の果てにある商業国家へ。


もう一つは、東の湖畔にある魔法国家へ。


「西の海から新鮮な魚を運んで、東の塔から魔導書をパクる。……へへっ、想像しただけでワクワクすんな!」


シノはポケットから取り出した工具を、チャカチャカと弄んだ。


「待ってろよ、世界。……俺たちの『裏道(ショートカット)』で、全部繋げてやるからな」


物流の革命。


それは、レギオン・蜘蛛(アラクネ)が世界を飲み込むための、強靭な血管の構築でもあった。


物理的な距離の死。


それは即ち、国家という境界線の消失を意味するのだから。



同時刻。


レギオンハウスの五階、商業ギルド(ビジネス・ギルド)統括本部。


その最奥にある執務室は、外の喧騒とは無縁の、冷徹な静寂に支配されていた。


高級な絨毯が敷き詰められた床、壁一面の本棚に並ぶ分厚い帳簿、そして窓から差し込む午後の光が、部屋の主を優雅に照らし出している。


「……ふむ。興味深いデータですね」


マホガニーの執務机に座り、書類に目を通しているのは、銀髪碧眼の美青年。


十王(デケム・キング)・第一席【(ミダス)】ジェイド・バーンズだ。


彼は片眼鏡モノクルの位置を直し、手元の羊皮紙に記された数字の羅列を、獲物を狙う鷹のような鋭さで見つめていた。


「ルカ。……この『黄昏の公国(ウェスペル)』の通貨レート、変動が激しすぎませんか?」


ジェイドが問いかけると、傍らに控えていた少年が、即座に答えた。


丸眼鏡をかけ、知的なスーツに身を包んだ副官、ルカ。


「はい、ジェイド様。……公国は大陸最大の闇市場(ブラック・マーケット)を抱える商業国家ですが、その実態は『無秩序な放任主義』です」


ルカは手元の計算機(シノが作った簡易的な歯車式演算機)を弾きながら、淡々と解説する。


「彼らは独自の通貨『黄昏金貨(ダスク・ゴールド)』を発行していますが、その価値を担保する王家の資産が不明瞭です。


市場の気分次第で、今日パンが買えた金貨が、明日は紙屑になることも珍しくありません」


「なるほど。……信用がない金、ということですね」


ジェイドは扇子を開き、口元を隠して微笑んだ。


その瞳の奥で、黄金の光が妖しく明滅する。


第一恩恵(ファースト・ギフト):【黄金律(ゴールデン・ルール)】。


富の流れを可視化し、支配する権能を持つ彼にとって、公国の経済構造は「隙だらけの金庫」にしか見えなかった。


「投機と博打で成り立っている国。……ならば、その不安定さを突いて差し上げましょう」


ジェイドは立ち上がり、壁に掛けられた大陸地図の前へ歩み寄った。


西の海岸線に位置する、紫色の領域。黄昏の公国(ウェスペル)


「彼らは金が好きだ。……ならば、死ぬほど食わせてあげればいい」


「食わせる、ですか?」


「ええ。……ルカ、例の『贋作(レプリカ)』の準備は?」


「完了しています。……ヴォルカン様の技術で鋳造された、純度一〇〇%の偽造金貨。公国の鑑定士でも、本物と区別がつかないレベルです」


ルカが指を鳴らすと、部屋の隅に積まれていた木箱の一つが開いた。


中には、公国の刻印が押された金貨が、山のように詰まっていた。


だが、それはただの金貨ではない。


シンの魔力と、ヴォルカンの技術によって「価値」そのものを付与された、呪われた黄金。


「これを市場に大量に流し込みます。……最初は景気が良くなったと喜ぶでしょう。ですが、金貨が増えすぎればどうなるか」


「通貨の価値が暴落し……物価が制御不能なほど高騰します(ハイパーインフレ)」


ルカが冷徹に結論を述べる。


「そのタイミングで、我々が保有する公国の債権を一気に売り浴びせます。……国債、土地、商品の先物取引。全てを暴落させ、紙屑同然になったところを――」


「我々レギオンの『魔導手形(マギ・クレジット)』で買い叩く」


ジェイドが扇子を閉じた。


パチン、という音が、公国の死刑執行の合図のように響く。


「国を丸ごと買い取るのです。……王も、商人も、その誇りさえも。


金に魂を売った彼らには、金で首を絞められる最期がお似合いでしょう?」


ジェイドの笑顔は、天使のように美しく、そして悪魔のように残酷だった。


経済戦争。


剣も魔法も使わず、ただ数字と紙切れだけで一国を滅ぼす、最も洗練された侵略。


「準備なさい、ルカ。……西風に乗せて、黄金の毒をばら撒きに行きますよ」


「はい、ジェイド様。……計算通りに」



一方、レギオンハウスの3階、研究開発フロア。


そこは、常に怪しげな魔力光と、焦げ臭い煙が充満するマッドサイエンティストたちの巣窟だ。


その一室で、机に向かっている二人の男がいた。


「……おいシノ、ここの波長、またズレたぞ」


声を上げたのは、黒いロングコートを纏った冷静な青年。


十王(デケム・キング)・第六席【(ウィッチ)】セレンの副官、レインである。


元・宮廷魔導院の研究者である彼は、空中に展開した無数の魔力波形図マナ・ウェーブ・グラフを睨みつけながら、苛ただしげに眼鏡の位置を直した。


「東の方角……魔導連邦(グリモア)から発せられている魔力波だ。……奴ら、定期的に周波数を変えてやがる。これじゃあ『盗聴』が安定しない」


「あーもう! 賢しい連中だなァ!」


隣で頭を抱えているのは、シノだ。


彼は机の上に散らばる大量の部品――水晶、銅線、そして奇妙な形をしたアンテナのような装置と格闘していた。


彼らが挑んでいるのは、東の大国・魔導連邦(グリモア)に対する「情報戦」の準備だった。


連邦は、『魔法通信網(レイライン)』と呼ばれる独自の魔力ネットワークを大陸中に張り巡らせ、情報の伝達を独占している。


軍の動き、市場の価格、そして各国の機密情報。


それらが全て、目に見えない魔力の波に乗って連邦の首都へと集められているのだ。


「魔法使いどもは、自分たちだけがこの声を聞けると思ってる。……ムカつくよな」


シノがニヤリと笑い、ドライバーを回す。


「だからさ、俺たちが横から『つまみ食い』してやろうぜ。……魔法じゃなくて、『機械(ガジェット)』の力でな」


シノが組み立てているのは、魔力を持たない者でも通信を傍受できる装置――『魔導受信機(マギ・レシーバー)』の試作機だ。


魔法的な解読(デコード)ではなく、物理的に魔力波の振動を拾い、音声や文字に変換する。


「原理は簡単だ。……奴らの通信は『特定の魔力の揺れ』だろ?


なら、こっちの水晶を同じリズムで共鳴させてやれば、勝手に声が聞こえてくるはずだ」


「理論上はな。……だが、連邦の暗号化術式は複雑だ。数千層の防壁(プロテクト)が掛かっている」


レインが懐疑的な視線を向ける。


「それを突破するには、Sランク級の魔導師が数人がかりで解析する必要があるぞ」


「バーカ。正面から鍵を開けようとするから大変なんだよ」


シノは装置のツマミを回し、水晶の周りに取り付けたコイル状の部品を調整した。


「鍵穴をいじるんじゃなくてさ……ドアの隙間に『耳』を押し当ててやるんだよ。


ほら、このコイル。……魔力の『余りカス』を拾って増幅する形状にしてある」


シノがスイッチを入れる。


ザザッ……ザザザッ……。


ノイズが走り、やがて、人の声が漏れ聞こえてきた。


『――こちら東部方面軍……定期連絡……異常なし……』


『――賢者会議より通達……勇者召喚の準備は……』


「!?」


レインが目を見開いた。


「聞こえる……! 連邦の軍事回線か!? 暗号化を無視して、直接音声を拾っているのか!?」


「へへっ、大成功!」


シノはガッツポーズを決めた。


「魔法使いはさ、自分たちの術式が完璧だと思ってるから、『漏れてる音』には無頓着なんだよ。


……これで、連邦のヒソヒソ話は、全部俺たちのモンだ」


「……恐ろしい発想だ。魔法の理屈を知らないからこそ、盲点を付けるのか」


レインは呆れつつも、感嘆の息を漏らした。


この装置があれば、連邦の動きは全て筒抜けになる。


彼らが何を企み、何を隠しているのか。


その全てを把握した上で、先手を打つことができる。


「よし、量産だ! レイン、お前は受信した情報を片っ端から記録してくれ!


俺はもっと感度を上げて、奴らの『寝言』まで拾えるように改造してやる!」


「了解だ。……連邦の賢者どもが、青ざめる顔が目に浮かぶな」


情報の風が、レギオンの方へと吹き始めた。


東と西。


二つの大国を攻略するための武器は、着々と研ぎ澄まされていく。



そして、その全ての糸が集まる場所。


地下宮殿(アンダー・ネスト)、玉座の間。


深紅の絨毯が敷かれた広間の最奥、漆黒の玉座に座る始祖(オリジン)・シンの元へ、二つの報告書が届けられた。


右からは、ジェイドによる『対公国・経済焦土化計画書』。


左からは、シノによる『対連邦・情報奪取デバイス設計図』。


シンは二つの羊皮紙を交互に眺め、満足げに口元を歪めた。


「……揃ったな」


彼の前には、三禍(トリア・カタストロフ)四天(テトラ・カラミティ)、そして十王(デケム・キング)の全幹部が勢揃いし、主の号令を待っていた。


帝国を物理的に粉砕した次は、より陰湿で、より致命的な「絡め手」による侵略。


「金と、知識。……国家を支える二本の柱を、同時にへし折る」


シンは立ち上がり、黒いコートを翻した。


その全身から放たれる覇気(オーラ)が、地下宮殿の空気を震わせる。


「ジェイド。公国の市場を紙屑の山に変えてやれ。……奴らが金貨一枚の価値に泣き叫ぶ様を見せてみろ」


「御意。……最高の悲劇(喜劇)を演出いたします」


ジェイドが優雅に一礼する。


「シノ、レイン。連邦の自慢の知識を、根こそぎ奪い取れ。……賢者どもが必死に隠してきた秘密を、白日の下に晒してやるのだ」


「任せとけって! 兄ちゃん!」


「解析はお任せを」


シノとレインが力強く頷く。


「他の者たちも、それぞれの持ち場で牙を研げ。……世界が悲鳴を上げる準備は整った」


シンは、虚空に浮かぶ大陸地図を見上げた。


西の公国、東の連邦。


その二つの領域に、深紅の×印が刻まれる幻影が見えた。


「派手にやれ。……ただし、殺すなよ?」


シンの瞳が、妖しく輝く。


「国も、人も、技術も。……すべては、俺が『美味しくいただく』ための食材だ。


傷モノにするな。……最後の一滴まで、搾り尽くすぞ」


「「「はッ!!!!」」」


魔王の号令が下った。


地下から放たれた毒は、黄金の波となり、情報の風となって、大陸全土へと広がっていく。


二正面作戦。


世界を同時に敵に回す、レギオンの大博打が今、幕を開けた。

本日も読んでいただき、ありがとうございます!


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続きます。

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