表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

【現代】短編読み切り

五千万円当たったけど、余命一年になった私は“幸せな記録”を残すことにしました。

作者: 夏灯みかん
掲載日:2025/12/10

 私にはこの一ヶ月の間で「いいこと」「悪いこと」が立て続けに起こった。

 まず最初に「いいこと」。宝くじで五千万円の高額当選をした。

 ――次に「悪いこと」。余命宣告をされた。


 今年の夏に買った宝くじの当選を知ったのは、健康診断の受診待ち中。何気なく、スマホで当選番号を見たら当たっていた。


 そしてその健康診断で要精密検査になり、二次検査を受けた。CTの結果は進行性、転移ありの悪性腫瘍――余命は治療しても、一年。


 告知帰りの電車、私はうつむいた。涙は出なかった。

 私の涙はもう昔に枯れてしまっていたから。胸にあるのは、悔しさだった。


 スマホのSNSアプリを起動する。閲覧専用に作った実名SNSのアカウント。


 中学時代を思い出す。泣かされては、泣いた顔を撮影された。何度も何度も。

 クラスチャットには「Bコレクション」というアルバムが共有されていた。

 ――私の泣き顔を集めたアルバム。Bの意味は「ブス」。


 私は今でも泣けないし、笑えない。

 私をいじめたやつらが不幸になってないかなと、数年前に閲覧アカウントで見てみた。

 ……みんな普通に幸せそうだった。


 ここ数年で――誰か一人くらい、病気になったり死んだりしていないかな。

 それなら、今の私の最低な気分も紛れるのに。


 性格の悪い考えに、自分でも嫌気がさす。

 でもね、私がこんなふうになったのは、お前らのせいだよ。

 ……人が怖くて、笑えなくて、孤独だ。


 そのとき、私は目を見開いた。


「――あはは……」


 思わず笑ってしまう。あいつらが、私に友達申請をしていたのだ。

 

 どういうつもりで私に「友達」申請なんてしてるんだろう。

 私が今、どうしてるか知りたいの? 

 ……もうすぐ孤独に死ぬって知ったら、「あいつ本当に可哀想なやつだったな」って笑うの?


 そこで私は決めた。――例え虚像であったとしても。

 私は『幸せいっぱい』だったって記録を、残してやる。

 震える手で、あいつらの友達申請の『許可』をタップした。



 『幸せな人生』を記録したSNS。私のその見本は――年子の妹の愛菜(まな)だ。


 両親も愛菜が可愛くって仕方なく、愛菜ばかりを抱きしめた。

 それに嫉妬した私を、両親は性格が悪いと言った。

 愛菜は中学で一学年下に入学すると、すぐに学校のアイドルみたいになった。

 ――そして同時期、私に告白してくる男子が出てきた。


『お前と付き合えば、妹と仲良くなれると思っただけだよ。……ブスが』


 告白を断った私に向かって彼が言った言葉だ。

 頭がぐしゃぐしゃになって泣いた私の顔を、彼はスマホで撮影して笑った。

 ――それに、クラスの女子も交ざった。

 思えば、愛菜がちやほやされるのが気に入らなくて、でも愛菜には手を出せなくて、私を泣かせて憂さを晴らしていたのかもしれない。


 私は学校に行きたくないと言った。両親は『愛菜に影響があると困るから、学校ともめるな』と言った。『お前の性格が悪いからいじめられるんだ』と。


 私は高卒で就職して、家族と縁を切った。職場でも人と話すのが怖くて浮いてしまうのが嫌で、数年で転職を繰り返し、今に至る。


 そんな私と違って、愛菜は順風満帆の人生を歩んでいる。

 

 たまに愛菜のSNSアカウントをのぞく。

 

 大学生活、サークル活動、雑誌のモデル、就職、結婚。

 綺麗な一戸建ての新居、おしゃれな食卓、かわいい赤ちゃん。

 ……「幸せ」の詰め合わせカタログみたいなアカウント。


 私の死ぬまでのアカウントも、あんなふうにしてやりたい。

 五千万円は現実を満たすためじゃない。理想の「私」を買うために使うんだ。

 みじめな私の姿なんて、絶対に見せない――あいつらに、私が幸せだったと信じさせてやる。

 

 

 診断が下ってからしばらくして、当選金を受け取って、私は退職した。

 退職翌日。髪を切り、メイクをしてもらって、マネキンごと買った服を着て私は平日のカフェに座った。


「――柏木 紗菜(かしわぎ さな)さん?」


 声をかけられて顔を上げる。

 そこには、やや伸ばしっぱなしの黒髪の背の高い男の人。

 端正な顔立ちで、伸びた黒髪さえお店の雰囲気に似合う。


「アキトさんですね。初めまして。今日はよろしくお願いします」


 私は立ち上がって頭を下げた。

 普段は男性と話すと萎縮してしまうが、今日は大丈夫。

 だって、彼は私がお金を出して『雇った人』――レンタル彼氏なのだから。

 

 写真撮影をするにあたり、『おひとりさま』ではないことを演出しようと思った。

 ひとりっきり、孤独だったと、あいつらに思われたくない。

 そんな見栄から、私は人を雇うことにした。


「お写真と、ちょっとイメージが違うんですね」


 サイトに掲載されていた写真は、もっと、カットされた髪が爽やかな感じだった。 

 今は髪の毛が伸びて、アンニュイな雰囲気になっている。どちらにせよ顔が良い。


「――髪、伸びちゃって」


 アキトさんはぶっきらぼうに言うと、自分の伸びた前髪を触った。

 利用者の口コミに『愛想がない』と書かれていたが、確かに愛想がない。

 けれど、逆に私はそれが話しやすく感じた。


 アキトさんは黙って私を見て、椅子に腰かけた。私はメニューを開く。


「アキトさん、お腹減ってます?」


「……はい」


「私、あんまり食べられないので――注文したの、食べてください」


 半年くらい前から、食欲がなくなっていた。

 よく考えれば、それも病気の影響だったのだろう。

 注文すると、たくさんのおしゃれなお皿が机に並べられた。

 私はそれらがテーブルに乗ると、スマホを取り出した。

 

「手は映ってOKなんですよね」


 事前に確認した契約事項を再確認した。


「はい。顔が入ってなきゃOKですよ」


「ありがとうございます。そしたら、こう、テーブルに手を置いてもらっていいですか」


 そう言うと、アキトさんは私の言うとおり、テーブルに手を添えてくれた。

 私はその大きい骨ばった手を見つめた。


 ――アキトさんをレンタルすることに決めたのは、彼の手が素敵だったというのが一番の理由だ。

 あとは、スケジュールががら空きで、予定が入れやすそうだったというのと、趣味がカメラだということ。写真を撮る時に、何かアドバイスをもらえそうだと思った。


「撮れました?」


 アキトさんに聞かれて、私は写真を見せた。アキトさんは、じーっとそれを見つめた。


「『彼氏といる風のSNS用の写真を撮りたい』って話ですよね。そしたら……」


 アキトさんは、私の手をそっと引き寄せると、テーブルの上に置いて、自分の手を重ねた。

 骨ばっているのに、不思議と温かかった。その温度に、現実へ引き戻されたような気がして、思わず身体がこわばる。アキトさんは、緊張をほぐすように、重ねた私の手を軽くぽん、ぽんとたたくと、カメラを自撮りモードに切り替えて、手の位置を微妙に変えながら何枚か撮った。


「このあたりで、どうっすかね」


 彼が撮ってくれた写真を見ると、語彙力がないけれど……すごくいい感じだった。


「ありがとうございます。次は私だけ撮ってもらってもいいですか?」


 テーブルを挟んで向かいから、アキトさんは私にカメラを向けた。

 ふと、脳裏に昔の光景が蘇って背筋が冷たくなった。

 笑い声。「やめてよ」と言っても向けられる、スマホのレンズ。


「――どうかしました?」


 アキトさんが手を下げて、こちらを見た。


「いえ、すいません。ちょっと、私……写真に写るの苦手で……」


 アキトさんは「気合入れて撮るのって、なんか怖いですよね。わかります」と笑った。

 それからまた、カメラを向けた。


「笑わなくてもいいですよ。顔真っすぐだと、緊張感あるので、椅子ちょっと斜めにして……口角ちょっと上げましょうか。で……目線は俺の左手でいいっすか? いち、にー、さん……しっ」


 パシャッ。


 いち、に、さん!でパシャっと撮影すると思ったので、タイミングのずれに驚いて、目を広げた。そこにまたシャッター音が響く。


「いい感じですよ」


 アキトさんは笑いながら、私に写真を見せた。

 ――とても、良い感じの写真だった。料理もしっかり映っていて、私も笑ってはいないけど、その場を楽しんでる空気が出ていた。私はその写真が写ったままの画面を抱きしめた。


「――ありがとうございます。たくさん食べてくださいね」


 そう言うと、アキトさんは「いただきます」と手を合わせて、食事を口に詰め込んだ。

 お腹が減っていたようだ。その様子に私は微笑んだ。


 カフェを出たあとは、屋外の写真を撮りに近くの公園に行った。

 紅葉が始まった公園には、銀杏の黄色い葉や紅葉の紅い葉が青空の中光っていた。


「――紅葉の写真なら、こっちが映えると思いますよ。ドラマの撮影とかで、よく使われてるんです」


 アキトさんは思い出すように言うと、公園の少し外れに歩いて行った。

 奥に噴水を囲むように紅葉の木々が生えている。私は絵になる光景に瞬きした。


「じゃあ、そっちに立ってください」


 アキトさんはテキパキと私の立ち位置を指定して、写真を撮ってくれた。

  

「ありがとうございます!」


 私は素敵な写真が写った画面を胸元でぎゅっと掴んだ。

 それから「着替えてきていいですか」と言った。アキトさんは、不可解な顔をして、うなずいた。

 ――これから、どんどんやつれたりしていくかもしれない。いまのうちに、いくつか写真を撮っておきたい。状況に応じて、使い回しができそうだから。


 そのあと着替えてから、公園で写真を撮り、また別のお店や、別のスポットへ移動して写真を撮った。アキトさんは、口数の多い人ではなかったけれど、それが逆にやりやすかった。あっという間に夕方になってしまった。


「――いや、たくさん撮りましたね」


 私は「ありがとうございます」と深く頭を下げた。アキトさんをレンタルして良かった。


「明日からも、しばらく予約入れさせていただいてよいでしょうか?」


 そう言うと、アキトさんは笑った。


「ありがたいです。いや、俺、前の仕事辞めたばっかりで、今、時間があるので……」


 アキトさんは、確認できる向こう二カ月のレンタル予定がほぼすべて空白だった。

 それもこの人を選んだ理由でもある。

 映すのは手だけにしても、同じ人物の方が良かったから。


「それでは、向こう二週間いいですか?」


 そう言うと、アキトさんは目を見開いて、


「え、ま、毎日ってこと、っすか?」


「はい。毎日で」


 アキトさんは絶句した表情をしている。

 それはそうかもしれない。一日レンタルするだけだって、それなりにお金がかかる。それを毎日というのは、さすがにどんな事情があるのか疑われて当然だ。


「……今日みたいな感じで、毎日?」


「はい。今日のような形で、写真を撮りたいんです。――私、余命宣告受けてるんですよね。それで、記録を残したいんです」


 怪しまれないためにも、理由は伝えておいた方が良いだろう。


「……え?」


 アキトさんは、半笑いのような顔で言った。

 冗談だと思ったのかもしれない。けれど私がうなずくと、笑みがすっと消えた。


「それで、写真を残したいってこと? SNSに?」


「――楽しそうな写真を、残しておきたいんです。『私は、毎日、楽しくしてたぞ』っていう、記録を、人から見えるように……」


 私はうつむいた。改めて口に出すと、滑稽に思える。

 けれどこれは――私のプライドを守るため、考えた結果の行動なのだ。


「――そうですか。明日は、どこに行きましょうか」


 アキトさんはうなずくと、深くは聞かずに話題を変えてくれた。

 それがとても嬉しかった。


 家に帰った私は、初めての投稿をした。


『#秋のお出かけ #カフェ #公園デート #ご褒美ランチ #幸せのかたち』


 妹の愛菜がよくしているような投稿。

 写真は本当にどれもよく撮れていて、思わず――本当にこんな1日を過ごしたかのように錯覚してしまった。

 

 あいつらだけに見せるのはもったいなく感じて、私は匿名の写真投稿SNSのアカウントも作った。そちらに投稿すると、すぐに「いいね」と「素敵な写真ですね」とコメントがついた。

 やっぱり写真の効果というのは、絶大だ。実際は……お金を払ってレンタル彼氏を利用しているだけの、無職でもうすぐ死ぬ女のアカウントなのに。


 私はふと、鏡に映った自分を見た。口元が引きつっている。

 続いて、SNSに挙げた、今日アキトさんに撮影してもらった写真を見た。

 アキトさんの撮ってくれた写真の中の私は、柔らかな……楽しそうな表情をしていた。



 それから二週間。私はアキトさんと連日、たくさん写真を撮った。たいていはおしゃれなレストランや、美術館や公園などのお出かけスポットだ。


 アキトさんは写真を撮るのが上手だった。何より、どちら向きで経ったらいいか、どんな表情をしたらいいかなど、指示がわかりやすくて的確だった。


「アキトさんって、映像関係のお仕事とかされてたんですか?」


 そう聞くと、アキトさんはうつむいた。


「いや、前職は居酒屋っすよ」


 二週間後、私は三週間ほど入院し、薬物治療を行った。


 吐き気と熱で頭がぼーっとする中、ストックした写真で、あたかも今日出かけたかのように投稿していると、本当に今日は出かけたのかと頭が錯覚してしまう。――そして鏡に映るだんだんとやつれていく顔を見て、現実に引き戻される。退院のころ、髪をすくと、ブラシにたくさんの抜け毛がついた。


 私は鏡を見た。入院前より、明らかにやつれている。

 このまま写真を撮っても、キラキラしては見えないだろう。

 私を映すのはやめようか。どうしようか。

 

 アキトさんから、「体調落ち着いて、お出かけされたいなら付き合いますよ」とメールが来ていた。レンタルの会社経由の連絡なので、営業メールではあるのだけれど、私の退院を気にかけてくれるのは、彼くらいだ。アキトさんの予定を確認すると、相変わらず、すかすかだった。けれど数件、私以外の予定も入っているようだった。


 ――ふと、取り残されるような、そんな気持ちを感じて手が震えた。

 真っ暗な死が、自分の前に迫ってきている気がした。

 それをただ独りっきりで耐えるのは、怖くて仕方がなかった。

 私は預金残高を確認して、アキトさんに連絡をとった。

 私は近いうちにこの世からいなくなるだろう。だから――好きにしようと決めた。


「久しぶりです……って――紗菜さん!?」


 私と顔を合わせたアキトさんは目を見開いて、それから悲し気な表情をした。


「いや、本当に、病気だったんすね」


「アキトさん――私と、直接契約してくれませんか? 二か月くらい」


 アキトさんが息を呑んだ。

 会社を通さずに、キャストに連絡をしたり、契約することは、当然認められていない。


「違約金の倍をお支払いに加えますので」


 そう言うと、アキトさんは目を大きく広げた。


「なんで、そこまで……」


 受けてくれないという空気は感じなかったので、私はこの際全部話すことにした。

 アキトさんはなんだかんだ、面倒見の良さそうなタイプの人の気がする。

 打算的に考えると、断り辛い空気にすれば付き合ってくれそうな人だと思った。


「私、地元で――いじめられてまして。中学のころは、私の泣いた顔を集めたアルバムがクラスチャットにありましてね。アルバムの名前は“Bコレクション”でした。BはブスのBという意味だったみたいです」


 端的にそう言うと、アキトさんは絶句した。


「そんな……紗菜さん……ブスでは、ないじゃないですか」


 私は思わず苦笑した。見た目はカッコいいのにこの人の予定が空いているのは何となくわかる。発言をオブラートにつつまないからだ。けれど私にとっては、それが逆に居心地がいい。


「いや、すいません。いや……あの、紗菜さん、化粧映えするお顔というか……」


 言葉を正そうとするアキトさんにうなずくと、話を進めた。


「それで、それ以来、人間不信気味っていうか。親しい人もいない寂しい人生だったわけです。で、彼らに『孤独で寂しい最期じゃなかったよ』と見せたいわけなんですよ。――滑稽だと、自分でも思いますけど」


 私は自嘲気味に苦笑を浮かべてアキトさんを見た。


「――俺も、見返してやりたいじゃないですけど、そういうのは、ちょっとわかるんですよね」


 アキトさんは少し沈黙してから、言葉を続けた。


「俺、もともと、俳優志望でして。二十五までは、いろいろと……ドラマの端役とか、やってたんですよ」


 『俳優志望』という言葉に、しっくりきた。

 カメラで撮る時のアドバイスなどが的確で、撮られるような仕事をしていたのではないかと思っていたから。


「二十五のとき、プチ炎上しちゃって、それで引退したんですね……『高校生名探偵☆REN』ってドラマ知ってます?」


「聞いたことないです……」


 私はスマホで検索してみた。

 四年前にやっていた、深夜ドラマのようだ。

 主演は蓮……ああ、今すごく人気のアイドルの蓮くん。

 蓮くんのために作られたようなアイドルドラマで、高校生探偵の蓮くんが、学校で起きる事件を解決するドラマだ。


「俺の炎上の件、出てきません……?」


 言われて、検索ワードに『炎上』を足してみた。

 

「あ」


 それらしいまとめサイトが出てきた。


『“高校生名探偵☆REN”最終回が台無し!

 棒読み絶叫!『信じられねえ』制服おじさんは誰?』


 そのページを開くと、動画が再生されて音が漏れた。


 教室に生徒が輪になって集まっている。中心にいるのは、主演の蓮くんと、教員らしいスーツ姿の女性。蓮くんは泣きながら、絞り出すような切ない声で言った。


『連続事件の犯人は、あなただったんですね――先生』


 思わずこちらも、もらい泣きしそうになる。蓮くんは、最近の映画でも演技がうまいと評判だった。昔から上手だったんだ。


 その直後……切り替わったセンターカメラに、大柄な男子生徒が写りこんだ。

 制服は見るからにぱつぱつ。他の生徒は2つボタンを留めてきちんとブレザーを着ているのに、ボタンを開けっ放しにして、何故か腕まくりまでしている。これじゃ脱いだ方がいいのでは……と思いながら、その生徒を見つめると――彼は、アキトさんだった。


 アキトさんは何故かカメラ目線で、素っ頓狂な大声で叫んだ。


『し……信じらぁれぇねえ! 犯人はぁ! 先生だったあんだってえ?』


 私は「ぶっ」と音を立てて噴き出した。


 入院中はろくにテレビも見ずに、めまいや吐き気と戦って、虚構のSNS更新をして、鬱屈した気持ちでいた。そしてさっきまで、自分の過去を初めて人に話して……というシリアスな空気が全部吹っ飛んだ気がした。


「ちょ、紗菜さん、再生しないでください」


「あはははははっは、すいません。ははは、でも、わかりました、これで炎上、はははっ」


「そんな笑います?」


「す、すいません」


 私は呼吸を整え、水を飲んだ。


「――まあ、映像見たらわかると思うんですけど。それで、『蓮くんの演技台無しにした』って、ファンの子たちが怒っちゃったんですよね。……そこから、制服が似合ってないだの、高校生じゃないだろ、老け顔、体育教師とかだろ、とかいろいろ言われて……」


「体育教師って……あはは! 確かに、1人だけ、腕まくりしてて……あはは」


「いや、制服小さかったんですよ。袖ボタン閉まんなくて、仕方なくまくったんですよ」


 アキトさんは、老け顔とは言わないが、骨格がしっかりしているので、高校生役が合わないかもしれない。彼はごほんと咳払いをしてから、ちらりとこちらを見た。


「『信じられねえ』でトレンド入りして……GIFも作られました」


 私にアキトさんがさっきの場面を繰り返すGIF動画を見せてくる。


「……っふ、ふふふふふ」


 耐え切れず笑ってから、私はアキトさんを見た。


「――笑わせに来てませんか?」


「すいません。あんまり紗菜さんが笑うので」


 アキトさんは頭を掻いて、声を真面目なトーンにした。


「まあ、別に、知らない蓮くんのファンの子が怒ってるのは良かったんですよ――実際、俺が最終話台無しにしちゃったんで。――でも、地元のやつらが、『こいつ、“俳優になる”とか豪語したくせに、こんなことやってんの』ってSNSで言ってるの、見ちゃったんですよね。で、そんなことを言ってるくせに、俺のフォロワーになってたりして。――俺は見世物じゃねえ! って思った後、恥ずかしくなって、結局辞めちゃったんです」


 アキトさんは苦笑気味に笑って私を見た。


「なんで、ちょっと状況違うかもしんないですけど、紗菜さんの気持ちがわからないわけじゃないんです」


「――お付き合い、いただけるってことですか」


 私が聞くと、アキトさんはうなずいた。


「いいですよ。紗菜さんが納得行くまで、撮影とか付き合いますよ」


 その後、お店を出ると、駅前の装飾がイルミネーションに衣替えしていた。


「紗菜さん。イルミネーションの灯りなら、顔色とか目立たないと思いますよ」


 確かにそうだ。

 私は駅前に設置された大きなツリーのイルミネーションの前に立った。

 アキトさんが私にカメラを向ける。

 ――それからわりと大きな声で叫んだ。


「“信じられねえ”!」


 さっき見たドラマの画面が頭にリフレインして、私は噴き出した。


 パシャリ。

 

 カメラ音にはっとすると、アキトさんが私に画面を差し出してくれた。


「――よく撮れてるよ」


 画面に映った私は、煌めくイルミネーションの前で、満面の笑顔で笑っていた。


◆◆◆◆◆


「紗菜、久しぶり。これ、見せに来たんだ」


 大きな新緑の木の葉は緑に輝き、蝉の声が聞こえている。

 俺は木の根元にスマホを立てかけて、画面を見せるように少し傾けた。

 紗菜は、今はこの木の根元に眠っている。ここは樹木葬の共同墓地だ。


 スマホ画面には、再現ドラマらしい、ややチープなタイトルが流れている。


『最期の笑顔~余命半年で結婚した彼女が残した奇跡~』


 今年の夏の特番チャリティー番組の中で放映された再現ドラマだ。

 俺と紗菜の話が再現ドラマになった。

 出会いについては、もちろん改変してある。

 レンタル彼氏と客ではなく、体調不良で道でうずくまっていた紗菜を俺が助けて声をかけたという美談にしてみた。


 タイトルのあとに、たくさんの紗菜の写真が流れて、写真が流れた後、最後に毛糸の帽子をかぶって、何故か海辺を歩いて振り返って笑う紗菜の動画でタイトル画面が終わる。


「なんか、感動モノっぽい、良い感じに仕上がってるだろ。寒かったけど、海で動画撮っといてよかったな。これ、俺の編集なんだぜ」


 紗菜が死んでから、俺は俳優の夢は諦めて、知り合いの伝手で映像編集の仕事で業界に戻った。この再現ドラマの編集も、仕事で関わらせてもらった。


 俺は紗菜とこの海辺の動画を撮った日を思い出した。

 その頃には治療の副作用か髪の毛が全部抜けていて、紗菜は帽子をかぶっていた。


『――最期、海とか行きがちじゃないですか? 死ぬ系のドラマとか映画って』

『確かに……寄せて返る波が……生死の境目を表現する感じ……なのかな……』

『……なんだか詩的ですね』

『――まとめると、エモくて映えるよな』

『……すごく、まとめましたね』


 紗菜は笑って、俺を小突いた。


『”詩的”って言ったの、返してもらえます?』

 

 その後、俺はレンタカーを借りて紗菜と海辺の高級旅館に一泊して、この動画を撮った。

 豪華な海鮮の夕食が絶品だった。紗菜は刺身を数切れ食べただけだったけれど、「美味しい」と笑っていた。

 

 しっとりとしたナレーションが入る。


『現在は映像編集の仕事をしている佐々木彰人(ささきあきと)さん。後に結婚する紗菜(さな)さんと出会った時、彼女は既に余命宣告を受けていました。彰人さんは、紗菜さんの写真を撮ることに決めました。――かけがえのない、毎日の何気ない一瞬を』


 紗菜が死んだのは、二年前の秋。ちょうど知り合ってから一年二カ月だった。

 俺は病気の彼女を支える彼氏役、それから途中からは夫役をやりきって、紗菜を見送った。


 紗菜から直接契約の話を持ち掛けられた時は、正直、何を言ってるんだと思った。

 ――けれど、彼女が俺の黒歴史を笑い声で吹き飛ばしてくれたとき、俺は彼女の最期に付き添う役を演じきってみようと心に決めたんだ。


 ◇


 ――俺は、もともと俳優志望だった。

 俳優という職業に憧れたのは、自分ではない誰かになりたかったからかもしれない。

 俺という人間を、世間に認識させて、認められたかった。


 俺は生まれつき顔がよかった。それは、俺の母さんが美人だったからだ。

 母さんは地元では美人でわりと有名なキャバ嬢で、親父は母さんの元客の地元の建設会社の社長。結婚理由は俺ができたから――で、俺は親父に似てない。


 ここまでで、その後の展開は予想できる。俺は特に祖父母に、本当に父親に似てないと言われ続け、親父にそっくりの、後から生まれた弟と明らかに違う扱いを受けた。実際、親父と血がつながってるかどうかは、今でもよくわからない。親父は母さんともめたくなかったのかノーコメントで、母さんも無言だったから。ただ、親父は俺の入学式やらには来なかったし、家族写真を撮るときは弟の肩にだけ手を置いた。家業の会社は弟に継がせるという暗黙の了解だったし、俺は高校卒業後、『俳優になる』と家を出て上京した。


 といっても、なかなか道は厳しかった。上京後、ネットで「俳優 養成所」と調べて、応募してみたものの、面接で落ちた。たぶん、受け答えも態度もなってなかったからだ。それで、誰でも入れる養成所に入って、アルバイトで食いつなぐ日々。ドラマの端役などを少しずつできるようになった二十五歳の時、初めてセリフのある役をもらったのが、あの『高校生名探偵☆REN』だった。


 その最終話で、俺はやらかした。

 連続事件の犯人が、アイドルの蓮くん演じる名探偵RENの恩師であると判明する涙のシーン。俺は蓮くんの涙の演技を『信じられねえ!』の大絶叫で台無しにしてしまった。けれど演技そのものではなく、俺の経歴自体を嘲笑されたのがきつかった。

 

『俳優になるって豪語して出て行って、二十五でコレw』

『こいつの親も悲しいだろな』


 地元のやつだと思われる書き込みもあり、卒業アルバムをネットに貼られたりした。

 極めつけは親父からの電話。


『本当に恥ずかしい。弟が結婚したばかりなんだぞ?』


 心底呆れ果てた口調。俺は逃げるように俳優業から足を洗い、アルバイト先のチェーンの居酒屋の仕事に集中した。――が、ここでも、この『信じられねえ』事件は俺を追いかけてきた。


 俳優引退後、居酒屋でバイトすること三年。俺はスタッフをまとめるチーフになっていて、店長から『正社員にならないか』という話をもらった。……その矢先、バイトの大学生に告白された。しかも店内で、仕事中に。


 問題を起こしたくないとテンパった俺は、『いや、君に興味ないから。ほんと勘弁してくれ』と冷たく口走ってしまい、彼女は号泣。――そして、翌日、学生バイトの間に俺の『信じられねえ』動画が出回っていた。出勤すると学生バイトが輪になって動画を見て、『これ、チーフじゃん!』と笑っていた。――それを見て、俺は店に入れず……そのまま仕事を飛んでしまった。


 居酒屋を辞めてから、俺は引きこもりになった。家賃が厳しくなってきたので、家を解約して劇団時代の友人宅に押しかけた。そいつが、「せめていくらかは金を入れろ」「知り合いがレンタル彼氏の事業始めたから、それに登録した。行ってこい」と言って、始めたのがレンタル彼氏だった。俺の接客態度が悪かったのか、予定はスカスカ、口コミも悪い中、俺をレンタルしたのが紗菜だった。


 彼女との仕事での俺の役割は、デートや話し相手というよりは、カメラマンだったので、俺にとっては楽しい仕事だった。カメラは役者志望をしてた時に始めた趣味だったけど、腕にはそれなりに自信があった。


『彰人さんは、紗菜さんに残された日々を記録しようと、カメラを握りました』


 ナレーション。再現ドラマには、俺が撮った紗菜の写真が流れていく。

 なんかおしゃれなレストラン多数。

 ホテルのラウンジ。イルミネーションスポット。美術館。

 紗菜は笑顔で微笑んでいる。

 この回数だけ、俺は『信じられねえ』を連発していた。


 俺があのやっちまったシーンを再現して『信じられねえ!』と言うと、紗菜は必ず吹き出した。――紗菜曰く、『笑いのスイッチみたいのが、できちゃったんです』と。


 彼女が笑う顔が好きで、俺は何度も『信じられねえ』を連発してた。

 そう、俺は途中から、本当に紗菜に好意を持っていた。

 連日写真を撮って、恋人役としてふるまううちに、だんだんその役が本物のように思えてきてしまった。


 直接契約してから三カ月後には顔出しするようになった。

 紗菜のアカウントに、『架空彼氏と写真撮ってる痛い女』という書き込みがあって、腹が立ったからだ。

 

 紗菜がどうしてそんなに金を持っているのか、わかったのはその翌月。

 撮影中、紗菜が急な体調不良で倒れて、俺が救急車を呼んだ。

 その時に、『もしこのまま死んだら、家族にお金渡るの嫌なんで、アキトさんお金おろして持ってってください』と救急車を待つ間に言われて、通帳の置き場やら印鑑の置き場を託されそうになって、事情を知った。


 ――そして、俺は、自分から彼女に結婚を提案(プロポーズ)した。

 彼女の入院中の手続きやらが親族でないと難しかったこともある。

 投薬治療の効果が出ず、最期が見えてきていた。

 俺は最期まで付き合うと決めていたし、迷いはなかった。


 紗菜は笑って『じゃあ、遺すお金からお支払いしますね。最期までお願いします』と言った。俺はその言葉が……悲しかったけれど、うなずいた。


『そして、残された日々を一緒に過ごそうと、結婚――』


 ナレーション。

 俺が花束を持って膝をついてプロポーズするシーン。指輪をはめて結婚会見のような自撮り。新居の家具をネット通販で一緒に選ぶ動画。俺が新居で家具を組み立ててる自撮り。


 高い家賃の都内のマンションに同居したのは四カ月間。

 最後の一カ月は、紗菜は緩和ケアに入院した。


『そして、訪れた別れの時――』


 俺は「ふっ」と笑った。紗菜が根元で眠る木に話しかける。


「紗菜の臨終、再現度高いぜ。ほんと“傑作”だったよな」


 人の死ぬ瞬間を“傑作”と表現するのは不謹慎かもしれない。

 けれど、紗菜があの世に旅立った瞬間は、その言葉がぴったりだった。


 再現ドラマでその場面が再現される。

 

 『奥様が危篤です』と病院から連絡を受け、慌てて病室に駆け込む俺。

 紗菜のベッドを取り囲む医師と看護師。

 紗菜に駆け寄り、手を取ると、彼女はうわごとのように何かをつぶやいた。

 半分くらい何を言ってるかわからなかったが、“あれ、やって”というのが聞き取れた気がした。俺たちの間で“あれ”と言えば、“信じられねえ”だ。


 俺は半分泣きながら、大声でフルバージョンをやった。


『し……信じらぁれぇねえ! 犯人はぁ! 先生だったんだってえ?』


 緊迫した病室に響く大声。空気が凍った。

 全員がまず、俺を見て……それから、主治医以外が、主治医に視線を移す。

 看護師の一人が、『せ、先生が犯人……?』とつぶやいたものだから、主治医は周りを見回してから、ばさりと手に持っていたファイルを床に落とした。


 コントみたいな状況だった。

 その時「ふっ」と声にならない声が紗菜からして、俺は紗菜に視線を戻した。

 薄目を開けた紗菜はその病室の様子をじっと見ると、そのまま目を閉じた。

 握っていた手から、完全に力が抜けた。


 主治医が慌てて駆け寄り、「――お亡くなりになりました」と告げた。


 俺は紗菜の顔を見た。彼女は――笑っていた。

 俺の目から涙があふれてきた。同時に口元もゆるむ。

 俺は泣き笑いのような変な顔で、その場で声を上げて号泣した。


 喪失感というよりは、むしろ。フルマラソンを走り切ったような――やりきったというような、そんな涙だった。


 その様子がそのまま再現ドラマでも再現され、右下のワイプに番組パーソナリティの蓮くんが涙ぐんでいる顔が映し出された。


 今回のこの企画は、仕事で蓮くんのドラマ制作に関わったことがきっかけだ。

 打ち上げの席で、俺は蓮くんに当時のことを謝罪しに行った。

 その流れで紗菜のことを話すことになり、蓮くんが今度司会をする夏のチャリティー番組の中で紹介したいと言ったことがきっかけで、こういうことになった。


 紗菜はもうこの世にいなくて、同意をとることができないけど。


「まあ、世間に幸せだったって思われたいって言ってたから、OKだよな」


 俺は紗菜が死んでから、やっぱり俺に俳優は無理だと悟った。

 紗菜の相手役をやりきった達成感と疲労感で、「もういいや」と思えた。


 紗菜が死んでから、俺は彼女の希望どおり、親族は呼ばずに俺だけで彼女を火葬し、樹木葬の共同墓地へ葬った。葬儀の遺影は、彼女が初めて『信じられねえ』で笑ってくれた、あのクリスマスイルミネーションの前で撮った写真。


 SNSの投稿は、末期になってからは俺が管理してたので、『紗菜が旅立ちました』とそこで報告したら、彼女の妹からDMが来た。『お会いして話したい』と連絡が来たけど、紗菜は死んでしまったし、話すこともなかったので、郵送だけで手続きは済ませた。

  

 「そういえば」と木に話しかける。


「紗菜のこと誹謗中傷してたアカウントあったじゃん。あれ、開示請求したら紗菜の中学の同級生だったわ」


 紗菜の匿名アカウントのフォロワーが増えてきたくらいから、彼女を誹謗中傷するアカウントが出てきた。卒業アルバムを流したりとか、昔はこうだったって書き込みとか。彼女が死んでから、相続した金で弁護士を雇って、開示請求かけて名誉棄損で訴えてみた。


「訴訟がバレて離婚されたから~とか泣き落としの連絡来たけど、知るかって話だわ。慰謝料取れたよ」


 諸々落ち着いたので、残った金と合わせてどこかに寄付でもする予定だ。

 

「そろそろ帰るよ」


 番組の再生も終わったので、立ち上がって右手を挙げる。

 ふわりと風が吹き、新緑の葉っぱが落ちてきて俺の手にハイタッチするように触れた。


 思わず目を見開き、つぶやく。


「“信じられねえ”」


 葉っぱが笑うように風に揺らいだ。俺はにっと笑うと、木に手を振った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ