第1章 泥だらけのエスケーパー(part 5)
「ねえ、ジュンイチは何をしてるの?」
ハルカは不思議そうな顔で俺を見詰めた。
俺はこのリヤカーに何か仕掛けが無いか、その車体を隅々まで調べていたのだ。
「おっ、鍵だ!」
俺はリヤカーの、底部中央の窪みに刺されていた鍵を発見した。
その鍵を右に回すと車輪にロックが掛かった。
それから洞窟で調べた時に、荷台の幌とテントにも鍵らしき物が付いていた事を俺は思い出した。
その鍵を使用したら、どちらも施錠する事が出来た。
ナイフで引き裂かれたたらどう仕様も無いが、それでも盗難防止の為の、最低限のセキュリティシステムは付属していたのだ。
「あ~あ、わたしも早くこの鍵に気が付いていれば、リヤカーを盗まれずに済んだのに」
「仕方が無いよ。洞窟は真っ暗だったし、夜の間に盗まれたんだから。余り気を落とすな!これから必要な物を買う事も出来るんだし」
「あたし、貴方に出会えて本当に幸運だったわ」
俺は、ハルカの言葉を背中で聞きながら、更にリヤカーの細部を調べていた。
原動機のような物がないか期待していたが、流石にそうした物は見当たらなかった。
何しろ明日からは荷台にハルカを乗せて、俺がリヤカーを引かなければ成らないから、自動でリヤカーが動けば楽だと期待したのだが。
外の空は、更に黒い雲に覆われて、今にも雨が降りそうだった。
「燃料は貴重品なので、雨に成る前に薪の代わりになりそうな物を拾って来る。それから水を汲んだ後、天候次第だが、俺はこの周辺を偵察して来るよ」
「こめんね、ジュンイチ。あたしの足が動けば、お手伝いが出来たのに」
「気にするな!ハルカはこの寝袋を使って暫く休んでいて呉れ」
「あの鳥が来たらどうしらた良い?」
「その時は、少しずつで良いから、テントに運んで呉れ。俺は何度かここと行ったり来たりに成るから、重かったらそのまま置いていても良い」
「分かったわ」
「それから、俺が外に出たら、中からテントの鍵を掛ける事!」
「うん」
ハルカは、俺の言葉に頷いた。
「ジュンイチ、気を付けてね」
「ああ、大丈夫だ、心配するな!」
念の為、俺は「グロッグ17」と「ワルサー社製の折り畳み式ナイフ」をベルトのホルダーにしっかりと差し込んだ。
それにしても、洞窟で手に入った支給品はどうしてこんな時代錯誤の物ばかりなんだろう。
俺は当初、この世界を統括している何者かは20世紀のオタクかと思ったのだが、実際は、俺達には贅沢はさせないって言う意味の方が大きいのかも知れなかった。
俺はそんな愚痴を零しながら、ハルカが滑り落ちた池の方に歩き始めた。
その途中、ふと、道端の脇の小高い土手に目をやると、見慣れない草花が白、赤、紫色の花を咲かせていた。
荷車の中が殺風景なので、俺は花を摘んで荷車を飾るべくナイフを抜いて土手を駆け上った。
「おおっ!」
俺は思わず声を上げてしまった。
そこには一面、可愛らしい花々が咲き誇っていたがその中央に銀色に光る大きな花を見つけたからだ。
洞窟の中で見つけた備忘録には、銀、金、虹色の鉱物か植物の花、それからキノコ類は、極楽鳥との交換材料に成ると書かれていた。
俺は慌てて、その銀色の花の近くに駆け寄った。
「何だ?」
その花に触れると、それは天然の物では無く、人工的に作られた造花だった。
と言う事は、この世界を統括している何者かが、予めこの場所に置いていた事に成る。
「普通、ここまでするか?何ともご苦労な事だ」
俺は呆れてしまった。
それにしても奴らは、ここで一体、何がしたいのだ?
奴らに揶揄われている様な気がして、俺は不愉快に成ったが、先ずは生き延びる事が先決だと思い直した。
俺は、7個咲いていたその銀色の花を摘むと、自分のバックパックの中に仕舞った。
それから池のほとりで、丈夫な布製の2つのバケツに水を汲むと、両手にそれを持って俺は一旦、テントに戻る事にした。
キャンプ地に戻ると、ハルカがテントの外でガスコンロを使って缶詰めを熱していた。
その缶詰めは、俺のバックパックには入っていない物ばかりで、旨そうな香りが漂っていた。
「お帰り、ジュンイチ」
「ああ、これは水だ。煮沸して飲めば腹は壊さないだろう」
「ありがとう」
「それからハルカ、吉報だ!銀色の花を7個も見つけた」
「まあ!これは鳥さんに渡せる花ね!この花の交換レートが高いと良いけどね」
ハルカは、俺が手渡した銀色の花を受け取るとそう言った。
「所詮は花だ。余り期待は持てないがな。それにしても旨そうな香りだな」
俺は、コンロの上に置かれていた缶詰を覗き込んだ。
その缶詰は、鮭のハラミに牛肉の赤ワイン煮、それにうずらの卵だった
俺のキャンプ用品の折り畳み式テーブルの上の皿には、乾パン、それからジャムとバターまで置いて有った。
俺の方はイワシとサバの缶詰めばかりだと言うのに。
どうやらここの何者かは、依怙贔屓が激しい様だ。
俺には銀色の石が5個だけだったが、ハルカには金色の石が6個と銀色の石が12個も支給されていたからな。
まあ、俺は軍人だから、其れ成りのサバイバル訓練を受けているから、ハンディキャップと言う事なのだろう。
勝手にしろ!
だが、それだったらハルカのリヤカーの幌に中には、一体、どれだけの貴重な物が支給されていたのだ?
畜生、盗人め!
見付け出したら、俺の「グロッグ17」が火を噴くからな!覚悟しやがれ!!!
「ジュンイチ、わたし、昨日の夜から何も食べていないので、お腹が減っちゃった」
「ああ、俺もだ」
「さあ、ジュンイチも召し上がれ」
この鮭のハラミは旨い。
ハラミは大トロの部位なので栄養価も高いだろう。
当然、牛肉の赤ワイン煮は顎が外れる程の旨さだったし、うずらの卵も乾パンと一緒に食べたら凄く旨かった。
「こりゃ、此処の方がサンミッシェルで配給される食料品より、圧倒的に旨いな」
「確かにそうね」
ハルカが笑った。
今日の夕方、極楽鳥はどんな食料品を運んで来るのだろうか?
確か、極楽鳥は自分のルーレットで決めるとか言っていたな。
旨い物が当たりますように!
俺はそう祈った。