表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ドジっ娘デュラハン、自分の首を無くす

作者: さば缶
掲載日:2025/03/23

 その日、アウラは気がついたら自分の首がなかった。


「……あれ?」


 手で頭を撫でようとして、空を掴む。

何もない。慌てて肩のあたりを探ると、鎖骨の上から空洞がぽっかりと開いていた。

どう見ても、首がない。


「え? え? ど、どこ?」


 声は胸の奥から響いている。

慣れているはずの感覚が、今日はひどくおかしい。


「いや、まさか……また落とした? また? なんで?」


 アウラは地面を見下ろし、周囲をぐるぐると見回す。

しかし、首はどこにも見当たらなかった。


「うわあ、やばい。やばいやばいやばい! どうしよう、これ探さないと帰れない!」


 デュラハンであるアウラは、基本的に首を持っている。

たまに手に抱えていることもあるが、今日は何かの拍子にそれすら忘れていたらしい。


「えっと、えっと、落としたのは……いつだっけ?」


 記憶を巻き戻そうとして、脳がないことに気づいた。


「あ、やばい、考えるのが遅い……!」


 頭がないと、どうにも思考がもたつくのだ。

こういうときこそ、冷静にならなければならない。


「落ち着け、私。確か朝、井戸で水を汲んで……それから、パン屋でカレーパンを買って……」


 それ以上が思い出せない。

そもそも、目も耳もない状態で、どうやってその記憶があるのか謎だが、それはさておき。


「とにかく、まず井戸に戻ろう!」


 アウラは鎧の足をカシャカシャと鳴らしながら走り出した。

道行く村人たちが驚いた顔で振り返る。


「わっ、デュラハンだ!」 「しかも首がない!」


 当たり前だ。本人だってわかっている。


「いや、デュラハンはそもそも首がないものだろうが!」


 心の中で突っ込みつつも、アウラは井戸に着いた。


「えーっと……私の首、私の首……」


 井戸の周りを探してみる。が、何もない。


「あれ……ここじゃないの? 違う? パン屋か?」


 再び駆け出す。パン屋に着いた頃には、すでに昼前だった。


「あのー、すみませーん!」


 扉をがらがらと開ける。パン屋の主人が目を丸くした。


「うわ! アウラさん! 首が!」

「はい、それでなんですけど、今朝ここでカレーパン買った時、首落としませんでした?」

「……は?」


 主人はきょとんとして、店の奥をちらりと見る。


「いや、落ちてたら気づくと思いますけど……」


「そう、ですよね……」


 アウラはしょんぼりとうなだれた。

いや、首はないのでうなだれようがないのだが、そんな気分だった。


「じゃあ、どこなんだ……まさか……」


 思い当たる節があった。

あの森だ。

今朝、パン屋に来る前に森を抜けてきたのだ。

ショートカットのつもりだった。


「もしかして、あそこに……!」


 村を離れ、森へと続く小道を走る。

途中、小鳥のさえずりや、木々のざわめきが耳のないはずのアウラにも届いていた。

まあ、気のせいだろう。


 森に入ると、木漏れ日がちらちらと鎧の表面を照らした。

カラスの鳴き声が遠くから聞こえる。


「えっと、どこだっけ……あっちの茂みのあたりか?」


 進んでいくと、突然、ガサガサと音がした。


「だ、誰?!」


 叫んで、構える。

すると、茂みから出てきたのは、一匹のウサギだった。

頭の上に何かを乗せている。


「あれ……それ……!」


 ウサギの頭には、間違いなくアウラの首がちょこんと乗っていた。


「ちょ、待って待って待って! それ、私の!」


 駆け寄ろうとすると、ウサギはぴょんっと跳ねて逃げる。


「ああああ! やめてえええ!」


 鎧をがっしゃんがっしゃん鳴らしながら追いかける。

ウサギは軽やかに跳びはね、アウラはそれを必死で追った。

森を抜け、川を渡り、丘を越える。


「なんでこんなに速いの?! 待ってよ!」


 やっとの思いで追い詰めたのは、丘の上だった。

ウサギはぴたりと動きを止めると、アウラの首を落として、ぴょんっと草むらへ逃げた。


「ああああ……ありがとう! いや、違うな! でも、まあ、よし!」


 アウラは自分の首を拾い上げた。

ひんやりと冷たく、でも間違いなく自分のものだ。


「はー、よかった……」


 ほっとした瞬間、何かが足元を滑った。


「え?」


 首が転がって、またウサギがくわえて走り出した。


「なんでえええええ!」


 再び追いかけっこが始まった。


 日が沈むまで、アウラとウサギの奇妙な鬼ごっこは続いた。


 日はとっぷりと暮れ、森の中には冷たい風が吹き始めていた。


「ぜぇ……はぁ……!」


 アウラは膝に手をついて、肩を上下させながら荒い呼吸を繰り返している。

もっとも、肺も喉もないので、音ばかりがうるさかった。


「なんで、あのウサギあんなに速いの……! ていうか、なんで私の首を持って逃げるのよ……!」


 目の前のウサギは、草むらにちょこんと座って、アウラの首を抱え込んでいた。

赤い目がじっとこちらを見ている。


「はあ……もう、力ずくで取り返すしかないか……」


 アウラは覚悟を決め、そっと手を伸ばす。

しかし、その瞬間、ウサギは再び飛び跳ねた。


「おおおおおい!!」


 アウラは叫びながら追いかけた。

が、もう足も棒のようだ。

鎧が重く、関節がきしみ、あちこちの留め具がガチャガチャと外れかけている。


「ダメだ、もう限界……!」


 その場に崩れ落ちそうになった瞬間だった。

ウサギがぴたりと止まり、首をころんと地面に落とした。

そして、くるりとこちらを振り返る。


「な、なに……?」


 ウサギはゆっくりとアウラに近づいてきた。

その赤い目が、ほんの少し、優しげに見えた。


 ぽす、とウサギはアウラの手元に首を置いた。


「……え? 返してくれるの?」


 恐る恐る手を伸ばし、首を抱え込む。

もう逃げる気配はない。

アウラはその場に座り込み、首を自分の首筋にそっと戻した。


 カチリ、と何かがはまり込む音がして、視界が戻った。

ウサギが間近にいるのが見える。


「……ありがとう?」


 ウサギは一度ぴくりと耳を動かし、そのままぴょんと跳ねて、森の奥へと姿を消した。


「な、なんだったの……?」


 ぽかんとしたまま、アウラは立ち上がる。

首がつながると、途端に世界がしっかりと戻ってくる。


「はあ……とにかく、助かった。家に帰ろう……」


 とぼとぼと歩き出したその時、森の影から、誰かがひょっこり顔を出した。


「あ、アウラさん! 無事だったんですね!」


 見れば、村の少年ノールだった。

背中に大きな袋を背負っている。


「え、ノール? 何でここに?」


「心配になって探しに来たんですよ! そしたら、なんか、ウサギと走り回ってるアウラさんが見えたんで……」


 彼は苦笑しながら近づいてくる。


「いや、あれは……まあ……」


 言い訳するのも面倒になって、アウラは黙った。


「それより、大丈夫なんですか? 首、戻りました?」


「ああ、うん、なんとかね」


 首を軽く傾げて見せると、ノールはほっとしたように息をついた。


「それにしても、あのウサギ……あれ、ただの動物じゃないですよね」


「だよね? 私もそう思った」


 二人で森の出口へ歩きながら、アウラはふと思い出した。


「あのさ、ノール。あのウサギ、妙に懐いてる感じだったんだけど……もしかして、誰かの使い魔とかじゃないの?」


「え? いや、聞いたことないですけど……あ、でも、昔話では、森の守り神が白いウサギの姿で現れるって……」


 ノールの声が続くけれど、アウラはうんうんと適当に相槌を打ちながら、先ほどの赤い目を思い出していた。


 あの目は、ただの動物のものじゃない。

何かを知っている目だ。

もし、また首を落としたら、今度はあのウサギに頼ることになるかもしれない。


「……でも、もう落とさないからな!」


 アウラは拳を握りしめた。ノールがびくりと肩をすくめる。


「お、おう……頑張ってください」


「もちろん!」


 そう言って歩き出す。

だが、その拍子に、腰に下げていたポーチが落ちた。


「あ」


 ノールが拾い上げて手渡す。


「まず、荷物の管理からだと思います」


「う……」


 アウラは黙ってポーチを受け取った。

首がつながったはずなのに、またぐったりと気が抜ける気がした。


 そして、その夜。アウラの家の窓辺には、白いウサギがちょこんと座っていた。


 赤い目が、じっとアウラの寝顔を見つめている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ