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ドジっ娘デュラハン、自分の首を無くす

作者: さば缶

 その日、アウラは気がついたら自分の首がなかった。


「……あれ?」


 手で頭を撫でようとして、空を掴む。

何もない。慌てて肩のあたりを探ると、鎖骨の上から空洞がぽっかりと開いていた。

どう見ても、首がない。


「え? え? ど、どこ?」


 声は胸の奥から響いている。

慣れているはずの感覚が、今日はひどくおかしい。


「いや、まさか……また落とした? また? なんで?」


 アウラは地面を見下ろし、周囲をぐるぐると見回す。

しかし、首はどこにも見当たらなかった。


「うわあ、やばい。やばいやばいやばい! どうしよう、これ探さないと帰れない!」


 デュラハンであるアウラは、基本的に首を持っている。

たまに手に抱えていることもあるが、今日は何かの拍子にそれすら忘れていたらしい。


「えっと、えっと、落としたのは……いつだっけ?」


 記憶を巻き戻そうとして、脳がないことに気づいた。


「あ、やばい、考えるのが遅い……!」


 頭がないと、どうにも思考がもたつくのだ。

こういうときこそ、冷静にならなければならない。


「落ち着け、私。確か朝、井戸で水を汲んで……それから、パン屋でカレーパンを買って……」


 それ以上が思い出せない。

そもそも、目も耳もない状態で、どうやってその記憶があるのか謎だが、それはさておき。


「とにかく、まず井戸に戻ろう!」


 アウラは鎧の足をカシャカシャと鳴らしながら走り出した。

道行く村人たちが驚いた顔で振り返る。


「わっ、デュラハンだ!」 「しかも首がない!」


 当たり前だ。本人だってわかっている。


「いや、デュラハンはそもそも首がないものだろうが!」


 心の中で突っ込みつつも、アウラは井戸に着いた。


「えーっと……私の首、私の首……」


 井戸の周りを探してみる。が、何もない。


「あれ……ここじゃないの? 違う? パン屋か?」


 再び駆け出す。パン屋に着いた頃には、すでに昼前だった。


「あのー、すみませーん!」


 扉をがらがらと開ける。パン屋の主人が目を丸くした。


「うわ! アウラさん! 首が!」

「はい、それでなんですけど、今朝ここでカレーパン買った時、首落としませんでした?」

「……は?」


 主人はきょとんとして、店の奥をちらりと見る。


「いや、落ちてたら気づくと思いますけど……」


「そう、ですよね……」


 アウラはしょんぼりとうなだれた。

いや、首はないのでうなだれようがないのだが、そんな気分だった。


「じゃあ、どこなんだ……まさか……」


 思い当たる節があった。

あの森だ。

今朝、パン屋に来る前に森を抜けてきたのだ。

ショートカットのつもりだった。


「もしかして、あそこに……!」


 村を離れ、森へと続く小道を走る。

途中、小鳥のさえずりや、木々のざわめきが耳のないはずのアウラにも届いていた。

まあ、気のせいだろう。


 森に入ると、木漏れ日がちらちらと鎧の表面を照らした。

カラスの鳴き声が遠くから聞こえる。


「えっと、どこだっけ……あっちの茂みのあたりか?」


 進んでいくと、突然、ガサガサと音がした。


「だ、誰?!」


 叫んで、構える。

すると、茂みから出てきたのは、一匹のウサギだった。

頭の上に何かを乗せている。


「あれ……それ……!」


 ウサギの頭には、間違いなくアウラの首がちょこんと乗っていた。


「ちょ、待って待って待って! それ、私の!」


 駆け寄ろうとすると、ウサギはぴょんっと跳ねて逃げる。


「ああああ! やめてえええ!」


 鎧をがっしゃんがっしゃん鳴らしながら追いかける。

ウサギは軽やかに跳びはね、アウラはそれを必死で追った。

森を抜け、川を渡り、丘を越える。


「なんでこんなに速いの?! 待ってよ!」


 やっとの思いで追い詰めたのは、丘の上だった。

ウサギはぴたりと動きを止めると、アウラの首を落として、ぴょんっと草むらへ逃げた。


「ああああ……ありがとう! いや、違うな! でも、まあ、よし!」


 アウラは自分の首を拾い上げた。

ひんやりと冷たく、でも間違いなく自分のものだ。


「はー、よかった……」


 ほっとした瞬間、何かが足元を滑った。


「え?」


 首が転がって、またウサギがくわえて走り出した。


「なんでえええええ!」


 再び追いかけっこが始まった。


 日が沈むまで、アウラとウサギの奇妙な鬼ごっこは続いた。


 日はとっぷりと暮れ、森の中には冷たい風が吹き始めていた。


「ぜぇ……はぁ……!」


 アウラは膝に手をついて、肩を上下させながら荒い呼吸を繰り返している。

もっとも、肺も喉もないので、音ばかりがうるさかった。


「なんで、あのウサギあんなに速いの……! ていうか、なんで私の首を持って逃げるのよ……!」


 目の前のウサギは、草むらにちょこんと座って、アウラの首を抱え込んでいた。

赤い目がじっとこちらを見ている。


「はあ……もう、力ずくで取り返すしかないか……」


 アウラは覚悟を決め、そっと手を伸ばす。

しかし、その瞬間、ウサギは再び飛び跳ねた。


「おおおおおい!!」


 アウラは叫びながら追いかけた。

が、もう足も棒のようだ。

鎧が重く、関節がきしみ、あちこちの留め具がガチャガチャと外れかけている。


「ダメだ、もう限界……!」


 その場に崩れ落ちそうになった瞬間だった。

ウサギがぴたりと止まり、首をころんと地面に落とした。

そして、くるりとこちらを振り返る。


「な、なに……?」


 ウサギはゆっくりとアウラに近づいてきた。

その赤い目が、ほんの少し、優しげに見えた。


 ぽす、とウサギはアウラの手元に首を置いた。


「……え? 返してくれるの?」


 恐る恐る手を伸ばし、首を抱え込む。

もう逃げる気配はない。

アウラはその場に座り込み、首を自分の首筋にそっと戻した。


 カチリ、と何かがはまり込む音がして、視界が戻った。

ウサギが間近にいるのが見える。


「……ありがとう?」


 ウサギは一度ぴくりと耳を動かし、そのままぴょんと跳ねて、森の奥へと姿を消した。


「な、なんだったの……?」


 ぽかんとしたまま、アウラは立ち上がる。

首がつながると、途端に世界がしっかりと戻ってくる。


「はあ……とにかく、助かった。家に帰ろう……」


 とぼとぼと歩き出したその時、森の影から、誰かがひょっこり顔を出した。


「あ、アウラさん! 無事だったんですね!」


 見れば、村の少年ノールだった。

背中に大きな袋を背負っている。


「え、ノール? 何でここに?」


「心配になって探しに来たんですよ! そしたら、なんか、ウサギと走り回ってるアウラさんが見えたんで……」


 彼は苦笑しながら近づいてくる。


「いや、あれは……まあ……」


 言い訳するのも面倒になって、アウラは黙った。


「それより、大丈夫なんですか? 首、戻りました?」


「ああ、うん、なんとかね」


 首を軽く傾げて見せると、ノールはほっとしたように息をついた。


「それにしても、あのウサギ……あれ、ただの動物じゃないですよね」


「だよね? 私もそう思った」


 二人で森の出口へ歩きながら、アウラはふと思い出した。


「あのさ、ノール。あのウサギ、妙に懐いてる感じだったんだけど……もしかして、誰かの使い魔とかじゃないの?」


「え? いや、聞いたことないですけど……あ、でも、昔話では、森の守り神が白いウサギの姿で現れるって……」


 ノールの声が続くけれど、アウラはうんうんと適当に相槌を打ちながら、先ほどの赤い目を思い出していた。


 あの目は、ただの動物のものじゃない。

何かを知っている目だ。

もし、また首を落としたら、今度はあのウサギに頼ることになるかもしれない。


「……でも、もう落とさないからな!」


 アウラは拳を握りしめた。ノールがびくりと肩をすくめる。


「お、おう……頑張ってください」


「もちろん!」


 そう言って歩き出す。

だが、その拍子に、腰に下げていたポーチが落ちた。


「あ」


 ノールが拾い上げて手渡す。


「まず、荷物の管理からだと思います」


「う……」


 アウラは黙ってポーチを受け取った。

首がつながったはずなのに、またぐったりと気が抜ける気がした。


 そして、その夜。アウラの家の窓辺には、白いウサギがちょこんと座っていた。


 赤い目が、じっとアウラの寝顔を見つめている。

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