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男女比1 : 1000の世界に転生したおっさん、オイルマッサージ師になる

「………んぐっ!?」


 いつものように食事をとっていると、突如としてとんでもない頭痛が俺を襲った。鈍器で殴られたことなどないが、もしも殴られたらこうなるのだろうと想像できるほどに、強く具体的な痛みである。


「……がっ……うがっ……!」


 ……や、やばい。死ぬ!? 救急、救急は……ッ!


 脂汗を流しながら、必死の形相で自身のスマホを手繰り寄せ──ここで今までの痛みが幻だったとでもいうように突如として頭痛が治まり、俺の脳内に数多の情報が流れ込んできた。


「……んあ? なんだこれ」


 瞬間、俺──安間将司(あんままさし)は全てを理解した。……あぁ、俺は転生したんだと。


「転生……転生ねぇ」


 事実そうとしか言えない。なぜならば今の俺には、この世界で安間将司として28年生きてきた記憶と、こことは似て非なる世界で35年生きた記憶が介在しているからだ。


 そして前世の知識からすれば、この世界は──


「男女比1 : 1000の貞操逆転世界? いや、なんてエロゲだよ」


 俺は呟くようにそうツッコミを入れる。しかし突っ込まざるにはいられない状況であった。


 なぜならばこの前世に酷似した世界は女性が主として動く世界だというのだ。さらに言えば、男は週に1度自身の子種を提出さえすれば、自由に生きられるという。

 何不自由のない広い自室を与えられ、好きなものを食べ、読みたい漫画を読み、寝たい時に寝る。──そう、自由に。


「おいおい、仕事しなくていいとか最高すぎないか?」


 前世が社畜だったこともあってか、与えられた環境の素晴らしさに俺は1人笑みを浮かべる。


 こうしてひたすら自由に過ごす俺の日々が始まった。


 ◇


「飽きた……」


 しかしその生活も長くは続かなかった。


「まさか与えられた自由がここまで暇だとは思わなかった。いや、これまでの俺よくこんな生活を数十年も続けてたな。……いや、それはこの()()()にいる全ての男に言えることか」


 ──男性島。女性に対して恐怖心を覚える世の日本人男性のために作られた人工島である。

 この島にはほとんどの男が住んでおり、逆に女性はごく限られた人間しかいない。


 基本的にはすべてAIにより管理されており、男は女性と会わずに生活をすることができる。


 まさにこの世界の男からすれば夢のような環境──それがここ、男性島である。


 しかしそんな環境も今の俺からすれば地獄でしかなかった。


 だって仕方がないだろう。前世の記憶によって人並みに女性に対する欲求が生まれたのに、いざ外に出れば目に入るのは男のみ。さらにスマホに目を向けても、女性に関する情報は出てきても、写真や動画の類はほとんど出てこない。当然、需要がないため男向けのAVのようなものも存在しないのだ。


 まさに地獄である。


 いや、前世だって女性と関わりがあったかといえばそんなことは全くない。年齢イコール彼女なしの童貞であったし、風俗に行ったことすらなかった。

 しかしスマホを見ればAVがあったし、自らの性的欲求を鎮める方法はいくらでもあった。それすらもないとなれば、前世の知識を有した俺が不満を覚えるのも仕方がないと言えるだろう。


 その上で、このただ時間を浪費するだけのなんの生産性のない日々である。

 正直、今の俺にはこれ以上この生活を続ける気力はなかった。


「よし……決めた。男性島から出よう。そして働こう……ッ!」


 俺は決意と共に立ち上がると、その足でこの島でも珍しく女性の存在する施設、男性保護協会へと向かった。


 ◇


 男性保護協会とは文字通り男性を保護するために活動する団体のことである。その活動内容は様々であるが、簡単にまとめてしまえばこの男性島で俺たちが悠々自適に過ごせるようにサポートしてくれている人々である。


「ここか」


 男性保護協会へと到着した俺はそのまま中へと入った。


「……!? い、いらっしゃいませ」


 受付の女性が俺の方を見ながら目を見開く。


 そりゃそうか。女嫌いのこの世界の男達からすれば、男性保護協会は近づきたくない場所だろうからな。こうしてわざわざ足を運ぶ男などほとんど存在しないのだろう。


 俺は受付へと近づく。


「こんにちは」


「……男性の方が自ら挨拶を……はっ! し、失礼いたしました! 本日はどのようなご用向きでしょうか!?」


「実は男性島から出たいと考えておりまして……」


「男性島から!? そ、それは一体どうして……」


「いや、なにもせず悠々自適に過ごす日々に嫌気がさしまして。どうせなら男性島から出て本島で仕事をしてみたいなとそう思ったのです」


「男性が本島で仕事を……」


「珍しいですが、ゼロではないですよね」


「も、もちろん本島で活躍されてる男性も少数ですがいらっしゃいます。ただ男性島で長年生活していた男性から、このようなご提案をいただくのは初めてで……」


「あぁ、なるほど」


「ごほん。失礼いたしました。それで今回はどのようなお仕事をご希望ですか」


「スキル『マッサージ』を活用した仕事をしたい。具体的にはオイルマッサージ師として活動したいと考えております」


 言い忘れていたがこの世界にはスキルが存在する。ただしスキルを有するのは1万人に1人とごく少数の人間である。言ってしまえばスキル所持者は選ばれし人間という訳だ。


 そして俺はどうやらその選ばれし人間だったらしい。……らしいと曖昧なのは、力があることは知識として持っていながらも、実際に使用したことがないからだ。転生してからも、転生する前も。


 ……いや、宝の持ち腐れすぎるだろ。


 過去の己にそうツッコミを入れていると、目前の受付の女性は俺の説明を受け呆然とこちらを見つめた。


「男性のマッサージ師……男性の大きな手が、私の肌を……ぐふふっ」


「どうかされましたか?」


「……はっ、も、申し訳ございません! えぇ、えぇ。それはとても素晴らしいお考えだと思います。それでは今後の手続きのためにも、もう少しだけ詳細をお聞かせいただけますか」


「わかりました」


 俺は受付の女性の誘導を受けながら自身の考えを伝えた。


 ◇


 翌日。俺は再び協会へと赴く。


 どうやら昨日の今日で仕事場と住居の候補がまとまったらしい。その仕事の早さに感心しつつ、俺は再び昨日の受付の女性と対面した。


「安間様、お待ちしておりました」


「あ、七香さん」


 彼女とは昨日の段階で自己紹介は済ませている。

 七香さん──本名を本宮七香(もとみやなのか)という──はサイドダウンに纏めたベージュブラウンの髪を揺らしながら、ペコリと頭を下げた後、柔らかい笑顔を向けてくる。


 僕はその可愛らしい笑顔に癒されながら会釈をする。


「こんにちは。すみません、待たせちゃいましたか」


「全然待ってませんよ。むしろ予定通りの時刻に来て下さってありがたいです」


「よかった。それでは本日もよろしくお願いします」


「はい、お願いします。それでは会議室の方にご案内いたしますね」


 七香さんに続き、協会内を歩く。

 時折職員らしき女性とすれ違えば、毎度驚いた表情を向けられる。よほどここを訪れる男が珍しいらしい。


 それにしても……まずいな、どうしても目がいってしまう。


 目の前を歩く七香さん。公務員だけあってかスーツ姿なのだが、ぴっちりとしたタイトスカートに包まれた臀部が非常に艶めかしい。


 いや、決して露出が多いわけでも、ましてや透けているわけでもないのだが、どうしても歩く度にふりふりと揺れる可愛らしいその姿に見惚れてしまう。


 ……それもこれも転生してからずっと男ばかりの環境にいたせいだ。


 俺は内心そう言い訳しながら、七香さんが気がついていないのを良いことに、彼女のお尻をガン見し続けた。


 ◇


 2人用なのか、こじんまりとした会議室で七香さんと向かい合って座る。狭い室内のためか、彼女の女性らしい良い匂いがふわりと室内に漂う。

 そんな至福の空間の中で、七香さんはテーブル上にいくつかの書類を広げた。


「それでは順にご説明いたしますね。まずは安間様の住居候補についてですが、こちらをご覧ください」


 言葉と共に書類のいくつかを俺の前へとスッと寄越す。


「今回は安間様、男性の方がお住みになるということで都心のマンションの中でもトップクラスに設備の整った場所を選択いたしました。どこかお気に召すお部屋はございますか」


 そこに記載されていたのは、都心の一等地に佇む高級マンションばかりであった。おおよそ1人で住むには広すぎる間取りに、サウナや天然温泉の出る風呂などがついている。この資料には記載がないが、前世の基準でいえば家賃が軽く100万、いや200万はいきそうなレベルである。


「お気に召すもなにも、こんな高級マンションに住めるほど金銭的余裕はありませんよ」


「そこはご安心ください。男性が本島で生活する際、その家賃や諸々の生活費は私たち協会から支払われますので。安間様はどうぞ気にせずお好きなお部屋をお選びください」


 いやいや、どんだけ高待遇なんだよ。


 俺は内心ツッコミながらも、ここはお言葉に甘えようと資料へと目を通していく。

 そして吟味に吟味を重ね、俺は1つの物件を選んだ。


「それではこちらでお願いいたします」


「承知いたしました。それではこちらの物件で手続きを進めさせていただきます。続いてマッサージ店を経営する場所についてですが、今回の物件の場合この資料にある店舗がおすすめですがいかがでしょうか」


 そう言って七香さんが紹介してくれたのは、俺の契約予定のマンションの向かいにある店舗であった。どうやら元々個人経営の高級マッサージ店があった場所らしく、間取りとしてちょうど良いらしい。


 マンションから徒歩3分とは素晴らしい立地だな。それに元々マッサージ店があっただけあって、七香さんの言う通り色々と都合が良い。


 俺は念のため慎重に確認しながらも、特に問題なかったため「この店舗でお願いします」と返した。


「承知いたしました。少々お待ちください」


 七香さんは頷いた後、何やら書類やタブレット端末を用いて情報を記入していく。

 そして全てを入力した後、七香さんは何やら小さく息を吐いた後、意を決した様子で再度口を開いた。


「それでは最後に護衛官についてご説明させていただきます」


「護衛官ですか」


「はい。本島にお住みの男性には、数多の女性から身を守るため護衛を付けさせていただいております」


 ただ生きるだけで護衛がつくとは。


「なるほど」


「護衛官は人口の関係上女性となってしまいます。ご了承ください。あ、女性とはいえ、護衛官になった者は皆エリート中のエリートです。万が一にも男性に対して欲情するようなことはございませんので、ご安心ください」


 確かに女性嫌いのこの世界の男にとっては重要なことなのか。前世の知識がある俺としては欲情されるとかむしろウェルカムなのだが。


 とは言えそれを口にしてはおかしな人扱いされることは目に見えている。よって俺は白々しくも真剣な面持ちでうんと頷いた。


 七香さんはホッとしたように息を吐いた後、今度は別の書類を俺の方へとスッと寄せる。


「こちらリストになります。安間様のお好きな護衛官を1人お選びください」


 目の前の書類には1ページに1人のペースで自己紹介が書かれていた。

 その大部分を占めるのは顔写真であり、その横には名前や経歴、そして所持スキル等の個人情報が書かれている。


 その中にはなぜか3サイズ等おおよそ護衛官として必要無さそうな情報も載っていた。


 ……なぜ、こんな情報が。ってかすごいな。見事に美人しかいない。


 俺はペラペラと情報に目を通しながら、七香さんへと問うた。


「この中で最も戦闘力が高いのはどの人ですか」


「彼女ですね」


 七香さんが間髪入れずに1人の女性を指差す。──その女性は奇しくも俺が最も目を引いた女性だった。


 これも運命かと俺がその人を選ぼうとしたのだが、どういう訳か七香さんはうかない顔をしている。


「なにか懸念点が?」


「はい。彼女はその、男女問わず平等に接するきらいがございます。故に将司様がお気を悪くしないかと懸念しておりまして」


 男女平等に。それの何が懸念……? いや、なるほど。男の少ないこの世界ではその方が珍しく、その物言いや態度から男が気を悪くする可能性があると。


 しかし俺としては特に問題はない。それ以上に戦闘力の高さと、何よりも誰よりも目を引くその美しさを優先したかった。


「問題ございません。この方──姫崎(きさき)さんでよろしくお願いします」


「承知いたしました。では彼女で話を進めさせていただきます」


 こうしてこの日の打ち合わせは終わった。


 ◇


 またまた翌日。どうやら姫崎さんとの顔合わせの機会を用意してくれたらしい。ここで実際に会い、やっぱり違う人が良いと思えば変更できるそうだ。


 いやいやチェンジが可能とはどこのキャバクラだよと思いながら、俺は三度男性保護協会を訪れた。


 協会に入るといつものように七香さんの姿があった。俺はすぐさま会釈をする。


「七香さんおはようございます」


「おはようございます、安間様。本日も時間通りに来てくださりありがとうございます」


「本日は顔合わせですよね。姫崎さんは……」


「彼女は会議室で待機しております。そうですね、立ち話もなんですし早速向かいましょうか」


「はい。よろしくお願いします」


 言葉の後、七香さんに続いて歩く。


 ……至福の時間だ。


 昨日同様目の前で揺れる彼女のお尻へと視線を向けデレデレとしていると、少しして七香さんが立ち止まった。


「こちらになります」


 ……ここに俺の護衛官候補、姫崎さんが。


 俺はごくりと唾を飲み込む。そして扉を開けた七香さんに続いて会議室へと入った。


 瞬間──俺は目を奪われた。


 スラリとしたモデルのような体躯に、切長の目が特徴の暴力的なまでに美しい容貌。腰まで伸びた白銀の髪の影響か、どこか幻想的な雰囲気を感じさせる。


 ……こんな美しい人間が存在していいのか?


 思わずそう疑問を覚えてしまうほどに、目の前の少女は常人とは違う美しさを有していた。


 少女は俺が部屋に入った途端無表情な容貌をこちらへと向ける。そしてスーツに身を包んだキッチリとした姿のまま、小さく頭を下げた。


「男性保護協会S級護衛官、姫崎氷凪(きさきひな)と申します。本日はよろしくお願いいたします」


 彼女はアンドロイドか何かだろうか。思わずそう思ってしまうほどに、容姿、行動の全てが整っている。


 俺はその美しさに若干怖気付きながらも、一歩前に出ると、同じく頭を下げた。


「安間将司です。よろしくお願いします、姫崎さん」


 姫崎さんは俺の丁寧な態度に驚いたのか、小さく目を見開く。しかしそれでもほとんど表情が変わらないところを見るに、この無表情がデフォルトなのだろう。


「それでは顔合わせを始めましょうか」


 七香さんがそう言う。その声に俺と姫崎さんはうんと頷き、対面するように席へと着く。


「自己紹介は先ほど済ませましたし、お互いプロフィールをご覧になっていると思いますので省きますね。ではここからは安間様の懸念点や疑問点を解決していこうと思います。安間様、何か彼女に質問はございますか」


「質問ですか。そうですね……」


 そう言われると中々難しい。どこまで踏み込んで良いのかというのもあるし。


 俺は悩みに悩んだ結果「ぶっちゃけ俺の護衛官になることについてどう思いますか?」と彼女に丸投げした。


 姫崎さんはまさかの質問だったのか少々固まった後、美しい声音でスラスラと答える。


「大変光栄なことだと考えております。後は……第一印象ですが安間様は他の男性とは違い、大変思慮深いお方だなと。従って言葉を選ばず言えば、護衛対象として扱いやすいとそう思いました」


「えっと、他の男ってそんなに酷いんですか?」


「はい。暴言、暴力等は当たり前と伺っております。私の場合実際に対面したことはありませんので、あくまでも情報ベースですが」


「えぇ……七香さん、本当ですか?」


「そうですね……彼女の言葉通りですよ。だからこそ、安間様と対面して私も心の底から驚いたくらいです」


「そんなに酷いんですね。知らなかった」


 なるほど、それであれば姫崎さんが俺を扱いやすいと判断した理由もよくわかる。


「ということは少なからず俺に対しては好印象と?」


「はい、その通りです」


「それはよかった」


 俺はホッと息を吐く。彼女から少なからず良い印象を持たれていることを知ったからか、続々と質問が浮かんできた。


「姫崎さんのスキルについて教えてほしいです」


「私のスキルは『氷魔法』。氷を自在に扱うことができます。こんな風に──」


 言葉の後、姫崎さんが手の上に氷の塊を生み出す。次いで自在にその形を変えていき、氷で柴犬を作り出した。


「おお……すごい」


「もちろん、こういった娯楽だけではなく戦闘をこなすことも可能です。軽くお見せいたしましょうか?」


「いや、戦闘の方はいいです。そこは一切疑っていませんから。それよりも次の質問をしてもよろしいですか?」


「はい。問題ありません」


「俺の護衛官になった際、同居することは可能ですか?」


「……えっ」

 

 七香さんから驚きの声が上がる。姫崎さんもまさかの質問だったのか目を見開いた。


 ちなみに本来護衛官は護衛対象の隣の部屋に住むことになるらしい。たとえば俺が101号室であれば、護衛官は102号室といった具合に。

 もちろんこれでも問題はない。しかし今回契約予定のマンションがあまりにも広いため、どうせならば一緒に住みたいと考えたのだ。


 色々な魂胆はある。その方が護衛しやすいだろうとか、協会としても安く住むだろうとか。もちろん1人で広い部屋に住むのは寂しいというのと、どうせなら美少女と同居したいという下心も含んでいる。


 ただそれは俺が前世の知識を持っているからできた提案だ。だからこそ、彼女たちは何を言っているんだと困惑しているわけだが。


「どうでしょうか?」


 俺は首を傾げる。七香さんは何を想像したのか、真っ赤な顔で俺と姫崎さんの姿を交互に見つめている。

 そんな中、姫崎さんはこちらにチラと視線をやった後、ゆっくりと口を開いた。


「もちろん問題ございません。その方が護衛しやすいのでむしろありがたいくらいです」


「本当ですか!」


「は、はい」


 何を喜んでいるのかと困惑する姫崎さんを前に、俺は心の中でガッツポーズをする。


「七香さん」


「ひゃ、ひゃい!」


「俺、姫崎さんに護衛官をお願いしようと思います」


「わわわわかりました! で、ではそのように手続きを進めさせていただきますね!」


「あの……」


「どうしました、姫崎さん」


「そんな簡単に決めてしまってよろしいのですか。男性とは繊細で、より詳細に会話した上で判断するものだと伺っていたのですが」


「同居を提案する時点でわかるように、俺男の中でもかなりの変わり者だと思うので……」


「変わり者……そうですね。よく理解できました」


 姫崎さんはそう言って小さく微笑んだ後、居住まいを正した。


「改めて護衛官の姫崎氷凪です。これからよろしくお願いいたします、安間様」


 言葉と共に頭を下げる姫崎さん。俺は彼女へと手を差し出す。

 姫崎さんは何度目か驚いた表情になると、おずおずとその手を取った。


 ◇


 数日が経ち、いよいよ男性島を出ることになった。ちなみに引越しに際して必要な持ち物はない。なぜならばすでに引越し先の方に用意されているからである。


 俺は姫崎さんと合流すべく、協会へと赴いた。中に入ると、そこには姫崎さんと七香さんの姿があった。


「おはようございます安間様」


「おはようございます」


 2人は俺の姿を認識するとすぐさま会釈をする。俺も同じく頭を下げる。


「おはようございます。七香さん、姫崎さん」


「いよいよですね」


「はい。昨日はワクワクして中々寝つけませんでしたよ」


「本島に向かうのに恐怖はないのですね」


「うーん。もちろん新しい環境になるので多少の不安はありますが、その程度ですね。なんてったって俺には姫崎さんがいますから」


「……っ! 安間様に不都合がないよう精一杯努力いたします」


「ふふっ……それにしてもなんだか寂しく思えてしまいます。せっかく安間様のような素敵な男性と出会えたというのに」


 七香さんは俺たちのやり取りに微笑んだ後、その表情をシュンとさせた。


「七香さん……」


 確かにそうだ。男性島を離れるということはせっかく知り合えた彼女と離れ離れになることを意味する。


 俺は彼女へと近づくと、ポケットからスマホを取り出した。


「七香さん。LIME交換しませんか?」


 LIMEとはこの世界で多くの人間が利用しているメッセージや電話のできるSNSである。基本的に男は利用しないようだが、俺は今回島を出るのを機にアプリをダウンロードしたのだ。


「安間様とLIMEを……? よ、よろしいのですか?」


「協会の規定でダメとかなら仕方がないですけど、もしそういうのがないのであれば是非」


「嬉しい……ありがとうございます」


 七香さんはそう言うと自身のスマホを取り出す。そして互いに決まった操作をし、友達登録を行なった。


「これが安間様のLIME……」


「記念すべき俺の友達第1号ですよ」


「ひ、ひぇぇ……」


 七香さんは素っ頓狂な声を上げると、突然ストンとその場に座り込んだ。


「七香さん!?」


「ご、ご心配なく。あまりの驚きに腰が抜けてしまっただけなので……」


「いやいや大問題じゃないですか。立てそうですか?」


 俺は近づき、彼女の肩に手を当てる。


「……ひゃっ! ふぁ、ふぁい! だ、大丈夫です!」


 大丈夫だといったため、俺は彼女の左手を取ると自身の肩に回す。そして彼女の右脇に俺の右手をスポッと入れ、彼女を持ち上げる体勢を取る。


 ……あぁ。右手に幸せの感触と温かさが。


 内心そう興奮しながらも俺は努めて真剣な面持ちを浮かべる。


「あああ安間様!?」


「せーので立ち上がりましょう。いいですか?」


「ふぁ、ふぁい!」


「せーの!」


 言葉の後、俺は彼女に身体を寄せながらグッと力を入れる。どうやら七香さんの腰が抜けたのは一瞬のことだったようで、彼女は俺に合わせてしっかりと立ち上がった。


 俺は名残惜しく思いながら彼女からゆっくりと離れる。


「よし……もう大丈夫そうですね」


「ふぅ……ふぅ……はぃ〜大丈夫れすぅ〜」


 七香さんは顔を真っ赤にしながら、俺に笑顔を向けてくれた。


 ……多分、男に触れて興奮してるんだろうな。


 彼女の表情からそんなことを思ったが、俺は特に追及することなく笑顔を返す。


 そんな俺たちのやり取りを目にし、姫崎さんはチロリと唇を舐めた。


「驚きました。この前私と握手した際も思いましたが、安間様は女性に触れることに抵抗がないのですね」


「それは……まがいなりにもこれからマッサージ屋をやろうと考えてる人間ですから。嫌だとかそういう思いは一切ありませんよ」


「なるほど……」


 彼女はそう言うと納得したように頷いた。


「安間様。そろそろここを出た方がよろしいかと」


「おっと。もうそんな時間ですか」


 俺は改めて七香さんへと向き直る。彼女がどこか潤んだ視線で見つめてくる中、俺は一歩前に出る。


「七香さん、男性島では大変お世話になりました。これから離れ離れになってしまいますが、今後は頻繁にLIMEで会話をしましょう」


「安間様……はい!」


「あともしお時間がある際は是非俺の店にマッサージを受けにきてください。その時は全力で歓迎しますよ」


「ありがとうございます! 長期休みの際は絶対会いにいきますね!」


「それでは参りましょうか」


「そうですね」


 こうして七香さんに見送られながら、俺は姫崎さんと共に協会を、そして男性島から離れた。


 ◇


 数時間の船旅とさらに数時間のタクシー移動を経て、俺はようやく東京都心にあるとある高級マンションへと到着した。


 俺は姫崎さんと共にマンション内のエレベーターに乗り、自室を目指す。


「…………」


 エレベーター内で会話なくいると、ここで姫崎さんがふと思い出したように口を開く。


「そういえば……」


「……?」


「ずっとご指摘しようと思っていたのですが、今後私のことは氷凪とお呼びください。また敬語は不要です」


「呼び捨ての上、敬語なしですか」


「はい。護衛対象と護衛官はいわば主従関係のようなもの。主人から従者へ敬語を使っていては周囲にも示しがつかないでしょう」


 そういうものなのだろうか。他の男と護衛官のやり取りを目にしたことなどないため、俺には判断がつかなかった。

 しかし女性を名前で呼び捨てにすることに若干恥ずかしさはあれど、抵抗感はなかったため、俺はこれに了承した。


「わかった。氷凪。……これでいいかな?」


「……はい。完璧です」


 と、ここでエレベーターが止まり、扉が開く。どうやら俺の住む階に到着したようである。

 俺たちはエレベーターを降りると、部屋の入り口に向け歩く。


「今更ですが本当によろしいのですか。私との共同生活で」


「その方がいつでも守ってもらえるしね。氷凪は不満はない?」


「特に問題はございません」


「ならよかった」


 会話をしているうちに目的地へと到着した。


「では入りましょうか」


 氷凪がドアを開けてくれる。俺は感謝しつつ家の中へと入った。


「うわぁ……こりゃエグいわ」


 ドアを開けてすぐに広々としたエントランスが俺たちを迎え入れる。ぐるりと見渡せば左手側に1つ、正面に1つ大きな扉がある。


 まず左手側の扉を開けると、そこはシューズインクローゼットに繋がっていた。


「いや、広すぎでしょ」


 ただ靴を置くスペースだというのに、下手したら人1人生活できるレベルの広さである。


 俺はこれが高級マンションかとドン引きしつつ、次は玄関正面の扉を開く。するとこれまでとは比較にならないほど広々とした空間が現れた。ここがいわゆるリビングダイニングルームというやつだろうか。


 事前に俺の要望を受けてか、家具類は置かれている。それらが明らかに最高級品であることもそうだが、おおよそ2人で住む部屋とは思えないその広さに俺は苦笑と共に氷凪へと視線をやる。


「どう思う?」


「いい家ですね。ただ2人で住むにはいささか広すぎるとは思います」


「だよね」


 氷凪も同意見だったようで、俺は安堵の息を吐いた。


 その後も各部屋を見て回った。総じて言えることは、とにかく広いということである。……住んでいればじきに慣れるのだろうか。


 こうしてそれなりの時間をかけて部屋の探検を終えた。この流れのままに店舗の方にも向かいたいところである。氷凪に声を掛ける。


「次は職場の方に行ってみたいんだけどいい?」


「もちろんです。向かいましょうか」


 言葉の後俺たちはマンションを出た。そして街を歩く数多の女性たちの視線を一身に受けながら、向かいの店舗を目指す。


「こちらでしょうか」


「いってみようか」


 扉を開け、中と入る。マンションと違い、こちらは思いの外こじんまりとしていた。


 玄関から続く廊下。突き当たりに1つ、廊下の途中にもう1つ扉が存在している。

 部屋は全体的に薄暗いが、それが店の高級感やマッサージ店としてのムードを演出していた。


 まずは突き当たりにある扉を開く。どうやらここは洗面脱衣所のようだ。ドアを開けて左手に洗面台が、正面にシャワールームに続く半透明のドアがある。

 右手に目を向ければ、そこには脱いだ服を入れるための収納バスケット、バスタオル、そしてオイルマッサージ店では欠かせない、ペーパーショーツとペーパーブラが置かれている。

 内装を確認後、続いて廊下途中にある扉を開く。


「いい部屋だね」


「ほんとですね」


 扉の先には個室が広がっていた。広さは6畳程度か。狭すぎて窮屈感があるわけでもなく、かつ広すぎて落ち着かないわけでもないちょうど良い広さである。

 中央には高級感ただようマッサージ台が置かれており、部屋の隅にはマッサージに使用する各種道具類が整列している。


「これならすぐにでも店を始められそうだ」


「では『選定』を始めてもよろしいでしょうか」


「そうだね、お願いするよ」


『選定』とは俺のマッサージ店だけの独自システムである。


 ──男がマッサージ店を開いている。その事実だけで女性が殺到し、俺に危険が及ぶ可能性がある。そう懸念した協会が急ピッチで用意してくれたものがこれである。


 まずは協会が直々にネットで店の宣伝を行い、客を募る。その客を協会側で一人一人吟味し、様々な項目で俺のマッサージを受けるに値するか判断を行う。

 こうして問題ないと判断された者のみ、晴れて俺の店に来店できるという仕組みである。


 正直前世の知識を持つ今となってはとんでもない仕組みだと思うが、この世界ではこれが常識なのだから仕方がない。


 とにもかくにも、男のマッサージ店など前代未聞である以上、集客に困ることはまずないという。であれば客の選定さえ完了すればすぐにでも開店できるのだが──


「ただ開店前に1つ解消しておきたい問題があってね」


「なんでしょうか」


「実はまだスキルを人に使ったことがなくて。だから事前に誰かで練習をしたいと思っているんだよね」


 氷凪があっけらかんとした表情で言う。


「そういうことでしたら、私がその役目を務めましょうか?」


「いいの?」


「護衛官は護衛対象の願いを叶えるのも仕事の一つですから」


「ならお願いしようかな」


 こうして開店準備の一環として、氷凪にマッサージを施すことになった。


 ◇


 氷凪を連れ、脱衣所へと向かう。扉を開けてすぐの所で、俺は簡単に説明をする。


「まずシャワーを浴びて身体を清潔にしてね。あ、服はそこにある容器に。バスタオルは横に掛かっているものを使ってね」


 言って俺は入り口から右手側に置かれた収納用のバスケットやタオル類を指差す。


「次にこのペーパーショーツとペーパーブラを身につけて。そこまでできたら、脱衣所の外にいる俺に声をかけてね」


「承知いたしました」


「それじゃごゆっくり〜」


 言葉の後、俺は脱衣所の扉を閉めた。それからマッサージ台等の確認をしていると10分ほどで「安間様、完了いたしました」という声が届く。


 その声に従い、俺は扉を開ける。すると目の前に真白く瑞々しい肌を存分に曝け出した氷凪の姿があった。


 もちろん俺の指示通り胸元と局部は隠している。しかしビキニとなんら変わらない肌面積である現状は、女性経験のない俺にはあまりにも刺激が強かった。


「どこかおかしな点でもございますか?」


 氷凪が困惑の表情で首を傾げる。


 ……まずい、ガン見してしまった。


「い、いや問題ないよ。それじゃ個室にいこうか」


「はい」


 氷凪を連れ、部屋へと入る。


「それじゃまずは施術台の上でうつ伏せになってもらえるかな」


「承知いたしました」


 彼女は丁寧に頷くと、台の上にうつ伏せになる。


「タオルをかけるよ」


 俺は部屋の一角に置かれているバスタオルの束から一枚取り出すと、それを彼女の身体全体を覆うように被せる。

 みずみずしい彼女の素肌が隠れ、作り物のように美しいシルエットだけが目に映る。


 ……これはこれで正直そそるものがあるな。


 俺は内心ごくりと唾を飲み込む。しかしいやいやこれは仕事だぞと被りを振ると「それじゃはじめていくね」と声を掛ける。


 氷凪はこちらに顔を向けずにうんと頷く。


 さて……ここからが本番となるわけだが、前世今世含め俺にマッサージを施した経験などほとんどない。あっても幼い頃に両親への肩揉みを行った程度で、特にオイルマッサージともなれば当然一度としてない。


 ちなみに受けたこともなく、マッサージについて検索をかけたことすらも俺の人生で経験したことがないことであった。


 そんな人間がいきなりマッサージ師になるといえば、普通は何を馬鹿なことを言っているんだ、そんなことはいいから普通に会社員として社会の歯車になれと言われそうである。しかし今の俺にはスキル『マッサージ』という極めて超常的な力がある。


 スキルとは常人には不可能なことを可能にする力のこと。つまりマッサージについて何も知らないはずの俺の脳内には、どういう訳か凄まじい量のマッサージの知識があるし、どのように対応すればいいかもわかるというわけである。


 ということで、ここで一度脳内に浮かぶ知識、特にオイルリンパマッサージについて振り返っておく。


 リンパマッサージにおいて重要なのはリンパ液の流れに沿うこと、主要なリンパ節のある方向に流すことである。


 その主要なリンパ節が鎖骨周辺、脇の下、脚の付け根いわゆる鼠蹊部の3箇所に存在する。超簡単に言うのであれば、この3箇所に向けて手を当てて流していけばいいらしい。


 ということでまずは知識の通り左脚から流していく。


「少しだけ布を外すよ」


「はい」


 彼女が返事をくれたため、うつ伏せになった彼女の足側に移動し、左脚周辺の布を捲っていく。もちろん彼女の局部が見えないように気をつけながらも、お尻の下部が見える程度に露出させる。


 そのかなり際どい姿に緊張するが、これからマッサージ師、つまりプロとしてやっていくのだと強く意識をし、なんとか煩悩を追い払っていく。


 ……よし、やっていくか。


 俺は知識の通りに念じる。すると俺の手が淡く光るのと共にトロリとマッサージオイルが手に現れる。


 ……あったかい。それに柑橘系の良い匂いだな。


 俺はオイルに塗れた両の手を合わせる。そしてオイルの温度と体温を馴染ませた後、まずは足先から太ももにかけて両手を上下させ、オイルを塗布していく。


「……んっ」


「オイルの熱さはどう?」


「とても気持ち良いです。ただ初めてマッサージを受けるので、どこか不思議な感覚です」


「へぇ。どんな感覚?」


「なんとも言い難いですね。とにかく今まで経験のない独特な感触で、少しゾワゾワします。ただそれが気持ち良いと言いますか」


「なるほどなるほど」


 言いながらも、しっかりと手は動かして塗り広げていく。というよりも手が勝手に動くという方が正しいか。


 ……にしても女の子の肌ってこんなきめ細やかでもちもちと柔らかいのかぁ。


 はたして女性皆そうなのか、氷凪の肌が特別なのか。そこはわからないが、とにかくこれまで触れたことのないまさに未知の感触である。


 前世の35年でも今世の28年でも一度として経験のないその感触に、思わず鼻の下が伸びてしまう。


「安間様」


「ど、どうした?」


 思わずピクリと反応し、慌てて手を離す。


「安間様は私に直に触れて不快感はございませんか?」


「不快感?」


「男性は女性に触れること、それも直に触れることを極端に嫌う節があると──」


「いや、前も言ったけど不快感は全くないね。むしろ触れて嬉し……い、いやなんでもない」


「……? とにかく不快でないのならよかったです」


「続けるね」


「はい」


 俺は再び彼女の太ももに手をやり、オイルを広げていく。

 時折氷凪がピクリと反応を示し、内腿を擦り合わせる。こそばゆいのか、気持ちが良いのかはわからないが、彼女からは特に言及がないため、ひとまず気にせず続けていく。


 こうしてある程度塗り広げたところで、まずは足の指先から膝裏、膝裏から太ももの付け根や臀部まで、ゆっくりと手のひらを十分に密着させながらリンパを流していく。


「……ひゃっ」


 唐突に聞こえてくる彼女のものとは思えない可愛らしい悲鳴。


「っと、大丈夫?」


「……大丈夫です。気にしないでください」


「わかったよ。ただもしも何かあったらすぐに言ってね」


「し、承知いたしました」


 言葉と共に頷く彼女の姿を目にしながら、同様の動作を幾度か続けていく。


 こうして左脚をゆっくり5分ほど行った後、同様のマッサージを右脚でも行った。それが終わったところで次は背中へと移る。


 脚のオイルを軽く拭き取った後、再び両脚が隠れるように布を被せ、反対に首から尾てい骨辺りまで布を捲っていく。


「……っ!」


 ……こ、これは!


 その際、彼女の身体で潰れて広がった形の良い双丘が目に入る。

 その大部分がペーパーブラで覆われているとはいえ、ぐにゃりと広がれば一部は露出してしまうもので……。


 ……っと、危ない。平静に、平静にだ。


 俺は小さく息を吐く。そしてよしと気合いを入れると、彼女の頭側へと移動し、今度は脇の下へ向けてリンパを流していく。

 背骨辺りから脇へ、腰辺りから脇へと同様に流れを意識して手のひらを動かす。


 ……指先にふにゃりとした感触がっ! これが女性のむ、胸の感触!?


 ほんの指先が彼女の横乳に触れただけでこれである。いったいその全てを手のひらで触れたらどんな感覚なのだろうか。


 俺の脳内にそんな疑問が浮かぶ。そんな煩悩まみれの俺に対し、ここまでくるとようやくオイルの感覚にも慣れてきたのか、氷凪からは先ほどまでのピクリとした反応は無くなり、全身の力が抜けてウットリとした表情を見せ始めた。


 ……よ、よしよし。マッサージの方はいい感じにできてるみたいだ。んでここからは……。


 俺は一拍置くと、氷凪に優しく声を掛ける。


「氷凪。次は仰向けになってもらえる?」


「承知いたしました」


 布が落ちないよう僕の方で抑えつつ、どこかぼーっとした様子の氷凪に向きを変えてもらう。


「ありがと。それじゃまた足先からやっていくね」


 言葉の後、先程同様に仰向けの状態で両脚のマッサージを行う。

 ぐーっと両手のひらで絞るように流していくと、太ももからお尻辺りに差し掛かった所で、人差し指が彼女の秘部に近づく。

 さすがに触れないように気をつけているが、何度か繰り返していればオイルで滑ってしまうというハプニングも起こるわけで──ツルッとしたその勢いのまま、俺の指の腹が彼女のペーパーショーツの中心へと沈み込んだ。


「……んぁっ……んっ!」


 氷凪の身体がぴくりと跳ねる。


「ごごごごごめん!」


 思わず手を離すと、彼女はグッと身体を縮めたまま荒々しく息を吐く。そのまま呼吸を繰り返し、段々と落ち着きを取り戻しながら、氷凪は小さく口を開いた。


「い、いえ。こちらこそ取り乱してしまい申し訳ございません」


 と、そんな心臓がバクバクするような出来事もありながらも、続いて手指から二の腕辺りまで流し終える。

 ここまでくれば、後は首回りからデコルテにかけてのマッサージだけである。


 再び彼女の頭側へと移動し、まずは仰向けになっている彼女の首の後ろへ両手を滑り込ませ、うなじ辺りに指が当たるようにしてグーっと軽く圧をかけていく。


 ……氷凪は19歳だっけ。かなり若いけど、この辺りはだいぶ硬いな。結構苦労しているのかね。


 思いながら圧をかけていると、ウットリとした様子で氷凪が小さく声を漏らす。


「……んっ」


「ここ気持ちいい?」


「はい、とても」


 どんどんと語彙力がなくなっていく彼女の姿に微笑みつつ、今度は首から鎖骨周りへ、胸元から脇付近へとリンパを流していく。


 その際、やはり指の先がどうしても綺麗な胸元に触れてしまうが、無心無心と心の内で唱えながら何度も何度も流していく。


「安間様」


 ここで唐突に氷凪がその切れ長の目で俺を見つめる。


「ん?」


「安間様は……どうして男性島から飛び出して、女性だらけの過酷な環境でマッサージ師を目指そうと思われたのですか」


 ……まず女性だらけの状況を過酷だと思っていない、むしろ合法的に女性に触れられてラッキーとすら思っている。そう言ってもこの世界に住む彼女からすれば到底納得できる話ではないだろう。


 だから俺は自身の中にあった別の理由を口にすることにした。


「色々理由はあるよ。ただ施しを受けるだけの人生に嫌気がさしたとかね。でも1番の理由は……そうだな、世の中に認められたかったからかな」


「認められたい……ですか」


「そ。男ってそれだけで優遇されるのがこの世界じゃん。男性島の存在も、与えられる環境も、何もかもが男のためで。……でもそれって言ってしまえば男っていう性別だけで一括りにされているってことだと思ったわけよ」


 氷凪は変わらずこちらをじっと見つめる。俺はマッサージを続けながら、言葉を続けた。


「俺は男という性別を持った1人……ではなくて、安間将司という1人の人間として社会に認知されたい。俺という個人で、多くの人々の癒しになりたいってそう思ったんだ」


 前世で俺はブラック企業でサラリーマンをやっていた。それでも働いている、社会に貢献しているという認識はあったけれど、それはいわば社会の歯車の1つとしてであった。

 そんな俺が転生をし、やってきた世界は女性が主となる世界で。最初は自由を謳歌できることに喜びを覚えていたけれど、いつからか与えられた自由を日々過ごすだけの自分が惨めに思えてきて。

 でもそんな俺にはスキル『マッサージ』という恵まれた力があって、七香さんをはじめとした男性保護協会という心強い後ろ盾もあった。

 こうした環境に身を置かれれば、転生した人間なら多くがこう思うのではないだろうか。


『1人の人間として、世に認められる存在になりたい』と。


 俺の話を黙って聞いていた氷凪は瞳を閉じると、少しして目を開き、その無表情の容貌に小さく微笑みを浮かべた。


「安間様が成り上がっていく様を間近で見ることができる。私は幸せ者ですね」


 その笑顔があまりにも美しくて、俺は思わず手を止め、彼女を見つめてしまう。しかしそれも数瞬のこと、すぐさまマッサージを再開すると「俺の護衛官になったことを後悔させないよう努力するよ」と照れ臭さと共に呟くように声を返した。


 ◇


 マッサージの全行程が終了した。現在氷凪にはシャワールームで身体を流してもらっている。おそらく数分もすればいつものぴっちりとしたスーツに身を包んだ凛々しい姿の彼女がやってくるだろう。


 俺は濡れタオルで施術台のオイルを拭っていく。


「それにしてもスキルってやつは凄いな」


 何もない所からオイルが生成されるのもそうだが、マッサージのマの字も知らない俺が、ああも完璧に90分間マッサージを続けることができたのだ。それも明らかに素人ではない手順、手付きで。……もちろん初めてなのもあってか、途中とんでもないハプニングはあったが。


 途端にあの時の言いようのない柔らかな感触と、蕩けるような氷凪の表情が思い出され、俺の下半身が主張を始めようとする。


 俺は暴れ馬を宥めるように心の内でどうどうと唱える。すると願いが通じたのか、アッパーの如く突き上げようとしていた息子が、定位置へと戻った。


 俺はホッと息を吐き、掃除を続ける。それから15分ほど経過したところで部屋をノックする音が響き、氷凪が戻ってくる。


 オイルの良い香りで充満する中でも、彼女が近づいた瞬間女性特有の良い匂いが鼻腔をくすぐるのは、はたして彼女の女としての特質か、はたまた俺が溜まっているからか。


 ……多分両方だろうな。


「お待たせいたしました」


 氷凪が絹のような艶やかな髪を靡かせながら小さく会釈をする。


「どうだった?」


「人生で最も心地の良い時間でした」


「そこまで?」


「はい、間違いなく。同時にこれは瞬く間に人気になると確信すると共に、護衛官としてより気を引き締めました」


「おぉ」


 あの忖度のない氷凪にそう言わせるということは、本当に相応の価値があるのだろう。……尚のこと開店日が楽しみになったな。


「氷凪。明日から開店に向けて本格的に準備を始める。多分色々と質問することも多いと思うけど、どうか見捨てずに手伝ってくれると助かる」


「もちろんです。私はあなたの護衛官ですから」


「ありがとう」


 こうしてスキル『マッサージ』の能力確認も終わり、俺はマッサージ店開店に向けた第一歩を踏み出した。


評判が良ければ連載いたします。

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― 新着の感想 ―
小説におけるマッサージものは本番行為と同等のエロさがあるので好きです。 憑依タイプ(モラハラ男に憑依して姉妹や幼馴染を喜ばせるというテンプレ)ではない貞操逆転ものも無条件で好きです。 星5つ!
続きが読みたいです
すごくえっちです! 全年齢で行けるのか?だけが気になりますw
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