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アネモネの約束  作者: 兎束作哉
第1章 一輪の白いアネモネ
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case06 距離感



 トゥルルル、トゥルルル……


 数回のコール音の後、ぷつっと音と共に、スマホの向こうから聞き慣れた声が響いた。



『ミオミオ!?久しぶりじゃんどしたの?』

「いーや、声聞きてえと思って」

『え~何それ、何か遠距離恋愛してるカップルみたいじゃん』

「かもなぁ」



 スマホの向こうからは相変わらずのテンションで空の声が聞えてきた。最近は互いに忙しくて、受験もあるだろうって連絡も控えていたが、どうにも我慢が出来なくて俺は電話をかけてしまった。空はそれを咎める様子なく、気のせいかも知れないが、どことなく嬉しそうに弾んだ声色で話していた。少しだけ、声が低くなっているような気もする。



『それで?ただ声が聞きたいって訳じゃないんでしょ?』

「おっ、察しがいいな。さすが、空」

『褒めても何もでないよ~』



 なんて会話をしていると、俺は思わず吹き出してしまった。それに釣られてか、電話越しの空からも笑いが漏れる。 

 やっぱり、こうして電話で話すだけでも楽しい。でも、声を聞いちまうと、会いたいって気持ちが強くなっちまう。

 俺は無意識のうちに立ち上がり、カーテンをめくり、向かいの空の家の電気がついているのを確認する。こんなに近くにいるのに、会いに行こうという勇気がどうにも湧かなかった。ヘタレとか言われても仕方がないかもしれない。


 でも、今はこれが精一杯だ。


 今すぐにでも飛んで行って抱き締めてやりたいのに、それが出来ないのは、「ただの幼馴染みで、親友」であることを選んじまっているから。あっちに気があるって少しでも分かれば、きっとこのブレーキは外れるんだろうが。



(伝えたところで、彼奴と離ればなれになっちまったら意味ないけどな)



『ねえ、ミオミオ?聞いてるの?』

「お、おうなんだ?」

『え~自分からかけてきたくせにそれはないでしょ』

「悪ぃ、悪ぃ、考え事してたんだ」



 そういえば、電話越しから「ミオミオって考え事何てするの?」とまた失礼なことを言われた。俺だって人間だからな。考えることだってあるんだよ。と、一応それっぽい言い訳をしてやった。空と恋仲になれたら……何て考えていたことは絶対に言わない。


 そう思いながら、窓の外を眺めていると、空の部屋の窓からこちらを見ている人影を見つけた。目を凝らして見てみれば、ベランダに出て俺に手を振っている空の姿が見えた。俺も、スリッパを急いではいてベランダに出る。

 道路を挟んでだったが、顔を合わせれたというのに、俺達はスマホを話すことは出来なかった。少し距離がある為、きっと叫ばないと相手に声が届かない。夜ということもあって住宅街で大声を出すわけにもいかない。だから、俺達は面と向かってスマホ越しに会話をしていた。



『まっ、ミオミオが何考えていたかはさておいて、多分進路どうするんだ~って話でしょ?』

「ほんと、今日のお前冴えてるな」

『何年もずっと一緒にいるからね。そりゃあ、高校が違からろうが家は向かい同士だし。離ればなれになっているようで、その実オレ達は近くにいるわけだし。寂しくないよ』



と、空は笑っていた。電話越しに聞える声とベランダから見える表情では少し時間がずれている気がしたが、彼が寂しくない。というので、俺は何だか複雑な気持ちになった。


 寂しいと思っているのは俺だけか。


 いや、とらえ方の違いの問題なのだろう。確かに、空の言うことには一理あるわけだし、そう言われればそうなのだ。遠くに行っているようで、ずっと近くにいる。俺の事を忘れないでいてくれる空に、俺は安心感を抱いていた。

 俺はスマホを握りしめたまま、ふっと息を吐いた。



「そうか。んで、お前進路どうするよ?」

『さきにミオミオがいってよ~は~ず~か~しぃ~』

「ぶりっ子すんな」



 だが、まあ言い出しっぺ、この場合聞き始めたのは俺だしと取り合えず俺から先に言うことにした。



「警察だよ。警察」

『え……へぇ、意外』

「何だよ、その”え”って」

『え?いやあ、だっててっきりミオミオは陸上の選手になるものだって……あっ、ごめん、勝手にそう思ってただけだから気にしないで。うん、警察。警察ね!似合いそう!脳筋刑事って感じ!」

「お前ら、俺の事なんだと思ってんだよ」



 空が冗談交じりか、本気か分からない言葉に俺は思わず突っ込んでしまった。すると、空がケラケラと笑う。

 話が進まないと、俺は空に尋ねる。



「んで?お前は?」

『んーオレかあ、迷ってるんだよね。というか、進路潰されちゃって。ほら、この間オレんとこ父さん死んじゃって。それで、母さんがね……パイロットにはならないでーって泣いて頼んできて……それで』



と、消えるように言う空。


 そういえば、と言うかまあ記憶に新しく空の親父の葬式に参列した。

 空の親父はパイロットで、趣味のフライト中ヘリコプターの不具合で墜落死してしまったのだ。後に、それが意図的に仕組まれたものだと犯人が挙がり、勿論その犯人は逮捕、裁判も始まったところだった。まあ、殺人罪だし刑は重いだろうが……

 そういうこともあって、空はパイロットになるという夢を母親の必死の願いで阻まれそうになっているというのだ。



『オレ、それでも空を飛びたい……そりゃ、危ないだろうけど……免許ももう少しで取れそうだし、オレは、オレは……』

「空……」



 電話越しに辛そうに言う親友に何て声をかけてやればいいのだろうか。

 そうお互いに沈黙が続き、切った方がいいような空気になった時、俺は1つ思い出したことが声を上げた。



「空も、警察になればいいんじゃねえか」

『警察?なんで?』

「ほら、あの、ほら……警察航空隊のパイロットって……あるじゃねえか、確か、多分」



 曖昧。と言われつつも、少し元気を取り戻したような声が電話越しに聞える。



『警察、警察ね~いいかも。ミオミオもなるって言うなら、考えてみる』

「お、おう。そうしてくれ!後、元気出せよ」



 俺は、もしかしたら……何て期待を膨らませつつ、空を見る。空は、俺の視線に気づいてニカッと白い歯を見せて笑った。それから、暫く他愛もない会話をして互いに「おやすみ」と言い合って通話を終了する。


 通話時間は10分21秒だった。




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