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アネモネの約束  作者: 兎束作哉
第1章 一輪の白いアネモネ
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case05 将来の夢



「澪、お前もうすぐ受験生だろ。進路どうするんだ」

「あー父ちゃん、あー」

「あーってなんだ、あーって」



と、夕食の席で、1ヶ月後に3年生になる俺に、父ちゃんは進路をどうするのかと聞いてきた。あまり聞かれたくない話題でもあり、でも、避けては通れない話題でもあった。


 正直色々迷ったし、今でもこれが正解なのか分かっていない。けれど、心に決めたものはあった。

 俺が言いにくそうにしていれば、父ちゃんは箸を置いて俺の方を見た。早く言えと圧をかけてくるようで俺はその圧に負けて口を開く。目を合わせるのはこの年でも怖かったため、俯く。



「いや、俺……も、警察になりたいなーとか思って……はは」

「ははっ、てなんだ。ちゃんと顔見て言え」



 ドンッ、と思いっきり机を叩くので俺は反射的に顔を上げる。目は泳いでいるだろうし、顔を見ろと言われても、絶対に見れていない状況だった。

 きっとこの話題を、警察になりたいと言ったら怒るだろうなと想像に難くなかったからだ。

 俺の住んでいる双馬市は比較的安全な街だが、隣町の捌剣市は犯罪件数が異常なほど多い呪われた街として有名だ。そこの配属になれば命はないとさえ言われている。そういうこともあって、警察官になれば危険もあるし、危険な仕事であるとは分かっていた。姉ちゃんも、捌剣市に配属になったと俺達にいってきたときはなんとも言えない顔をしていたため相当な場所だと思う。別にすみにくいわけじゃないんだろうけど。



「警察に、なりたい」

「陸上、声かかってるって聞いたぞ。去年も全国3位、まだまだ伸びしろがあるって……お前は才能を手放すのか?」

「才能じゃねえし、努力したんだよ」

「じゃあ、その積み上げた努力は!」



 ドンッ! とまた、叩かれる机。


 俺はそれにびびりながらも口を開く。今更という感じだが、母ちゃんのこと……今になって、あの事件を解決したいと思っちまった。それに、白瑛高校に行って本当のエリート達を見て、アスリートの厳しさを知った。俺の趣味や好きだけでは越えられない壁を間近で見てしまったから。

 諦めたわけじゃねえし、オリンピックのあの舞台に立てたらそりゃあ凄え気持ちいぃだろうけど、俺にはそんな度胸も何もねえ。

 たった一人の幼馴染みを思うだけでもこんなに張り裂けそうだって言うのに、あんな所に立てるようなメンタルは持ち合わせてねえんだと。



「お前、母ちゃんの事件のこと……とか言い出すんじゃないんだろうな」

「…………違う。俺のこの有り余る体力を生かせる場所は警察だって思ったから」

「消防は?」

「警察の方が格好いい」



 そういえば、怖かった父ちゃんの顔はほころんで「がははは!」といきなり大声で笑い出した。俺の事をまだまだガキだなと馬鹿にしているようにも聞こえたが、どこか安心しているようでもあった。

 父ちゃんが笑っているのを見るのは久しぶりで、俺は思わずきょとんとしてしまった。

 何でそんな風に笑っているのか、分からなかったから。

 すると、ひとしきり笑い終えた所でリビングのドアが開き姉ちゃんが入ってきた。久しぶりに見る姉ちゃんは、それはもうスーツの似合う女だった。



「あっ、澪いたのか」

「いたって何だよ。家だし、いちゃいけないのかよ」

「部活は?」

「今、春休みなんだけど……って、いてててて!なんで頭、ぐりぐりすんだよ!」

「いやぁ、何か、澪の頭見てるとぐりぐりしたくなって~ぐりぐりさせろー、おりゃ~!」



 久しぶりに会っていきなり何をするんだ、この姉はと思いつつも、姉ちゃんの拳の強さに俺は涙目になるほかなかった。マジで痛い。

 そんなに頭撫でられると禿げるからやめてくれよ。なんて思いながら、姉ちゃんの手をどけようとするが、意外にも力が入っていて離れない。

 ぐぬぬ、と俺が力を入れていると、ようやく父ちゃんが仲裁に入ってくれて「そこまでにしとけ」の一言で、姉ちゃんは俺から離れていった。



「なあ、ながれ。お前から見て澪は警察の素質あると思うか?」

「警察の素質ぅ?って、澪、アンタ警察になろうとしてるの?やめときなって、澪は脳筋だし体力だけじゃないから」

「はあ!?姉ちゃんだって脳筋ゴリ……」

「何かいった?」

「はい、何にもいってません」



 ギロりと睨まれてしまえば、俺には何もいう権利はなかった。さっきのぐりぐり攻撃と言い、相変わらず強い姉である。未だに頭が上がらないし、尻に敷かれている。

 でも、俺より握力あるしゴリラなのは間違いないと思う。いったら林檎を潰すように俺の頭も潰されてしまうだろうが。



「まあ、アンタのその有り余る体力の活用場所は確かに警察か消防かぐらいよね」

「姉ちゃんは、俺が陸上選手になって欲しいとか思わねえの?」

「ん?だって、アンタのメンタルガキ豆腐野郎じゃあの世界ではやっていけないだろうね」



と、悪口MAXで言われてしまい俺は言い返す気力も何もかも全部なくなってしまった。でも、姉ちゃんは矢っ張り俺の事をよく知っている。


 そんな風に姉ちゃんを見れば、呆れたようにフッと口の端をあげて俺の頭を2度3度叩いた。



「まっ、なりたいならいいんじゃない?アタシも強引に押し切って警察になったわけだし、アンタもガッツ見せなきゃ」

「……そう、だけど」

「はい、男はしゃきっとしなさい!」



 バシッと背中を思いっきり叩かれ、眠気も何もかもが吹っ飛んだ。

 俺は、ひりひりとした背中を押さえつつ、もう一度父ちゃんを見た。父ちゃんは、どっしり構えて俺の方を見ている。俺は、覚悟を決めて、口を開いた。



「父ちゃん、姉ちゃん、俺警察になりたい。いいや、なってやる。それはもう、めっちゃ頼りにされる刑事にな」




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