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アネモネの約束  作者: 兎束作哉
第3章 一輪の赤いアネモネ
32/63

case01 あの時



 時々夢を見る。


 上がる黒煙に、ダチの吹き飛んだ姿、絶望し泣き叫ぶ姿を。未だも夢に見る。

 ジュエリーランド爆破事件は、犯人が不明なまま幕を下ろした。未だに捜索は続いているが手がかりが一向につかめない状況。俺と空も捜査に加わったが、これと言って手がかりがつかめなかった。ダチの仇でもあるその犯人を俺たちは捕まえることが出来なった。



「懲りずにくんだな」

「悪いかよ。こちとら心配してんだ」



 すっかり顔つきの変わってしまった明智を前に、なんて声を掛ければよかっただろうか。良心も心配する心もある。だが、恋人を失ったダチになんて声を掛ければいいか、俺にはわからなかった。また余計なことを言うんじゃないかと踏み込めずにいた。

 俺ですらこんなに悲しいのに、明智だったらもっとだろうと。恋人を失ったあいつの悲しみは計り知れなかった。


 あれから数週間たったが未だに手掛かりなし。せめてもの思いから明智の事務所に訪れているが、明智には門前払いされてしまう。確かに1人の時間も必要なのだろうが、俺は心配で仕方がなかった。まるで、後追いでもしそうな顔をしていたためだ。明智に限ってそんなことないだろうといいたいが、どこにもいかないだろうと思っていた神津の突然の死に何もかもが受け止められなくなっていた。明智も自暴自棄になっているところもあったし。



「帰ってくれよ。つか、お前らも仕事があるだろ?他にも事件は起きてるんだし、そっちに向かってやってくれ」



と、明智は自分が辛いくせに俺たちのことを心配していた。それが気に食わないというか、こんな時でも強がって見せている明智に腹が立った。俺たちを頼ってくれてもいいじゃないかと、そんな……俺のほうこそ自暴自棄になっていたのかもしれない。


 ようやく分かり合えて、4人でいる時間が楽しくて、ずっと続くんだろうなと思っていたから数週間たった今でも受け止めきれない。母ちゃんの死と同等の絶望と、やるせなさ。新たに蓄積されたその絶望は器からはみ出てしまいそうだった。



「ミオミオ、もう帰ろう」



と、俺の腕を引く空。


 今は1人にさせてあげるべきだと首を横に振る。空に止められこれ以上何かを言う前にと、俺は明智のほうを見る。琥珀色の瞳は濁って、かつての光が灯ることはなかった。もう、俺の知っている明智じゃないと。そんな風にも思えてしまった。



「明智」

「何だよ、高嶺。まだ何かあるのか?」



 ほんの少しだけにらまれたような気がして、その瞳に映っているのは俺じゃなくて、そんなことを思いながら、俺は目をそらした。


 何もできない自分が悔しい。


 片付けてはいるが、明智の机の引き出しにはジュエリーランドの事件の資料が挟まっていた。×印や、赤マークなど拾える情報をすべて拾って、そうして自分なりに整理していたのだろうと。うっすら見える黒い隈も、きっと調べることに夢中になって眠れていないのだろう。そうでなくとも、悪夢にうなされているに違いない。ちらりと見せてもらった寝室はベッドが1つでもともと2人で使っていたんだろうと思うと、あの大きさを1人……なんて寒すぎるだろう。そこにあるはずのぬくもりがない。それだけでも明智の心をえぐったに違いない。

 一言だけ、何かかけれないかと探したがこれと言って見つからず、かといってまた余計なことを言ってしまうのではないかとブレーキがかかる。俺は結局誰にでもいえるような言葉を吐くしかなかった。



「いいや、無理すんなよ。明智」

「無理してねえよ……でも」



と、明智は言いよどむ。


 何かを言いたそうに開いた口はすっと閉じられ、明智は俺のほうを見た。助けてほしい。そんな言葉が見え隠れする瞳に心が締め付けられる。

 もし、あの日、事件が起きると事前にわかっていたのならば、俺達警察が何か動けたかもしれない。だが犯行予告も何もない突発的な事件に、俺達は何もできなかった。幸い、といったら完全に明智に失礼だから決して口にしないが、たった1人の犠牲で済んだ……という点であればよかったのかもしれないと。



(何もよくねえよ。それは、命の重さをただ数字化してみたときの話だ)



 あの後結局ほかのところからも爆弾が見つかり、それの解体に爆発処理班が終われていた。何でも結構複雑な作りだったらしく、解体には時間がかかったとか。だが、遠隔操作で爆破されることもなく、明智の証言にあった「1人が死ぬか、皆が死ぬか」という選択を迫られた神津が自らを犠牲にしたことで爆発に巻き込まれずに済んだのだ。神津は大勢の命を救った。称賛されるべき人物となった……勿論、亡くなった後で。



「じゃあ、いくな。明智。ちゃんと飯食えよ」

「またね、ハルハル」



 俺たちは、もう1度明智のほうを見て頭を下げる。明智は何も返さなかった。そっとしておいたほうがいいとはわかっていても、心配で仕方がなかった。自分が少しでも尊敬した警察学校時代の同期にダチに、俺は何1つ言葉をかけてやることが出来なかった。

 警察を辞めちまった明智に捜査に関わる権限はない。だからこそ、地道に調査するしかないのだろうと。そう思うとやはり彼奴のやるせなさや、深い悲しみと絶望は他人が推し量れるものじゃねえなと、俺は探偵事務所の扉を閉めながら思った。


 あの時の後悔を、探偵事務所の中に置いていくように。




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