case09 ふて寝
「あいあむべりーたいあーど」
「下手くそな、英語しゃべんな」
狭くて硬いベッドに倒れ込んだ空は、もう一歩も動けないとでも言うように突っ伏していた。
4人部屋、ベッドは2段ベッドで上を空が、その下を俺が使っており、その向かい側のベッドを明智が使っていた。明智は便所に行ってくるといって今はいない。
俺たちがここにきて1週間ほど経ち、慣れないながらに、備品の場所やら、座学やら……何かと色々忙しなかったがやっと一息つけるようになったのだ。
「下手じゃないよ。きっと、ミオミオよりもうんと喋れると思う。パイロット舐めんなよ」
「あー何か、難しいんだっけか?その免許取るにも、英語がーとか」
「そっ、ヘリコプターの免許取るの、二輪と普通車とは比べものにならないぐらい何だから。まっ、でもパイロットになる為に生れてきたようなオレからしてみれば、全部楽しく乗り越えてやったって感じだけど!」
と、自慢げに空は胸を張る。確かに、空は昔から勉強嫌いだったが、免許を取るために、空と飛ぶために猛勉強をしていたらしい。何でも、英語はかなり使うのだとか。国語力や理数系は苦手みたいだったが、兎に角頑張ったらしい。
実際の所見ていないが、俺よりも成績が中学時代あったのは確かだ。
そのせいもあって、今俺はつめにつめこまれる座学に耐えられずにいる。発狂して教場から抜け出したいぐらいには。
「あーはいはい、凄い凄い」
「えへへ、もっと褒めて」
「空は、可愛いな」
「……何か違うんだけど」
「うぜえ」
俺の棒読みな誉め言葉に満足しない空は、不満そうに頬を膨らませる。それをみて、俺もイラッとしてつい手が出てしまうのもいつものこと。
俺の手が振り落とされる前に空の頭をガシッと掴み、そのままグリグリと頭を撫でまわす。
「うわああ!やめて、背が縮む!」
「ふはっ!あはは、はは!凄ぇ楽しい」
「ちょ、ちょ、やめてよ。ミオミオ~オレは楽しくない~」
空はジタバタ暴れるが、俺の方が力は強いため、空は逃げられない。
中学時代のわちゃわちゃしていたあの時を思い出して、俺は笑いが止らなかった。こんなことをする余裕も何もないのに、空とこうやって馬鹿出来る時間が、俺にとっては救いのような気がした。
だが、そんな時間も長くは続かないわけで、ガチャリと部屋の扉が開く音がする。
「何やってんだ、お前ら」
「ハルハル~助けてよぉ、ミオミオがぁ!」
一瞬のすきを突いて、俺の腕の中から逃げ出した空は、帰ってきた明智の後ろに隠れた。明智はというと、呆れたように俺を見ており、空に至っては泣き真似までしている始末だった。
俺は、それを見て、面白くないなと眉間にしわが寄るのを感じた。
別に、空と明智の距離感がどうだろうが関係ないはずなのに。
(焼き餅、妬いてんのか……俺)
自分はそんな奴じゃないと言い聞かせても、確実にこれは「嫉妬」だろうと俺は思った。
明智は俺のそんな様子に気付いたのか、はあ、と溜息を吐くと、明智は俺の方へと近づいてきた。
「勉強、しねえのか?」
「はあぁ!?」
便所から帰ってきての第1声がそれで思わず俺は絵叫んでしまった。至近距離で俺の大声を聞いた明智は耳が痛いとでも言うように塞ぎ、顔をしかめる。
「べ、勉強?んなのするかよ」
「高嶺、お前勉強嫌いだな?」
「だから、何だよ」
「このまま卒業できなくてもいいのか?」
「んなの、お前にかんけえねえし!」
関係無い。
同じ部屋だからって、世話を焼いているのだろうが、俺には一切関係ないことだった。俺は自分の事なら自分でどうにか出来る。座学の授業を見ている限り、明智は出来る部類の人間だ。いや、出来る人間なのだ。そんな奴に俺の気持ちなんて分からないだろう。
体力、運動能力は負ける気はしないが、それなりにいい身のこなしをしているため、平均すればきっと明智には何もかなわない。
だから、此奴の力を借りるなんてごめんだった。
「あーもう、いい、俺は寝る」
「高嶺」
「……ミオミオ、ふて寝するの?」
と、空が後ろで呟く。
その通り、ふて寝だ。もうこれ以上話すことは無いと、ベッドに潜り込む。すると、俺の後を追うようにして空もベッドに入ってきた。
「おい、空。ここはお前のベッドじゃねえぞ」
「だって、ミオミオ寂しそうにしてたから」
「…………」
「何か怒ってる?」
空が不安そうに聞いてくる。
確かに、少し苛々していた。
だが、それは空に対してではなくて、自分に対してのものだった。自分の感情が制御出来ない本当に子供みたいだと思う。子供みたいな顔している空は、俺よりもうんと周りを考えている大人だ。
「寝るなら、電気消すからな」
「ありがと~ハルハル」
「へぇ、お前勉強しねえのかよ。俺には勧めてきたくせに、自分は出来るからい言ってか?」
俺は、明智をわざと煽るように言う。俺の腕の中に戻ってきた空は「やめなって」と俺の服を引っ張ったが、電気を消した明智は、自分のベッドに潜り込んだ。その手には、本らしきものを持っており、さすがの俺でも何をするか分かった。
「消灯時間は守らないとな。規則だから」
そう言った明智の顔は、暗くてよく見えなかった。