空に、咆哮
この高度だとだいぶ風が強まり、ジャージの上に来ている制服が乱暴にはためく。
それでも女子高生、リオに客室に戻る気は一切ない。この甲板から見る雲一つない晴天が好きだからだ。
ククリ リオはライダーである。故に今乗っているこの飛行船は彼女達専用機であり、乗員もリオと彼女の相棒しかいない。
その相棒の少年みたいに甲高い声が、左手首に埋め込まれた龍殊から響いてくる。
「ねぇなんで学校行くの? もう意味なくない?」
「さあ? 暇だからじゃねぇの? 他にやることないだろうし」
他人事だと思ってリオは応える。
「リオだよ。リオのこと」
「あ? 私? 別に変わんねぇよ。暇だし友達いるし」
「でも今はさ、やることあるじゃん」
「まぁね。でも毎日レース開催してないじゃん」
「ふーん」
納得いったのかイマイチ分からない曖昧な鳴き声の相棒に、今度はリオから質問を投げる。
「ライゼルこそ何してんの? 私が学校行ってる間」
「僕? 映画見てる」
「映画ぁ? どーやって?」
「Blu-rayディスクの裏、見れば内容読み取れるから」
リオは相棒ライゼルがそうしてる様子を頭の中で空に描く。結果、大爆笑だった。
「そのでかい図体丸めて、器用にディスク掴んじゃうんだ?」
「なんで笑うの?」
心底分からないという様子のライゼルに、リオはついに手摺りまで叩きはじめる。
「ねぇ何見てるの? エッチなやつ?」
「うるさい。言わない」
ぴんぽんぱんぽん。
スピーカーから流れる間抜けな機械音がリオの笑い声を止める。
『まもなく指定空域に入ります。結界形成後、ドローンカメラを射出。各ライダーは、ダイブポイントへ』
「あ、今日のアナウンスの子、声かわいい」
「どうでもいいよね。早く位置に着きなよリオ」
「あんたは?」
「とっく」
「え? まさかずっとぶらさがってたの!? だっさ!」
「あーうるさい」
ダイブポイントは今いる位置の丁度逆側だった。リオはそちらに進む度に高まる緊張感を存分に楽しむ。
所定の位置に着いて、リオは龍殊で飛行船のモニタをオンにする。地上の野次がスピーカーを通してここまで届く。野次は大体、リオ、落ちろ、くたばれ、の三語で構成されていた。
「なんでわざわざ客席写すかな」
「つまんねーだろ、反応ないと」
ドローンカメラがリオの正面へと飛んでくる。出走前選手インタビューだ。野次は一層盛り上がる。薄くなった空気をリオは思いっきり吸い込み、ライゼルは溜め息をついた。
「うるせぇぞ死ぬための金すらねぇ貧乏人どもが!」
リオの大喝に静まり返る観客席。
「黙って私に賭けな。稼がせてやる」
爆発する、罵声、怒声、罵詈雑言。その様子にリオは腹を抱えて低く笑う。
「どうしてリオは悪役になりたがるかな」
「悪役にしかなれないだろ、私達は」
大好きだった祖母の死を一瞬でも喜んだ私と落ちこぼれのあんた。ベイビィフェイスにはなれやしない。
見下ろす海は穏やかで空とは違う濃い青を湛えていた。
『各ライダー、ダイブポイントスタンバイ。カウントダウン』
十から下る数字が零になった時、リオはダイブポイントから、つまり飛行船から身を投げる。同時に叫ぶ。
「|ドラゴニックエンブースト《龍言語魔法》! ドラゴライズ!」
落下するリオの手首、龍殊から眩い蒼の光が放たれて、リオを包む。
空より鮮やかに輝くリオを、大きく翼を広げた相棒ことノーマルドラゴンの幼生体、ライゼルが拾う。人であれば肩甲骨付近から突き出た角状の突起物をリオは掴む。種族の異なる口が紡ぐ同じ呪文。
「エンゲィジ!」
すぐさまバレルロール。人龍一体と化したリオ・ライゼルの身体の下を雷光が迸る。
さらに続いてロー・G・ヨーヨー。海面すれすれを飛行して、炎の息吹をかわす。派手に巻き上げた海水が虹の橋を架ける。
どちらも他の組からの先制攻撃、ドラゴンブレスだ。
(龍の意向じゃねえ、人の思考だな馬ァ鹿)
リオは内心ほくそ笑む。ドラゴンブレスは強力な攻撃だが、速度を犠牲にする。かわされたら相手に先行を許す。リオ・ライゼル組はトップに踊りでた。戦闘機と異なり360度全て攻撃できる他のドラゴン達に、魔法もブレスも使えないリオ・ライゼル組が勝つには先行逃げ切りがセオリー。
設定された空域に最速でたどり着いた組が勝つ、結界内なら攻撃妨害ありありのショットガンスタイル空戦レース。
三年前、世界の終わりが宣告された。人の環境破壊で地球はもう保たないらしい。自暴自棄になり戦争し始めた人類を諫めたのは皮肉にも終末を告げに来たドラゴン達。
『世界が終わるまでの間、我々と遊ぼうか』
人類同士の醜い争いを、圧倒的な力で治めたドラゴン達は、空中レースを開催した。
滅びるまでの慰みに。
「今日も勝ちにいくか! ライゼル君!」
「了解! リオ!」
──ねぇ、ライゼル。何もかも置き去りにしてやろうよ。あんたと私で全部。死ぬまで、その瞬間までさ。