第107話 侯爵と食事をしよう
わざわざお菓子を買って来てくれたので、せっかくなのでご馳走になる。
さすがに職人さんが作っただけあって、繊細な味だ。
それと材料の小麦もいいものを使っているのだろうな。
久しぶりに食べたがその味に満足する。
雑談などもして時間を過ごすと結構いい時間になってしまった。
今回はこちらのお菓子は用意しておらず、そこは謝ると、カーリンさんは今日は店の菓子があるから、孫も何も言わないさと笑って行ってくれた。
まぁ、実際にはパンケーキが山ほどあるのだが、温かいパンケーキを出す訳にはいかないので、そう言うことにしておいた。
結局早く工房に伺ったが、いい時間になってしまった。
「これから宿に戻って着替えだな。」
「なるべく早く支度をするわね。」
「だなぁ。」
そんなことを話しながら、馬車に向かう。
そして、宿に戻ると馬車を店前に一時的に置かせて貰い、そのまま部屋に戻る。
着替えに掛かるが、俺はシャツと上着をいいものに着替えるたけだが、女性陣は丸ごとだからな。
ただ、化粧類はさほど充実しておらず、口紅を差すくらいだ。
化粧品類の容器だって大量生産が出来ないと用意する一苦労だし、中身自体も手作業で作って行かないとならない。
容器や中身を、量産できないのだから、結局庶民には買えない物になってしまう。
それでも金のある庶民は買えるかもだが、貴族も自分達が逆に買えないことにならないように法律で贅沢品は庶民に買えない様にしたりしている。
そんな化粧は簡易になるといっても、髪の手入れなどもしないとだし、何だかんだで時間がかかってしまう。
「お待たせしました。みなさん、準備が整いました。」
自室で待っていた俺にティアがそう声を掛けに来てくれた。
「わかった。では、出発しよう。」
そう言って俺は部屋を出ると宿のフロントに声を掛けて出掛ける。
外では他の仲間が馬車の準備をしていた。
「なぁ、そんな恰好で御者をするのか?」
俺は御者席に乗り込んだパルマを見て、そう声を掛ける。
ドレスほどでないが、いい素材で華やか格好に女性が御者台に座っているのだ、かなり目立つことになっている。、
「まぁ、はい。本当は私は打ち合わせには顔を出さずに控えていようと平服のままでいるつもりだったのですが、お嬢様がそれを許さなかったので仕方がなく。」
パルマは困惑気味にそう答える。
それを聞いたディートもそれにすぐ理由を答える。
「当たり前でしょう。パティーメンバーなのだから、一人だけ待つとか許しません。」
「まぁ、そうだな。なら、俺が御者をしよう。華やかな恰好の女性が御者席にいては目立つし、汚れたりしたら大変だしな。」
「ですが、これから交渉をするギリーがそのようなことをするのは、どうなのでしょう。」
俺の提案にパルマが難色を示す。
しまったな。こうなることはちょっと考えればわかったのに、そうすればどこかで御者を雇えたのだが、もうそんな時間はないから、無理にでも俺が御者をするということで、乗り切ろう。
そう思い、俺がやると言おうとした時、宿の主が声を掛けてきた。
「おやおや、そんな綺麗な恰好で御者をするのはいけません。よろしければ、私の方で御者を用意しましょうか?」
「ただ、主、これから領主の屋敷に向かうのだが、よいのか?」
「お任せください。貴族邸に行っても平気な者は務めますので。」
「それは助かる。みんなもそれでいいか?」
俺は一応、仲間にも承諾を貰い。宿で御者を用意して貰うことにする。
宿の主人が入口でフロントに声を掛けると、いつもの従業員の一人がやって来た。
なるほど、貴族も利用する宿の従業員なら、貴族邸に行っても動じないか。
従業員は宿の主から話を聞くと、上着から手袋を取りだし、準備を始める。
「すまないな。主。」
「いえいえ、こちらこそ長期に利用いただいておりますので、礼には及びませんよ。」
「それとこの馬車は侯爵家の借り物でな。帰りは御者が不要になるかもしれないことも承知して欲しい。」
「それは構いません。彼も先に戻れれば、自分の仕事が出来ますからね。」
宿屋の主人はそう言ってニッコリ笑う。
うん、さすが商売人だ。
こうして、宿の御主人の御好意もあって、無事に馬車で侯爵家に向かうことが出来た。
結局、朝から早めに行動したが、何だかんだあって、普通に夕刻に到着してしまった。
馬車はそのまま預かり、帰りは侯爵家の御者が送ってくれるということになった。
そんな訳で従業員さんはこのまま宿に戻って、また仕事をさせられることになった。
彼には労いも込めて、チップを少し余計に渡す。
家令さんによれば、侯爵の別件の面会も先程終わったそうで、準備にもう少しだけ待っていて欲しいと言われた。
そして、侯爵との話し合いとなったが、これでいいのかと思うほど、俺達の話を素直に受け入れてくれた。
なんか頑張って話す内容も考えたのに、こうも簡単に受け入れられると、それはそれでもう少しちゃんと考えて欲しいと思わずにはいられない程でだった。
そして、新たな出店にとりかかる前祝にと夕食に誘われた。
ティアを追い出した第二夫人がいるのでこっちではまずいのではと思っていたら、今日は仕事の食事会だから、第二夫人はいないから安心してほしいと先に言われた。
そういうことならと一度承知することにした。
そんな気を使われいたら、断れないよな。
食事は俺達が教えた料理を中心にだしてくれた。
宿ではこう言った料理はだべられないだろうと言ってくれていたので、俺達への気遣いだということはわかった。
食事自体は、教えたレシピどおりのようだが材料はいいものを使っているだけあって、美味しかった。
もう少し、お店で出しているもののようにアレンジをしないのかと聞いたら、貴族の家で料理する者は新しい創作料理以外は基本レシピどおり作らなければいけない決まりがると、侯爵の後ろに控えていた給仕の方が教えてくれた。
マリーさんのところはそんなことなかったが、と思ったが、あそこは給仕とかも常にいる訳ではないから、参考にならないのかと思い直した。
そんな夕食をしているとさっきの話があっさり進んだことが分かった。
王都にいる第一夫人のエミーリアさんに街での商売事の相談はクライン商会に任せるように言われていて、昨日のうちにクライン商会から内々に話が侯爵のもとに行っていたために、もう侯爵にとっては済んでいる話ということだったそうだ。
それなら、商会長のエドウィンさんもそう話して欲しいかったとと俺は思っていた。
そしたら、もっとも、このことを知っているのは儂とエミーリア第一夫人だけだったのに話してしまったと言って笑っていた。
あの、それなら俺達に言ってはまずいのでは?クライン商会の関係者もいますよ。
俺がそんなことを考えていたら、俺の困り顔が侯爵の目に入ったのだろうか、こう聞かれてしまった。
「なにか、心配事か?」
「あ、あの、閣下、ここにクライン商会の関係者がいますけど、そんなことを話してしまってよろしいのですか?」
俺は恐る恐るそう尋ねる。
「なに構わんだろう。それに元関係者になるな。彼女らの市民権はエドゥイン達が届け出て抹消したと聞き及んでおるぞ。」
「そんなものなのですか?」
「そんなものだろう。このことを彼女らがクライン商会に伝えても、もう彼女らには一銭も入って来ないのだ。もう無関係だろ。それなら、お主が話して情報料をせびるのと彼女らも同じことしかできない。だが、クライン商会も意外と義理堅いのでそうはならんだろうがな。」
侯爵はそう言って、含み笑いを浮かべる。
こっちの世界は魔法や魔道具とかあるから、その辺の対策は何かあるのかな?
口が滑ったということではなさそうなので、俺達を試しているのかなと思い、害意のないことは伝えておく。
「あの、閣下、私はそんなことはしませんよ。」
「もちろん、お主らがそんなことせぬと思っているから、話しておるのだ。安心しろ。そんな訳で、この商売のことはあとこっちではクライン商会と話をして欲しい。よろしく頼むぞ。」
侯爵はそう言うと、商売のことは切り上げて俺達の王都を出てからの話など色々と聞いて来た。
エーデルシュタイン公爵との一件もある程度は聞き及んでいたらしいので、話しても問題のなさそうな事だけを話しておいた。
ティアのこととかも色々聞きたいのだろうしね。
こうして、交渉と食事は無事に終わったのだった。




