無事、盛大な花火が上がりました
日が落ちて、空がオレンジから濃紺へと色を変えていく。山の途中に点々と松明の火が灯りだした。
窓から見えるその光景に、私は思わずため息をこぼす。
「あんなことをしたら、自分がどこにいるか教えているようなものなのに。あのバカ王子は戦に出したらダメですね」
「敵側からしたら、どこにいるか分かりやすくて助かるな」
「問題はそこです。実際の戦でしたら、戦い傷つき死ぬのは兵士です。兵士を生かすも殺すも指示を出す者次第。上に立つ者が無能なら、それだけで罪なんです」
「やっぱり軍師だな」
「ですから!」
反論しようとした私の頭をニアが撫でる。
「今は戦ではない。そこまで考えるな」
「……頭を撫でたら私が黙ると思っていません?」
ニアが目を丸くした。
「違うのか?」
「それでは、私が単純みたいではないですか!」
「そう怒るな。だいぶん集まってきたな」
松明の火が家を囲むように暗闇に浮かび上がる。ニアはサッとカーテンを閉めた。
「終わるまで家から出るなよ」
「あの……本当に大丈夫ですか?」
「あれぐらい問題ない。心配するな」
「ですけど……」
心配なものは心配だし、この状況で心配するな、というほうが無理。
私は勇気を出してニアの手をとった。
「ど、どうし……」
ニアが少し頬を赤くして狼狽える。しかし、私はコレをニアの手に置くだけで精一杯になっていた。
「あの、これ……その、お守りに……」
ニアが驚いたように手の中を見る。そこには虹色に輝く雫型のガラス。それに銀の金具をつけて紐を通したネックレスだった。
「透明なガラスで作っていたのに、なぜか、そのような色になりまして……あの、キレイで珍しいですし、お守りにならないかなぁ、と」
最後は恥ずかしさで言葉にならず、口の中でモゴモゴと言葉を紡ぐのみ。
そんな私の思いが通じたのか、ニアは渡したガラスをしっかりと握りしめてくれた。
「ありがとう。大事にする」
噛みしめるような優しい笑顔。
普段は仏頂面なことが多いのに、こんな時にそんな顔を見せるなんて反則すぎる。
私は恥ずかしくなり、うつむいた。ニアはネックレスを首にかけ、私の頭をひと撫でする。
慌てて顔をあげた時には、ドアが静かに閉まっていた。
ポツンと残された部屋。薄暗いせいか、いつもより寂しく感じる。
「どうか……ご無事で…………」
祈るように呟いた声を聞く人は誰もないない。
窓に視線を向けると、カーテンの隙間から外の様子が覗き見えた。
兵士が家の前の庭をグルリと囲む。その中心には、バカ王子ことグリッド。隣には、ニヤニヤと質の悪い笑みを浮かべた騎士が数名。
その顔には見覚えがあった。たしかグリッドの級友で、家が爵位持ち。でも、学校の成績も剣の腕もいまいちだったような。
私が記憶をさかのぼっていると、玄関のドアが動いた。ゆっくりとニアが姿を表す。
そこにグリッドの隣にいた級友が魔法を唱えた。
『火の精霊よ、火球となり彼の者を燃やしつくせ』
私は思わず窓に飛びつく。
「民に魔法を使うのは禁止ですのに!」
声は分厚いガラスに遮られ届かない。火球が勢いよくニアにぶつか……る前に弾けて消えた。
よく見るとニアの胸元が柔らかく光っている。
「あれは、私が作ったネックレス?」
全員が唖然とする中、グリッドは忌々しげに言葉を吐いた。
「平民のくせに珍妙な魔道具を持ちやがって。まあ、いい」
グリッドがニアを指差す。
「私の婚約者を誘拐した賊め! 正義の裁きを受けるがいい!」
私は思わず頭を抱えた。これも少し前に流行った芝居の有名なセリフ。また主人公になりきっているらしい。
子どものように決めポーズをするグリッド。一方のニアは胸の前で腕をくみ、大人の余裕で受け流した。
「オレは誘拐などしていない。まあ、あれだけ努力家で、素直で、頭がいい女だからな。誘拐したと難癖つけて取り返そうするのも分かる」
あれ? 私、ちょっと褒められた?
こんな状況なのに嬉しくなってしまったが、次のニアの発言に私は言葉を失った。
「だが、大衆の前で婚約破棄をして大恥をかかせ、それを謝罪しない。それどころか、勝手に婚約破棄をなかったことにするとは、どういうことだ? 自分が言ったことも覚えていない、鶏頭か? いや、それだと鶏に失礼だな。鶏のほうがまだ頭がいい」
分厚い窓ガラスごしでも、ニアの静かな怒りをヒシヒシと感じる。しかし、私は別の意味で震えた。
グリッドの顔が羞恥で真っ赤になっているが、私の顔は真っ青。グリッドが救いようのないバカとはいえ、この国の王子。いくら事実でも、面前で言ってしまえば不敬罪で首を飛ばされる。
グリッドが怒りで震えながら剣を抜いた。
「貴様! 自国の王子の顔も知らんのか! 名を名乗れ! 痴れ者が!」
喚き散らすグリッドをニアが鼻で笑う。
「名乗って、いいんだな?」
全員がポカンとした顔になる。そして爆笑が響いた。
「名乗るほどの名も持たぬ、痴れ者の田舎者が! いいだろう。その度胸に免じて聞いてやる」
ニアがニヤリと口角をあげる。
「後悔するなよ」
突如、突風が吹き荒れた。枯れ葉や小石がグリッドたちに直撃する。地味な痛みから逃げるため、腕でガードしながら顔をそらす。
風がおさまり、顔をあげたグリッドたちは驚愕した。目玉が飛び出し、顎が地面につきそうなほど口が開いた間抜け面が並ぶ。
視線の先には悠然と立つニア。
その背中には身長の倍はある黒い翼が広がり、腰から太い尻尾が生えている。
誰も声を出せない中、ニアの薄い唇が動いた。
「我は竜族の盟主、ニアリザルト。我に剣をむけたという意味を分かっているのだろうな? 人族よ」
静寂に響く渋い声。落ち着きと余裕。そして、怒りがこもった、圧倒的な力の差を感じる。
呆然として声がでないグリッドに代わり、級友の騎士たちが呟く。
「なんで、こんなところに竜族がいるんだ?」
「そんなの知らねぇよ」
「これ、不可侵条約を破ることになるんじゃねぇか?」
「やべぇだろ」
「いや、やばいどころの話じゃねえよ!」
級友たちが慌て始めた。その姿に兵士たちが動揺する。
グリッドがざわめきを振り払うように剣を振った。
「落ち着け! 不可侵条約を先に破ったのは、そっちだ! ここは我が国の領土! そこに不法に入り、婚約者を誘拐したのだからな!」
ニアが呆れたように肩をすくめる。
「おまえなぁ、王子なら自分の国の領土事情ぐらい把握しとけよ。この山は竜族と人族の中立地帯で侵攻不可の条約を結んでいる。出入りや住むのは自由だが、武器を持って侵攻した時点で条約違反だ」
全員の視線がグリッドに集まる。
分が悪いグリッドは、それでも負けじと声をだした。
「だ、だが、婚約者を誘拐……」
「なら、証拠は? オレが誘拐したという証拠をだせ。証拠がないなら、冤罪をかけられた、とオレは人族を訴える」
「なっ!?」
言葉がつまったグリッドに級友がこっそり声をかける。
「おい、ここは一度引いたほうが……」
「うるさい! 竜族がなんだ! 数はこっちが上だ! さっさと片付けて、隠滅すれば問題ない!」
グリッドの決断に全員がドン引く。しかし、ニアだけは好意的に受け取ったようで。
「それが答えなんだな?」
嬉しそうに好戦的に笑う。
「そうだ! 全員、かかれ!」
グリッドの命令と同時に、盛大な悲鳴と花火が上がった。