無事、弟子になりました
翌日。
痛みで動けなかった体は、不思議なことに一晩寝ただけで、ほぼ完治。ケガって、こんなに早く治るものかしら? と私は首を傾げた。
大事に育てられケガをすることがなかったため、よく分からない。でも体が動くなら、やれることをしていかなければ!
まずは弟子入り。
起きてきたニア様を土下座で迎え、弟子入りを志願。何度も断られたけど、最後は親に勘当されて行く宛がない、と泣き落とし。
こうして私は、なんとか居候の地位を手に入れた。
次にすることは家事。
もともと弟子入りが目的。読んだ本には、弟子の仕事は師匠の身の回りの生活から始まる、とあった。だから、屋敷の使用人やメイドの動きを観察して、料理や掃除などの家事をしっかり覚えた。
でも、実際にしてみると、いろいろ違うところがある。
雑巾がうまく絞れなくて水浸しになったり、洗濯した服を干したらシワシワになったり。料理をしたら黒炭になったり。
それでも、なんとか弟子をやっていけてる……と思う。たぶん。
こうして、なんやかんやと数日が経過した、ある日。
本日の昼食は焼いた塊肉と蒸し野菜とパン。
私は黒くなりかけ……いや、少し焦げ…………いや、いや。ちょっと焦げたけど、香ばしく焼けた肉とパンを皿にのせ、テーブルにセッティングしてから、庭に出た。
立派な丸太小屋の隣にある、小ぶりな丸太小屋。そこがガラス工房。火を扱っているため、必要時以外は立ち入らないようにキツく言われている。
私は工房のドアノブを握ると、一気にドアを開けた。工房にこもっていた熱気に襲われ、思わずドアの影に逃げる。
熱気がある程度去ったところで、私は工房を覗いた。そこでは、ニア様が真っ赤に燃え盛る炎と格闘している。
紫の瞳が炎と同じ赤色に美しく染まる。何度でも見惚れてしまう……が、それでは弟子の仕事ができない。
私は気づいてもらえるように大きな声をだした。
「師匠! 昼食ができました!」
振り返ったニア様がガラスのような瞳で私をにらむ。
「師匠はやめろ」
少し考えた私は言い直した。
「ニア様! 昼食ができました!」
にらみ顔に眉間のシワが追加される。
「様を付けるな」
仕方なく、もう一度言い直した。
「ニア! 昼食ができました!」
仏頂面が真っ赤になる。あまり表情を出さないから、そのギャップが可愛い。
ニアは逃げるように私から顔をそらし、窯の中に視線を戻した。
私としては師匠かニア様と呼びたいけど、それを本人が頑なに拒否する。なので、仕方なく呼び捨てにしているけど、やっぱりスッキリしない。
私が悶えていると、背後から影が落ちた。
「食べないのか?」
振り返れば私を見下ろすニアが。
「た、食べます! 食べます!」
私はニアとキッチンへ移動する。いつの間にか食事は二人でとるのが習慣になっていた。
ニアは私が料理を焦がしても、味付けを失敗しても、なにも言わずに毎回完食してくれる。男前すぎて涙が出そう。
私は焼きすぎでカチコチになった肉と格闘しながら、チラリとニアを見る。
椅子に座る姿勢は自然と背筋が伸びていて、食事の所作も何気にキレイ。見た目はガサツそうなのに、意外と繊細。
いや、繊細じゃないとアレは作れない、か。
なんとか固い肉を食べきった私は食後の紅茶を淹れた。ほんのりと漂ってきた紅茶の香りを楽しむ。
そこで珍しくニアが私に質問をしてきた。
「この山に入る時、麓の人間に止められなかったか?」
「そういえば竜族が飛んでいることがあるから、深入りするな、と忠告されました」
「そこまで言われて、よく山に入ったな」
「竜族とは不可侵条約を結んでいますし、基本はこちらから手をださなければ問題はありません。竜族を野蛮だと言う人もいますが、私は人間のほうが野蛮だと思いますもの」
ニアが紅茶を飲もうとしていた手を止めた。
「へぇ。なんで、そう思うんだ?」
「竜族は大きな力を持っていますが、契約は必ず守ります。その点では、すぐ約束を破る人間のほうが信用できません」
「ずいぶんと竜族の肩を持つんだな」
不機嫌そうにニアが紅茶を飲む。竜族のことが嫌いなのかしら?
「肩を持つわけではなく、率直な感想です。それに竜族は特徴である翼と尻尾を消せるそうですし。意外と人間社会に紛れているかもですよ?」
「ゴフッ」
ニアが飲みかけていた紅茶を吹き出した。
「お茶が熱かったですか!? それとも不味かったですか!?」
「い、いや。なんでもない」
軽く咳をして息を整えたニアは続けて質問をしてきた。
「あと、なんでオレのことを知っているんだ? ここにガラス工房があることは、麓の人間しか知らないはずだが」
「それはですね……少々お待ちください」
私は割り当てられた自分の部屋に急いで戻った。カバンをあさり、布を何重にも巻いたモノを取りだす。
「コレです」
私は持ってきたモノをニアの前に出した。慎重に布を外し、中身を見せる。
それは、グニャリと曲がった花瓶。いや、曲がりすぎて一輪もさせない。花瓶とは言えない代物。
「この花瓶に一目惚れしました。この澄んだガラスに紺色から紫へと変わる挿し色。まるで夜明けの空みたいで。こんな綺麗なガラスを作れるようになりたいって」
私は、初めてこの花瓶を見た時のことを思い出した。
「私、ずっと親に言われるまま生きてきて……なにをしても、こんなものか、って冷めてて。でも、この花瓶を見た時、全身がしびれて、涙が勝手に出て……世界には、こんな自由があるんだって。初めて感動っていうものをしました」
ニアが顔を真っ赤にしながらも、ちゃんと話を聞いてくれている。
「だから、この花瓶を作った人に弟子入りしようって。それが出来るように、ちょーっと婚約破棄する方向に王子と周囲の人を動かしましたけど。このガラス工房を見つける時の労力に比べたら、簡単でした」
「……待て。人を動かした?」
「はい。大臣の一人が権力を握りたかったようで、私の元婚約者が好きそうな娘を養女にして、送り込んできました。ですが、貴族社会のルールも曖昧にしか覚えておらず、そのたびに教えていましたら、私が意地悪していると噂がたちまして。それなら、と逆に利用しました」
私は可愛らしいと評判の笑顔で話を閉じた。数秒の沈黙。ニアが呆れたような顔をした後、盛大に笑った。
「策略家になったほうがいいんじゃないか? 軍師でも良さそうだ」
思いがけない言葉に私はテーブルを叩いて立ち上がる。
「私は! ニアの弟子になって! ガラス作品が! 作りたいんです!」
「そうか、そうか」
「私は本気です!」
私の言葉に応えるようにニアが真顔になった。まっすぐ見つめてくる視線に、なぜか胸が跳ねる。
「仕方ねえから、少しだけ手伝わせてやるよ」
「え……?」
「片付けが終わったら来い」
「はい!」
私は速攻で調理器具と食器を洗って片付けた。興奮のあまり、皿を二枚ほど割ってしまったけど。
濡れた手を拭きながら、慌てて工房に入る。ニアが窯の中に長い筒を入れて回していた。
集中しているのかと思えば、すぐ私に気づき振り返る。
「ちょうど良かった。来い」
「え、あ、はい。」
「ほら、吹け」
「へっ!?」
先端に溶けたガラスがついた筒を渡される。これは、いつもニアが口を付けて吹いている棒。空気を入れることで先端のガラスが膨らみ、グラスや花瓶の形になる。
それは、分かっている。でも!
「早くしろ。ガラスが固まるぞ」
「無理です!」
「なぜだ? 作品を作りたいんだろ?」
「だって! ニア様と! 間接キスしちゃいます!」
この時の呆けたニアの顔を、私は一生忘れられないだろう。