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前編

宰相の次男について前作では書かなかった名前と容姿が初登場です。


「お初にお目にかかりますカルタル様。私はドルエイト伯爵が息女、アメリア・ドルエイトでございます」

「……エドガー・カルタルだ」


 ラインセント王国東部カルタル領カルタル邸にて、私はもうじき夫となるエドガー・カルタルと向かい合っていた。案内された応接間から差し込む光に反射してエドガー様の綺麗に撫で付けられた黒髪は煌めき、どこか知的な雰囲気を醸し出している。しかし、暗闇のような光を灯していない真っ黒な瞳にはこの婚約に納得していないのか一度も私と目を合わせようとせず、愛想の欠片なんて一切ない憮然な様子で短く答えた。



 エドガー・カルタルと言えば、現宰相の公爵家当主と社交界の華と呼ばれる美しい公爵夫人の第二子であり、将来的にはこの国の第一王子ウィルビセス・ラインセント殿下の側近になる予定だったやんごとなき御子息である。そのお方が、なぜ貧乏伯爵家の私アメリアと結婚することになったかと言うと、約一年前にエドガー様が王家の怒りを買い、元々決まっていた婚約が破談となって格下の貧乏伯爵家にお鉢が回ってきたためだ。

 エドガー様は約一年前まで王都にある学園に通っておられた。そこで一人の男爵令嬢と出会い、当時ウィルビセス殿下の婚約者シルビア様をその年の卒業パーティーで糾弾する前代未聞の事件を起こした。なんでもシルビア様がその男爵令嬢を嫉妬で虐め、次代の王妃の器として相応しくないという理由でウィルビセス殿下の許しを得ずエドガー様と他の側近候補者たちが結束し勝手な暴挙に出たと聞く。しかし、シルビア様はそのようなことは行っておらず、その場で殿下本人によって冤罪であることが証明された。その結果、後日国王陛下の厳正なる裁定のもと、エドガー様とその事件を起こした側近候補者たちと男爵令嬢は公平に処罰され、本人だけではなくそれぞれの家も相当な傷を負うことになった。未来の王妃を冤罪なのにも関わらず、また殿下に相談することなく断罪しようとしたため、エドガー様は殿下の側近候補から外され、王都追放と一生領地で家のために尽くすことになったらしい。


 ちょうど私はその頃、貧乏伯爵家であるがあることを学ぶため伝手を頼り北国に留学していたので詳しい真相は知らない。私が今知っていることは全てカルタル公爵家から婚約話を打診され快諾した後、王都にいる遠縁の令嬢から教えてもらったことだ。そのようなことはもっと早く知りたかった、と思っても今更格上の公爵家からの婚約話を断るなんて貧乏伯爵家には出来ない。

 お父様もお母様も領地を立て直すことに必死で、社交界から遠ざかって久しいようだから情報が入っていなかったのだ。付き合いが最低限であることはお父様たちの事情はよく知っているつもりであるから、私は責めるつもりはない。もとより貧乏伯爵家といっても歴史だけは無駄に長い家に生まれ曲がりなりにも貴族の令嬢として十八年生きてきたので、好きな相手と結婚できるとは思っていなかった。公爵家から婚約を打診された時点で結婚する代わりに我が伯爵家の資金援助を申し出ると言ってくださったのだから、こちらとしては有難いことである。数年前に起きた領地の飢饉対策のために出来た多額の借金を援助によって肩代わりしてもらえるなら、これ以上我が伯爵家が傾くことはない。だから、私が嫁ぐことで伯爵領が持ち直す可能性があるのなら、そこがたとえ地獄だろうと過去に王家に処罰された名門貴族家のもとだろうが飛び付く。




「それではいつ結婚致しましょうか。こちらとしては現在研究中の新しい品種の小麦開発が後三ヶ月ほどで落ち着きますので、それ以降でしたらいつでも構いませんわ」


 私の発する言葉以外の音が聞こえないほど、顔合わせの場にしては静かすぎる空間。仮に相手がこの結婚に不満を抱いていようが、嫁ぎ先が王家の怒りを買ってしばらく社交界では噂の的になっていようが私としては構わない。我が伯爵家に援助をきちんとしてくださるなら精一杯妻の役目を果たすだけ。エドガー様は王都の社交界に戻れないらしいから、噂になっていたとしても私が知ることはない。社交が得意ではない私はエドガー様のエスコートなしで社交界に出るつもりがないんだから。公爵様や公爵夫人、エドガー様のお兄様はしばらく大変な思いをされるだろうが。


「新しい品種の小麦開発? なぜ君が……いや、確か君は北にあるケイル国に留学していたと聞くが、まさかそのために?」

「え、えぇ、そうです」

「なるほど、女性が研究職とは珍しいものだな。それよりも、新しい品種の小麦とは寒さに強いケイル国のコル小麦のことか?」

「よくご存知ですね。と言っても、ラインセント王国はケイル国と気候が異なりますので、この国の寒さに適した小麦を開発している段階です。なので新しい品種ということです」


 世間話はするつもりがないだろうとさっさとエドガー様に結婚の日取りを確認したら、それは綺麗に無視されてエドガー様は私が現在携わっている小麦開発に興味を示した。それまで不機嫌だった態度が少し和らいで、吸い込まれそうな深い黒色の瞳に初めて私という個を映し出した。




 エドガー様は男爵令嬢と出会う前まで学園の成績はいつも優秀でウィルビセス殿下を抑えて首位の実力者であったと聞く。件の令嬢と出会ってからは成績が下がったらしいが、それでも上位には食い込んでいたようだ。そのお方が、数年前我が領地で天変地異のように一年中冬のような気候が続いたため作物が実らず飢饉に陥ってしまった悔しさから、留学してまで寒さに強い小麦の開発をするために学びに行き研究に着手した私に興味を持った。結婚の話よりも研究の話に、だ。

 その瞬間、なんだか予感めいた確信があった。もしかしたら、この人と良い研究が出来るのではないかと。今日初めて会ったばかりで、しかも相手は格上公爵の御子息で、一年経ったとは言え王家絡みの事件を起こした相手で、私との婚姻に不満を持っているような人だけど、研究に関しては良い助言をしてくれると。なぜかそう思った。ただの勘である。


「なるほど、一度君の研究を間近で見てみたいな。この国に適した新しい品種の小麦が完成されれば、寒さの厳しい北の領地でも小麦を生産することが出来るかもしれない。そうすれば、国の農産業が大きく変わることになるかもな」


 面白い、とまるで子どもが新しい玩具を見つけたように楽しげに目を細めて笑ったエドガー様。その瞳には先ほどまで感じられなかった光が宿っていた。この人は、男爵令嬢とさえ出会わなければ、もしかしたら国を大きく動かす優れた宰相になっていたのかもしれないと唐突に感じた。


「君、ではなく名はアメリアと言ったな。女性が、しかも貴族の令嬢が研究することに忌避感を示す者が今後出てくるかもしれない。そうなれば俺が助力しよう。だが、君も知っての通り、俺は取り返しのつかない大きな失敗をし瑕疵を負った男だ。そのせいでアメリアに迷惑をかけてしまうことがあるだろう。それでも、出来ることは少ないだろうが君の力になりたい」

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