久しぶりのお引越し〈side 晴海〉
約束、というには甘苦い思い出しかないこの街は、相変わらず人でごった返している。楽天的な友人ならば喜ぶだろうが、厭世的な友人は断固拒否する場所だ。
『ほうら、あたしは六花で冬っ。はるちゃんは春っ、なっちゃんは夏っ。だから四季娘!』
朗らかに笑う楽天的な友人の声を思い出してしまう。
会えなくなって三年も経つというのに、今でもはっきりと思い出す。その時に面倒そうな顔をしていつつ、若干嬉しそうだった厭世的な友人の顔も。
「……パパぁ。ほんっとうに間違いないの?」
「間違いないよ。……多分」
多分ってなんだよ! 相変わらずのほほんとしている父は、頼りない。
「それにしても急な引き抜きだったねぇ」
「う~ん。どうも腕のいい小児科医が他界しちゃったらしくてねぇ」
「にしても懐かしいねぇ」
「だねぇ。晴海が小学生の時だっけ?」
「うん。パパの急な左遷とママとの離婚は小学生の時」
「うぐっ」
嫌味はぐっさりと父に刺さったらしい。
正直言えば、あのまんまあの町で過ごすのも悪くはなかった。厭世的な友人がいたならば、だが。
その友人も合格した大学を蹴ってまで、逃げるようにいなくなったとあれば、いても意味はなかった。
だから、ある意味ちょうどいいと言えばちょうどいいと言えた。
「パパ、落ち着くまで若干引きこもる」
「仕方ないね。……まぁ、お家のことをしてくれるから助かるよ」
「しないとうちが腐海の海に沈むからね。パパのせいで」
「……イチイチ嫌味入れるのヤメテ。僕も心が折れそうになる」
「却下」
「娘が冷たい」
公衆面前でえぐえぐと泣く真似をするのは勘弁である。
そんな父が晴海は嫌いではない。友人たちには「ファザコン」と言われるが、それほどでもないと思っている。
「お待たせして、申し訳ない。登坂医師ですね」
「はい。失礼ですが、あなたは?」
「桑乃木総合病院、副院長の桑乃木 武満です。遠いところようこそ」
IDカードを提示しながら、その男は言った。
「引き受けていただき、助かりました。藤崎君が他界してから、小児科が回りにくくなってしまいましてね」
藤崎ってどこかで聞いたことあるなぁ、などと思いながら晴海は二人の後についていく。
「彼ほどの腕が僕にあるとは思えませんが、よろしくお願いします」
「いえいえ。登坂医師は丁寧な診察だと、噂ですよ」
「僕の診察が遅いだけです」
どこで聞いたんだっけ……と思い出そうとしても、なかなか思い出せない。喉の奥に小骨が引っかかったようで、気持ち悪い。
移動の車の中でも、父親ともう一人の話もそぞろに晴海は必死に思い出そうとしていた。
「着きましたよ。ここが寮です。引っ越される場合、新居地は病院から車で十分以内をめどにお願いします」
そう言いながら、二人にカードキーを渡してきた。どうやらここはカードキーで開けるようである。
セキュリティもしっかりしており、家賃も考えれば下手なマンションよりも条件はよさそうである。因みに、管理人さんは四交代で常駐している上、ご飯を出してくれる食堂もある。コインランドリーにクリーニング店も一階に入っている。
「ここの病院に勤めている人捕まえて、ここを終の棲家にしちゃおっかな」
「晴海ぃ……結婚はまだ早いよ」
「誰がするっつった。捕まえよっかなって話をしただけでしょうが」
毎度情けないところしか見ていないせいか、父親が「医師として腕がいい」と言われても信じられないでいる、晴海だ。厭世的な友人が太鼓判を押さなかったら、お世辞としか思わなかった。
後日管理人に聞くと、時折生活に難ありの医療従事者がいるとか。その人たちのケアをしているうちに設備が充実していったらしい。
それを聞いた晴海は「父親みたいな人も結構いるんだな」という感想をもらした。それを聞いていた父親が人前で激しく落ち込み、皆に生暖かい目で見られる羽目になった。
「晴海さんのようにしっかりしたお子さんがいるのは安心ですね」
というお墨付きまで貰ってしまった。
解せぬ。
……ともあれ、晴海は引っ越してきてから穏やかに暮らすことになった。